85杯目「完成と緊急召喚」
ミズハからの手紙を受け取ってから三日が経った。
ブルグ長老は「醸造所はわしらに任せておけ」と言ってくれたが、俺は完成まで見届けたかった。
それに、今俺にできることは酒を完成させることしかできない。
この酒は、天泣さんとの約束でもある。最後まで、自分の手で仕上げたいってのが本音だ。
その間、俺たちは醸造所の仕事に集中していた。
麹の切り返しも無事に終わり、もろみの発酵も順調に進んでいる。
そして今日——。
「アル、そろそろいいんじゃないか?」
ブルグ長老が、発酵タンクを覗き込んで言った。
「ああ。香りも申し分ない」
俺は深く息を吸った。
甘く、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
これは……間違いない。
「搾るぞ!」
俺の声に、ドワーフたちが歓声を上げた。
*
搾り作業は、ドワーフたちの協力もあって順調に進んだ。
ブロムが作った蒸気圧搾機が、見事に機能している。
「すげえな、これ」
俺が感心すると、ブロムが得意げに胸を張った。
「当然じゃ。わしの最高傑作じゃからな」
透明な液体が、ゆっくりと瓶に注がれていく。
グラン・ハンマーで初めて造られた日本酒。
いや、この世界で造られた日本酒だ。
「綺麗……」
リリアが瓶を見つめて呟く。
「まるで、月の光みたい」
ルーナも目を輝かせている。
「さあ、試飲といこうじゃないか!」
長老が豪快に笑った。
*
醸造所の広間に、ドワーフたちが集まった。
長老、ドラ、グラ、ダグ、関わってくれたドワーフたち、そして商務大臣グランツも顔を出している。
「では、乾杯といくか」
長老が盃を掲げる。
みんなが一斉に盃を口に運んだ。
「……!」
一瞬、沈黙が落ちた。
そして——。
「うまい!」
「こりゃあ、すげえ!」
「今まで飲んだどんな酒よりも旨いぞ!」
ドワーフたちが口々に叫ぶ。
グランツ大臣も、目を見開いている。
「これは……素晴らしい。いや、素晴らしいなどという言葉では足りない」
大臣が俺を見る。
「アル殿、これは王都の貴族たちも必ず気に入る。いや、王族にも献上できる品だ」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
「リリア、ルーナ、リーサ。みんなも飲んでみてくれ」
「はい!」
三人が盃を手に取る。
「……美味しい」
リリアが微笑む。
「こんなに優しい味なのね」
ルーナが目を細める。
「アル……すごいです」
リーサが嬉しそうに言った。
俺も、自分の盃に酒を注いで飲んだ。
——うん、いい出来だ。
天泣さんに飲ませたかったな。
ふと、そんなことを思った。
【日本酒の効果により、ランダムスキルが発動しました】
【風魔法 Lv???:持続時間10分】
頭の中に、声が響く。
風魔法か……レベルが表示されないのは珍しいな。
まあ、たまにこういうこともあるか。
今は使う場面じゃないし、気にしないでおこう。
俺は静かに酒を味わった。
*
宴もたけなわになった頃、醸造所の扉が勢いよく開いた。
「失礼します!」
息を切らした兵士が飛び込んでくる。
「何事じゃ?」
長老が眉をひそめる。
「王都から、緊急の伝令です!」
兵士が一通の手紙を差し出した。
グランツ大臣が手紙を受け取り、封を切る。
大臣の表情が、見る見る険しくなった。
「……まさか」
「どうしたんですか?」
俺が尋ねると、大臣は深く息を吐いた。
「人族の王都から、アル殿への召喚状だ」
「召喚状?」
「魔王陛下と人族の王、双方からの連名だ。至急人族の王都に来るようにとのことだ」
場が静まり返った。
「理由は……書いてありますか?」
リリアが不安そうに聞く。
「詳細は書かれていない。だが……」
大臣が手紙を見つめる。
「『世界の危機に関わる重大事』とある」
「世界の危機……」
俺の脳裏に、ミズハの手紙が蘇る。
魂の川の異変。
二つの月の異常。
まさか、それが……。
「アル」
リリアが俺の手を握った。
「父上からの召喚よ。魔王の娘である私が行くのは当然だわ」
ルーナも力強く頷く。
「私の父からも呼ばれてるんだから、当たり前でしょ! それに……」
ルーナが少し照れたように視線を逸らす。
「あなたを一人で行かせるわけにはいかないもの」
リーサが一歩前に出た。
「私は……」
リーサが俯く。
「私も行きたいけど……今の私じゃ、足手まといになるだけです」
「リーサ……」
「だから、ここに残ります」
リーサが顔を上げる。その目には、強い決意が宿っていた。
「ユリさんのところで、剣の修行の続きをさせてもらいます」
「父のように、強くなりたいんです」
リーサの手が、腰の剣の柄を握る。
「次に会う時は……アルの力になれるように」
俺は、リーサの肩に手を置いた。
「分かった。無理はするなよ」
「はい」
リーサが小さく微笑んだ。
「必ず、強くなって……また会いましょう」
「ああ。約束だ」
俺はリリアとルーナを見た。
「二人とも、よろしく頼む」
「任せて」
リリアが力強く頷く。
「一緒に頑張りましょ!」
ルーナも元気に言った。
ブルグ長老が、俺の肩に手を置いた。
「アル。お前は、この世界に必要な男じゃ。わしらは信じとる」
「長老……」
「醸造所のことは任せておけ。お前は、やるべきことをやってこい」
長老の目が、優しく俺を見つめている。
「はい。必ず、戻ってきます」
俺は力強く頷いた。
グランツ大臣が立ち上がる。
「では、明朝出発の準備を整えよう。王都までは、わしの馬車を使ってくれ」
「ありがとうございます」
宴は、急遽お開きとなった。
*
その夜、俺は醸造所の屋上にいた。
完成したばかりの酒を、小さな盃に注ぐ。
月明かりの中、一人で飲む酒。
味は、昼間と変わらない。
でも、何か違う。
【日本酒の効果により、ランダムスキルが発動しました】
【植物会話 Lv1:持続時間10分】
植物会話?
こんな夜中に、こんな場所で……全く使えないスキルだ。
俺は苦笑した。
でも、ふと思う。
醸造所の周りには、ドワーフたちが植えた薬草がある。
試しに、そっと能力を使い意識を向けてみた。
——風が、強くなる。
——月の光が、いつもと違う。
——何か、大きなものが動いている。
植物たちが、不安を感じている。
自然そのものが、異変を察知しているのか。
俺は息を呑んだ。
スキルの持続時間が切れる。
でも、今のは……確かに何かを感じた。
「アル」
声がして、振り返るとリリアが立っていた。
「リリア……」
「眠れないの?」
「ああ。少し、考え事をしていた」
リリアが隣に座る。
「不安?」
「……正直、ある」
俺は素直に答えた。
「でも、逃げるわけにはいかない」
「うん」
リリアが俺の肩に頭を預ける。
「私、アルのこと……信じてる」
「リリア……」
「だから、大丈夫。きっと、何とかなるわ」
リリアの温もりが、心地よい。
「ありがとう」
俺は小さく微笑んだ。
その時だった。
突然、二つの月が激しく明滅した。
一瞬だけ——月が、真紅に染まった。
「……!」
リリアも気づいた。目を見開いている。
だが、次の瞬間には元の銀色に戻っていた。
「今の……」
「ああ……見間違いじゃない」
胸騒ぎが、止まらない。
王都で、一体何が起きている?
俺たちは、無言で月を見つめ続けた。
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