5.
今回は回想編
一人称です
ゆらゆらと揺れる水面のなかで、あの日の会話が繰り返される。
『おめでとー、ゼルダ』
そう言ってやったら、驚いたように振り返った。
『嬢ちゃん……』
冬枯れた花壇の真ん中。いつものように花壇にしゃがみ込んでいる筆頭魔導士。
いつもとおんなじ光景。
だから、いつものように軽く言おう。そう、絶対に気が付かないように。
『聞いたわよ、プロポーズしたんだって? ダイナに』
あれ? あんまりうれしそうな顔しない。って……希望的観測?
『……早耳だな……』
なんだ、驚いてるだけか……ちがう、そんな事考えたくない。
『まーね、この真維様の情報網を侮っちゃぁいけませんぜ。って、実は本人に聞いたの』
おどけて肩をすくめて見せると、綺麗な顔が苦笑する。
『そっか』
言わなきゃ……友人として、今居る場所を守る為……
『いーい? ダイナ泣かしたら承知しないわよ』
いつもの余裕の笑みが浮かぶ。
『お~こわ』
『当たり前よ、親友なんだからね。ダイナには、幸せになってもらいたいの。その相手が、あんたみたいなスチャラカ野朗なんだから、心配するのは当然でしょう?』
そうそう、その調子。
『浮気したら、この真維様が絶対許さないって、肝に銘じておきなさいよ』
広い肩が竦められて、蒼い髪が揺れる。
『へいへい、承知仕りました』
癪に障るぐらい余裕の笑みで頷いてくる。
さあ、続けろ、黙ったらやばい。
『本当に……幸せにしてあげてよね。あたし、あんなに幸せそうなダイナの顔見たの初めてなの。悔しいけどね』
悔しい? 何に? 駄目だ、考えるな。
『だから、あんたが清~く身を保つって誓うんなら、あたしの大事な親友を、あんたにあげるわよ』
そう、悔しいのはダイナを取られるから。あたしの大事な親友。桜色のお姫様。敵わないくらい純粋に、魔導士に恋をしている女の子。
悲鳴も痛いのも飲み込んでしまえ。
彼女の為なら、なんだっできる……そうよ、絶対。
『女の友情は堅いもんだな……』
深い琥珀……痛いような視線。
真正面から受け止めてやる。でないとあたしは自分に負ける……
『今ごろ判ったの?』
得意そうな顔になってる? どこも綻んでない? 人一倍聡いこいつに、あたしの中を気が付かれたくない。
『お見逸れしました。ま、心配しねぇで大船に乗ったつもりで居てくれよ。誠心誠意、花嫁を大切にするって』
花嫁……この言葉が重いなんて、初めて判った……駄目。考えるな。
『それに、お前さん以上に、こわ~~~いお方が後ろに控えていらっしゃるからな』
『あ、そ~か。殿下だね』
くつくつ笑いながら片目を瞑る。気障な仕草が気障にならないこいつの特技。
『ま~な。もし女官と一緒のところを見たら、問答無用で切り捨てる。とさ』
『殿下なら、そう言うだろうねぇ……それにしても、よく許してくれたわねぇ』
『そりゃあ、日ごろの献身と、長年の友情に応えてくれたのさ』
思わず笑ってしまう。こいつはいつも、あたしを笑わせる。どんな気分の時だって……
『よく言うわ』
『それに、あいつも、そろそろ自分の花を、花壇に植えるつもりらしいしな……』
『へ?』
『で? 嬢ちゃんはどうなんだ? 目ぼしい男はうじゃうじゃ居るぜ』
目ぼしい男……ねぇ。居た、けどね……だから、駄目だってば。
『痛い事言ってくれるわね。あ~あ、ダイナにさき越されちゃった』
これ位なら大丈夫。
ほら、笑ってる。
『そうか? 気を落としなさんなって、お前さんにも、時期に、白馬に乗った王子様とやらが現れるさ』
そのまままた花壇に向き直って蹲る。
『さてと、俺は早くこれを植えちまわないとな』
『なにしてるの? 冬囲い?』
覗きこんだ手元には、何かの種がある。
『こんな冬のさなかに植えて、大丈夫なの?』
魔導士の横顔がゆっくりと笑う。花にだけ見せる優しい笑みが、あたしの心をかき乱す。
『この花はな、今植えて、雪の下でゆっくりと育つんだ……そして雪解けと一緒に芽が出る。だが、そっから先もゆっくりでな、花が咲くのは五月かな?』
『へ~、あんたが作ったの? 相変わらず趣味に生きてんね』
『ああ、こいつには結構手間がかかったぜ。ただし、丈夫でな、一旦花が咲いたら、一月まるまる咲いているんだ』
『ふうん……でもなんで?』
妙な事に気が付いた、何かを花になぞらえるのはこいつの癖だけど、ちょっとずれてる。
『何が?』
『ダイナの誕生日は六月でしょ? ダイナは六月には結婚式だって言ってたから、五月じゃ使えないじゃん』
魔導士が笑う、悪戯っぽく。こいつらしい、いつもの仕草。
『い~んだよ、これは自分の為に植えてるんだ……』
『それでも変だよ。あんたは四月生まれじゃない……あ、そ~か、真ん中取ったのね?』
意外そうな顔して、こっちを見る。で、また笑い出した。
『そうだな……そうかもな』
妙な言い方。まあいいや、気にするな。
『どんな花が咲くのかなぁ』
『俺も知りたいんだ……』
『自分で作ったのに?』
『こういうものは、花の方から見せてくれるのを待つのが楽しいんだぜ』
そう言って、また優しく笑う。
……花の名前、聞きそびれたな……
ゼルダ。
こんな話の一月後に、殿下の暗殺未遂があった。そして、プロポーズ……
あたしを愛してくれる人が嬉しくて、あたしはそれを受け入れた。
そして、あんたは消え去った……
ねぇ、ゼルダ。
あんたは全部知ってたの?
すべてを見越していたの?
教えてよ……ゼルダ……