80杯目「再会と醸造所の夢」
グラン・ハンマーの街に入ると、すぐにドワーフたちの視線が集まった。
「おお、あの人間か!」
「焼酎を造った奴だ!」
「また来たのか!」
ドワーフたちが声をかけてくる。
「やあ、久しぶり」
俺が手を振ると、一人のドワーフが駆け寄ってきた。
「アル殿! 本当に来てくれたんですね!」
ゴルドだ。
「ああ、約束通りにな」
「ベルガモット殿が待っておられます。さあ、早く行きましょう」
ゴルドが丁寧に俺たちを案内してくれる。
街の中を歩きながら、俺は周りを見回した。
前回来た時より、街が活気づいている気がする。
「ゴルドさん、街の様子が変わりましたね、なんか、明るくなった気がする」
「そうですか?」
ゴルドが照れくさそうに笑う。
「まあ、アル殿の焼酎のおかげで、街にも活気が戻ってきたとおもいます」
「本当に?」
「ええ。保守派と革新派の対立も、少し落ち着いてきた」
やがて、ベルガモットの屋敷に到着した。
「ベルガモット殿、アル殿たちがお見えです!」
ゴルドが丁寧に声をかける。
「おお、待っていたぞ!」
扉が開き、ベルガモットが現れた。
相変わらず、立派な角を持ち、上質なスーツに身を包んだ魔族の商人だ。
「アル殿! よくぞお越しくださいました!」
ベルガモットが俺の手を握る。
「約束通り、来ましたよ」
「ああ、感謝します!」
ベルガモットが嬉しそうに笑う。
「さあ、中へどうぞ。色々とお話があります」
俺たちは屋敷の中に案内された。
応接間には、すでに何人かのドワーフが待っていた。
「おお、アル殿!」
見覚えのある声が響いた。
「ドラ、グラ、ダグ!」
「久しぶりじゃのう!」
ドラが嬉しそうに俺の手を握る。
「元気そうで何よりだぞい!」
グラとダグも笑顔で出迎えてくれた。
「それから……」
ベルガモットが他のドワーフたちを紹介する。
「そして、こちらにいるのが醸造所建設チームじゃ」
ベルガモットが他のドワーフたちを紹介する。
「こちらは、建築技師のブロム」
「よろしく頼むぜ」
がっしりとした体格のドワーフが頷く。
「こちらは、石工職人のトーリン」
「石造りのことなら任せてくれ」
白髭のドワーフが微笑む。
「そして、こちらは大工のバーリン」
「木材加工は俺の得意分野だ」
若いドワーフが自信満々に言う。
「醸造所……」
俺は感動した。
もう、建設のための準備が進んでいるんだ。
「さあ、座ってくれ。まずは計画を話し合おう」
俺たちは席に着いた。
ベルガモットがテーブルに地図を広げる。
「醸造所の場所だが……街の東側、川の近くを考えている」
「川の近く?」
「ええ。酒造りには水が必要でしょう?」
ベルガモットが説明する。
「グラン・ハンマーの東を流れる川は、山からの清流です。水質も良いですよ」
「なるほど……」
俺は地図を見つめた。
確かに、水は酒造りに欠かせない。
「それに、川沿いなら材料の運搬も楽だ」
ダグが付け加える。
「船で運べるからな」
ダグが付け加える。
「わしらも手伝うぞい!」
ドラが張り切っている。
「いい場所ですね」
「そうでしょう?」
ベルガモットが嬉しそうに笑う。
「それで、醸造所の大きさだが……」
「どれくらいの規模を考えているんですか?」
俺が尋ねると、ベルガモットが考え込んだ。
「そうですね……最初は小規模で良いでしょう」
「でも、将来的には拡張できるようにしたいですね」
「分かりました」
俺は頷いた。
「それなら、まずは基本的な設備を整えましょう」
「基本的な設備?」
「ええ。精米所、蒸し場、発酵室、貯蔵室……」
俺が説明すると、ブロムが驚いた顔をした。
「そんなにたくさんの部屋が必要なのか?」
「ああ。酒造りは、工程ごとに適した環境が必要なんだ」
俺が詳しく説明を始めると、職人たちは真剣にメモを取り始めた。
「まず、精米所。ここで米を磨く」
「米を……磨く?」
トーリンが不思議そうに尋ねる。
「ああ。米の外側を削って、中心部だけを使うんだ」
「何だって? もったいない!」
バーリンが驚く。
「いや、これが重要なんだ」
俺が説明する。
「米の外側には雑味の原因になる成分が多い。だから、削って純度を高めるんだ」
「なるほど……」
職人たちが感心する。
「次に、蒸し場。ここで米を蒸す」
「蒸す……炊くんじゃないのか?」
ゴルドが尋ねる。
「ああ。炊くと水分が多すぎる。蒸すことで、適度な水分に調整するんだ」
「ほう……」
「そして、発酵室。ここが一番重要だ」
俺が強調する。
「温度管理が命だから、魔法陣を設置する必要がある」
「魔法陣?」
ダグが目を輝かせた。
「ああ。ユリさんから図面をもらってきた」
俺がユリからもらった箱を開け、魔法陣の図面を取り出す。
「これは……」
ダグが図面を見て驚いた。
「温度調整の魔法陣か! こんな精密なもの、見たことがない」
「設置できますか?」
「ああ、できる。時間はかかるが……」
ダグが真剣な顔で図面を見つめる。
「これは素晴らしい。この魔法陣があれば、完璧な温度管理ができる」
「よかった」
俺は安堵した。
「最後に、貯蔵室。ここで酒を熟成させる」
「熟成……」
ベルガモットが呟く。
「ええ。酒は造った後、寝かせることで味が良くなるんです」
「なるほど……」
ベルガモットが頷く。
「つまり、全部で四つの主要な部屋が必要なんですね」
「ああ。それに、事務所や休憩室も」
「分かった。設計図を引いてみよう」
ブロムが紙を取り出し、スケッチを始めた。
「建物は石造りがいいだろう」
トーリンが提案する。
「耐久性があるし、温度も安定する」
「いいですね」
俺も賛成した。
「でも、内装には木材も使いたい」
バーリンが言う。
「木の温もりがある方が、いい酒ができそうだ」
「確かに」
俺は微笑んだ。
職人たちは、本気で醸造所のことを考えてくれている。
「それで、建設にどれくらいかかる?」
俺が尋ねると、ブロムが計算を始めた。
「そうだな……基礎工事に一週間」
「石積みに二週間」
「屋根と内装に一週間」
「魔法陣の設置に数日……」
ブロムが指を折って数える。
「全部で、一ヶ月ってところだな」
「一ヶ月……」
俺は考えた。
思ったより早い。
「でも、これは順調にいった場合だ」
ダグが付け加える。
「天候不良とか、材料不足とか……問題が起きれば遅れる」
「分かりました。では、余裕を見て一ヶ月半としましょう」
「了解した」
ベルガモットが頷く。
「それで、費用だが……」
「費用?」
「ええ。材料費、人件費……結構かかりますよ」
ベルガモットが見積もりを見せてくれた。
「……」
俺は金額を見て、少し驚いた。
かなりの額だ。
「大丈夫ですか?」
ベルガモットが心配そうに尋ねる。
「いえ……俺たちには、そこまでの資金が……」
「心配しないでください」
ベルガモットが笑った。
「私が出資しましょう」
「え?」
「私は商人です。投資は得意分野ですから」
ベルガモットが胸を張る。
「この醸造所は、将来的に大きな利益を生むでしょう」
「ですから、私が先行投資します。利益が出たら、分配すれば良いでしょう」
「ベルガモットさん……」
俺は感動した。
「ありがとうございます」
「礼には及びません。これはビジネスですから」
ベルガモットがウィンクする。
「それに、私もあなたの酒が好きなんですよ」
「もっと飲みたいですからね」
みんなが笑った。
「それじゃあ、今日は日本酒を飲んでもらいましょうか」
俺が提案すると、ドワーフたちの目が輝いた。
「日本酒?」
「ああ。焼酎とは違う、新しい酒だ」
「おお!」
ゴルドが立ち上がる。
「早く飲ませてくれ!」
「分かった分かった」
俺は笑いながら、荷物から日本酒の瓶を取り出した。
リリアが杯を並べ、俺が酒を注ぐ。
「これが、日本酒」
「おお……」
ドワーフたちが杯を手に取る。
「透明だな」
「焼酎より、優しい香りがする」
「さあ、飲んでみてくれ」
俺が促すと、ドワーフたちが一斉に飲んだ。
「……!」
一瞬の沈黙の後、ベルガモットが声を上げた。
「これは……! なんという味だ!」
「焼酎とは全然違うな……まろやかで、優しい」
ゴルドが驚きの表情を浮かべる。
「もう一杯!」
ダグが杯を差し出す。
俺は笑いながら、もう一杯注いだ。
「アル……」
ベルガモットが俺を見た。
「この酒を、グラン・ハンマーで造るのですか?」
「ええ」
「そして、ドワーフたちに造り方を教えるのですか?」
「はい。それが、俺の目的です」
「……ありがとうございます」
ベルガモットが深く頭を下げた。
「あなたは、本当に素晴らしい方だ」
「いえ、俺は……」
「いや、素晴らしいよ」
ダグも頷く。
「こんな美味い酒を、惜しげもなく教えてくれるなんて」
「これは……俺一人のものじゃないんです」
俺が説明する。
「天泣という人が、二百年前から夢見ていたこと」
「それを、俺が引き継いだだけです」
「天泣……」
ベルガモットが呟く。
「天泣……ですか。初めて聞く名前です」
「ユリさんから教わった人です。二百年前、日本から来た人で、酒造りを試みた人です」
俺が説明する。
「でも、完成する前に亡くなった」
「そうです。天泣さんは、日本酒を完成させられなかった」
俺が続ける。
「でも、俺たちが完成させた」
「そして今、その酒を広めようとしているんです」
「……」
ドワーフたちは黙って俺を見つめた。
その時、扉が激しく叩かれた。
「ベルガモットの旦那! 大変だ!」
外から、若いドワーフの声がする。
「どうした?」
ベルガモットが扉を開けると、息を切らした若いドワーフが飛び込んできた。
「ブルグ長老が……!」
「何?」
ベルガモットの表情が変わった。
「ブルグ長老が、明日醸造所の予定地を見に来るそうです!」
「え?」
「それで、アル殿に直接説明してもらいたいと!」
「……本当か!」
ゴルドが驚いた顔をする。
「ブルグ長老が、自分から?」
「ああ! 長老は『こんなに美味い酒を造る技術なら、ぜひ見ておきたい』と仰ったそうです!」
「おお……!」
部屋が一気に沸いた。
「やったぞ!」
「長老が認めてくれる!」
ドラ、グラ、ダグが喜び合う。
「これで、醸造所建設も順調に進むな!」
ベルガモットが嬉しそうに笑う。
「アル殿、やりましたね!」
ゴルドが俺の肩を叩く。
「ああ……でも、明日ちゃんと説明できるかな」
「大丈夫じゃ! お前の情熱を見せれば、長老も納得するぞい!」
ドラが親指を立てる。
「わしらも一緒に行くぞい!」
グラも力強く頷く。
「任せるんじゃ!」
ダグも胸を張った。
「アル」
リリアが微笑む。
「あなたなら、大丈夫よ」
「そうよ。今までだって、みんなを説得してきたじゃない」
ルーナも励ましてくれる。
「ありがとう、みんな」
俺は仲間たちを見回した。
そうだ。一人じゃない。
みんなが一緒だ。
「よし! 明日は気合い入れて説明するぞ!」
「おお!」
ドワーフたちが歓声を上げる。
「それでは、今夜はもう一杯飲みましょう!」
ベルガモットが杯を掲げる。
「醸造所の成功を祈って!」
「乾杯!」
応接間は、笑い声と歓声に包まれた。
明日、ブルグ長老に醸造所の計画を説明する。
そして、いよいよ醸造所建設が本格的に始まる。




