73杯目「帰郷と成長の予感」
試飲会の翌日、俺たちはゴルドに案内されて、醸造所の建設予定地を見に行った。
「ここが、醸造所の建設予定地です」
グラン・ハンマーの地下都市の一角。広い空間が広がっていた。
「おお……広いな」
「ええ。以前は倉庫として使っていた場所ですが、今は空いています」
ゴルドが説明する。
「天井も高いし、水源も近い。酒造りには最適な場所じゃ」
ドラが満足そうに頷く。
「温度も一定に保ちやすい地下じゃからな」
グラも周囲を見回している。
「これなら、立派な醸造所ができるぞい!」
ダグが興奮している。
「アル殿、ここで酒造りを教えていただけますね?」
ゴルドが期待に満ちた目で俺を見る。
「はい。でも、まずは山に戻って、日本酒を完成させないと」
「もちろんです。焦る必要はありません」
ベルガモットが横から口を添える。
「醸造所の建設には、数ヶ月かかります。その間に、アル殿が完成させた日本酒を見せていただければ」
「分かりました」
俺は頷いた。
「建設が終わったら、また来ます。そして、ドワーフのみんなに酒造りを教えます」
「楽しみにしてるぞい!」
ドラたちが嬉しそうに笑った。
午後、俺たちは出発の準備を始めた。
「もう帰るのか……寂しくなるのう」
グラが残念そうに言う。
「また必ず来るよ」
「約束じゃぞ!」
ダグが親指を立てる。
「ああ、約束だ」
俺も呼応するように親指を立てGOODサインをした、三人は嬉しそうに笑った。
「アル殿」
長老ブルグが近づいてきた。
「はい」
「わしは……お前に失礼なことを言った」
ブルグが頭を下げる。
「試しもせずに否定して、すまなかった」
「いえ、気にしてません」
「これからは、新しいものも受け入れていかねばならんのう」
ブルグが苦笑いする。
「わしも、まだまだ勉強じゃ」
「長老……」
「また来てくれ。次は、日本酒とやらを飲ませてくれ」
「はい! 必ず!」
俺が答えると、ブルグは満足そうに頷いた。
「それでは、行ってまいります」
俺がゴルドに挨拶すると、彼は力強く握手してきた。
「醸造所の建設、頑張ります。完成を楽しみに待っていてください」
「ありがとうございます」
「アル殿、また会いましょう」
ベルガモットも笑顔で手を振る。
「僕も、新しい酒の開発に取り掛かります。次に会う時が楽しみです」
「はい!」
俺たちは馬車に乗り込み、グラン・ハンマーを後にした。
門をくぐる時、振り返るとたくさんのドワーフたちが手を振っていた。
「また来いよ〜!」
「日本酒、楽しみにしてるぞ〜!」
俺も手を振り返した。
いい街だ。いい仲間たちだ。
必ず、また戻ってこよう。
馬車は山道を登り始めた。
二日の道のり。
ユリさんの山まで、またゆっくりとした旅が始まる。
「アル、お疲れ様でした」
リリアが優しく声をかけてくれる。
「ああ、みんなのおかげで上手くいったよ」
「当然よ。アルの酒は本物なんだから」
ルーナが自信満々に言う。
「でも、まだ日本酒は完成してない」
「大丈夫よ。ユリさんが管理してくれてるもの」
「それに……」
リリアが少し期待に満ちた表情を見せる。
「リーサさんの成長も楽しみですね」
「ああ」
俺も頷いた。
リーサは、この数日でどれくらい成長したのだろうか。
ユリさんから、父・リヒトのことをどれくらい聞けたのだろうか。
「リーサ、頑張ってるかしらね」
ルーナが空を見上げる。
「きっと、すごく成長してるわよ」
「ああ、きっとな」
一日目の夜は、街道沿いの宿屋で休んだ。
二日目の午後、ようやくユリの山が見えてきた。
「あ、見えたわ!」
ルーナが指差す。
「ただいま……」
俺が呟くと、馬車が山道を登り始めた。
やがて、見慣れたユリの小屋が見えてきた。
「着いた……!」
馬車が止まると、小屋の扉が開いた。
「おかえりなさい!」
リーサが飛び出してきた。
「リーサ!」
俺たちが馬車から降りると、リーサが笑顔で駆け寄ってくる。
「アルさん、リリアさん、ルーナさん! おかえりなさい!」
「ただいま、リーサ」
「ただいまですわ」
「無事に帰ってきたわよ」
リーサを見て、俺は驚いた。
「リーサ……何だか、雰囲気が変わったな」
「本当ですか!?」
リーサが嬉しそうに微笑む。
以前よりも、表情が明るい。そして、どこか自信に満ちている。
「ユリさんに、たくさん教えてもらいました!」
「そう。リーサはとても頑張ったわよ」
ユリが小屋から出てきた。
「おかえりなさい、みんな」
「ただいま戻りました、ユリさん」
「グラン・ハンマーでは、上手くいったみたいね」
「はい。ドワーフの街で、焼酎が認められました」
俺が報告すると、ユリは優しく微笑んだ。
「よかったわ。あなたの酒なら、きっと分かってもらえると思ってたわ」
「それで……もろみの状態は?」
「順調よ。見に行きましょう」
ユリに案内されて、俺たちは醸造小屋へと向かった。
扉を開けると、甘く芳醇な香りが漂ってくる。
「いい香り……」
大きな甕の中で、もろみがぷつぷつと音を立てて発酵している。
「順調に発酵が進んでいるわね」
ユリが満足そうに頷く。
「あと一週間ほどで、搾りの作業に入れるわ」
「本当ですか!」
俺が興奮すると、ユリがくすりと笑った。
「ええ。あなたの日本酒が、もうすぐ完成するわよ」
「やった……!」
「私も、リーサと一緒にしっかり管理したわ」
ユリがリーサの肩を抱く。
「リーサは、本当によく頑張ったのよ」
「リーサさん、すごいですね」
リリアが感心している。
「え、ええと……ユリさんが優しく教えてくれたので」
リーサが照れくさそうに頭を掻く。
「それに、お父さんの話も……たくさん聞けました」
リーサの表情が、少し寂しそうになる。
「お父さんは、とても強くて、優しい人だったって」
「リヒト殿は、本当に立派な方だった」
ユリが優しく言う。
「人族の勇者として、多くの人を守るために戦っていたわ」
「そして、あなたのことを、誰よりも愛していた」
ユリがリーサの頭を撫でる。
「リーサ……」
「私、もっと強くなります」
リーサが力強い目で遠くを見据えていた。そこにはリヒトが見えているんだろうか。
「お父さんみたいに、誰かを守れる強さが欲しい」
「ユリさんから、基礎的な戦い方も教えてもらいました」
「本当ですか!?」
俺が驚くと、ユリが頷いた。
「ええ。リーサには才能があるわ。あと少し鍛えれば、立派な戦士になれる」
「やった! リーサ、すごいじゃないか!」
「ありがとうございます……!」
リーサが嬉しそうに笑顔を見せた。
その夜、俺たちはユリの小屋で夕食を食べた。
「それで、グラン・ハンマーには醸造所ができるのね」
「はい。建設には数ヶ月かかるそうですが」
「それなら、その間に日本酒を完成させて、ドワーフたちに見せに行けるわね」
ユリが微笑む。
「はい! そのつもりです!」
「楽しみね」
ルーナが目を輝かせる。
「日本酒が完成したら、みんなで飲みましょうね」
「もちろんですわ」
リリアも笑顔だ。
「あの……私も、飲んでいいですか?」
リーサが恐る恐る尋ねる。
「もちろんよ。あなたも、酒造りを手伝ってくれたんだから、ただ一杯だけよ」
ユリが優しく言う。
「やった……!」
リーサが嬉しそうに笑った。
食事を終えた後、俺たちはユリを囲んで話を聞いていた。
「ユリさん、1つ聞いていいですか?」
俺が尋ねると、ユリが優しく微笑んだ。
「何かしら?」
「黄金の稲穂のこと……なぜ、ユリさんはこの稲穂を守っているんですか?」
その質問に、ユリの表情が少し曇った。
「……それは、ある人との約束だからよ」
「約束?」
「ええ。とても大切な約束」
ユリが窓の外を見つめる。
「その人は、今はもうこの世界にいないけれど……私は約束を守り続けているの」
「その人って……」
リリアが尋ねかけたが、ユリは首を横に振った。
「今はまだ、話せないわ。でも、いずれ話す時が来るでしょう」
ユリが俺を見た。
「アル、あなたの日本酒が完成したら……その時に、全てを話すわ」
「全てを……?」
「ええ。ここの黄金の稲穂の秘密。この世界の真実。そして……私の約束について」
ユリの言葉に、俺たちは息を呑んだ。
「それまで、楽しみに待っていてね」
ユリが優しく微笑むと、部屋に穏やかな空気が戻った。
「それじゃあ、今日はもう休みましょう」
ユリが立ち上がる。
「明日からまた、酒造りが始まるわ」
「はい!」
俺たちは部屋に戻った。
横になりながら、俺はユリの言葉を反芻していた。
黄金の稲穂の秘密。
ユリの約束。
この世界の真実。
全ては、日本酒の完成と共に明かされる。
「……楽しみだな」
俺は小さく呟いた。
もうすぐ、日本酒が完成する。
そして、この世界の新たな秘密が明かされる。
ドワーフの街での醸造所。
リーサの成長。
ユリの約束。
酒造りが思わぬ方向へと転びだしているのかもしれない。




