8杯目:魔界の村にて
保守派との和解から一週間が経った。
俺は正式に魔王の客人として迎え入れられ、城での生活にもすっかり慣れていた。
「アルさん、今日はどこに行きましょうか?」
リリアが朝食を済ませながら尋ねる。最近の彼女は、いつも楽しそうだ。
「そうだな…あの川に行ってみない?」
「川?」
「俺が最初に転移してきた場所」
リリアの表情がちょっと曇った。
「もしかして、元の世界に帰れる方法を探してるんですか?」
「まあ、ちょっと気になって」
実は、元の世界のことを時々思い出す。大学の友達は心配してるだろうか?まあ、酔っぱらいが川に落ちたんだから、事故だと思われてるかもしれない。
川辺に着くと、あの時と同じような静寂が広がっていた。
「何か変化はありますか?」
「うーん、特に何も」
川を眺めながら、俺は複雑な心境だった。元の世界に帰りたい気持ちもあるが、今の生活も悪くない。
「アルさんは…帰りたいですか?」
リリアの声に不安が混じっている。
「正直、分からない。でも今は、やりたいことがあるしね」
「やるべきこと?」
「この世界の酒も堪能したいし」
リリアがほっとしたような表情を見せた。
「それに…」
俺はリリアを見つめた。
「大切な人たちもいるし」
リリアの頬が赤くなった。角も微かに赤く光る。
「あ、あの…村に行ってみませんか?」
「村?」
「この近くに魔人族の村があるんです。アルさんのことを噂で聞いて、会いたがってる人たちがいるって」
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村は思ったより大きく、活気があった。
宿屋、武器屋、魔法道具屋、日用品店…そして当然のように酒場もある。
「お、あそこだ」
俺は迷わず酒場に向かった。
「もう!アルさんったら」
リリアが苦笑いしながら付いてくる。
酒場の扉を開けると、魔人族の村人たちがざわめき始めた。
「あれが噂の人間か?」
「保守派を説得したって本当?」
「すげぇ、本当に角がないぜ」
俺たちがカウンター席に座ると、恰幅のいい店主が話しかけてきた。
「あんたがアルさんかい?」
「はい」
「俺はガロン。この店の親父だ。まずは一杯、おごらせてくれ」
「ありがとうございます」
ガロンが注いでくれた酒は、フルーティーな味わいの発酵酒だった。
「うまい!」
「だろう?自家製なんだ」
すると、他の村人たちも俺の周りに集まってきた。
「アルさん、保守派の連中には散々迷惑かけられたよ」
「そうそう、畑を荒らされたり、商売を邪魔されたり」
「でもアルさんのおかげで平和になった!」
次々と感謝の言葉をかけられる。
「いえいえ、俺は何も…」
「謙遜すんなって!」
気がつくと、村人たちが代わる代わる酒を奢ってくれている。
「これも飲んでくれ!」
「こっちも試してみて!」
断るわけにもいかず、俺はどんどん酒を飲んでいった。
「うおおお!」
案の定、欠陥チートが発動した。今回は蒸留酒と発酵酒のミックスだ。
「すげぇ!本当に光ってる!」
俺の体が虹色に光り、宙にビールジョッキが浮かび上がる。
「おお!」
村人たちが大歓声を上げた。
調子に乗って、俺は色んな芸を披露した。テーブルの上でタップダンス、空中に魔法の花火、果てはジョッキでジャグリングまで。
「アルさん、すごいです!」
リリアも楽しそうに手を叩いている。彼女の角も嬉しそうに赤く光っていた。
そこに——
「まあ、賑やかなこと」
聞き慣れた声が響いた。振り返ると、マリアが立っていた。
「マリア姉さま!」
「久しぶりね、みなさん」
マリアは村人たちに丁寧に挨拶した。保守派を解散してからの彼女は、本当に優しい表情になった。
「マリア様!」
「保守派のことは本当に申し訳ありませんでした」
村人たちがマリアの周りに集まる。しかし、その雰囲気は温かいものだった。
「マリア様、一杯どうぞ!」
「ありがとうございます」
マリアも酒場に加わり、宴はさらに盛り上がった。
俺の欠陥チートもまだ続いていて、今度は空中に踊る光の人形を作り出した。
「わー!」
子供たちが目を輝かせている。
「アルの能力って、本当に不思議ですね」
マリアが感心している。
「でも楽しいでしょ?」
「ええ、とても」
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夜が更けて、俺たちは村の宿屋に泊まることになった。
「すみません、今夜は満室で…相部屋になってしまいます」
宿屋の女将さんが申し訳なさそうに言った。
「構いません」
部屋は二つしかない。リリアとマリア、そして俺一人。
「おやすみなさい」
マリアが自分の部屋に向かった。
俺とリリアは隣の部屋だ。
部屋に入ると、リリアがもじもじしている。
「どうした?」
「あの…今夜は相部屋ですね」
「ああ。嫌だった?」
「いえ!そうじゃなくて…」
リリアの顔が真っ赤になっている。
酒の効果でぼーっとしていた俺だが、さすがにこの雰囲気に気づいた。
「リリア…」
彼女は俺に少し近づいた。夜着姿のリリアは、いつもより大人っぽく見える。
「アルさん…」
リリアの角が、恥ずかしそうに赤く光っている。
「俺…」
俺も彼女に引かれるように近づいた。
リリアの瞳が潤んでいる。二人の距離がだんだん縮まって——
「うう…」
急激に眠気が襲ってきた。
「あ、アルさん?」
俺は意識を失い、ベッドに倒れ込んだ。
例の欠陥チートの副作用だった。
「もう…」
リリアは苦笑いしながら、俺に毛布をかけてくれた。
「おやすみなさい、アルさん」
彼女は俺の頬に、そっとキスをした。
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翌朝、目が覚めると、リリアがベッドの横の椅子で眠っていた。
「リリア?」
「あ、おはようございます」
彼女は慌てて起き上がった。
「椅子で寝てたの?」
「あ、えーと…アルさんの寝顔があまりに平和そうで、見守ってたら眠くなって…」
リリアの頬が赤い。
昨夜のことを思い出そうとしたが、酒の影響で記憶が曖昧だった。
「何か…いいことあった気がするんだけど」
「え!?覚えてるんですか!?」
リリアが慌てる。
「うーん、よく覚えてないな」
「そ、そうですか…」
リリアはちょっと残念そうだった。
でも、今朝の彼女は、いつもより特別に輝いて見えた。
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村での滞在は、俺たちにとって貴重な時間だった。
魔界の人々の温かさに触れ、リリアとマリアとの絆も深まった。
そして、俺自身も、この世界での自分の居場所を見つけたような気がした。
「さあ、城に戻りましょう」
マリアが言った。
「……」
「アルさん、何かボーっとしてますね」
「え?あ、何でもない」
リリアが首をかしげる。
帰り道、俺は村での出来事を反芻しながら
あったかく感じる空を眺めていた
次回予告:「ラビットールの畑荒らし」
※毎日更新予定です。お楽しみに!




