あまりにも地味で大穴令嬢と呼ばれた令嬢は、結婚してその秘めたる才能を爆発させる
子爵令嬢サラ・ビホークはあまりにも地味な令嬢だった。
艶があるとはいえない黒髪のボブカット、化粧の薄い素朴な顔立ち。ドレスは狐色で、黒のパンプスを履いている。
表情は暗く、仏頂面。彼女を見て思い浮かぶのは、雑草、苔、茸といったおよそ華やかさとは無縁のものばかり。
貴族令嬢として一応社交デビューは果たしたのだが、こんな容姿で寄りつく男子などいるはずもない。
時には物珍しさから話しかける者もいたのだが、
「サラ……ビホーク、です」
「趣味は……本を読んだり、勉強したり……」
「寝る前に空想に浸ることが……生きがいで……」
なんのために夜会に来ているのか、と思わざるを得ない返答の数々。
見た目が地味、家格も高くなく、話していてもつまらない。三拍子揃ってしまっている。
いつしか物珍しさで話しかける者もいなくなり、やがて彼女はこう呼ばれるようになった。
「まーた来てるぜ、あの大穴令嬢」
「あれと結婚する奴なんているのかね?」
「万年ビリの駄馬に全財産賭けるようなもんだろ。だから大穴なんだよ」
この王国にも競馬という文化が存在しており、貴族の間では人気の娯楽だった。
そこから派生して、サラは“大穴令嬢”という不名誉なあだ名をつけられてしまった。
それでもサラはくじけることなく、社交パーティーに参加し続けるのだった。
***
ある日の夜会。会場にどよめきが起こった。
公爵家の嫡子フェアト・シュヴァールが姿を現したのだ。
フェアトは銀髪碧眼、白い礼服がよく似合う眉目秀麗の美男子であった。
歩く姿すら神々しく、令嬢たちは見とれ、令息たちも自分との格の違いを感じざるを得ない。
フェアトの一挙手一投足に、皆が注目する。
サンドイッチを食べ、ワインを飲み、ハンカチで口を拭う。
こんななんてことない仕草にすら、全員が意味を読み取ろうと努力する。
その様は、さながら古代の人間が遺した他愛のない内容の日記を、必死に解読しようとする学者にも似る。
そして、誰もが思うことは――フェアト・シュヴァールはいったいどの令嬢に話しかけるか、ということだ。
令嬢としては誰もが自分に話しかけてもらいたいと思っているし、令息からすれば「自分が狙っている令嬢に声をかけるな」と心の中で祈る。
草食獣の群れの中を、猛獣が歩くような緊張感に包まれる。
すると、驚きの展開が起こった。
フェアトはまっすぐある令嬢の元に向かっていく。
それはサラだった。サラは相変わらずの狐色のドレスを身につけており、壁際でたたずんでいた。
ところが、自分のところにフェアトがやってきているのを知り、あたふたし出す。逃げようとする気配さえ見せる。
フェアトの歩みは早く、サラの前に立った。
「フェアト・シュヴァールと申します。あなたのお名前は?」
「サラ……。サラ・ビホーク……です」
悲しいほどに両者の格の違いが分かるやり取りだった。
麗しい白鳥が、焦げ茶色のスズメに声をかける――こんな画を連想した者もいた。
「あなたを気に入った。ぜひ、婚約して欲しい」
いきなりのプロポーズだった。
「え、こ、婚約……!?」
サラは困惑する。
「もちろん、今すぐ返事はしなくていい。これから私という人間をよく見て、じっくり考えて決めて欲しい」
「は、はい……!」
それから二人は交際を始めた。
当初は誰もが、サラですら、「本気ではなく、遊びの交際だ」と思っていた。
フェアトはサラをからかいたいだけなのだと。ある程度交際したら、別れるつもりなのだと。
しかし、そうではなかった。
フェアトは全力でサラの気を引こうとし、全力でサラの期待に応えようとし、全力でサラと交際し続けた。
初めは戸惑っていたサラだったが、ついにその想いを受け入れる。
「私でよろしければ……」
「ありがとう……!」
こうして二人は婚約、結婚式を挙げた。
むろん、シュヴァール家側からは反対の声もあったが、フェアトはそういった声を全て黙らせてみせた。
社交界では「大穴に全財産賭ける男がついに現れた」などと陰口を叩く者もいた。
ところが、本当に驚くべきことが起こるのは、実はここからだったのだ。
***
サラは結婚後、シュヴァール家の財政に目を付けた。
シュヴァール家は広大な領地を持つ、公爵家に相応しい名門貴族であったのだが、その領地経営は決して芳しくはなかった。
経済的に破綻しているわけではないのだが、十の土地や人口があるのに、六か七の儲けしか出ていない、そんな状態であった。
サラはそこにメスを入れた。
農地開拓を奨励し、収穫を増やす。
商人や職人に補助金を出し、産業を活性化させる。
無駄の多い部分は削り、汚職役人などには厳正に対処する。
逆に、領民を細部まで見られる仕組みづくりを構築していく。
こういった改革は全てが上手くいき、シュヴァール家はこれまで以上に骨太な貴族となった。
サラの活躍は自分の領地では収まらない。
ある国の使者が王城にやってきていた。サラも公爵家の人間としてこれに立ち会う。
が、この時、城の人間の不勉強で「お前の国は蛮族国家だ」と言っていると思われても仕方ないレベルの無礼を働いてしまう。
使者は自国の言語で激怒する。王城にはこれに対応しきれる人間がいない。
この時サラが動いた。
『使者様、このたびの無礼、心から謝罪します』
『おおっ、君は我が国の言語を流暢に操れるのだね』
『興味があり、勉強していたことがありまして……』
サラは語学力にも長けており、使者をジョーク混じりの巧みな話術でなだめ、事を収めてみせた。
あれだけ怒っていた使者は、帰る頃には「この国をすっかり気に入りました。ぜひ友好関係を結びましょう」と感想を述べるほどだった。
他国との戦争中の騎士団の陣地に招かれたこともあった。
相手が優勢であり、騎士団の長はサラのひらめきに賭けたのだ。
サラは地図を一目見るなり――
「この隘路……ここに兵士を配置しましょう」
「……ここに?」
「ここを拠点としてしまえば、敵は一気に攻めにくくなりますし、逆にこちらは攻める守るも罠を仕掛けるも思いのままです」
「これは……思いつかなかったな」
サラの話した策は奇手ともいえる妙手であり、見事に当たった。
騎士団は瞬く間に戦況をひっくり返し、敵軍に痛手を負わせ、退却させることに成功した。
このように、フェアトと結婚してからというもの、サラという花畑に眠っていた才能という蕾の数々が爆発的に開花する。
大きな仕事ほど、重い責任がのしかかった時ほど、危機的状況であればあるほど、その秘めた力を発揮する。
彼女はいわば『肝心な時にしか役に立たない女性』だったのだ。
もしもさして大きな問題も起こらない並みの家に嫁いでいたなら、彼女はその力を発揮することなく一生を終えていただろう。
そして、王国はあらゆる面で大打撃を受けていたことだろう。
今やサラは国の英雄といっても差し支えない。
かつて、サラを“大穴令嬢”などと蔑んでいた者たちはそのことを心から恥じた。
***
ある日、サラとフェアトは王都にて、新聞社のインタビューに応じた。
夫人となったサラはだいぶ垢抜けたが、未だに狐色のドレスを愛用しており、かつての面影は残っている。
一方のフェアトは容姿端麗ぶりにますます磨きがかかり、独り身だった頃以上に女性の目を引く存在となっている。
記者が、まずはサラに「今のお気持ちは?」などの質問を投げかける。
「フェアト様に見初めてもらって以来、毎日が充実していて、楽しくて……とても幸せです。これからもフェアト様と一緒に、幸せな日々を過ごしていければいいなぁ、と思います」
可もなく不可もなくといった回答。あまり面白いものではない。
が、“肝心な時”ではないサラとしては上等といえるだろう。
続いて、フェアトに質問が向けられる。
話題はやはり――
「あの夜会でのいきなりの“婚約して欲しい宣言”には、誰もが驚いたことと思います」
「あれは我ながら、思い切ったことをしたなと思っているよ」
フェアトが苦笑する。
「しかしそれ以上に、フェアト様の慧眼には誰もが驚いているところですよ」
「ん? 慧眼?」
「はい。あの時すでにフェアト様はサラ様の秘めた才能を見抜いておられたんですよね?」
「いや……彼女がこんなにすごい女性だと知ったのは、結婚してからだったが」
記者たちがざわつく。
「では、サラ様からなにかすごいオーラのようなものを感じた、とか?」
「いや別にそういうこともなかったな」
「ということは、サラ様の生家であるビホーク家の事業に魅力を見出していたとか? ビホーク家の絹産業はちょっとしたものですから」
「いや……失礼ながら、当時はどういう家かも知らなかった」
話が今一つ噛み合わない。
そこで記者は、ずばり聞いてみることにした。
「フェアト様、あなたはいったいサラ様のどこに惹かれて、あの婚約宣言をなさったのですか?」
「え? 顔だけど」
おわり
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