95杯目「醸造への決意—失敗と再挑戦」
兵士の悲鳴が、城の中庭に響き渡る。
「助けて……助けて……!」
黒い霧に包まれた兵士が、苦しみながら暴れている。
体が歪み、腕が伸び、牙が生える。
人間が、怪物へと変わっていく。
「くそ……! どうすれば……!」
マーカスが歯を食いしばる。
その時——。
「皆さん、下がってください!」
守護者の声が響いた。
病床から起き上がったのか、守護者が杖を持ってこちらに駆けつけてきた。
「守護者様! 無理をしないでください!」
ミアが叫ぶ。
「大丈夫です……これくらいなら……」
守護者が、杖を掲げる。
銀色の光が、兵士を包み込む。
兵士の体から、黒い霧が少しずつ消えていく。
「うっ……!」
守護者が膝をつく。
「守護者様!」
俺が駆け寄る。
「大丈夫です……一時的に、抑えることができました……」
守護者が、弱々しく微笑む。
兵士は——人間の姿に戻っていた。
しかし、意識を失って倒れている。
「マリア、この兵士を治療室へ!」
魔王が指示を出す。
「はい!」
マリアと何人かの兵士が、倒れた兵士を運んでいく。
俺は、守護者を支えた。
「守護者さん……無理しないでください」
「すみません……でも、放っておけませんでした……」
守護者が、俯く。
「このままでは……街中が、こうなってしまいます……」
俺は、拳を握りしめた。
このままじゃダメだ。
守護者の力だけでは、限界がある。
俺に、何かできることは——。
「アル」
魔王が俺を見る。
「お前の酒が、効くかもしれないといったな?」
「……はい」
俺は頷いた。
「グラン・ハンマーで作った日本酒は、魂を安定させる効果がありました」
「なら、それをもっと強力にした酒を作れば……」
人族の王が続ける。
「頼む……」
俺は、決意した。
「新しい酒を作ります」
「魂の病を完全に治すことができるような、究極の酒を」
マーカスが、俺の肩を叩いた。
「頼んだぞ、アル」
「……ああ」
*
翌朝。
俺は、城の地下にある醸造所に向かった。
城にも、小規模な醸造設備があるらしい。
扉を開けると——。
「おはようございます、アルさん」
リリアが、既に醸造所で待っていた。
作業用のエプロンを着けて、真剣な表情だ。
「リリア……もう来てたのか」
「はい。一刻も早く、酒を作らなければ」
リリアの目は、決意に満ちていた。
「おはよう、アル!」
今度はルーナが入ってきた。
彼女も作業着姿で、髪を後ろで結んでいる。
「私も手伝うわ。こんな時だもの」
「ありがとう、ルーナ」
「おはようございます」
最後に、ミアが入ってきた。
ミアも作業着姿だが、いつもの冷静な表情だ。
「ミア、お前も手伝ってくれるのか」
「はい。守護者様のためにも、力になりたいです」
ミアが真顔で頷く。
こうして、俺たち四人での醸造作業が始まった。
「まずは、米を研ぐところからだ」
俺が説明すると、リリアが手を挙げた。
「私がやります!」
「ああ、頼む。ただ、優しく研いでくれ。米が——」
ガシャーン!!
リリアが魔法で米を包み込み、激しく攪拌している。
「リリア! それ研ぐんじゃなくて粉砕してる!!」
「え……?あ、すみません!!」
リリアが慌てて魔法を解く。
真面目な顔で、とんでもないことをする。
「米は優しく、手で研ぐんだ! 魔法は使うな!ユリさんの所で教わっただろ」
「は、はい……」
リリアが、しょんぼりする。
「じゃあ、私が研ぐわ!」
ルーナが張り切る。
「ああ、頼む。ただ——」
ジャバジャバジャバ!!
ルーナが、ものすごい勢いで米を研いでいる。
水が飛び散り、服が濡れる。
「ルーナ! もっと優しく!」
「え? 力を入れないとダメなんじゃないの!?」
「優しく! 赤ちゃんを扱うように!」
「そ、そう……?」
ルーナが、恐る恐る米を触る。
「私も手伝います」
ミアが、米の入ったボウルに手を伸ばす。
「ミア、頼むぞ」
ミアは、静かに米を研ぎ始めた。
手つきが丁寧で、リズムも安定している。
「……ミア、上手いな」
「あ、ありがとう……」
ミアが、少し顔を赤らめながら淡々と答える。
さすがだ。ミアは器用なんだな。
「ええ!? ミア、上手すぎない!?」
ルーナが驚く。
「私もリリアも失敗してるのに……」
「努力の結果です」
ミアが、真顔で答える。
この冷静さと器用さが、ミアの強みだ。
俺は、リリアとルーナに米の研ぎ方を丁寧に教えた。
「こうやって、優しく円を描くように……」
二人とも、真剣に聞いている。
少しずつ、コツを掴んでいく。
「そうそう、その調子だ」
米を研ぎ終えた後、蒸す作業に移る。
「リリア、火加減を調整してくれ」
「了解しました!」
リリアが、炎の魔法を放つ——。
ゴォォォォ!!
一瞬で米が真っ黒に焦げた。
「リリアああああ!! 火、強すぎ!!」
「す、すみません! つい戦闘の時のクセで……!」
リリアが、涙目で謝る。
その姿が可愛くて——いや、今は怒るべきだ。
「戦闘と醸造は違うんだ! もっと優しく!」
「は、はい……」
リリアが、しょんぼりする。
俺は、ため息をついた。
これは……長い一日になりそうだ。
その時だった。
醸造所の扉が、勢いよく開いた。
「アル!」
マーカスが駆け込んでくる。
その顔は、青ざめていた。
「どうした!?」
「街で……また倒れる人が出始めてる!」
「何だって!?」
俺は、立ち上がった。
リリア、ルーナ、ミアも緊張した表情になる。
「井戸の水が、また黒く濁り始めてる。守護者の力だけじゃ……もう限界だ」
マーカスが、拳を握りしめる。
くそ……もう時間がない。
「アル、頼む。何とかしてくれ」
マーカスが、俺の肩を掴む。
「ああ……任せてくれ」
俺は頷いた。
マーカスが去った後、俺は醸造所の壁にもたれかかった。
「うーん……」
「アル……?」
リリアが、心配そうに近づいてくる。
「どうすればいいんだ……」
俺は、呟いた。
「日本酒ならユリさんのおかげで作れるようになった。醸造のプロセスも分かる」
「でも……魂の病を治す酒って、一体何を作ればいいんだ?」
グラン・ハンマーで作った酒は、確かに効いた。
でも、あれは偶然だ。
何が効いたのか、正確には分からない。
米の種類?
水?
それとも、発酵の過程で何かが……?
「アル」
ミアが、静かに言った。
「守護者様が、力を貸してくださると」
「え……?」
振り返ると、守護者が醸造所の入口に立っていた。
マリアに支えられながら。
「守護者様! 無理しないでください!」
俺が駆け寄る。
「大丈夫です……これくらいなら……」
守護者が、弱々しく微笑む。
でも、その顔は青白く、額に汗が浮かんでいる。
「川の力を……少し、分けます」
守護者が、杖を掲げた。
銀色の光が、水槽の水に注がれる。
水が、淡い光を放ち始めた。
「この水を使えば……魂を癒す力が、宿るはずです」
「守護者様……」
「急いでください……」
守護者が、膝をつく。
「もう……長くは、持ちません……」
マリアが、守護者を支える。
「すぐに部屋に戻りましょう」
守護者は、マリアに連れられて去っていった。
俺は、光る水を見つめた。
これが……鍵か。
でも、これだけで本当に足りるのか?
時間がない。
街の人たちが、苦しんでいる。
守護者も、限界だ。
「みんな」
俺は、三人を見た。
「時間がない。急ごう」
「はい!」
三人が、力強く頷いた。
俺たちは、再び醸造を開始した。
守護者の力を宿した水。
ユリから貰った、黄金の米。
そして——。
俺の、すべての技術と経験。
必ず、完成させる。
この酒を。
みんなを救う、酒を——。
醸造所の外では、遠くで悲鳴が聞こえる。
街が、また苦しみ始めている。
時間がない。
急がなければ——。
俺の手が、震えた。
焦りと恐怖。
でも——。
「アルさん、大丈夫です。”なんとかなる”でしょ?」
リリアが、俺の手を握った。
「そうよ。一人じゃないんだから」
ルーナが、俺の背中を叩く。
「みんなで、完成させましょう」
ミアが、静かに頷く。
ああ……そうだ。
俺は、一人じゃない。
俺は、深く息を吸った。
そして——。
醸造を、再開した。
夜が明けるまでに。
必ず、完成させる——。
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