2.
明けましておめでとうございます
豪雨は激しく屋根を叩き、廊下を歩く足音さえ掻き消される。
あちこちに水溜りが出来ているのは、火事や崩落の為に亀裂の入った天井からの雨漏りらしい。
外もそうだが、中もしっかりお化け屋敷の様相を呈している廊下を歩きながら、真維は嫌味なほど大きな溜め息を吐いて見せた。
「やれやれ……どうしてあんなに石頭なんだろう?」
独り言のように呟いて、もう一度溜め息を吐く。もとより、後ろを歩くタイラーなる人物の返事は期待していない。それに、本気でエルンストを気にかけている訳でもない。
これは、この男の注意を自分に向け、仲間が動きやすくする為だけにしている事だった。
だが意外にも、タイラーは同じように溜め息を吐いて、しみじみと喋りだした。
「しょうがないんですよ、残党を纏める為に、隊長は苦労しておいでですから……」
乗ってきたと内心ほくそえみ、それでも憤っている態度は崩さぬよう注意しながら、後ろの男に向き直る。
「それにしたってね~。人の肩書き充てにして、無理にでも手伝えってのは無いでしょう? おまけに、見張り付きで軟禁でもするつもり?」
強気に睨み返してくる少女に、男は目を見張った。
「あのう……軟禁というか、監禁というか……とりあえず、部屋はいっぱいあります」
でかい屋敷だ、半分焼けていても確かに部屋は多いに違いない。しかし、捕虜にした相手に返す返事ではないだろう。逆に真維の方が呆れてしまう。
「何それ……?」
茶水晶の瞳にまっすぐに見つめられ、灰色の目をした青年は、気弱そうな表情を浮かべてたじろいだ。
「いえ……あの……」
男の後方、目の端に、影が動いたのが見えたが、マイは完全無視を決め込む。
「あんた、ほんとに部隊員?」
呆れた声に、タイラーは照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
「はい……一応、エルンスト様の副官をしています……」
役職と態度にギャップがありすぎる……
「ま……いいか」
業とため息をついて、真維は肩を竦めた。
「あんたって、変」
呆れた口調で言ってやると、タイラーは更に困った様子で、僅かに頬を染めて頭を掻く。
「はぁ、よく言われます」
まあまあ、可愛らしい。真維は初々しい仕草にさらに呆れた。
「でしょうね、よ~く判るわ」
うんうんと同意しつつ、言葉を繋ごうと口を開いた瞬間。襟元に冷たい雫が飛び込んだ。
「うきゃっ!?」
思わず首を竦めると、気遣わしげに屈み込んできた男が、そのままぐらりと崩折れる。
その後ろには、にっこりと微笑む緑と青の二対の瞳。
「真維、無事ですか?」
ふわりとガウディアが真維の肩を抱きしめる。
「大丈夫? 何もされなかった?」
どうやら、もう少し様子を見るつもりが、雨漏りに驚いた真維の悲鳴で、不埒な真似でもされたかと思ったらしい。
「えっと……あははは。タイミングい~のかずれてんのか……」
手際の良過ぎる二人が、既に細紐でタイラーを縛り上げていくのを眺めつつ、つい苦笑が漏れる。
「ま、とにかく、こいつここに転がして置けないよね。抜け穴なんかも聞いてみたいし」
どうしたものかと首を捻りつつ、辺りを見回すと、白い腕が、つい、と伸ばされる。
「それでしたら、その先の部屋がよろしいですわ。だれも居ませんのよ」
二つ先のドアを示してガウディアが微笑む。どうやら、既に調べてあるらしい。
いい女というものは、用意もいいのだ。