91杯目「守護者の記憶—始まりと終わりの物語」
煙が消えた後、静寂が洞窟を支配する。
裂け目は、まだ微かに揺らいでいる。
赤い光が、洞窟の壁に不気味な影を落としている。
「守護者様……!」
リリアが、倒れた守護者に駆け寄る。
守護者は、床に倒れたまま動かない。
銀色の髪が、床に広がっている。
「大丈夫ですか!」
ルーナも膝をつく。
守護者の顔色は、透き通るように白い。
「……すみません」
守護者が、小さな声で言う。
「私の力では……もう、これ以上は……」
「無理をしないでください!」
リリアが守護者の手を握る。
「いえ……」
守護者が首を振る。
「私は……守護者として……」
守護者が、目を閉じる。
「……失格です」
「そんなことない!」
ルーナが叫ぶ。
しかし、守護者の意識は遠のいていく。
その時だった。
守護者の体が、淡く光り始めた。
「これは……」
ミアが息を呑む。
「記憶の光……守護者が、自分の記憶を見せようとしている」
「記憶……?」
俺が問う。
光が、洞窟全体を包み込む。
そして——。
景色が、変わった。
*
俺たちは、草原に立っていた。
いや、正確には——。
守護者の記憶の中に、いる。
「ここは……」
リリアが周囲を見回す。
青い空。
緑の草原。
そして、目の前には——。
巨大な川が流れている。
しかし、それは普通の川ではない。
川の中を、無数の光が流れている。
「これが……魂の川」
ミアが呟く。
「まだ、乱れていない頃の……」
川は、穏やかに流れている。
光たちは、川の中を静かに漂い、やがて遠くへと消えていく。
「美しい……」
ルーナが感嘆する。
その時、声が聞こえた。
『これが、魂の川です』
俺たちは振り返る。
そこには——。
一人の少女が立っていた。
銀色の髪。
透き通るような肌。
守護者だ。
でも、今よりもずっと若い。
いや——。
これは、もっと昔の記憶だ。
『私は、初代守護者の末裔です』
少女が、川を見つめながら言う。
『私の一族は、代々この源流を守ってきました』
少女の隣に、別の人影が現れる。
角を持つ、美しい女性。
その姿は——。
「ミア……?」
ルーナが驚く。
しかし、ミアは首を振る。
「違うわ。あれは、私の一族の……先祖よ」
『あなたが、源流の守護者なのですね』
ミアの先祖が言う。
『私は、魂の川全体を守る一族の者です』
『はい』
少女——若き守護者が頷く。
『私たちは、同じ使命を持つ者同士』
『ええ』
ミアの先祖が微笑む。
『でも、役割が違う』
『……はい』
守護者が、少し寂しそうに言う。
『あなたたちは、世界中を旅することができる』
『私は……ここから、離れることができない』
ミアの先祖が、守護者の肩に手を置く。
『あなたの役割は、とても重要です』
『源流を守ることは、川全体を守ることと同じ』
『だから——』
ミアの先祖が、優しく微笑む。
『決して、孤独ではありません』
『私たちは、いつでもあなたと共にいます』
「……」
守護者が、涙を流す。
『ありがとう、ございます』
景色が、揺らぐ。
*
次の記憶に、移る。
同じ草原。
しかし、空の色が違う。
雲が厚く垂れ込め、不穏な風が吹いている。
守護者は、もう少し年を取っている。
川の前に立ち、何かを待っているようだ。
そこに——。
ミアの先祖が、駆けてきた。
その顔は、焦りに満ちている。
『大変なことが起きました!』
『どうしたのですか?』
守護者が問う。
『魂の川が……あちこちで乱れ始めています!』
『なんですって!?』
守護者が驚く。
『原因は……分かりません』
ミアの先祖が、息を切らしながら言う。
『でも、このままでは……世界が……』
その時だった。
大地が、激しく揺れた。
「地震……!?」
リリアが叫ぶ。
記憶の中の景色が、歪む。
空が裂け——。
何かが、落ちてきた。
巨大な、黒い塊。
『あれは……!』
守護者とミアの先祖が、空を見上げる。
黒い塊が、地面に激突する。
轟音。
閃光。
そして——。
すべてが、真っ白になった。
*
次に景色が見えた時——。
草原は、焼け野原になっていた。
川は、激しく荒れ狂っている。
魂たちが、悲鳴を上げながら流されていく。
『これは……』
守護者が、呆然と立ち尽くす。
その周りには——。
無数の遺体が、横たわっていた。
『みんな……』
守護者が、膝をつく。
それは、守護者一族の者たちだった。
『父上……母上……兄上……』
守護者が、一人一人の名を呼ぶ。
しかし、誰も答えない。
『なぜ……なぜ、私だけ……』
守護者が、涙を流す。
『なぜ、私だけが生き残ったのですか……!』
その時、ミアの先祖が現れた。
彼女も、傷だらけだった。
『守護者……!』
『あなたも……無事だったのですね』
守護者が、震える声で言う。
『でも……私の一族は……』
『私の一族も、ほとんどが……』
ミアの先祖が、悲しそうに言う。
『これは、災厄です』
『別の世界から、何かが落ちてきた……』
『それが、川を乱した』
『……』
二人は、しばらく黙っていた。
やがて、ミアの先祖が言う。
『私たちは、生き残った』
『だから……使命を果たさなければなりません』
『はい……』
守護者が立ち上がる。
『私は、ここで源流を守ります』
『あなたは?』
『私は、世界中の川を巡り、乱れを鎮めます』
ミアの先祖が、守護者の手を握る。
『また、会いましょう』
『必ず……』
二人は、別れた。
それが——。
最後の別れだった。
*
景色が、また変わる。
時が流れている。
守護者は、一人で川を守り続けている。
季節が巡る。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。
それが、何度も何度も繰り返される。
守護者は、ずっと一人だ。
『もう……何年経ったのでしょう』
守護者が、呟く。
その髪は、白くなり始めている。
『十年? 百年? それとも……』
守護者が、川を見つめる。
川は、少しずつ安定してきている。
魂たちも、穏やかに流れている。
『ああ……よかった』
守護者が微笑む。
『川は、また穏やかになった』
しかし——。
守護者の周りには、誰もいない。
『ミアの先祖は……どうしているのでしょう』
『また、会えると言っていたのに……』
守護者が、空を見上げる。
『もう……誰も来ない』
『私は……』
守護者が、膝をつく。
『ずっと……一人です』
風が、吹く。
草が、揺れる。
川が、流れる。
それだけだ。
守護者は、ただ一人で——。
何百年も、この場所を守り続けた。
*
景色が、また変わる。
守護者は、老いていた。
いや——老いているように見えるが、実際には不死に近い存在なのだろう。
しかし、その顔には深い疲労が刻まれている。
『もう……限界です』
守護者が、川の前に座り込む。
『私の力では……もう、守りきれない』
川が、また少しずつ乱れ始めている。
裂け目が、源流に現れ始めた。
『どうすれば……』
守護者が、涙を流す。
『誰か……誰か、来てください……』
その時だった。
裂け目の奥から——。
何かが、こちらを見ている気がした。
『……誰?』
守護者が、裂け目を見つめる。
そして、感じた。
別の世界の、誰かの魂。
それは——。
『あなたは……』
守護者が、微笑む。
『来てくれるのですね』
裂け目が、光る。
そして——。
景色が、消えた。
*
俺たちは、現実に戻っていた。
洞窟の中。
守護者は、まだ倒れている。
しかし、その顔には——。
穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「……守護者様」
リリアが、涙を流す。
「ずっと……一人だったんですね」
「何百年も……」
ルーナも泣いている。
俺は、守護者を見つめる。
この人は——。
ずっと一人で、この場所を守り続けた。
家族を失い。
仲間を失い。
孤独の中で。
それでも、使命を果たし続けた。
「……すごい人だ」
俺は、呟く。
「俺なんか……とても真似できない」
「いいえ」
守護者が、目を開ける。
「あなたは……来てくれました」
「私が……呼んだのです」
「……え?」
「裂け目の向こうから……あなたの魂を感じた時」
守護者が、俺を見つめる。
「私は、祈りました」
「どうか、来てください」
「どうか、この世界を……救ってください」
「……」
俺は、言葉が出ない。
「そして、あなたは来てくれた」
守護者が微笑む。
「ありがとう……ございます」
「待ってください」
俺が言う。
「俺は、何もしていない」
「まだ、川は安定していない」
「俺は……」
「いいえ」
守護者が首を振る。
「あなたは、すでに多くのことをしてくれました」
「人々を救い、仲間を作り……」
「そして、ここまで来てくれた」
守護者が、ゆっくりと立ち上がる。
「もう、私は一人ではありません」
「あなたたちが……いてくれる」
守護者が、俺たちを見渡す。
「これから、何が起きるか分かりません」
「でも……」
守護者が、裂け目を見つめる。
「あなたたちとなら……きっと、乗り越えられる」
守護者が、俺の手を握る。
その手は、冷たかった。
でも——。
温かいものが、伝わってくる。
「お願いします、アル」
「この世界を……守ってください」
「……はい」
俺は、頷いた。
「必ず」
守護者が、微笑む。
その時——。
裂け目が、また激しく揺らぎ始めた。
「!」
ミアが叫ぶ。
「また、何か来る!」
裂け目の奥から、赤い光が溢れ出す。
そして——。
何かの気配が、近づいてくる。
「これは……」
守護者が、顔色を変える。
「まさか……」
「どうしたんですか!」
リリアが問う。
「これは……災厄の気配です」
守護者が震える。
「あの時、私の一族を滅ぼした……」
「あの、災厄と同じ……!」
その瞬間——。
裂け目が、完全に開いた。
赤い光が、洞窟を満たす。
そして——。
巨大な影が、裂け目から現れ始めた。
「みんな、構えろ!」
俺が叫ぶ。
リリア、ルーナ、ミアが武器を構える。
守護者も、震える手で杖を握る。
影が——。
こちらに向かってくる。
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