2.
昼なお暗い曇天の下。グリフの王城はそびえている。
グリフ国内に入ってから、太陽の姿は厚い雲の向うだ。
天候は常に荒れ、遠雷の途切れる事は無い。
荒れ果てた国内に負けず劣らず、グリフの王都も荒廃の影に覆われている。
重層な落し扉を見上げながら、真維はゼルダが連れて行った少女のことを思い出していた。
唯一安心できる人だと、縋り付いてきた少女。
エルド族の子供であったから、厳密には少女ではなかったが、『お姉ちゃん』と呼びかける姿は可愛らしく、妹のように思えた。
必ず母親を助け出すと約束したのに、結局はそれを反故にしてしまった。
悪い事をしたと思う。
ゼルダが行方をくらました後、少女はどうしているのだろう。ひょっとして、共に王城の地下に捕らえられているのだろうか?
エルド族は子供であっても容赦なく狩られているらしい、今頃、どんな目に遭っている事か……そういえば、名前すら聞いていなかった……
ゼルダを見つけ出す他に、少女を見出す事もできるのだろうか? 自分にそれほど力があるだろうか?
真維は足元に視線を落とした。
煤けたスカートが情けない。自分の無謀さ加減を嘲笑っているような気がする。
自分ならゼルダを見つけ出せる、そう確信してここまで来た。それは思い上がりなのだろうか?
王都に着いて既に十日。
アルムレイドの刑死に続いての試練は、捜索計画の要ともいえる場所にあった。
あてにしていたのは、以前の潜入操作でセリフィスが難民の少女の情報で潜った抜け穴。しかし前には兵士が立ち、入る事は不可能になっていた。
ゼルダが捕えられているのなら、おそらくは地下牢。そして、他の魔導士やエルド族、例の大樹なるものも、王城の奥深くに在る筈なのだ。
潜り込めなければ、何も出来ない。
他に王城地下に入るルートは無いものか、真維達は手を尽くして都の中を捜しまわった。
だが、土地鑑も無く、協力者もいない状態では、焦る気持ちとは裏腹に、捜索は遅々としてすすまない。
こんな自分をゼルダが見たら、なんと言うだろう?
そう、きっと……
「な~に黄昏てんのよ、この阿呆」
呟いて、真維はぐいと顔を上げた。思い上がりだろうが何だろうが、ここまで来たのだ。前に進むしかない。後ろに下がる道は、自分で閉ざしてきた。
「おっしゃ!」
一つ気合を入れて、真維はくるりと城門を背にした。
勢いよく歩み去る茶髪の娘の姿を、黒い双眸が見詰めている。
そっと木陰から姿を現したのは、11~2才の少女であった。
艶やかな黒髪に、白い肌が鮮やかに映える。あと2~3年後の姿が、かなり期待できそうな美少女である。
小首を傾げると、腰のあたりで一つに括った黒髪が、肩に当たってさらさらと音を立てた。
細く長い腕を組んで、暫し考えるような仕草をとり、再び真維の後姿を見詰める。
その黒い瞳は、瞳孔と同じくらい黒い虹彩で、一瞬ただ黒いだけに見えるほど神秘的であり、小作りにまとまった顔つきは可憐であった。そして、花弁のような薄紅の唇は、にやりと、歪められた。