79杯目「二つの月の伝説」
グラン・ハンマーへの道は、何度も行っているため足取りは軽かった
「アル、前に来た時より荷物が多いわね」
リリアがくすりと笑う。
「ああ。今回は日本酒も持ってきたからな」
俺たちは森の中の道を歩いている。
前回はベルガモットの急な手紙で慌てて向かったが、今回は準備万端だ。
「ドワーフたちの顔、楽しみね」
ルーナが嬉しそうに言う。
「日本酒を飲んだら、きっとびっくりするわよ」
「そうだといいんだけどな」
俺が苦笑すると、リーサが元気に言った。
「大丈夫ですよ! 絶対美味しいって言ってくれます!」
「そろそろ休憩しましょうか」
リリアが提案する。
「そうだな。前回もこの辺りで休んだ気がする」
俺たちは、開けた場所を見つけて休憩することにした。
リリアがお茶を淹れてくれる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
お茶を飲みながら、俺は空を見上げた。
昼間だから、月は見えない。
でも、夜になれば二つの月が現れる。
「アル、何を見てるの?」
ルーナが尋ねる。
「いや……二つの月のことを考えてた」
「二つの月?」
「ああ。この世界には、月が二つあるよな」
俺が言うと、リリアが頷いた。
「そうね。この世界の人にとっては当たり前だけど、アルにとっては不思議よね」
「ああ。俺の世界には、月は一つしかなかったから」
「へえ、そうなんだ」
リーサが驚いた顔をする。
「月が一つって、どんな感じなんですか?」
「そうだな……」
俺は少し考えた。
「夜空が、もう少し寂しい感じかな」
「寂しい……」
リーサが不思議そうに呟く。
「でも、二つの月って……なんで二つあるんだろう」
俺が疑問を口にすると、ルーナが答えた。
「それはね、昔々の伝説があるのよ」
「伝説?」
「ええ。二つの月の伝説」
ルーナが説明を始める。
「昔、この世界には月が一つしかなかったの」
「え? 一つだったの?」
リーサが驚く。
「そう。でも、ある時、大きな戦争が起きた」
ルーナが続ける。
「それは、神々の戦争だったと言われているの」
「神々の……」
「ええ。この世界を創った神と、その神に反逆した神の戦い——って、まあ伝説の話だけどね」
ルーナが肩をすくめる。
「その戦いで、月が二つに割れてしまったんだって」
「月が……割れた?」
俺が驚くと、リリアが頷いた。
「そう。神々の力があまりにも強大で、月が二つに割れてしまった——らしいわ」
リリアが微笑む。
「もちろん、本当かどうかは誰も知らない。ただの昔話よ」
「そっか……」
俺は少し考えた。
「でも、俺の世界にも似たような神話があったな」
「え、本当?」
ルーナが興味津々に聞く。
「ああ。神様同士が争って、世界が分かれたとか、空が割れたとか……」
俺が説明すると、リーサが目を輝かせた。
「アルさんの世界にも!」
「どこの世界にも、そういう神話はあるのかもね」
リリアがお茶を飲みながら言う。
「人は、説明できないことを神様のせいにしたがるものだから」
「確かに」
俺は笑った。
そうだ。月が二つある理由なんて、誰も本当のことは知らない。
でも、人はそれを説明するために物語を作る。
それは、俺の世界でも同じだった。
「アルさん」
リーサが俺を見る。
「その伝説には、続きがあるんです」
「続き?」
「はい。月が割れた後、神々の戦いは終わったそうです」
リーサが説明する。
「でも、世界は傷ついていた。それで、神様が『魂の川』を創った——って伝説もあるんです」
「魂の川を……?」
俺が驚くと、ルーナが笑った。
「でも、それも伝説の一つに過ぎないわよ」
「ユリさんやミズハさんは、川は自然現象だって言ってたし」
リリアが付け加える。
「結局、どっちが本当かなんて分からないのよね」
「まあ、神様が創ったのか、自然にできたのか……」
ルーナがお茶をすする。
「どっちでも、アルがここにいることに変わりはないしね」
「そうだな」
俺は微笑んだ。
確かに、理由が何であれ、俺はここにいる。
それが一番大切なことだ。
「それにしても、双月蝕って何なの?」
リーサが尋ねる。
「ああ、それね」
ルーナが答える。
「双月蝕は、二つの月が重なる現象よ」
「重なる……?」
「そう。数百年に一度、二つの月が同じ位置に来るの」
ルーナが楽しそうに説明する。
「その時、月が一つに見える。綺麗なんだって」
「まるで、昔の月が戻ってきたみたいに」
「へえ……それは見てみたいな」
俺が言うと、リリアが頷いた。
「そうね。せっかくこの世界にいるんだから、見られるといいわね」
「でも……」
ルーナの表情が少し曇る。
「双月蝕の時は、魔力が不安定になるって言われているの」
「不安定……?」
「ええ。魔法が暴走したり、魔物が活発になったり」
リリアが説明する。
「だから、少し注意が必要ね」
「そっか……」
俺は頷いた。
美しい現象だが、危険も伴うのか。
「でも、私たちには関係ないわよ」
ルーナがけろっと言う。
「え?」
「だって、その頃にはグラン・ハンマーの醸造所が完成してるんでしょ?」
「みんなでお酒飲んで、お祝いしてるわよ、きっと」
「あ、そっか」
俺は笑った。
そうだ。今は醸造所を完成させることが目標だ。
「そうよ。今から心配しても仕方ないわ」
リリアも明るく言う。
「まずは、ドワーフたちに日本酒を飲ませて、感動させないとね」
「ああ!」
俺は前向きな気持ちになった。
そうだ。今できることをやればいい。
「さあ、休憩も終わったし、出発しよう」
俺が立ち上がると、みんなも続いた。
午後、俺たちは小さな村を通りかかった。
「あれ、前回も寄った村だ」
リーサが指差す。
「そうね。水を補給していきましょう」
リリアが提案する。
俺たちは村に入った。
「あら、あんたたち!」
雑貨屋のおばさんが俺たちを見て驚いた。
「また来たのかい?」
「ええ。今回もグラン・ハンマーへ」
「そうかい。相変わらず元気そうだね」
おばさんが笑顔を見せる。
「水、また分けてもらえますか?」
「ああ、もちろんさ」
おばさんが水を汲んでくれている間、俺は村を見回した。
前回より、活気がある気がする。
「今回は、何しにグラン・ハンマーへ?」
おばさんが尋ねる。
「醸造所を建てに行くんです」
「醸造所? お酒の?」
「ええ」
「へえ、いいねえ。お酒は人を元気にするからね」
おばさんが嬉しそうに笑う。
「完成したら、うちの村にも売りに来ておくれよ」
「ええ、ぜひ」
俺も笑顔で答えた。
夕方、俺たちは野営の準備を始めた。
「今日は、ここで泊まりましょう」
リリアが提案する。
「ああ。明日の昼には、グラン・ハンマーに着けるはずだ」
俺たちはテントを張り、焚き火を起こした。
「アル、夕食作るわね」
「ありがとう」
焚き火の周りに座り、俺たちは夕食を食べた。
「美味しい……」
リーサが幸せそうに言う。
「リリアの料理は、いつも最高ね」
ルーナも微笑む。
「ありがとう」
リリアが照れくさそうに笑う。
食事が終わると、俺たちは焚き火を囲んで雑談を始めた。
「ねえ、アル」
ルーナが尋ねる。
「ドワーフたちに、最初に何を飲ませるの?」
「そうだな……まずは焼酎からかな」
「焼酎!」
リーサが目を輝かせる。
「前回、ドワーフのおじさんたち、すごく喜んでましたもんね」
「ああ。それから、日本酒を出そうと思う」
「日本酒か……」
ルーナが嬉しそうに言う。
「あれは本当に美味しいものね」
「長老たちも、飲めば喜ぶはずですよ」
リリアが自信満々に言う。
「うん。そう信じたい」
俺は微笑んだ。
夜になり、空を見上げると二つの月が輝いていた。
「綺麗……」
リーサが呟く。
「本当ね」
ルーナも空を見上げる。
「二つの月が重なったら、どんな風に見えるんだろうね」
「きっと、すごく綺麗なんだろうな」
俺が言うと、リリアが微笑んだ。
「そうね。その時は、みんなで一緒に見ましょう」
「ああ」
「ドワーフたちとも一緒にね」
ルーナが楽しそうに言う。
「醸造所の屋上から見たら、最高じゃない?」
「いいね、それ」
リーサも嬉しそうだ。
「完成したら、お祝いパーティーしましょう!」
「ああ、絶対やろう」
俺も笑顔で答えた。
そうだ。今は醸造所を完成させることに集中しよう。
未来のことは、その時考えればいい。
「さあ、そろそろ寝ましょう」
ルーナが言う。
「明日は、楽しい一日になるわよ」
「そうだな」
俺たちはテントに入り、眠りについた。
朝、鳥のさえずりで目が覚めた。
「おはよう、アル」
リリアが笑顔で言う。
「おはよう」
「よく眠れた?」
「ああ、ぐっすりだ」
外に出ると、朝日が森を照らしていた。
「いい天気ね」
ルーナが伸びをする。
「今日は、グラン・ハンマーに着けるわ」
「楽しみだな」
俺は前を向いた。
簡単な朝食を済ませ、俺たちは出発した。
「アル、頑張ろうね」
ルーナが隣を歩く。
「ああ」
「ベルガモットさん、元気にしてるかな」
リーサが言う。
「きっと、俺たちが来るのを待ってるさ」
「それに、ゴルドさんやドワーフ三人組も」
リリアが微笑む。
みんな、楽しそうだ。
「醸造所を建てて、ドワーフたちに酒造りを教える」
「考えただけで、わくわくするな」
「そうね」
リリアが頷く。
「きっと、素晴らしい醸造所ができるわ」
俺は前を向いた。
グラン・ハンマー。
そこで、俺は新しい一歩を踏み出す。
「天泣さん……」
俺は心の中で呟いた。
「あなたの夢を、俺たちが広げます」
空を見上げると、青空が広がっていた。
「あ、見えた!」
リーサが指差す。
遠くに、グラン・ハンマーの街が見えてきた。
山の中腹に広がる、ドワーフたちの街。
「懐かしいな」
俺は微笑んだ。




