98杯目「ルーナの汚染」
俺は、金色に光る酒を手に、最も近くにいた怪物化した人へと駆け寄った。
さっき、自分の腕を必死に止めていた——あの父親だ。
彼は、まだ膝をついたまま、娘を襲わないように自分の腕を掴んでいる。
その姿が——。
痛々しくて、でも、美しかった。
「頼む……飲んでくれ……!」
俺は、口元に酒を近づけた。
怪物化してしまった父親が、苦しそうに目を開ける。
その目に、一瞬だけ人間の光が戻った。
そして——。
ゆっくりと、口を開けた。
俺は、慎重に酒を口に流し込む。
金色の液体が、父親の喉を通っていく。
その瞬間——。
「ぐ……うぅ……!」
父親の体が、光り始めた。
淡い金色の光が、全身を包み込む。
黒い霧が——。
体から、剥がれ落ちていく。
歪んだ体が、元の形に戻っていく。
牙が消え、爪が縮み、膨れ上がった筋肉が元に戻る。
そして——。
「あ……あれ……?」
父親が、人間の声で言った。
完全に、人間に戻っている。
「効いた……! 酒が、効いたんだ!」
俺は、叫んだ。
「みんな! この酒を飲ませろ! 人間に戻る!」
マーカス、リリア、マリア——。
みんなが、一斉に動き出した。
ドワーフの三人組も、酒の瓶を持って怪物化してしまった人達に駆け寄る。
「飲ませるぞ!」
「おう!」
次々と、怪物化してしまった人達に酒が飲ませられていく。
そして——。
金色の光が、広場全体を包み始めた。
怪物化してしまった人達が、一人、また一人と——。
人間に戻っていく。
「効いてる……効いてるわ……!」
ルーナが、涙を流しながら言った。
その声は、希望に満ちていた。
「お父さん!」
さっきの少女が、父親に駆け寄る。
「……娘……?」
父親が、娘を抱きしめた。
二人とも、泣いていた。
その光景を見て——。
俺も、涙が出そうになった。
よかった。
本当に——。
よかった。
「アル! もっと酒を!」
マーカスが叫ぶ。
「ああ! ドラ、まだあるか!?」
「もちろんだ! まだ樽いっぱいあるぜ!」
ドラが、醸造所を指差す。
「よし! 全部使え! 一人残らず、助けるんだ!」
俺は、叫んだ。
兵士たちも、酒を持って怪物化してしまった人達に駆け寄る。
広場のあちこちで、金色の光が輝いている。
救われていく。
みんなが——。
人間に戻っていく。
でも——。
「まだ、怪物化してる人達が増えてる……!」
リリアが、叫ぶ。
見ると——。
黒い霧が、まだ広場に立ち込めている。
新たに霧を浴びた住民が、次々と倒れて怪物化していく。
「くそ……霧を止めないと……!」
俺は、歯を食いしばった。
いくら酒で治療しても、霧が止まらなければ——。
きりがない。
「ノクト! もう一度、風を!」
ミアが叫ぶ。
黒い龍が、再び翼を羽ばたかせた。
強烈な風が、霧を吹き飛ばす。
でも——。
すぐに、また霧が立ち込めてくる。
「ダメ……霧の発生源を、どうにかしないと……!」
ミアが、唇を噛む。
「発生源……!?」
俺は、広場を見回した。
黒い霧は、どこから来ているのか?
その時——。
「あの、巨大な化け物だ……!」
マーカスが、広場の中心を指差した。
そこには——。
まだ、あの三つ頭の巨大な化け物がいた。
その全身から、黒い霧が噴き出している。
「あいつが、霧の元凶か……!」
俺は、剣を握りしめた。
あの化け物を、どうにかしなければ——。
でも、どうやって?
その時、ルーナが前に出た。
「私が……あの化け物を、止める……!」
ルーナが、杖を構える。
でも——。
その手が、震えている。
「ルーナ、待て! お前、もう限界だろ!?」
俺は、ルーナを止めようとした。
でも、ルーナは首を振る。
「大丈夫……まだ、魔力は残ってる……」
「嘘だ! お前、さっきから魔法を使いすぎてる!」
俺は、叫んだ。
怪物化した人々を光で縛り、足を止め、時間を稼ぐために——。
もう、体力も魔力も限界のはずだ。
「でも……!」
ルーナが、俺を見た。
その目には——。
強い決意があった。
「私が、やらなきゃ……!」
「ルーナ……」
「アルは、酒を作ってくれた……マーカスは、みんなを守ってる……リリアも、マリアも、みんな頑張ってる……!」
ルーナの声が、震える。
「私も……私だって……!」
「私は、この王都の姫なのよ!ここで私が頑張らないと……!」
その言葉に——。
俺は、何も言えなくなった。
ルーナは——。
ずっと、そう思っていたんだ。
自分が、みんなの足を引っ張っているんじゃないかって。
自分だけ、何もできていないんじゃないかって。
「……分かった」
俺は、ルーナの肩に手を置いた。
「でも、無理はするな。俺が、一緒に行く」
「アル……」
ルーナが、微笑んだ。
その笑顔は——。
少し、寂しそうだった。
「ありがとう……でも、大丈夫」
ルーナが、前を向く。
「私、頑張るから」
そう言って——。
ルーナは、化け物に向かって走り出した。
「ルーナ!」
俺も、後を追う。
ルーナは、化け物の前で止まった。
そして——。
杖を、高く掲げる。
「聖なる光よ、万物を照らす絶対の輝きよ——」
ルーナが、詠唱を始める。
その声は——。
震えながらも、力強かった。
「我が前に立つ邪悪を——」
杖の先端から、眩い白い光が溢れ出す。
光が、急激に強くなる。
広場全体が、光に包まれ始めた。
「永久に、封じよ——!」
「『聖光の封印牢ホーリープリズン』!!」
ルーナの叫びとともに——。
巨大な光の柱が、化け物を包み込んだ。
化け物の全身が、瞬時に光の結晶で縛られていく。
三つの頭も、六本の腕も——。
すべてが、光の鎖に封じ込められた。
「やった……!」
俺は、息を呑んだ。
化け物が、完全に動きを止めている。
そして——。
黒い霧の噴出も、止まった。
「ルーナ……すごいぞ!」
俺は、ルーナに駆け寄った。
でも——。
「……っ」
ルーナが、膝をついた。
「ルーナ!?」
俺は、ルーナを支える。
ルーナの体が——。
信じられないくらい、冷たかった。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……ちょっと、魔力を使いすぎただけ……」
ルーナが、か細い声で言う。
額には、大量の汗が浮かんでいる。
息も、荒い。
「無理するからだ……! もう、休め!」
「う、うん……ごめん……」
ルーナが、俺の腕に体を預ける。
その時——。
パキッ。
光が、砕ける音が聞こえた。
「……え?」
俺は、光に封じられた化け物を見た。
光の鎖に——。
ひびが、入っている。
そして——。
そのひびが、広がっていく。
「嘘だろ……」
俺は、ルーナを抱えたまま後ずさる。
パキパキパキ——!
光の鎖が、次々とひび割れていく。
そして——。
「グオオオオオオ!!」
化け物が、咆哮した。
光の封印を——。
内側から、粉砕した。
光の破片が、四方八方に飛び散る。
「くそ……!」
俺は、ルーナを庇いながら横に転がる。
光の破片が、俺たちがいた場所に降り注いだ。
そして——。
化け物が、再び動き出した。
全身から、さらに濃い黒い霧を噴き出しながら——。
「そんな……あれだけの魔法でも……!」
ルーナが、絶望の声を上げる。
化け物が、こちらを向いた。
三つの頭が、同時に俺たちを睨む。
そして——。
六本の腕を、振り上げた。
「ルーナ、逃げるぞ!」
俺は、ルーナを抱きかかえて走り出した。
でも——。
化け物の動きは、さっきより速かった。
まるで、怒りで力を増したかのように。
「マーカス! 援護を!」
俺は、叫んだ。
マーカスが、大剣を構えて化け物に斬りかかる。
リリアも、氷の魔法を放つ。
でも——。
化け物は、すべてを弾き飛ばした。
そして——。
化け物が、黒い霧を大量に噴き出した。
霧が——。
一気に、広場全体を覆い尽くす。
「うわっ!」
俺は、霧に飲み込まれた。
視界が、真っ黒になる。
何も見えない。
息が——。
苦しい。
「ア……ル……」
ルーナの声が、か細く聞こえた。
「ルーナ! 大丈夫か!?」
俺は、ルーナを抱きしめた。
でも——。
ルーナの体が——。
震えている。
「あ……あああ……」
ルーナが、苦しそうに声を漏らす。
「ルーナ!? どうした!?」
俺は、必死にルーナの顔を見ようとした。
でも、霧が濃すぎて何も見えない。
「痛い……体が……熱い……」
ルーナの声が、震える。
その時——。
風が吹いて、一瞬だけ霧が晴れた。
俺は、ルーナの顔を見て——。
凍りついた。
ルーナの体から——。
黒い霧が、噴き出していた。
「ルーナ……!」
俺は、震える声で叫んだ。
ルーナの肌が——。
黒く、変色し始めている。
腕が、膨れ上がっていく。
爪が、伸びていく。
「嫌……嫌……!」
ルーナが、泣きながら言う。
「私……私、怪物みたいに……なりたくない……!」
「ルーナ! しっかりしろ!」
俺は、ルーナの手を握った。
「酒だ! 酒を飲めば——!」
俺は、腰に下げていた瓶を取り出そうとした。
でも——。
ルーナが、俺の手を掴んで止めた。
「ダメ……」
ルーナが、か細い声で言う。
「酒は……他の人のために……使って……」
「何言ってるんだ! お前だって——!」
「私は……いいの……」
ルーナが、涙を流しながら微笑む。
その笑顔は——。
あまりにも、痛々しかった。
「私……ずっと、思ってた……」
「アルの、役に立ちたいって……」
「みんなみたいに、強くなりたいって……」
ルーナの声が、途切れる。
「でも……私、何もできなくて……」
「だから……せめて……」
「最後くらい……みんなの役に立ちたい……」
「酒は……もっと、必要な人に……使って……」
「ルーナ……!」
俺は、ルーナを強く抱きしめた。
「バカ……バカ……!」
涙が、止まらなかった。
「お前は、十分に役に立ってる……!」
「ずっと、俺たちを守ってくれただろ……!」
「だから……お前も、守らせてくれ……!」
俺は、瓶の蓋を開けた。
「飲め……!」
俺は、ルーナの口に酒を近づける。
でも——。
ルーナが、首を振って拒否する。
「ダメ……もったいない……」
「もったいないじゃない! お前の命の方が、大事なんだ!」
俺は、叫んだ。
その時——。
「アル……」
リリアの声が聞こえた。
振り返ると、リリアが駆け寄ってくる。
その手には、大きな瓶が——。
「酒は……まだ、たくさんあります……」
リリアが、涙を流しながら言う。
「だから……ルーナさんにも……使ってください……」
「リリア……」
ルーナが、リリアを見る。
「……ありがとう……」
ルーナが、ついに首を縦に振った。
俺は、すぐにルーナに酒を飲ませる。
金色の液体が、ルーナの喉を通っていく。
そして——。
「うっ……あ……」
ルーナの体が、光り始めた。
淡い金色の光が、全身を包み込む。
黒い霧が——。
ゆっくりと、体から剥がれ落ちていく。
膨れ上がった腕が、元に戻っていく。
伸びた爪も、黒く変色した肌も——。
すべてが、元の姿に戻っていく。
「効いてる……効いてるぞ……!」
俺は、安堵の声を上げた。
でも——。
「あ……あああ……!」
ルーナが、突然苦しみ出した。
「ルーナ!?」
俺は、ルーナを支える。
ルーナの体が——。
激しく痙攣している。
「痛い……痛い……!」
ルーナが、叫ぶ。
「体の中で……何かが……戦ってる……!」
「酒の力と……黒い霧が……ぶつかり合ってる……!」
ルーナの体から、金色の光と黒い霧が同時に噴き出す。
まるで、光と闇が戦っているかのように——。
「くそ……どうすれば……!」
俺は、歯を食いしばった。
その時——。
ルーナの体から、黒い霧が完全に消えた。
金色の光が——。
勝ったんだ。
「……ハァ……ハァ……」
ルーナが、荒い息をしながら俺を見た。
その目は——。
まだ、人間の目だった。
「ルーナ……! よかった……!」
俺は、ルーナを抱きしめた。
「ごめん……ごめんなさい……」
ルーナが、泣きながら言う。
「心配、かけて……」
「バカ……謝るな……」
俺も、涙を流していた。
「無事で……本当に、よかった……」
リリアも、ルーナの手を握っている。
その目にも、涙が浮かんでいた。
「ルーナさん……無理、しないでください……」
「うん……ありがとう、リリア……」
ルーナが、リリアの手を握り返す。
その時——。
広場全体に、マーカスの声が響いた。
「みんな! 怪物化した住民が、全員人間に戻ったぞ!」
俺は、顔を上げた。
見ると——。
広場には、もう怪物化した人の姿はなかった。
人々が、家族と抱き合っている。
涙を流しながら、喜び合っている。
金色の光が、まだ広場のあちこちで輝いていた。
酒が——。
みんなを、救ったんだ。
「やった……やったぞ……!」
俺は、叫んだ。
「みんな……助かったんだ……!」
兵士たちが、歓声を上げる。
マリアも、マーカスも、ドワーフの三人も——。
みんなが、喜びの声を上げていた。
でも——。
「まだ……終わってない……」
ルーナが、か細い声で言った。
「え……?」
俺は、ルーナを見る。
ルーナが、広場の中心を指差している。
そこには——。
まだ、あの巨大な化け物がいた。
光の封印は砕け、黒い霧を噴き出している。
そして——。
化け物の三つの目が、こちらを睨んでいた。
「あいつを……倒さなきゃ……」
ルーナが、立ち上がろうとする。
「待て! お前は、もう休め!」
俺は、ルーナを止めた。
「でも……!」
「俺たちが、やる」
マーカスが、大剣を構えて言う。
「ルーナ姫、よく頑張りました。あとは、俺たちに任せろ」
「マーカス……」
ルーナが、マーカスを見る。
「リリア、マリア、準備はいいか?」
マーカスが、二人に声をかける。
「はい!」
「もちろんです!」
リリアとマリアが、それぞれ杖を構える。
「アル、お前も来い」
「ああ!」
俺は、剣を握りしめた。
ルーナを、リリアに預ける。
「ルーナ、ここで待っててくれ」
「……うん……ごめんね……」
ルーナが、申し訳なさそうに言う。
「謝るな。お前は、十分すぎるほど頑張ったんだ」
俺は、ルーナの頭を撫でた。
そして——。
化け物に向かって、走り出した。
マーカス、リリア、マリア——。
みんなが、俺と並んで走る。
化け物が、咆哮する。
「グオオオオオオ!!」
六本の腕が、一斉に振り下ろされる。
「散開しろ!」
マーカスの指示で、俺たちは四方に散った。
化け物の拳が、地面を砕く。
「今だ! 攻撃しろ!」
俺は、剣を振るった。
化け物の足に、斬撃が走る。
でも——。
傷が、すぐに黒い霧で塞がっていく。
「再生する……!?」
俺は、唇を噛んだ。
その時——。
城の方角から、ミアとノクトが飛んできた。
「アル! 援護します!」
ミアが、杖を掲げる。
ノクトが、炎を吐き出した。
黒い炎が、化け物を包み込む。
「ぐおおおお!!」
化け物が、苦しそうに叫ぶ。
炎が、黒い霧を燃やしている。
「効いてる! ノクトの炎が効いてる!」
俺は、叫んだ。
「みんな、今のうちに!」
マーカスが、大剣を振りかざす。
俺も、剣を構える。
リリアが、氷の槍を放つ。
マリアが、光の矢を放つ。
すべての攻撃が——。
化け物に、叩き込まれた。
「グアアアアア!!」
化け物が、激しく暴れる。
その体が——。
少しずつ、崩れ始めている。
「もう少しだ! 押し切るぞ!」
マーカスが、叫ぶ。
その時——。
化け物の体から、さらに濃い黒い霧が噴き出した。
霧が——。
一気に、広場全体を覆い尽くす。
「まずい……!」
俺は、息を止めた。
でも——。
その黒い霧が——。
金色の光に、包まれた。
「……え?」
俺は、目を見開いた。
金色の光が、広場全体を照らしている。
その光は——。
醸造所の方から、来ていた。
見ると——。
ドワーフの三人が、大きな樽を広場に運んできていた。
その樽から、金色の光が溢れ出している。
「これが、最後の一樽だ!」
ドラが、叫ぶ。
「全部使え! この化け物に飲ませるんだ!」
「分かった!」
俺は、樽に駆け寄った。
酒を——。
あの化け物に、飲ませる。
それが——。
最後の希望だ。
「みんな、化け物を押さえろ!」
マーカスが、指示を出す。
兵士たちが、一斉に化け物に向かっていく。
盾で、化け物の動きを止める。
俺は、樽を抱えて化け物に走り寄った。
そして——。
樽の中の酒を、化け物の口に流し込んだ。
金色の液体が、化け物の体内に流れ込んでいく。
その瞬間——。
化け物の体が、激しく光り始めた。
「ぐおおおお……!」
化け物が、苦しそうに叫ぶ。
その体から——。
黒い霧が、剥がれ落ちていく。
三つの頭が、一つになっていく。
六本の腕が、二本になっていく。
巨大な体が、縮んでいく。
そして——。
光が消えたとき——。
そこには、一人の老人が倒れていた。
「……老人……?」
俺は、その老人に駆け寄った。
白い髭を生やした、痩せた老人だった。
服はボロボロで、体中に傷がある。
でも——。
確かに、人間だった。
「この人が……あの化け物だったのか……?」
マーカスが、驚いた声で言う。
「どういうことだ……?」
その時——。
老人が、うっすらと目を開けた。
「……う……」
「目を覚ました!」
俺は、老人を支える。
「大丈夫ですか!?」
「……わ、私は……」
老人が、か細い声で言う。
「私は……一体……何を……」
老人の目に、涙が浮かぶ。
「思い出せ……ない……」
「何も……覚えて……ない……」
老人が、自分の手を見つめる。
その手は、震えていた。
「ただ……ずっと……苦しかった……」
「暗闇の中で……ずっと……叫んでいた……」
「でも……誰も……聞いてくれなかった……」
老人の言葉に——。
俺の胸が、痛くなった。
この老人は——。
ずっと、あの化け物の中に閉じ込められていたんだ。
自分の意志とは関係なく——。
操られて——。
苦しんでいたんだ。
「もう、大丈夫です」
俺は、老人の手を握った。
「あなたは、助かったんです」
「もう……苦しまなくていい……」
「……本当に……?」
老人が、俺を見る。
その目には——。
安堵と、感謝が浮かんでいた。
「本当です」
俺は、微笑んだ。
「マリア、この人を治療してあげてください」
「はい!」
マリアが、老人に治癒魔法をかける。
緑色の光が、老人の体を包み込んだ。
傷が、少しずつ癒えていく。
「ありがとう……ございます……」
老人が、涙を流しながら言った。
俺は、広場を見回した。
怪物化した人は——。
もう、一体もいない。
人々が、家族と抱き合っている。
兵士たちが、疲れた顔で笑っている。
ドワーフの三人が、空になった樽を見つめている。
リリアが、ルーナを支えている。
ルーナは、まだ疲れた様子だけど——。
微笑んでいた。
みんな——。
無事だった。
「終わった……」
俺は、膝をついた。
「本当に……終わったんだ……」
緊張が、一気に解けていく。
体中が、ガクガクと震える。
涙が——。
止まらなかった。
「アル……」
リリアが、俺の隣に座った。
「お疲れさまです……」
「……ああ……」
俺は、空を見上げた。
黒い霧は、もう消えていた。
青い空が、広がっている。
太陽の光が——。
広場を、優しく照らしていた。
「みんな……ありがとう……」
俺は、みんなに向かって言った。
「お前たちのおかげで……みんなを、救えた……」
マーカスが、大剣を地面に突き刺して座り込む。
「俺たちだけじゃない。アルが酒を作ってくれたから——」
「みんなが、救われたんだ」
マリアも、杖を下ろして微笑む。
「本当に……よかった……」
ドワーフの三人が、こちらに駆け寄ってくる。
「アル! お前、本当にすごいぞ!」
「あんな酒、見たことねえ!」
「まるで、奇跡みたいだった!」
三人が、興奮気味に叫ぶ。
「いや……あの酒は、みんなで作ったんだ……」
俺は、立ち上がった。
「ユリの金色の米、守護者の力を込めた水、そしてユリの特別な麹——」
「お前たちが、それを届けてくれた」
「リリアもルーナも、みんなが時間を稼いでくれた」
「だから——」
「みんなで、作った酒なんだ」
俺の言葉に——。
みんなが、微笑んだ。
その笑顔は——。
疲れていたけど、とても温かかった。
「さあ、城に戻ろう」
マーカスが、大剣を担いで言う。
「守護者様も、心配しているだろう」
「ああ」
俺たちは、ゆっくりと城に向かって歩き出した。
広場には——。
まだ、金色の光が、かすかに残っていた。
その光が——。
俺たちの道を、照らしているかのようだった。
第二の試練は——。
終わった。
でも——。
俺は、まだ気づいていなかった。
これが、本当の戦いの——。
始まりに過ぎないことを。
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