元聖女の予言した国家滅亡は現実となった。
聖女アイギナの引退はアフール国民を震撼させた。
わずか20歳にしてアフールの聖女に選出された彼女は、それ以来70年以上この国に尽くしてきたのである。
どんな病気や怪我も身分を問わずに無償で治してきた彼女は、伝説の聖女として国民から絶大な支持を得ている。
「すみません、集まってもらってもよろしいでしょうか」
アイギナは引退した翌日、城下町の広間に国民たちを集めて演説を始めようとしていた。
アイギナの演説に興味を抱いた人々が集まると、彼女は突然謝罪を行った。
「みなさん申し訳ありません」
「えっ、どうしたんですか?」
「アイギナ様を責める理由がどこにあるんですか?」
理由を説明せずに突然謝罪をした彼女を相手に、アフール国民たちは困惑していた。
「私は最後の聖女になるかもしれません」
「えっ?」
「何でですか?」
「アイギナ様の後釜を務めるのは荷が重いですよね」
次期聖女の選出がまだ済んでいない。
アイギナはその責任が自分にあるとアフールの人々に頭を下げた。
彼女の聖女歴はあまりにも長い。
現国王イディエットや大臣が生まれた時、すでにアイギナは聖女を務めていた。
だから彼らはアイギナ以外の聖女を知らなかった。
「陛下、私を基準にされては、次期聖女はいつになっても見つかりませんよ」
「はっはっはっ、そうかもしれないな」
「笑い事ではありません!」
「なに、お前に並ぶ者がいないのなら少しくらい妥協はするさ」
少しの妥協でなんとかなる問題ではない。
アイギナは過去に何度もイディエットに認識の甘さを説いていた。
イディエットは決してアイギナの言葉を軽んじていたわけではない。
しかし、イディエットはアイギナがどれだけ規格外の聖女であるかを知らなかった。
「なので、この国はあと10年も持たないでしょう」
イディエットは次期聖女を選出することができない。
だから、この国は滅亡すると予言した。
「アイギナ様、いくらなんでも大袈裟ですよ」
「アフールはこれだけの大国なんです。きっと新たな聖女様も見つかりますって!」
「聖女様が不在になるのは不安ですけど、治癒師の冒険者もたくさんいますから」
彼らのアイギナに対する信頼は厚い。
しかし、彼女が一人いなくなるだけで、この国が終わりを迎えるとは誰も信じなかった。
何より信じたくなかった。
この国にはたくさんの治癒師が冒険者として滞在している。
だから、彼らに支払うお金さえあれば病気や怪我の心配はないと考えていたのだ。
そんな人々の楽観を裏付けるように一人の治癒師が、怪我や病気を患った者たちから支持を集めていた。
「治癒師さん、ありがとうございます」
「お金さえ渡してくれれば、またすぐに手当てするから安心してくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
まるでアイギナの代わりは私が務めると言わんばかりに、彼女は積極的にアフールの人々を手当てしていた。
そんな彼女はアイギナの予言について聞かれることも度々あった。
「治癒師さんはアイギナ様の予言についてどう思いますか?」
「アイギナ様はもう魂が変化してしまったんだと思います」
彼女は決まってそう答えていた。
その言葉に少なからず反発を示す者はいた。
しかし、アイギナが聖女を引退したこれからを前向きに生きたい人々は、彼女の言葉に賛同するようになっていった。
「このアフールは危険です」
一方のアイギナはそれからも人々に滅亡の予言を唱え続けた。
「アイギナ様もお歳で魂が変化してしまわれたか」
「ああ、可哀想に」
「神様はなんて無慈悲なんでしょう」
そんな彼女を人々は憐れんでいた。
あのアイギナでさえ、魂の変化には抗えなかったのかと……
「もう私の役目はおしまいなんですね」
自分の言葉はもう人々に響かない。
全てを諦めたアイギナはアフールを離れて、山奥の小屋で余生を過ごした。
アフールを離れてから約二年が経ったある日、彼女は人知れずにその生涯を終えた。
後に山小屋で息を引き取った彼女が発見されると、アフールでは盛大に葬儀が行われた。
「あなたほどの聖女でも、天寿には抗えないんですね」
葬儀に参加していた一人の治癒師は、儚げにアイギナの死を追悼した。
まるでアイギナだけは永遠に生きると思っていたかのように……
アイギナがこの世を去った翌年、アフールでは異変が起きていた。
「ばあさんや、今年は麦が実らんねぇ」
「ええ、困ったもんですねぇ」
農業を営む老夫婦は麦の不作を嘆いていた。
収穫量は例年の4割ほどで、二人にとっては子供の時以来の不作だった。
「今年は虫が多いな」
「稲がやられちまってる」
「豆も食いつくされちまってる」
「雨が少なくて大変だわ」
「俺のほうは獣にやられちまってるわ」
天候不順、害虫、害獣、病気など理由は様々だったが、大半の農家が何かしらの原因で作物の収穫量を減らしていた。
「おいおい、この物価はどうなってるんだよ!」
「こんなに価格を釣り上げられたら、生活できないわよ!」
農作物の不作は物価の高騰に繋がった。
商人たちは仕入れに応じた価格を付けていたに過ぎない。
しかし、アフールの人々の間では、不作に付け込んだ買い占めを指摘する声が相次いだ。
「おいっ!待て!」
「何があったんだ?」
「泥棒だよ!」
「ああ、お宅の店でもですか」
物価の高騰は人々の生活基盤を蝕み、不法行為を働く者が相次いだ。
暴言もそこら中で飛び交うようになり、餓死した人々が路上で放置されている光景も今や珍しくない。
「なあ、もしかして……」
「なんだ?」
「これってアイギナ様の予言の始まりなんじゃないか?」
「お、おい。恐ろしいことを言うんじゃねぇよ!」
「わりぃ、けど俺も恐ろしいんだよ」
アフールは10年以内に滅亡する。
急激な治安の悪化に不安を募らせた人々は、アイギナの予言を思い起こすようになっていった。
治安の悪化に不安を感じる人々が増えている中、更なる事件が発生した。
「うわー、魔物が街に入ってきたぞー!」
「きゃー!」
「魔物だと!」
街へ侵入してきた魔物たちは、その場に居合わせた冒険者によってすぐさま討伐された。
怪我人もおらず、目立った被害はない。
しかし、市街地に魔物が侵入する経験のないアフール国民は、正気ではいられなかった。
「やっぱアイギナ様の予言は本当だったんだ」
「聖女よ!新たな聖女が必要なのよ!」
「王様はどうして新たな聖女を選出しないんだ!」
アフール滅亡の予言に対する不安の声は、日増しに高まっていく。
一部の地区では暴動も起こり、死者も発生していた。
このまま何もしないわけにはいかない。
国民の暴動に頭を悩ますイディエットは、ついにその重い腰を上げた。
「聞けぇ!」
バルコニーから発せられたイディエットの声は、一瞬にして国民の視線を釘付けにした。
「愛すべき我が国民へ告ぐ!次期聖女の選出が難航しているのはアイギナの言う通りだ。しかし、この国王イディエットがいる限り、この国は不滅である!」
イディエットの力強い演説は予言への不安を鎮静化させた。
だが、再び暴動が起こるのは時間の問題だ。
再び暴動が起きれば、その勢いはこれまで以上に過熱する。
だからこそ、急ぎ聖女の選出をしなければならなかった。
「お触れを出せ!」
「ははっ!」
イディエットは国民全員に向けて、聖女候補を募るべくお触れを発した。
【我こそはこの国の聖女にふさわしいと思う者は名乗りを上げよ。才能さえあれば、身分、年齢、出身国、履歴、性別は問わない】
「男でも聖女っていうのか?」
「さぁ?」
「選出されたら名称を変えるんじゃないか?」
「まっ、王様もやっと新たな聖女様を迎えるために本腰を上げたんだ。細かいことは気にするもんじゃないだろう」
「それもそうだな」
身分や出身を問わないこのお触れは人々の注目を集めるには十分な効果があった。
これまでのアフールがきっと戻ってくる。
皆がそう信じていた。
後日、お触れを見た冒険者の中から、三人の治癒師が聖女候補として名乗りを上げた。
300人以上のS級冒険者と面識があると豪語するルシア。
勇者パーティの一員だったというリィン。
災害現場へ赴き多くの人々を救ってきたキリア。
三人とも優れた実績のあるS級冒険者であり、彼女たちならアイギナの後釜となれる。
イディエットはそう確信していた。
だが、実際のその力を披露してもらうとイディエットは深く落胆した。
「話にならん!」
「そうですか……」
「そんな……」
「……」
イディエットの目に映った彼女らは、三人とも普通の治癒師だ。
Sランク冒険者であるかどうかさえ疑わしい。
イディエットは聖女に必要な資質は次の三点だと主張する。
・怪我や病気の治療を完璧にできること。
・大地に恵みをもたらす豊穣の力を自由自在に扱えること。
・魔物を寄せ付けない結界及び、魔界へのゲート封鎖を維持できること。
聖女候補として名乗りを上げた三人は、豊穣魔法や結界魔法を扱えない。
その上、治癒師としての腕前もアイギナには遠く及ばなかった。
そもそも国の上層部以外は聖女が豊穣魔法、結界魔法に精通していることを知らない。
だからそれら全ての素質を兼ね備えた聖女候補が現れるはずもなかった。
「お前たちは本当にS級冒険者なのか?」
「そうですよ。これがS級冒険者である資格者証です」
ルシアは能力を疑問視するイディエットに向けて、S級冒険者であることを証明する資格者証を提示する。
彼女に続きリィンとキリアも資格者証を提示した。
「うむ。間違いないのだな」
提示された資格者証はいずれも本物だった。
しかもルシアに至っては、Sランク冒険者の中でも選りすぐりの人材であることが記されていた。
「あのー、あたしからも質問いいですか?」
「どうした?」
「治癒魔法、豊穣魔法、結界魔法を完璧レベルで使いこなせる人材って、そもそも実在するんですか?」
アイギナのことを知らないリィンは、イディエットの求める人材がこの世にいる存在とは思えなかった。
「は?」
逆にイディエットはアイギナ以外の聖女を知らない。
そのため、リィンの質問をすぐには理解できなかった。
「世界中のS級冒険者と関わってきたけど、アイギナ様以外でそんな人は見たことないんだよね」
「私もないです」
「勇者パーティでさえ、そんな人はいなかったですよ」
彼女らの言葉を聞いたイディエットの顔が青ざめる。
アイギナからは自分を基準に考えてはいけないと言われたことをようやく実感したのだ。
世界中のS級冒険者と面識のあるルシア、さらに勇者パーティの一員であったリィンの二人でさえ、アイギナを神格化していた。
その事実がイディエットに重くのしかかる。
「仮にアイギナ様と同等の人材を求めるなら、300倍の人件費が必要じゃないですか?」
今度はキリアが人件費の問題を指摘する。
「さ、300倍だと!?」
イディエットがアイギナに与えていた給与は月給10万ゴールドほどだ。
この金額はアフール国民が得ている平均収入の3倍ほどになる。
その金額にアイギナが不満を口にしたことはない。
だから、イディエットはアイギナに支払っていた給与に疑問を抱いたことすらなかった。
「予算の見直しが必要ですか」
ひと月あたり3000万ゴールドの支出が必要ともなれば、財政に影響が出る。
イディエットの隣に控えていた大臣が、キリアの話を聞き、頭を抱えた。
「でも何でアイギナ様はアフールが滅亡するって予言されたんでしょう?」
「私は魂の変化が原因だと思ってましたが、恐らく別の理由がありますよね」
ルシアとキリアはアイギナの予言に疑問を抱いていた。
「すまぬが、私にも分からぬ」
だが、彼女の真意をイディエットは正しく理解していなかった。
「えぇ……」
何も知らないイディエットに三人は呆れていた。
しかも大臣さえ理解していない。
アイギナは王宮に勤めていた頃、このままではアフールが滅亡すると彼らにも説いていた。
しかし、ただの誇張表現だろうとそこまで本気にすることはなかった。
それに彼女に代わる聖女はすぐに見つかると思っていたからだ。
「アイギナ様の遺書はあります?」
「遺書の話は聞いていないが、余生を過ごしていた山小屋に何かあるかもしれない」
「調査に行ってきていい?」
ルシアはアイギナの真意を探るべく、調査の許可を求めた。
「ああ、頼むよ。あと、このことは内密にな……」
何も知らないイディエットも彼女の真意を知りたい。
そんな思惑からルシアの要望を快諾した。
アイギナが余生を過ごした山小屋へリィンとキリアも同行した。
一見すると何の仕掛けもない普通の山小屋だ。
だが、アイギナのことを知るルシアは彼女の癖を知っていた。
「あの人のことだから、多分どこかに手記を書き残してると思うんだよね」
そう口にした彼女はすぐに施された仕掛けを見つけると、地下への隠し通路を発見した。
「ルシアさん、すごいですね」
「驚きました」
ルシアの洞察力に驚く二人は、この時から少しずつ彼女への信頼を高めていった。
「あっ、これって……」
「アイギナ様って人に物事を教えるのが苦手だったんですね」
次期聖女候補の育成は上手くいかずに、イディエットや大臣にはアフールが置かれている状況を正しく理解してもらえない。
さらにアフールの国民からは高齢による魂の変化を疑われてしまい、避難誘導の必要性さえ理解してもらえない。
何もかも自分一人でやってきてたのが裏目に出た。
アイギナはそんな後悔を綴っていた。
「あの、これって……」
他の手記に目を通していたリィンは、その内容に焦りを感じていた。
「まずくない?」
「ルシファーって最高位の魔王でしたよね?」
ゲートの封印が破られたなら、この地に魔王ルシファーが降臨する。
アフールは人間界と魔界を繋ぐゲートのすぐ近くにあり、元々は封印を維持するために築かれた拠点でしかなかった。
その拠点が聖女の加護と共に発展したのが今のアフールだったのだ。
「急いで報告しよう!」
「はい」
「分かりました」
ルシアは二人と共に王宮へ戻り、イディエットに手記の内容を伝えた。
「なっ……」
イディエットは彼女たちの報告に頭を抱えた。
ゲートの封印を維持できなければ、この地はルシファーに蹂躙される。
しかし、封印を維持するには20人以上のS級結界師が必要だ。
「アイギナはS級結界師20人以上の仕事を一人でこなしてきたのか……」
「それも知らなかったんですか……」
ルシアは呆れた口調だ。
「……」
何も知らなかったのは大臣も同じだった。
二人はゲートの封印を最優先とするよう教えられてきた。
しかし、ゲートの封印が何を意味するかは理解していなかったのだ。
「アイギナ様が後悔を綴っていた理由が分かった気がします」
天才的な聖女の才能と、伝達能力の欠如、さらには長年の貢献が人々の常識を奪ってしまった。
だからこそ、その穴埋めを自分でしなければならない。
そうした意識がさらに彼女を聖女であり続ける理由に繋がってしまった。
先代のアフール国王はアイギナに依存しすぎていることを自覚していたが、イディエットにはその自覚すらない。
アイギナの庇護を受けたアフールこそが、彼にとっての常識だったからだ。
アイギナは享年92歳で、イディエットは今年で40歳となり、大臣は51歳となる。
つまり、生まれた頃からアイギナの庇護ありきのアフールしか知らない。
アイギナがもたらした「当たり前」は、彼らの常識を歪ませるには十分すぎた。
「私は一体どうすれば……」
「ルシファーを迎え撃とう!」
頭を抱えるイディエットに対し、ルシアは力強く提言した。
アフールには優れた冒険者が何人も滞在している。
大昔とは状況が違う。
だから、今ならルシファーに打ち勝てる。
そんなルシアの主張にイディエットは頷く。
ルシファーさえ討てば、新たな聖女を見つけられなかった自身の汚点を帳消しにできる。
そう考えていたからだ。
「封印はいつ破られる?」
「ルシファーの眷属が現れたら、あと三ヶ月が限界かな?」
「ルシファーの眷属?」
「天使みたいな魔物だよ」
白い天使の羽根と、黒い悪魔の翼を併せ持つ魔物。
それがルシファーの眷属だとルシアは語る。
「ルシアさん、よくそんなことを知ってますね」
「勇者の彼も知らなそう」
「知り合いは多いからね」
多くの人脈を持つルシアは三人の中で誰よりも頼りになる。
そう考えたイディエットは彼女をルシファー討伐作戦の総司令に任命した。
「へ、陛下!大変です!」
「どうした?」
一人の兵士が王宮に駆け込んできた。
「未知の魔物が何体もアフールに!」
「怪我人は?」
「幸い居合わせた冒険者のおかげで怪我人は出ていませんが……」
「何が起きている?」
「国民はパニック状態です」
「……」
アフール国内では各地で暴動が起きていた。
飢餓に苦しむ者も増えて、治安の悪化が著しい。
そんな状況下で未知の魔物が街の中に入ってきたのだ。
「一つ聞きたいんだけど、白い羽根と黒い翼を持つ天使みたいな魔物はいた?」
ルシアは駈け込んできた兵士にルシファーの眷属がいたかを確認する。
「はい、いました!」
「じゃあもう時間がないね」
「え?」
駆け込んできた兵士はルシファーのことを知らない。
そのため、理由を訊ねようとしたが、今度はキリアが話を切り出した。
「ルシファーを迎え撃つなら、まずは国民の避難をしませんか?」
「そうだな」
イディエットはキリアの提案に則り、国民の避難誘導を開始した。
そして数カ月後、ついにその時がやってきた。
ゲートに施された封印が完全に破られ、魔物たちは次々と溢れ出す。
その魔物たちを迎え撃つべく、ルシアが指揮するはずだった。
「ルシアはどこ?」
「おい、ルシアはどこにいった?」
「ルシアさん、指令をお願いします!」
ついさっきまでいたはずの彼女がどこにもいない。
総司令が不在となった冒険者たちは各々の判断で魔物を迎え撃つ。
統率が取れておらず、強力な魔物を相手に次々と死体が積み重なっていく。
そんな状況下でゲートから、12枚の翼を持つ魔物が現れた。
「あれって……」
「間違いないよ、あいつがルシファーだ」
眷属同様に白い羽根と黒い翼を持つその姿に、ゲートの奥から現れた巨大な魔物を誰もが魔王ルシファーだと気づいた。
「ルシアは何をしているんだ!」
苛立つイディエット。
そんな彼に対し、ルシファーが近づいてきた。
「ふふふっ」
「その声、お前はまさか……」
ルシファーの近くにいた者たちは皆耳を疑った。
彼女の声はルシアにそっくりだったからだ。
「ルシアなの?」
「そうよ、リィン」
そう、聖女候補として名乗りを上げたルシアは、魔王ルシファーの肉体から分離した魂だったのだ。
「人間と共生できていたのにどうして……」
「呆れるほどの愚かな種族とどうして共生したいと思うの?」
「そんな愚かな人ばかりじゃ……」
「あなたもその愚か者の一人よ」
「えっ?」
「300年以上肉体を封印されていた私は伝承でしかその存在を知られていなかった。なのに眷属の正体を喋ってしまった私の正体にあなたは何の疑問も抱かなかった」
「うぐっ……」
「勇者パーティの一員だったあなたは、誰よりも私の正体に気づく義務があったのにね」
「ご、ごめんなさーーーい」
名指しで失態を指摘されたリィンは思わず泣き出してしまった。
「ルシア、あなたがアイギナ様の魂の変化を口にしていたのは……」
「聖女不在の危機意識を遠ざけるためよ」
「やっぱりそうだったのね」
ルシファーはアイギナ引退の直後から、封印を破るために暗躍していた。
キリアはその事実に気づいたが、すでに手遅れだった。
「あなたがルシファー討伐を提案したのも……」
「まだ結界師を集めれば封印を維持できる可能性があったからよ」
「……」
完璧な封印には20人以上の人材が必要だった。
だが、数人だろうと封印が破られる前の時間稼ぎくらいはできた。
時間さえ稼げれば、その間に優秀な結界師をスカウトできるチャンスがあった。
だからルシアは封印の維持が不可能なことを強調して、ルシファー討伐の案を出していたのだ。
「そうだ、朗報よ。イディエット」
「何が言いたい」
「肉体を取り戻した今の私なら、あなたの求めていた聖女の条件を満たしてる」
「……」
イディエットの求めていた聖女の条件。
皮肉にもその条件を初めて満たせたのは、今まさにアフールを滅ぼさんとしているルシファーだったのだ。
「さあ、終わりよ!」
ルシファーの放った光はアフールの商店街へと向けられ爆発を起こす。
すると最近まで大勢の人々で賑わっていた街並みが、一瞬で焦土と化した。
ルシファーの力は圧倒的で、太刀打ちできるはずがない。
冒険者たちは次々と戦意喪失し、抵抗さえせずに倒れていく。
次々と倒れていく同胞たちを前に、イディエットは己の無知と浅はかさを呪った。
「アイギナよ、私がもっとお前の言葉を真剣に聞いていれば……」
「ふふふっ、あなたが変われても結果が変わらなかったよ」
「……」
「あなたたち人類はアイギナの才に依存しすぎたの。だからそのツケを払う時がきた。ただそれだけよ」
イディエット一人の責任ではない。
人類の愚かさが招いた結論だ。
ルシファーはそう告げると、アフールの全てを焼き尽くした。
「アイギナ、あなたの功績と過ちは私が後世まで伝えてあげるよ」
ルシファーはアイギナと同じく孤高の存在だった。
そんな彼女は自らの手で滅ぼしたアフールの光景に想いを馳せていた。
「儚いものね」
アイギナの築いてきたこのアフールでさえ、いなくなった途端にこの有様だ。
ルシアとして長い人間生活を送ってきたルシファーだったが、彼女は決して人類に共感することはなかった。
それでも最大の敵であるアイギナにだけは、密かな共感を覚えていたのだった。




