88杯目「再会」
俺たち四人——リリア、ルーナ、ミア、そして俺が、謁見の間に足を踏み入れる。
扉を開けた瞬間、俺は息を呑んだ。
広い謁見の間には、二つの玉座が並んでいた。
魔王と、人族の王。
二人の王が、並んで座っている。
しかし——。
二人とも、顔色がひどく悪い。
魔王は、額に汗を浮かべている。
人族の王は、苦痛に耐えるように顔を歪めている。
「父上……!」
リリアが駆け出す。
「父様……!」
ルーナも走る。
玉座の両脇には——。
金髪の巨漢が、大剣を背負って立っていた。
マーカスだ。
しかし、いつもの豪快な笑顔はなく、険しい表情で俺たちを見ている。
「アル……よく来てくれた」
マーカスの声は、重い。
「マーカス……」
俺は彼に近づく。
その時、マーカスの視線が、俺の後ろに向いた。
「——誰だ!?」
マーカスが警戒の声を上げる。
剣の柄に手をかける。
「マーカス、待て!」
俺が間に入る。
「大丈夫だ。彼女は味方だ」
「味方……? だが、見たことのない顔だ」
マーカスが眉をひそめる。
「それに、外を飛んでいる黒竜は……」
「はじめまして」
ミアが一歩前に出る。
「私はミア。魂の川の守護者一族の末裔です」
ミアが、静かに頭を下げる。
「魂の川の……守護者?」
マーカスが驚く。
「はい。この世界の魂の流れを守るために存在していた一族です」
「そして、アルに協力するため、ここに来ました」
「……」
マーカスが、ミアを見つめる。
緊張した空気が流れる。
その時だった。
「マーカス」
魔王が、弱々しい声で言った。
「彼女の言葉を……信じてやってくれ」
「陛下……」
「ミアは、魂の川の守護者一族。今、最も必要な力だ」
魔王の言葉に、マーカスがゆっくりと剣の柄から手を離した。
「……分かりました」
マーカスが頷く。
「魔王様がそう仰るなら」
「ありがとうございます」
ミアが再び頭を下げた。
「状況は……」
「見ての通りだ」
マーカスが、王たちを見る。
「魂の川の異変が、陛下たちに直接影響を及ぼしている」
もう一人、玉座の脇に女性が立っていた。
角を持つ、美しい女性。
マリアだ。
「お姉様……」
リリアが呟く。
「マリア姉様……」
「リリア……」
マリアが振り返る。
その目には、安堵と同時に深い疲労の色が浮かんでいる。
「お姉様も……お疲れのようですね」
「ええ。ここ数日、治癒魔法をかけ続けているの」
マリアが魔王を見る。
「でも……根本的な解決にはならない」
魔王が、ゆっくりと顔を上げた。
「リリア……よく戻った」
その声は、いつもより弱々しい。
「父上!」
リリアが玉座の前に跪く。
「ご無事で……」
「無事ではないがな」
魔王が苦笑する。
「だが、お前の顔を見られて安心した」
人族の王も、ルーナを見つめている。
「ルーナ……」
「父様……」
ルーナが、王の手を握る。
「大丈夫ですか?」
「……なんとか、な」
王が小さく微笑む。
「お前が無事で、何よりだ」
俺は、マーカスに尋ねた。
「いつから、こうなったんだ?」
「三日前だ」
マーカスが答える。
「赤い光の柱が現れたのと同時に、陛下たちが倒れた」
「三日前……」
ちょうど、俺たちがグラン・ハンマーでミズハの手紙を受け取った日だ。
「文献ではこう記載されていた。世界の守護者たる王族は、魂の川と深く繋がっている」
マリアが説明する。
「川が乱れれば、その影響を最も強く受けるという」
「このままでは……」
マーカスの拳が震える。
「陛下たちは……」
言葉が、途切れる。
重い沈黙が、謁見の間を支配した。
その時、魔王が口を開いた。
「アル」
「はい」
俺は魔王を見る。
「お前を呼んだのは、頼みがあるからだ」
「頼み……?」
「魂の川の源流へ、行ってほしい」
魔王の目が、真剣に俺を見つめる。
「そこで、川を安定させる方法を見つけてくれ」
「源流……」
俺は、ミアを見る。
ミアが頷く。
「私が案内します」
「待ってください」
リリアが立ち上がる。
「父上、私も行きます」
「リリア……」
「父上を助けるためです。私も、一緒に」
ルーナも立ち上がる。
「私もです! 父様を……みんなを救いたい!」
魔王と人族の王が、娘たちを見つめる。
「……分かった」
魔王が頷く。
「お前たち、アルを頼む」
「はい!」
二人が力強く答える。
人族の王が、マーカスを見る。
「マーカス」
「はい、陛下」
「お前も……」
「いえ」
マーカスが首を振る。
「私は、ここに残ります」
「マーカス……」
「陛下たちを、お守りします」
マーカスが大剣の柄を握る。
「それに、街が混乱している。騎士団を指揮する必要がある」
「……頼む」
王が小さく頷く。
マリアも、リリアを見る。
「リリア、あなたは……」
「お姉様、お願いがあります」
リリアが頭を下げる。
「父上を……お願いします」
「……もちろん」
マリアが優しく微笑む。
「私はここで、父上と陛下を支えるわ」
「ありがとうございます」
その時、魔王が言った。
「アル、マーカスたちから、これまでのことを聞いてくれ」
「はい」
俺は頷いた。
「マーカス、マリア。少し話をさせてくれ」
「ああ」
マーカスが頷く。
俺たちは、別部屋へ移動した。
*
「あの戦いから、もう……」
「ああ、随分経ったな」
マーカスが、遠い目をする。
「リヒトとの戦い。スーとの戦い……」
「あれから、王都は平和だった」
マーカスの表情が曇る。
「だが、三日前……突然、陛下たちが倒れた」
「魂の病……」
俺が呟く。
「ああ。最初は、ただの体調不良だと思っていた」
マリアが、疲れた表情で続ける。
「でも、私の治癒魔法が効かない」
「効かない……?」
「正確には、一時的にしか効果がないの」
マリアが、自分の手を見つめる。
「魔力を注いでも、すぐに元に戻ってしまう」
「まるで、魂そのものが弱っているような……」
マーカスが拳を握る。
「それから、街でも同じ症状の者が増え始めた」
「そして、今日……」
マリアが、リリアを見る。
「マリア姉様……無理しないで」
リリアが、心配そうに姉を見つめる。
「大丈夫よ、リリア。でも……」
マリアが、俺を見て微笑む。
「アル、頼むわ。あなたなら……きっと、この危機を救えるわ」
「とんだ過大評価だな……」
俺は頭の後ろをぽりぽりとかく。
マーカスが、俺の肩を叩く。
「お前を呼んだのは、正解だったな」
「まだ何もしてないけどな」
「いや、お前がいるだけで……何だか、希望が見えてくる」
マーカスが、久しぶりに笑った。
その時だった。
謁見の間の扉が、バタンと開いた。
「陛下! 大変です!」
一人の兵士が、血相を変えて飛び込んでくる。
「どうした!」
マーカスが叫ぶ。
「街で……原因不明の病が広がっています!」
「どんな症状だ!?」
マーカスが鋭く問う。
「突然倒れて……まるで、魂が抜けていくような……」
「魂の病……」
ミアが小さく呟く。
「何……!?」
マリアが驚く。
「次々と人が倒れて……もう、百人以上が……」
兵士の声が震えている。
——魂の病。
昨日、街で見た老人と同じ症状だ。
魂の川の乱れが、街全体に広がっている。
「くっ……!」
マーカスが歯噛みする。
「マリア、すぐに治療班を!」
「でも、私一人では……」
マリアが困惑する。
その時、俺は思い出した。
「待ってくれ」
俺が前に出る。
「俺の酒が……役に立つかもしれない」
「酒……?」
マーカスが眉をひそめる。
「グラン・ハンマーで造った日本酒だ」
俺は、持ってきた瓶を取り出す。
「これを飲んだドワーフたちは、魂が安定した」
「本当か?」
「試す価値はあります」
ミアが頷く。
「この酒には、魂を癒す力がある」
「なら……」
マーカスが決断する。
「すぐに街へ! アル、頼む!」
「ああ!」
俺たちは、謁見の間を飛び出した。
*
城の外は、さらに混乱が広がっていた。
街のあちこちで、人々が倒れている。
「こっちにも!」
「助けてくれ!」
悲鳴が、響き渡る。
「リリア、ルーナ!」
俺が二人を見る。
「街を三つのエリアに分けよう。それぞれで酒を配る」
「分かった!」
リリアが頷く。
「私は東のエリアを!」
「私は西を!」
ルーナも答える。
「ミアは?」
「私は、重症者の治療を」
ミアが黒竜・ノクトを呼ぶ。
「空から探して、治療していくわ」
「頼む」
俺たちは、それぞれの場所へ散った。
*
俺は、中央広場に向かった。
そこには、数十人の人々が倒れていた。
「みんな、聞いてくれ!」
俺は叫ぶ。
「この酒を飲めば、楽になるはずだ!」
瓶を掲げる。
「本当か!?」
一人の男が、藁にもすがる思いで叫ぶ。
「ああ、信じてくれ」
俺は、倒れている人々に酒を飲ませていく。
一人、また一人。
そして——。
「……あ、れ?」
最初に飲んだ老婆が、目を開けた。
「楽に……なった……」
「本当だ!」
周りの人々が歓声を上げる。
「俺にも!」
「私にも!」
人々が殺到する。
「落ち着いて! 順番に!」
俺は必死に酒を配る。
しかし——。
「くそ、足りない……」
酒が、底をつき始めた。
その時、マーカスが駆けつけた。
「アル! 他のエリアはどうだ!」
「リリアとルーナが対応してる! でも、酒が足りない!」
「……分かった」
マーカスが決断する。
「グランツ大臣に連絡する。グラン・ハンマーから、酒を緊急輸送してもらう」
「それまで、どうするんだ!」
「俺たちで、何とか持ちこたえる」
マーカスが大剣に手を掛けながらこたえる
「街の秩序を守りながら、人々を避難させる」
「マーカス……」
「お前は、魂の川を何とかしてくれ」
マーカスが俺の肩を叩く。
「それが、根本的な解決だ」
「……ああ」
俺は頷いた。
その時、空からノクトが降りてきた。
ミアが、疲れた顔で降り立つ。
「重症者は……なんとか」
「ミア、無理するな」
「大丈夫……まだ、動ける」
ミアが俺を見る。
「でも、これは一時的な処置。根本的には……」
「分かってる」
俺は空を見上げる。
赤い光の柱が、まだ天に伸びている。
そして、空の亀裂は——さらに広がっていた。
「明日の朝、出発するぞ」
俺は皆を見る。
「源流へ」
リリアとルーナが、戻ってきた。
二人とも、疲労困憊だが、決意に満ちた表情だ。
「準備はできてる」
リリアが言う。
「私たちも、覚悟はできてるわ」
ルーナも頷く。
「じゃあ、今夜は休もう」
俺は言った。
「明日から……長い旅になる」
*
その夜、俺は城の一室で、一人王都の酒を飲んでいた。
【酒の効果により、ランダムスキルが発動しました】
【植物成長促進 Lv2:持続時間10分】
植物成長促進……今は使えないな。
俺は苦笑した。
窓の外を見る。
赤い光は、まだ消えていない。
空の亀裂も、広がり続けている。
——明日、俺たちは源流へ向かう。
そこで、何が待っているのか。
でも、逃げるわけにはいかない。
この世界を、守らなければ。
ノックの音がした。
「アル?」
リリアの声だ。
「入って」
扉が開き、リリアが入ってくる。
「眠れない?」
「ああ、少し」
リリアが、俺の隣に座る。
「私も……」
二人で、しばらく黙って月を見ていた。
「アル、怖い?」
「……正直、怖くないといったら嘘になるかな」
俺は答えた。
「でも、やるしかない」
「うん」
リリアが、俺の袖をそっと掴んだ。
「私、ついてくから」
「ありがとう」
その時、扉がノックされた。
「アル、起きてる?」
ルーナの声だ。
「ああ、どうぞ」
扉が開き、ルーナが入ってくる。
「ルーナ……」
リリアが、少し不満そうな顔をする。
「何よ、リリア。私もアルと話したいの」
ルーナが、俺の反対側に座る。
「明日、源流に行くんでしょ?」
「ああ」
「私も、ついてくわ。父様のためにも……それに、あなたを一人にはしないから」
ルーナが、真剣な顔で言う。
「俺は一人じゃないよ。みんながいるから」
俺が微笑むと、リリアとルーナが同時に頷いた。
「「私たちがいるもの」」
二人の声が重なる。
その時、窓の外で——。
何かが動いた。
「……?」
俺は窓に近づく。
城の庭に、紫色の煙が漂っている。
「……あいつ」
煙だ。
煙が、こちらを見上げている。
そして——。
にやりと笑った。
次の瞬間、煙は消えた。
「アル、どうしたの?」
「……いや、何でもない」
俺は首を振る。
でも、胸の奥に不安が残る。
あの煙という男……一体、何者なんだ?
そして、何が目的なんだ?
明日、源流へ向かえば……きっと、また会うことになるそんな気がする。
その時、答えが分かるかもしれない。
俺は、窓を閉めた。
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