待ちぼうけの便り
郵便局に勤める手塚正は、今日もバイクで郵便物を配達していた。
ー今日は風が強いな。
秋の風は冷たく、雨が少し混じっていた。それでも外務の仕事は辞めるわけにはいかない。雪が降ろうが、槍が降ろうが、バイクを飛ばすのだった。
ーきついけれど、自分には合っている。
正は1カ所の場所にいるよりも、色んな場所に行けるほうが楽だった。そのほうが自由に動けるし、誰の視線も感じす、伸び伸びとできた。
ー次はここの家だな。
バイクを停め、郵便物を取り出すと、ポストへ入れる。最近は物騒になっているせいか、ポストも鍵つきのものになっている場合もあった。
ーよし、次だ、次。
バイクに再び跨がると、すぐ横の家に停まる。正が郵便物を出している間に、先程の家の玄関が開き、家人が郵便物を取りに来る姿を横目で見る。鍵を開け、中から郵便物を出すと、住所と名前を確認したのか、家の中へ戻っていく。
ー届け甲斐があるなあ。
郵便物を楽しみにしてくれているのではと想像し、正はポストへ手をかける。挨拶くらいしてくれてもいいのではと思う時もあるが、気恥ずかしいし、正も人見知りなので、後から来てくれるほうが嬉しかった。しかし、1軒だけ特別な家があった。
「ーあの」
いつも配達時間になると、ポストの横で待っている女性がいた。歳は30代くらいだろうか。綺麗というより、可愛い感じの女性で、田舎にしてはおしゃれだった。
「お世話になっております」
バイクを停め、挨拶すると、女性が近づいてくる。
「今日も手紙かハガキはありますか?」
「え…。えっと…ちょ、ちょっと待ってくださいね」
じっと見られると作業がしづらいのだが、ここの女性ー石原みおは真剣な眼差しだった。何を待っているのか知らないが、ずっと待っているのである。
ー何があるのだろう?
疑問に思いつつも、石原家の郵便物を探す。どうやら市役所からの封書のようだった。
「今日はこれです。…どうですか?」
彼女が何を待っているのか知りたくて、少し上目遣いで見ると、みおはため息を吐く。どうやら目的のものではないらしい。
ー何だか、泣きそうな勢いだし。困ったな。
不安そうに見ていると、みおは頭を下げてくる。
「お疲れ様です。どうもありがとうございました」
「は、はい…」
緊張気味に答えると、みおが去ろうとする。それが何故か気になり、正は思わず声を出していた。
「あ、あの…!!」
「…は、はい?」
みおが振り返り、正をじっと見つめてくる。口下手の正は女性が基本的に苦手だが、みおみたいに芯が強そうなタイプは好みだった。
「いつも何を待っているんですか?」
思いきって聞いてみると、みおは目を大きくし、びっくりしたようだった。そして何故か涙をこぼしてくる。
ーこ、これは…。困ったな。
まさか泣かれると思わなかったので、正はおどおどとする。こういう場合、何と声をかけていいのか、分からなかった。
「す、すみません…。取り乱して」
「い、いいえ。いいのですが…。毎日毎日、待たれているので、何がそんなに大事なものなのか、教えていただければ、すぐに届けるのですが」
正直なことを口にすると、みおは涙を拭い、顔を上げてくる。その姿は気丈であり、太陽の光が集まってくるような華やかさを感じる。
「実は…主人からの手紙を待っていて…」
「ご主人からの…? 失礼ですけど、どこにいるんですか?」
「オーストラリアです」
「お、オーストラリア!?」
そうくるとは思わず、大きな声が出た、みおの夫は海外に単身赴任しているのかと合点がいく。
ーどうりで、毎日、待っているわけだ…。心配だものな。
海外に行ったことはないが、遠く離れた場所にいなければならないことを考えると、何だか切なくなってくる。
ー事件、事故に巻き込まれていないか、ご飯はちゃんと食べているか気になるものな…。
正は同情し、みおに優しく伝える。
「ご主人からの手紙、あったら真っ先に届けますね」
「え…。いいんですか?」
「俺の仕事は、手紙やハガキを届けることです。皆さんの嬉しそうな顔が見たいですし。ご主人の名前はちなみに…?」
「石原恭平と申します。真面目で几帳面なので、そろそろ便りをよこしてくれると思うのですが…」
「そうですか。毎日、調べてみますね」
「申し訳ありません。私事で…」
「いいえ、いいんですよ。皆さんに幸せを運ぶと思えば」
「よろしくお願いいたします」
綺麗にお辞儀するみおに対し、正も軽く頭を下げると、次の配達場所へ向かったのだった。それからというもの、正は郵便物をより大切に、そして詳しく調べるようになった。
「…今日はないようだな…」
郵便局内でぼそりと呟くと、同僚の伊藤健が話しかけてくる。
「何がないんだ?」
「い、いや、何でもない。今日も雨かと思って」
「そうだよな。俺らはどんな天気でも、外に出なければならないしな。大変といえは、大変だけど、やり甲斐はあるわな。おばあちゃんから野菜をもらったりとか」
「田舎ならではのことだよね。俺もこの前、キャベツをもらったし」
「ありがたいよな。自分の仕事に誇りをもてるし」
「うん。本当に嬉しいよね」
簡単なやり取りをすると、それぞれのバイクに向かう。
ーみおさんは今日も待っているはずだ。
緊張と少しの興奮を抱えながら、バイクを走らせる。1軒1軒、ポストに投函していくと、次にみおのうちになった。
「おはようございます」
みおはやはりポストの横で待っており、石を蹴っていたようだった。正からの挨拶に慌てて繕い、口を開く。
「おはようございます。それで、あの…?」
「あの…申し訳ありませんが、ご主人からの手紙はありません」
辛かったが事実を伝えると、みおが表情を崩し、涙目となる。
「そうですか…。分かりました。ありがとうございます」
「は、はい。…あの!!」
このままでは終われないと思い、正から話しかける。みおは不思議そうな顔をしたが、正は唇を湿らせる。
「手紙があったら、真っ先に持ってくるので、待ってもらえませんか? お願いします」
「あ、あの…そこまでしてもらっては、悪いような」
「いいんですよ。そのために俺達は仕事をしているんですから」
しっかりした声で言うと、正は郵便物を渡し、バイクに跨がる。
「じゃあ、また」
「はい」
短いやり取りをし、その場を去っていく。それから1週間くらい経った頃、正はついに発見した。
「あ!! あった!!」
思わず大きな声を出してしまい、正は周りを見回す。皆、不思議そうにしていたが、正だけは「あはは」と喜びの笑いをする。
ー石原恭平、間違いない。
手紙というよりはハガキだったが、文章を見る限り、心の優しいご主人のような気がした。大体、字を見れば、その人の性格が分かってしまうのである。
「俺、ちょっと行ってきます!!」
「おい、手塚!! 早くないか!!」
「急ぎなんだよ、ごめん」
そう言うと、バイクに乗り、石原家を目指す。みおはいつもの位置に立っており、朝から待っているのだろうかと心配になる。
「あ、郵便屋さん。今日は早いんですね」
「は、はい。…あの、すっと待っていたんですか?」
「はい。恥ずかしながら…」
俯くみおに対し、正は急いでハガキを取り出す。
「ーはい。今日はありましたよ」
「え…。ええ!! 本当に!?」
大きな声に慌てて口に手を当てたが、正は嬉しいのは当たり前だと分かっていた。みおは震える手で、ハガキを受け取る。
「…よ、良かった…!! やった、やっとだわ…!!」
みおが号泣し始めたので、正は慌ててポケットを探す。ハンカチを差し出そうとしたのだが、みおが手を振って断ってくる。
「良かったですね、ご主人からの手紙」
「は、はい…。本当にありがとうございます。ーそれであの、今日は早かったんですか?」
「え、えっと…約束しましたから。真っ先に持っていくって」
「…ありがとうございます。約束を守ってくれて」
ハガキを大事そうに胸に当て、みおは満面の笑みを浮かべる。
ーそう。 この顔が見たくて働いているんだよな。
正も安堵の表情を浮かべると、バイクに跨がる。
「じゃあ、また。郵便局をよろしくお願いいたします」
「はい。よろしくお願いいたします」
2人は穏やかに言葉を交わすと、正はバイクを動かす。
ー良いことをした日は、気持ちがいい。
風を浴びながら、正は次の場所へ向かったのだった。




