4.
寝台は、まだ人一人が横になれるだけの強度を保っていた。
昏睡した真維を横たえて、セリフィスとガウディアは困惑した視線を交す。
「ゼルダ様を見つけた……真維は確かにそう言いました」
黒髪の美女がゆっくりと首を振る。
「でも、どうして?」
「判りません。真維は、魔導士としての何かを感じ取ったのではないでしょうか?」
ガウディアとて、魔法を扱う一人であるが、真維ほどの魔力は持っていない。
藍の魔導士である真維は、一体どんな手がかりを掴んだのだろう?
「とにかく、わたくし達は、この屋敷を調べましょう。真維はこのまま目覚めるまでそっとしておくしかないわね」
現実的な提案に、セリフィスも同意した。真維がゼルダの何を見つけたにせよ、当初の目的は、王城への抜け道を見つける事である。
「ここは安全のようですわ、とりあえず、目晦ましの魔法だけは掛けておきましょう」
黒髪の美女が呪文を唱えると、寝台の周囲に結界が張られ、真維の姿が翳んで行く。
二人は無言で頷くと、静かに部屋を後にした。
応接間、崩れかけた広間、使用人が使っていた壁内の通路、、遊戯室、書斎、書庫、食堂と焼け落ちた厨房。
人の気配は無く、砂埃がすべてを覆っている。
一階の部屋々々を手分けして見て回り、二人は廊下の端で合流した。
「フィー、気になる事が一つあるの……」
声を落として語りかけるガウディアに、セリフィスもまた緊張した面持ちで頷く。
「私もです」
一階のどこにも、人が足を踏み入れた形跡は無い。ざっと見ただけなら。
しかし、探索者として鍛えられた二人の目にはわざとらしい砂埃のつもり具合や、外の草の繁茂の仕方で、誰者かの痕跡を読み取っていた。しかもそれは、単独ではなさそうである。
「二階を探ってみます?」
「その前に、一度真維のところに帰りましょう。なんだか胸騒ぎがします」
不安げに眉を寄せるセリフィスに頷いて、二人は客間へと引き返す。しかし、目的の部屋に近づいた時、そのドアが開かれた。
咄嗟に身を隠したのは、戦いに身を置く者の本能であったが、はたして客間から現れた黒ずくめのマントに、はっと息を飲む。
マント越しにも、それが体格の良い男であると知れた。そしてその肩には、ぐったりと意識を失ったままの真維が担ぎ上げられている。
反射的に剣を掴み、飛び出そうとするセリフィスを、ガウディアが無言で押し止めた。
階段を示し、そこにもう一人居る事を教える。
セリフィスは唇を噛んだ。
相手が二人だけなら、自分とガウディアの技量をもってすればすぐに倒せるだろう。だが、警戒するでもなく、廊下を進む様子に、階上には更に仲間が居ると推測される。
となれば、真維を捕らえられている現状では、成す術も無くこちらが絡め取られてしまうだろう。
今は様子を見るしかない。
セリフィスとガウディアは、気配を消しながら、使用人の通路にすべりこんだ。
通常、貴族の屋敷や王城では、使用人が使う通路が別にある。これによって、屋敷の主人達は、忙しなく行き来する使用人達を、常に見なくて済むのだ。壁の裏に作られた通路は、時折抜け道としても使われる。屋敷のどこにでも、姿を見られることなく移動できるからである。
二人は、それでも用心しながら階段へ進んだ。
通路内に見張りは居ないようである。
ぎしぎしときしむ表通路の階段に合わせて、二人は音も無く裏階段を上る。微かな声が聞こえた。
「他にはいたか?」
「いや、女が寝ていただけだ……だが仲間が居る。目晦ましの結界が張ってあった」
「とにかく連れて行け、この女の素性は知っている……カリストの上級魔導士だ」
セリフィスの心臓がはねた。
真維の素性を知っている? では、彼女が公子の婚約者なのも、ばれているという事だ。
早く、助け出さなければ。
もしグリフ軍に関係する者達なら、真維の安否も然ることながら、セイルロッドにとって、グリフに大きな弱みを掴まれる事になりかねない。
焦るセリフィスの肩に、ガウディアの手がそっと置かれた。
振り返る女騎士へ、元間者はゆっくりと首を振り、短慮を戒める。
今は堪えろ、機会を伺え。必ず隙はあるはず。
鮮やかな碧玉の瞳が、強い光を放つ。
無用に込められていた肩の力を苦労して抜き、セリフィスはやっと頷いた。