86杯目「王都への道と黒龍」
夜明けと共に、俺たちはグラン・ハンマーを出発した。
グランツ大臣が用意してくれた馬車は、豪華な装飾が施されている。
ブルグ長老やドワーフたちが、見送りに来てくれた。
「アル、必ず戻ってこいよ!」
グラが手を振る。
「次は一緒に酒を飲もうぜ!」
ダグも笑顔で叫ぶ。
「ああ、約束だ!」
俺は窓から手を振り返した。
リーサも、小さく手を振っている。
その姿が、どんどん小さくなっていく。
「……行ってくるよ、リーサ」
俺は呟いた。
*
馬車の中には、俺とリリア、ルーナの三人。
グランツ大臣は、別の馬車で先行している。
「王都まで、どれくらいかかるんですか?」
ルーナが尋ねる。
「順調に行けば、三日だそうだ」
「三日……」
リリアが窓の外を見つめる。
「久しぶりに、父上に会えるわね」
「お父様……元気かな」
ルーナも少し不安そうだ。
魔王と人族の王。
二人が同時に召喚するということは、それだけ事態が深刻なのだろう。
「大丈夫だ、なんとかなるさ」
俺は二人を安心させようと言った。
リリアが微笑む。
「そうね。アルがいれば、きっと大丈夫」
「私たちも頑張るわよ!」
ルーナが元気に言った。
馬車は、街道を進んでいく。
*
昼過ぎ、森の中を抜ける道に差し掛かった時だった。
突然、馬が嘶いた。
「うわっ!」
馬車が急停止する。
「何事だ!?」
俺は窓から顔を出した。
御者が震えた声で言う。
「あ、あそこに……何か、います!」
俺は馬車から降りた。
リリアとルーナも続く。
道の真ん中に——。
黒い竜が、翼を広げて立っていた。
「黒竜……!」
リリアが身構える。
そして、その竜の背に——。
銀髪の女性が、静かに立っていた。
「……ミア」
俺は、その名を呟いた。
ミアが、俺たちを見下ろしている。
あの時と同じ、冷たい表情。
でも、何か……違う。
「久しぶりね、アル」
ミアが竜から降りた。
「ミア……どうして、ここに」
「あなたたちが、王都に向かっていると聞いたから」
ミアが一歩近づく。
リリアとルーナが、警戒する。
「待って」
俺は二人を制した。
「ミア、敵意はないんだろ?」
「……ええ」
ミアが頷く。
「今は、ない」
「なら、話を聞かせてくれ」
俺が言うと、ミアは少し驚いたような顔をした。
「……変わったわね、あなた」
「そうかもな」
俺は苦笑した。
「あの時は、何も言えなくて……すまなかった」
「……」
ミアが目を伏せる。
「スー様のことは、もういいの」
ミアが顔を上げる。
「あなたに、謝ってほしかったわけじゃない。ただ……」
ミアの声が、少し震えた。
「スー様を、忘れないでほしかっただけ」
「忘れないよ」
俺は真っ直ぐミアを見た。
「スーは、大切な人だった。俺は、彼のことを忘れない」
「……そう」
ミアが小さく微笑んだ。
初めて見る、穏やかな表情だった。
「あなたなら、信じられるわ」
*
俺たちは、道端の木陰で休むことにした。
黒竜は、少し離れた場所で丸くなっている。
「ミア、あなたは一体……」
リリアが尋ねる。
「私は、魂の川守護者の一族よ」
ミアが静かに言った。
「守護者……?」
「この世界には、魂の川と呼ばれる流れがある」
ミアが空を見上げる。
「異世界から来た魂は、その川を通ってこの世界に辿り着く」
「それが、転移魔法の正体……?」
「そう。私たちの一族は、代々その川を守ってきた」
ミアの表情が、曇る。
「でも、今……川が、乱れている」
「乱れている……?」
「魂の流れが歪み、本来来るべきでない魂まで流れ込んでいる」
ミアが俺を見る。
「スー様も、その一人だった」
「……」
「スー様は、魂の川の異変によって、記憶を一部失ったままこの世界に来てしまった」
ミアの声が、悲しみに満ちている。
「私は、スー様を導くことができなかった。だから……」
「だから、俺たちを恨んでいたのか」
「……ええ」
ミアが頷く。
「でも、今はもう……」
ミアが首を振る。
「それよりも、川の異変を止めなければ。このままでは、世界そのものが崩壊してしまう」
「世界が……崩壊?」
ルーナが目を見開く。
「二つの月が、異常に輝いているのも……」
「その影響よ」
ミアが月を見上げる。
「二つの月は、異世界への門。その門が、開きすぎている」
「それを閉じる方法は……」
「分からない」
ミアが首を振る。
「でも、王都に……答えがあるかもしれない」
「王都に?」
「ええ。古い文献に、魂の川に関する記述があるはずよ」
ミアが立ち上がる。
「私も、一緒に行くわ」
「ミア……」
「これは、私の責任でもあるから」
ミアが俺を見る。
「それに……」
ミアが小さく微笑む。
「あなたたちとなら、何とかなる気がする」
リリアとルーナが、顔を見合わせる。
「……分かったわ」
リリアが頷く。
「一緒に行きましょう」
「よろしくね」
ルーナも笑顔で言った。
ミアが、少し驚いたような顔をする。
「……ありがとう」
小さく、でも心からの言葉だった。
*
その夜、俺たちは街道沿いの宿に泊まった。
ミアも、一緒の部屋だ。
黒竜は、外で休んでいる。
「ねえ、ミア」
ルーナが尋ねる。
「あの黒竜は、何て名前なの?」
「ノクト」
ミアが答える。
「闇を意味する名前よ」
「かっこいい名前ね」
「……ありがとう」
ミアが少し照れたように微笑む。
リリアが、俺の隣に座る。
「アル、明日には王都に着くわね」
「ああ」
「少し……不安」
リリアが正直に言う。
「でも、あなたがいるから……大丈夫」
「俺も、みんながいるから大丈夫だよ」
俺はリリアの手を握った。リリアは少し頬を膨らませていた。
ルーナが、ミアに話しかけている。
ミアが、少しずつ表情を柔らかくしていく。
——ああ、これでいい。
その時だった。
ミアの黒竜・ノクトが、突然激しく吠えた。
「ノクト!?」
ミアが窓から飛び出す。
俺たちも続いた。
外では——。
街道の向こうから、真っ赤な光の柱が天に向かって伸びていた。
王都の方角だ。
「まさか……」
リリアの顔が青ざめる。
「もう……始まってるの?」
ミアが呟く。
光は、空を裂くように広がっていく。
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