77杯目「研究者ミズハと川の警告」
翌朝、俺は再びミズハさんの研究所を訪ねることにした。
「アル、一人で行くの?」
リリアが心配そうに尋ねる。
「ああ。昨日の話で、もっと詳しく聞きたいことがあるんだ」
「それなら、私も——」
「大丈夫。今日は一人で行ってくる」
俺が微笑むと、リリアは少し不安そうだったが頷いた。
「分かったわ。でも、無理はしないでね」
「ああ」
ユリに道を教えてもらい、俺は一人で山道を登った。
昨日来た道だから、迷うことはない。
やがて、ミズハの研究所が見えてきた。
「お、来たね」
扉の前で、ミズハが待っていた。
「来ると思ってたよ」
「え……?」
「君の顔を見れば分かる。もっと知りたいことがあるんだろう?」
ミズハがくすりと笑う。
「さあ、入って」
研究所の中に案内されると、ミズハはお茶を淹れてくれた。
「それで、何が聞きたい?」
「昨日、川の流れが乱れているって言ってましたよね」
「ああ」
「それが……どういうことなのか、もっと詳しく教えてください」
ミズハは少し考えてから、立ち上がった。
「こっちへ来て」
研究所の奥には、大きな地図が広げられていた。
この世界の地図だろう。
「見てごらん。これが、魂の川の流れを示した図だ」
地図の上には、複雑な線が引かれている。
「川は、この世界と他の世界の境界に流れている」
ミズハが地図の一点を指差す。
「通常、川の流れは一定のリズムで動いている。まるで、心臓の鼓動のようにね」
「でも最近……」
ミズハが別の紙を取り出す。
「このグラフを見て」
波形のグラフが描かれている。
「これが、過去百年の川の流れのパターンだ」
規則的な波形が続いている。
「でも、ここ数ヶ月——」
ミズハが最新の部分を指差すと、俺は息を呑んだ。
波形が乱れている。不規則に跳ね上がったり、落ち込んだりしている。
「これは……」
「ああ。何かが、川を乱している」
ミズハが真剣な表情になる。
「原因は分からない。でも、これだけ乱れるのは……私が観測を始めてから初めてだ」
「それって、危険なことなんですか?」
「分からない」
ミズハが首を横に振る。
「ただ……嫌な予感はする」
ミズハが窓の外を見る。
「双月蝕の時、川の力が最大化すると言ったよね」
「はい」
「その時、何が起こるか……予測できない」
「もしかしたら、大量の人が召喚されるかもしれない」
「もしかしたら、川が暴走して、世界そのものが揺らぐかもしれない」
ミズハの言葉に、俺の背筋が冷たくなった。
「でも、確証はない。全て、推測でしかない」
「……」
俺は黙って地図を見つめた。
「ミズハさん、1つ聞いていいですか」
「何だい?」
「俺が……この世界に呼ばれたのは、その異変と関係があるんでしょうか」
ミズハが俺を見つめる。
「……かもしれない」
「かもしれない、としか言えない」
ミズハが肩をすくめる。
「でも、君が召喚されたのは、川の乱れが始まる少し前だ」
「偶然かもしれないし、必然かもしれない」
「結局、分からないんだ」
「そうですか……」
俺は少しがっかりした。
でも、それが現実なんだろう。
「アル」
ミズハが俺の肩を叩いた。
「理由が分からなくても、君はここにいる」
「そして、君には仲間がいる」
「だったら、できることをやればいい」
ミズハが微笑む。
「それが、私が百年間で学んだことだよ」
「……ありがとうございます」
俺は深く頷いた。
「ミズハさん、もう1つ聞いていいですか」
「何だい?」
「転生者や転移者って、どれくらいいるんですか?」
「ああ、それね」
ミズハが資料を取り出す。
「私が記録している限りでは……過去百年で、約三十人」
「三十人……」
「ああ。平均すると、三年に一人くらいのペースだ」
ミズハが説明する。
「でも、ここ数ヶ月は……」
「増えてるんですか?」
「いや、逆だ」
ミズハが首を横に振る。
「君が召喚されてから、他に召喚された人の報告がない」
「え……?」
「通常なら、数ヶ月に一人は召喚されるはずなんだ。でも、君の後は誰も来ていない」
ミズハが深刻な顔をする。
「川が乱れているのに、召喚が止まっている。これは……異常だ」
「それって……」
「分からない。でも、何かが起ころうとしているのは確かだ」
ミズハが双月の図を指差す。
「双月蝕まで、あと数ヶ月。それまでに、何か分かるかもしれない」
「それとも……」
ミズハが俺を見た。
「君が、その答えを見つけるのかもしれない」
「俺が……?」
「ああ。天泣の後継者。人と人を繋ぐ者」
ミズハが微笑む。
「君なら、きっと何かを成し遂げるだろう」
「……頑張ります」
午後、俺は研究所を後にした。
帰り道、俺はミズハの言葉を反芻していた。
川の乱れ。
双月蝕。
そして、俺が召喚された理由。
全てが繋がっている気がする。
でも、まだ見えない。
「アル!」
小屋に戻ると、ルーナが駆け寄ってきた。
「おかえり! どうだった?」
「ああ……色々聞けたよ」
「そう。それはよかったわ」
ルーナが微笑む。
「リリアが夕食の準備してるわ。行きましょう」
居間に入ると、リリアとリーサが料理を運んでいた。
「おかえりなさい、アル」
「ただいま」
「どうでしたか、ミズハさんのところは?」
リーサが興味津々に尋ねる。
「ああ、色々教えてもらった」
俺がミズハから聞いた話を、みんなに伝えた。
川の乱れのこと。
双月蝕のこと。
召喚が止まっていること。
「……そんなことが」
リリアが驚いた表情を見せる。
「双月蝕で、何かが起こるかもしれないのね」
「でも、何が起こるかは分からない」
俺が付け加えると、ルーナが真剣な顔をした。
「それなら、私たちは準備をしないといけないわね」
「準備……?」
「そうよ。何が起きても対処できるように」
ルーナが力強く言う。
「私たち、もっと強くならないと」
「ルーナの言う通りね」
リリアも頷く。
「アルを守るためにも、私たちも成長しないと」
「私も!」
リーサが手を挙げる。
「ユリさんに、もっと訓練してもらいます!」
「みんな……」
俺は仲間たちの顔を見回した。
みんな、真剣な表情だ。
「ありがとう。でも、無理はしないでくれよ」
「無理なんかじゃないわ」
リリアが微笑む。
「私たちは、アルと一緒にいたいの。だから、強くなる」
「そうよ」
ルーナも頷く。
「何があっても、一緒に乗り越えるんだから」
その時、ユリが部屋に入ってきた。
「みんな、話は聞いたわ」
「ユリさん……」
「アル、心配しないで」
ユリが優しく微笑む。
「あなたには、仲間がいる。そして、私もいる」
「双月蝕が来る前に、できることをやりましょう」
「はい」
俺は頷いた。
「まずは、グラン・ハンマーの醸造所を完成させることね」
ユリが続ける。
「そこで、ドワーフたちに酒造りを教える」
「それが、あなたの役割よ」
「分かりました」
俺は決意を新たにした。
双月蝕が来る前に、やるべきことがある。
酒造りを広め、人と人を繋ぐ。
それが、俺の使命なんだ。
その夜、俺は一人で外に出た。
空を見上げると、2つの月が輝いている。
「双月蝕……」
2つの月が重なる時、何が起こるんだろう。
「アルさん」
後ろから、リーサの声がした。
「一人で考え事ですか?」
「ああ……」
リーサが隣に立つ。
「アルさん、お父さんのこと……考えてました」
「リヒトさんのこと?」
リーサが頷く。
「お父さんも、二百年前に異世界から来て……理由も分からず、この世界に呼ばれて」
リーサの目に涙が浮かぶ。
「でも、お父さんは諦めなかった。この世界を守るために、勇者として戦ったんです」
「……」
「今日、ミズハさんの話を聞いて……思ったんです」
リーサが俺を見た。
「お父さんも、きっと不安だったと思うんです。なぜ自分が召喚されたのか、何をすべきなのか……」
「でも、お父さんは前に進んだ。そして、この世界を救った」
リーサの瞳がどことなく強く前を見据えていた。
「アルさんも、今、同じ状況なんですよね」
「ああ……そうだな」
「だから、私……アルさんを応援したいんです」
リーサが真剣な目で俺を見つめる。
「お父さんみたいに、この世界のために頑張る人を。私も、力になりたい」
「リーサ……」
「私、もっと強くなります」
リーサが決意を込めて言う。
「そして、アルさんたちと一緒に、この世界を守りたい。お父さんが守ってくれたこの世界を」
「ありがとう、リーサ」
俺はリーサの頭を撫でた。
「一緒に頑張ろう」
「はい!」
リーサが笑顔を見せた。
空を見上げると、2つの月が静かに輝いている。
双月蝕まで、あと数ヶ月。
それまでに、俺は何をすべきか。
答えは、まだ見えない。
でも、やるべきことは分かっている。
仲間と共に、前に進むこと。
酒を通じて、人と人を繋ぐこと。
それが、俺と天泣さんの道なんだ。
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