第2節:最大の難所・Cryo-Gelの秘密と、『Cryo-Mask Σ』『Cryo-Vision Σ』の開発秘話
カメラはハリウッドの広大なスタジオ敷地内にある、特殊造形部門の巨大な工房へと移動する。ここで待ち受けているのは、マックの生命維持に欠かせない「Cryo-Gel」の開発を担った造形スタッフたちだ。
特殊造形スーパーバイザーを務めるマーク・ハンセン(Mark Hansen)が、無数の試作品が並ぶ棚の前に立ち、苦々しい笑みを浮かべながらカメラに向かって語り始める。
「私たちが目指したのは、CGのごまかしが一切きかない『実物の手触りと質感』でした。マックの肉体を外敵やウイルスから守る『第二の皮膚』でありながら、同時に彼の自由を奪う呪いでもある――その複雑な有機的質感を表現するため、私たちは今日まで、実に一年半もの歳月を費やして試行錯誤を繰り返してきました」
工房のテーブルの上には、これまでの悪戦苦闘を物語る数々のプロトタイプが並べられている。マークの部下で材料科学を担当する造形スタッフ、エミリー・チェン(Emily Chen)が、その失敗作の一つを手に取って解説を加えた。
「最初は純粋な医療用シリコンや、一般的な高透明ウレタン樹脂をベースにテストを重ねました。しかし、これを見てください。透明度を追求しすぎると、ただのチープなゼリーに見えてしまい、劇中のような重厚な生体感がまったく出ない。そこで逆に硬度を上げてみたところ、今度は素材が硬すぎて、なかにいる俳優トーマスが体勢を微動だに変えられなくなってしまったのです」
さらに、理想の濡れた質感を追い求めるあまり、スタッフたちの研究は奇抜なアイデアにも及んだという。エミリーが苦笑交じりに振り返る。
「一時は、アーティスティックスイミングの選手が髪や肌を完全に固定して濡れた質感を出すために使う特殊なスタイリングジェルなども大量に取り寄せ、ベース素材に混ぜてテストを行いました。ですが、撮影照明の熱ですぐに溶けてしまったり、時間が経つと不気味にひび割れたりと、映画の撮影現場に耐えうる耐久性を出すのには本当に苦労しました」
別の試品種を手に取ったエミリーが続ける。
「照明テストの段階では、ライトの熱や光を受けてCryo-Gelが真っ白に濁ってしまい、まるでただの不気味な死体のように映ってしまいました。これでは生命が宿っているようには見えません。何度も配合比率を崩しては作り直し、本当に苦労の連続でした」
一年半に及ぶリサーチと失敗の末、彼らがたどり着いた答えが、驚くべき素材のハイブリッド構造だった。
ベースとなったのは、特殊調合された半透明の柔軟な造形用ウレタン樹脂と、肌に直接触れる部分に採用された特殊な高分子ジェル素材の組み合わせだ。まずシリコン系のモールド(型)に特殊な樹脂を流し込んで弾力ある基本骨格を作り、その隙間に独自の配合で作った冷却ジェルを流し込むことで、生々しい「揺らぎ」と「湿り気」を持つ第二の皮膚が完成した。
そして、最も重要な「あの青白く神秘的に光るゲルをいかにして作り上げたか」について、マークとエミリーが実物を指し示しながら詳細を明かす。
「本編をご覧になると、Cryo-Gel自体が内側から鮮烈に発光しているように見えるはずです。しかし、素材そのものが自ら光を発しているわけではありません。あの青白い輝きは、特殊な蛍光顔料をごく微量に分散させた高分子ジェル素材と、光を美しく乱反射させる半透明ウレタン樹脂の層構造によって生み出されています。さらにそれだけではなく、『特殊造形による質感』と『ジェル素材の透過性』、そして『セット内部に仕込まれた特殊照明(仕込みの青系LEDと冷光)』、さらにポストプロダクションで行われる『VFXのデジタル処理によるカラーグレーディングと発光エフェクト』――この4つの要素の奇跡的な合わせ技が完璧に噛み合って初めて、あの不気味で美しいマックのビジュアルが構築されているのです」
CG全盛の映画制作において、あえて「実物の手触り」にこだわり抜き、スタッフたちの執念と技術の粋を集めて作り上げられたCryo-Gel。その透明なジェルの奥には、作り手たちの途方もない情熱と苦闘の歴史が宿っていた。
続いてカメラは、工房内の別のセクション――メカニカル・プロップ開発エリアへと移動する。ここでマックの下半面を完全に塞ぐ呼吸マスク『Cryo-Mask Σ』を手がけたチーフメカニカルデザイナーのアルベルト・ロペス(Alberto Lopez)が、複雑な内部機構が剥き出しになった試作品を手に取って語り始める。
「『Cryo-Mask Σ』の最大の難所は、単なるSFの小道具ではなく、『マイナス15度の暴風や霜から顔面組織の凍結壊死を防ぎ、かつ高圧のフッ素キャリアガスや酸素を気管へと途切れなく供給する本格的な医療用ガジェット』として画面に説得力を持たせることでした。初期のプロトタイプでは、気密性を高めようとするあまりチューブの構造が複雑化し、俳優トーマスが長時間の撮影中に息苦しさを訴えたり、セリフや呼吸の音が完全に遮断されてしまうというトラブルが起きました。そこで私たちは、航空宇宙産業でも使われる超軽量チタンフレームと特殊医療用シリコン樹脂のハイブリッド構造を採用し、外部からは無機質で重厚に見えながらも、内部には俳優の呼吸をスムーズに逃がしつつ必要なガス供給ラインを完全に隠す精巧な内部チューブ構造を設計し上げました。これによって、見た目の冷酷さと安全性が両立できたのです」
さらに、工房の奥にあるビジュアル・エフェクト(VFX)および特殊コンタクト開発ルームへとカメラが進む。ここでマックの瞳を司る不可逆デバイス『Cryo-Vision Σ』と、その特殊な視覚世界の構築を担当したVFXスーパーバイザーのアレックス・マーティン(Alex Martin)と特殊コンタクトデザイナーのリンダ・ハースト(Linda Hurst)がインタビューに応じる。
「『Cryo-Vision Σ』のレンズは、凍りついたガラス玉のような物理的質感と、奥底で不気味に揺らめく青白いバイオ・ルミネセンスの仕込みだけでなく、『どうやってマックの離人症的で歪んだ知覚世界を映像として表現するか』という大きな挑戦を伴っていました」とリンダは語る。
「撮影現場において、俳優トーマスは、あらかじめ視界の色彩を極限まで抑えた特殊偏光フィルター付きのテストグラスを覗くことで、現実世界から完全に切り離された『離人症』の感覚をリアルに掴んでいました。彼はそのフィルター越しに虚空を見据えることで、焦点の定まらない虚ろでありながら鋭いマック独特の眼差しを体現してくれたのです」
さらにアレックスが、ポストプロダクションにおけるテクニカルな手法を詳細に明かす。
「現場の演技や特殊コンタクトの質感に加え、私たちはポストプロダクションの段階で、実際の撮影素材そのものを特殊なモノクローム調へとカラーグレーディング(白黒加工)し、かつての白黒テレビのようなスモーキーで冷徹な質感へと変換しました。さらに、そのレイヤーの上に『網膜直近に追従する青白いHUDネオンデータ(心拍数やタスク進捗)』や、脳幹インプラントの過負荷による『光学幻覚(紫がかった青白い光の粒)』をデジタル合成で幾重にも重ね合わせました。実写の特殊コンタクトと、実際の映像を白黒加工したVFXのレイヤー合成が融合して初めて、あのマックにしか見えていない歪んだ知覚世界が完成したのです。




