78杯目「醸造に向けた準備」
昨夜、リーサと話したことが頭に残っている。
リヒトも、俺と同じように不安だったはずだ。
でも、彼は前に進んだ。
「俺も……」
窓の外を見ると、朝日が昇り始めていた。
居間に向かうと、ユリがすでに起きていた。
「おはよう、アル」
「おはようございます」
「早いわね。眠れなかった?」
「いえ、色々考えていて」
俺が席に着くと、ユリがお茶を注いでくれた。
「ミズハの話を聞いて、どう思った?」
「正直に言うと……混乱しています」
俺は素直に答えた。
「川が俺を選んだ理由も分からない。双月蝕で何が起こるかも分からない」
「でも……」
俺はユリを見た。
「それでも、やるべきことはあると思うんです」
「やるべきこと?」
「はい。酒造りを通じて、人と人を繋ぐこと」
俺が言うと、ユリが微笑んだ。
「そうね。」
「でも、それが本当に正しいのか……」
「アル」
ユリが俺の手を握った。
「正しいかどうかなんて、誰にも分からないわ」
「でも、あなたがそれをやりたいと思うなら、それが正しいのよ」
「……」
「天泣も、そうだった」
ユリが遠くを見る。
「彼も、自分が選ばれた理由が分からなかった」
「でも、彼は酒造りに人生を捧げた」
「それが、彼の選んだ道だったから」
「天泣さん……」
「アル、あなたは天泣の後継者よ」
ユリが俺を見つめる。
「でも、天泣と同じ道を歩む必要はない」
「あなたには、あなたの道がある」
「俺の……道」
「そう。あなたが信じる道を進めばいい」
ユリが優しく微笑む。
「それが、あなたが選ばれた理由なのかもしれないわ」
「……ありがとうございます」
俺は深く頷いた。
その時、ドアが開いてリリアたちが入ってきた。
「おはよう、アル」
「おはようございます」
「今日は、何をするんですか?」
リーサが尋ねる。
「そうだな……」
俺は少し考えた。
「グラン・ハンマーの醸造所のことを、もう一度整理したい」
「醸造所?」
「ああ。ベルガモットさんから手紙が来てから、色々あって進んでいなかったから」
俺が言うと、リリアが頷いた。
「そうね。ドワーフの街の問題も、まだ解決していないものね」
「ああ。保守派の長老たちを説得しないといけない」
「それに、醸造所の建設も進めないと」
ルーナが言う。
「アル、今日はみんなで計画を立てましょう」
「そうだな」
俺たちは、テーブルを囲んで話し合いを始めた。
「まず、グラン・ハンマーに戻る時期ね」
リリアが紙を取り出す。
「双月蝕まで、あと数ヶ月。その前に醸造所を完成させたいわ」
「そうだな。逆算すると……」
俺が考える。
「醸造所の建設に、最低でも一ヶ月はかかる」
「それから、ドワーフたちに酒造りを教えるのに、もう一ヶ月」
「となると、できるだけ早く出発した方がいいわね」
ルーナが言う。
「でも、準備も必要よ。焼酎だけじゃなく、日本酒も持っていきたいわ」
「そうだな。ドワーフたちに、色々な酒を見せたい」
俺が頷くと、リーサが手を挙げた。
「私も、もっと酒造りを勉強したいです!」
「リーサ、本当に?」
「はい! アルさんの手伝いをしたいんです」
リーサが真剣な表情で言う。
「それに……お父さんが守ってくれたこの世界で、私も何かをしたい」
「リーサ……」
「ありがとう。じゃあ、一緒に頑張ろう」
俺がリーサの肩を叩くと、リーサが嬉しそうに笑った。
「それで、出発はいつにする?」
リリアが尋ねる。
「そうだな……」
俺は少し考えた。
「一週間後、くらいかな」
「一週間?」
「ああ。その間に、日本酒の瓶詰めを済ませて、荷物を整理する」
「それに……」
俺はユリを見た。
「ユリさんに、もう少し色々教えてもらいたい」
「あら、私に?」
「はい。酒造りのこと、この世界のこと……まだまだ知らないことが多いので」
「分かったわ。じゃあ、この一週間、みっちり教えてあげる」
ユリがくすりと笑う。
「覚悟しなさいね」
「はい!」
こうして、俺たちの一週間の準備期間が始まった。
ユリからは、酒造りの応用技術を教わった。
「アル、酒は温度管理が全てよ」
「はい」
「特に、この世界は魔力の影響で温度が変わりやすい」
ユリが説明する。
「だから、醸造所には温度調整の魔法陣を設置する必要があるわ」
「魔法陣……」
「ええ。私が図面を書いておくから、ドワーフの技術者に見せてちょうだい」
「ありがとうございます」
また、リリアとルーナは、旅の準備を進めてくれた。
「アル、食料はこれくらいでいい?」
「ああ、十分だよ」
「グラン・ハンマーに着いたら、現地で調達できるしね」
リーサは、ユリの指導の下、酒造りの基礎を復習していた。
「リーサ、この米の研ぎ方、上手になったわね」
「ありがとうございます! 毎日練習しました」
「その調子よ。アルの良い助手になれるわ」
ユリがリーサの頭を撫でる。
そして、一週間が経った。
出発の朝、俺たちは荷物をまとめていた。
「焼酎十本、日本酒五本……」
リリアが確認している。
「資料も全部持った?」
「ああ、大丈夫」
俺が答えると、ユリが現れた。
「準備はできた?」
「はい」
「それじゃあ、これを持っていきなさい」
ユリが小さな箱を渡してくれた。
「これは……?」
「緊急用の薬草と、魔法陣の図面よ」
ユリが微笑む。
「何かあった時のために」
「ありがとうございます」
「アル」
ユリが俺の肩を掴んだ。
「無理はしないで。でも、恐れないで」
「あなたには、仲間がいる。そして、私もいつでもここにいるわ」
「はい」
「行ってらっしゃい」
ユリが優しく微笑む。
「天泣の夢を、あなたの手で広げてきなさい」
「……はい!」
俺たちは、ユリの小屋を後にした。
グラン・ハンマーへ向かう道は、二日間の旅だ。
俺は前を向いた。
グラン・ハンマー。
そこで、俺は新しい一歩を踏み出す。
ドワーフたちに酒造りを教え、醸造所を完成させる。
そして、人と人を繋ぐ。
「天泣さん……」
俺は心の中で呟いた。
「あなたの夢を、俺が引き継ぎます」
「そして、もっと先へ……進みます」
空を見上げると、青空が広がっていた。
二つの月が、まだ見えない。
でも、俺は知っている。
夜になれば、二つの月が現れる。
双月蝕まで、あと数ヶ月。
それまでに、俺は何をすべきか。
答えは、もう見えている。
仲間と共に、前に進むこと。
酒を通じて、人と人を繋ぐこと。
そして、来るべき時に備えること。
「さあ、行こう」
俺は仲間たちと共に、グラン・ハンマーへの道を歩き始めた。




