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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
闇の左手
22/33

1.

「うきゃ、何か踏んだ」


 思わず小さな悲鳴をあげると、前後から『し~』と、抗議の囁きが寄越される。


真維は小さく舌を出した。


 『ごめん』と口だけ動かして、片手拝みに肩を竦める。


 闇の中で見えたのかは判らなかったが、前方からガウディアの小さく笑う息遣いがして、握ったベルトが前に進み始める。


 真維も怖々足を進めた。


 ぼんやりした光苔が、ところどころ壁にしがみついている穴の中を、三人は進んでいた。


 ここを抜ければ城の中へ出る。


 密偵任務で見つけた抜け穴と、同じ造りだと、一度城に続く抜け道を通ったことのあるセリフィスが請合った。


 気絶させたタイラーを無人の部屋へ引きずり込んで、真維達は抜け穴を聞き出した。(と、いうか、聞く前からぺらぺらと喋り捲ってくれたのだが……)そして、真維が脱出したと知られる前にと、この穴にもぐりこんだのだ。


 地下水の染み出す壁は、光苔に幽かな反射を返し、壁の位置がかろうじてわかる。


 入り口は遥か後ろにあり、出口は闇の向こう。


 ここまで暗いと、もう真維の目では太刀打ちできず、特殊な訓練を積んだガウディアと、山育ちのセリフィスに頼りきりとなる。前後を挟まれるようにして、ガウディアのベルトを掴んで引いてもらい、躓きかければセリフィスに支えてもらう。俄か盲でなんとも情けない姿だが、見えないのだから仕方がない。


 見えなくてよかった。心からそう思う。


 何故なら、さっきから足の下で、パリパリパキパキ。ついでにネチャネチャと、絶対想像したくないものを踏みつけているのだから……


 超有名な墓荒らし考古学者のインドでの災難の映画のシーンを連想しつつ、『クッキークッキービスケット……じゃないっ!小枝に小石』などと頭の中で唱えて、意識の外に追い出そうと勤め、事実の直視を避けていた。


――う~も~早く城に着いて~


 見えない目を更にぎゅっと瞑って、ひたすら足を前に出すことだけに専念し、いつ果てるとも知れない地下道の闇の中を、臭気と蟲に悩まされつつ息を殺し音を立てないようにして進む。


 遠く前方に小さな光が見えた時、ガウディアが立ち止まった。


 細い背中が、緊張に強張る、危険を察知したと判る様子に、真維とセリフィスも前方を睨んだ。


 闇しか見えない真維の目に、ぼんやりとした幕が見え始める。


「フィー、あれ、あの光みたいな幕見える?」


 声を殺し、息だけで問い掛けると、肩越しに覗き込んでいた女騎士は、小さく首を振った。


「いいえ、向こうの光だけです」


 セリフィスには見えない不思議な幕。明らかに魔法による何らかの障壁。


 幕を見つめて息を詰めた真維が、ガウディアのベルトを引き寄せ、背の高い女の耳元へ、爪先立つようにして囁く。


「ガウ姉、もどろう。これ、ヤバイ」


 警告に頷いて、ゆっくり後ずさりはじめる肩が、再び揺れる。前方の光がゆらりと動き、数か増え始めたからだ。幽かに金属の触れ合う、明らかに鎧のたてる音さえ岩壁に響いてきた。どうやら、この幕は侵入者察知の警報装置か何かだったのかも知れない。 


 三人の背に冷たいものが流れた。


「少し戻った辺りに、身を隠せそうな窪みがありましたわ」


 ガウディアの提案に一行が密やかに後退をはじめる。だが、目的の場所に着く前に、あの館の方からやってきたと見える松明の光が、揺らめいて近づいて来るのが見えた。


「っ……挟み撃ちか……」


 セリフィスが小さく舌打ちをする。


 前王派が真維の脱走を知り、追いかけてきたのかも知れない。


 城から来る連中に捕まるよりは、彼らの掌中に飛び込む方が安全なのかも知れないが、そうすればゼルダを探す道はかなり遠回りとなるだろう。それに、セイルロッドへの人質として、自由を拘束されるなんて真っ平だ。


 真維は強く唇を噛んだ。


 第一、このままだと確実に出っくわすだろう戦闘集団同士の遭遇戦に巻き込まれるのも、あまり有難くない。


 地下道の中に、密やかな、しかし確実に迫ってくる何人もの足音が響く。前門の虎、後門の狼とはこの事だと、さらに唇を噛む。


 怯えて竦むのは後で良い、今は何とかこの状況から逃れるすべを考えなくては。


――マイちゃんピ~ンチ。やっぱ、これってば、絶体絶命最大のってやつかも? ――


 ふざけた台詞を業と考えて、冷たい汗が伝う背中を無視する。茶化せる分、まだ大丈夫と自分に言い聞かせる。


『お前さんが、茶化してふざけた振りができるうちは、頭を冷静に保ててるってこったろ?』


 そう言ったのは、アイツ……


 業とふざけ、軽い言動で周囲を煙に巻いていた男。


 そして、同じように明るく元気な面だけを見せていた真維の、孤独と虚勢を見抜いていた男。


 にやりと笑った顔が悔しくて、思いっきり回し蹴りを食らわしたものだが、今はその笑みが、パニックを制えてくれる。


 真維はゆっくりと息を整えると、目を閉じた。



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