92杯目「煙の再来—選ばれた理由」
巨大な影が、裂け目から完全に姿を現した。
それは、形を持たない闇そのもの。
時折、人の形になり、獣の形になり、そして——。
無数の手が伸びてくる。
「くっ……!」
俺は剣を構える。
「氷結!」
リリアが氷の魔法を放つ。
しかし、氷は影に触れた瞬間、溶けて消える。
「光よ!」
ルーナが光を纏った剣で斬りかかる。
光が影を照らすが——。
影は、光を飲み込んでしまう。
「ノクト!」
ミアが黒竜に指示する。
ノクトが黒炎を吐き出す。
影が、一瞬怯む。
「今だ!」
俺が飛び込む。
剣を振るい——。
しかし。
影が突然膨れ上がり、俺を包み込もうとする。
「アル!」
リリアが叫ぶ。
間一髪、ミアが俺を引き戻す。
「ダメよ……あれは、今までの影とは違う」
ミアが険しい表情で言う。
「あれは……本物の災厄だわ」
「災厄……」
守護者が、震えながら言う。
「あの時と……同じ……」
影が、再び襲いかかってくる。
「みんな、下がれ!」
俺が叫ぶ。
その時だった。
裂け目の奥から、紫色の煙が流れてきた。
「——また、君たちか」
煙が、人の形を取る。
「煙!」
俺が驚く。
「お前……」
「ハッハー、慌てないで」
煙が、タバコを吹かしながら言う。
その目は、相変わらず笑っていない。
「今は、助けてあげるよ」
煙が、指を鳴らす。
瞬間——。
影が、動きを止めた。
「な……!?」
ルーナが驚く。
影は、空中で固まっている。
まるで時間が止まったかのように。
「これは……」
ミアが息を呑む。
「魂の川の力……?」
「正解」
煙が頷く。
「僕は、川そのものだからね」
「ある程度は、コントロールできる」
「でも——」
煙が、影を見つめる。
「これは、一時的なものだ」
「すぐに、また動き出す」
「じゃあ、どうすれば……!」
リリアが問う。
「それは——」
煙が、俺を見る。
「君次第だよ、アル」
「……俺?」
「そう」
煙が、俺に近づく。
「君は、なぜこの世界に来たのか」
「それを理解しなければ、あの災厄は止められない」
「……」
俺は、黙っている。
「前に言っただろう?」
煙が言う。
「『選択』の時だって」
「でも、その前に——」
煙が、俺の胸に手を当てる。
「君に、真実を教えてあげようかな」
瞬間——。
俺の頭の中に、映像が流れ込んできた。
*
俺は——。
日本にいた。
大学のキャンパス。
友人たちと笑っている。
「アル、今日も飲みに行くか?」
「ああ、行こうぜ!」
居酒屋。
日本酒を飲んでいる。
「お前、本当に日本酒好きだな」
「ああ、親父が酒蔵で働いてたからな」
「でも、親父も母さんも……もういないんだ」
事故。
両親の葬儀。
一人になった俺。
「……もう、誰もいない」
アパートで、一人日本酒を飲んでいる。
「親父が好きだった酒……」
「これを飲むと、親父のことを思い出す」
そして——。
ある夜。
俺は、いつものように友人と居酒屋で日本酒を飲んでいて帰宅している途中だった。
その時——。
空が、光った。
赤い光。
二つの月が、空に浮かんでいる。
「……なんだ、これ」
俺は、窓の外を見る。
空に、裂け目が開いている。
その奥から——。
何かが、俺を呼んでいる気がした。
「……」
俺は、手を伸ばす。
そして——。
意識が、途切れた。
次に目が覚めた時——。
俺は、この世界にいた。
*
「——これが、君の記憶」
煙の声で、俺は現実に戻る。
「俺の……記憶……」
俺は、呆然としている。
「そうだよ」
煙が言う。
「君は、あの夜、裂け目に吸い込まれた」
「でも、それは偶然じゃない」
「……どういうことだ」
「君の魂は、特別だった」
煙が、俺を見つめる。
「でも、それだけじゃない」
「……どういうことだ」
煙が、川を指差す。
「魂の川は、すべての魂が流れる場所だ」
「この世界の魂も——」
煙が、俺を見る。
「君の世界の魂も」
「……!」
俺は、息を呑む。
「君の両親は、事故で亡くなった」
「その魂は——」
煙が、微笑む。
「この世界の川に、流れ着いていたんだよ」
「なん……だと……!?」
俺が叫ぶ。
「親父と……母さんが……!?」
「そう」
煙が頷く。
「君の両親の魂は、偶然この世界の川に辿り着いた」
「そして——」
煙が、守護者を見る。
「守護者が、祈った」
「『誰か、この世界を救ってください』って」
「その時——」
煙が、俺を見つめる。
「君の両親の魂が、反応したんだ」
「『息子を……息子を、ここに呼んでほしい』って」
「……」
俺は、涙が溢れそうになる。
「親父……母さん……」
「そして、君だ」
煙が、俺の胸に手を当てる。
「君は、両親を失って——孤独だった」
「でも、君は明るかった、そう振舞おうとした」
「酒を媒介として、人と繋がろうとした」
「友人と笑い、語り合い——」
「孤独の中でも、繋がりを求め続けた」
煙が、守護者を見る。
「守護者も、同じだったんだねぇ」
「何百年も孤独の中で、誰かが来ることを待ち続けた」
煙が、俺と守護者を見る。
「二つの孤独な魂が——」
「川を通じて、共鳴したんだ」
「そして、君の両親の魂が、その橋渡しをした」
「だから、君は——」
煙が、微笑む。
「選ばれたんだよ」
「……」
俺は、言葉が出ない。
「でも——」
煙が、影を見る。
「君がこの世界にイレギュラーとしてきたことで、川は歪んだ」
「そして、裂け目が生まれ——」
煙が、俺を見る。
「災厄が、入り込んできた」
「じゃあ……」
俺が震える声で言う。
「俺が、この世界を壊しかけているのか……?」
「いいやぁ」
煙が首を振る。
「君は、この世界を救うために来た」
「でも、同時に——」
煙が、意味深に笑う。
「この世界を試す存在でもある」
「試す……?」
「そう」
煙が、タバコを吹かす。
「災厄は、君が来たから現れた」
「でも、それは——」
「君が、この世界に必要かどうかを試すためだ」
「もし、君がこの世界を選び、災厄を乗り越えれば——」
煙が、微笑む。
「君は、この世界の一部になれる」
「もし、乗り越えられなければ——」
煙の目が、冷たくなる。
「君は、元の世界に戻される」
「そして、この世界は……滅ぶ」
「!」
リリアとルーナが、息を呑む。
「そんな……」
ルーナが呟く。
「ひどい……」
「ひどい?」
煙が、首を傾げる。
「これは、川の意志だよ」
「川は、君を試している」
「……」
俺は、拳を握る。
試されている。
俺が、この世界に来た意味。
俺が、ここにいる理由。
すべてが——。
試練だったのか。
「……本当に?」
「さあね」
煙が笑う。
「それは、君次第だよ」
煙が、手を離す。
「さて、時間だ」
煙が、影を見る。
影が、少しずつ動き始めている。
「もうすぐ、あれが完全に動き出す」
「その時——」
煙が、俺たちを見渡す。
「君たちの選択が、問われる」
「戦うのか、逃げるのか」
「この世界を守るのか、諦めるのか」
煙が、消えかける。
「待て、煙!」
俺が叫ぶ。
「お前は、味方なのか? 敵なのか?」
「どっちでもないよ」
煙が笑う。
「僕は、ただの観察者だ」
「君たちの選択を、見守るだけ」
「でも——」
煙が、最後に言う。
「僕は、君たちを信じてる」
「なぜなら——」
煙が、俺を見つめる。
「いや、いいや」
煙が、少し苦笑のような笑みを浮かべながら完全に消えた。
*
静寂が、戻る。
影は、また動き始めている。
ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
「……アル」
リリアが、俺の手を握る。
「私は、あなたを信じてる」
「私も」
ルーナも、俺の手を握る。
「あなたなら、きっとできる」
「アル」
ミアが言う。
「私たちは、あなたと一緒に戦う」
「どんな試練でも、乗り越えてみせる」
守護者も、杖を握る。
「私も……微力ながら、お手伝いします」
「みんな……」
俺は、涙が出そうになる。
でも——。
今は、泣いている場合じゃない。
「ありがとう」
俺は、剣を構える。
「じゃあ、行くぞ」
「この災厄を……倒す!」
影が、完全に動き出す。
そして——。
無数の手が、俺たちに向かって伸びてくる。
「全員、散開!」
俺が叫ぶ。
リリアが氷の壁を作る。
ルーナが光で影を照らす。
ミアがノクトで上空から攻撃する。
守護者が、川の力で裂け目を抑える。
そして、俺は——。
剣を振るう。
でも、影は強い。
物理攻撃も、魔法も、ほとんど効いていない。
「くそ……!」
俺が歯を食いしばる。
「どうすれば……!」
その時だった。
俺の頭の中に、煙の声が響く。
『酒は、人を繋ぐ』
『それが、この世界を救う鍵になる』
「……酒」
俺は、腰の袋を見る。
まだ、グラン・ハンマーの日本酒が残っている。
でも——。
これを飲んでも、またランダムスキルが発動するかどうか分からない。
風魔法が出るとは限らない。
それに——。
「待てよ……」
俺は、何かを思いつく。
酒は、人を繋ぐ。
この酒は、ドワーフたちと、天泣さんと、街の人々と——。
俺たちを繋いでくれた。
じゃあ——。
「みんな!」
俺が叫ぶ。
「この酒を飲んでみてくれ!」
俺は、瓶を取り出す。
「え……?」
リリアが驚く。
「今、戦ってるのに……!」
「いいから、飲むんだ!」
俺が言う。
「この酒が、俺たちを繋いでくれる!」
「……分かった!」
リリアが瓶を受け取る。
一口飲んで——。
ルーナに渡す。
ルーナも飲んで——。
ミアに渡す。
ミアも飲んで——。
守護者に渡す。
守護者も飲んで——。
最後に、俺が飲む。
喉を通る、温かい味。
そして——。
【日本酒の醸しの効果により、特殊効果が発動しました】
【仲間との絆が強化されました】
【協力魔法が使用可能になりました】
頭の中に、声が響く。
「これは……!」
リリアが驚く。
俺たちの体が、淡く光り始める。
それぞれの魔法の色が——。
混ざり合っていく。
リリアの青い氷。
ルーナの白い光。
ミアの黒い炎。
守護者の銀色の川の力。
そして、俺の——。
緑色の風。
「みんな、力を合わせろ!」
俺が叫ぶ。
全員が、魔法を放つ。
それぞれの魔法が——。
一つになる。
巨大な光の奔流が、影に向かって放たれる。
「うおおおおお!」
俺たちの叫びが、洞窟に響く。
光が、影を包み込む。
影が、悲鳴を上げる。
そして——。
影が、少しずつ小さくなっていく。
「効いてる……!」
ルーナが叫ぶ。
「このまま……!」
しかし——。
影は、完全には消えない。
裂け目の奥に、逃げていく。
「待て!」
俺が追いかけようとする。
しかし、守護者が俺を止める。
「待ってください……!」
「今、裂け目に入ったら……戻ってこれません」
「……」
俺は、歯を食いしばる。
裂け目が、ゆっくりと閉じていく。
影の気配が、遠ざかっていく。
「……逃げられた」
俺が呟く。
「でも——」
守護者が言う。
「一時的に退けることができました」
「今は、それで十分です」
守護者が、微笑む。
「あなたたちの絆が……災厄を退けたのです」
「絆……」
俺は、みんなを見る。
リリア、ルーナ、ミア、守護者——。
みんな、疲れ切っている。
「ありがとう、みんな」
俺は、言う。
「俺一人じゃ、何もできなかった」
「何言ってるの」
リリアが笑う。
「私たちは、チームでしょ」
「そうだよ」
ルーナもミアも笑っていた
そして——。
裂け目を見つめる。
災厄は、また来るだろう。
でも——。
「一度、王都に戻って——」
「次の戦いに備えよう」
「はい」
みんなが頷く。
俺たちは、洞窟を出た。
空には、二つの月が輝いている。
赤い光の柱は、消えている。
空の亀裂も、閉じている。
一時的にではあるが——。
世界は、また穏やかになった。
「さあ、帰ろう」
俺は、ノクトに乗り込む。
みんなも、乗り込む。
そして——。
王都へ向かって、飛び立った。
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