7杯目 姉妹の絆と、新たな一歩
翌朝——。
リリアは、西棟へと続く廊下を歩いていた。
昨夜、アルから聞いた。
姉の心が、少しずつ開き始めていると。
特製カクテルを飲み、手作りのお菓子を食べて、涙を流していたと。
「……姉様……」
リリアの胸に、温かいものが広がった。
もしかしたら——。
もう一度、姉と笑い合えるかもしれない。
だが、同時に不安もあった。
(本当に……私が行って、いいのでしょうか……)
姉は、長い間、自分を拒絶してきた。
会いに行っても、また冷たくあしらわれるかもしれない。
それでも——。
「……行かなきゃ……」
リリアは小さく呟いた。
アルさんが、道を開いてくれた。
だったら、次は自分の番だ。
勇気を出して、姉に会いに行かなければ。
西棟の廊下は、相変わらず冷たい空気が漂っていた。
保守派の兵士たちが、リリアの姿を見て驚いている。
「リリア様……?」
「姉様に……会いに来ました……」
リリアは震える声で言った。
兵士たちは顔を見合わせたが、やがて道を開けた。
「……どうぞ」
リリアは深く頭を下げ、マリアの部屋へと向かった。
部屋の前に立つと、足が震えた。
(大丈夫……大丈夫……)
リリアは何度も自分に言い聞かせた。
そして——震える手で、扉をノックした。
コンコン。
「……誰だ」
中から、マリアの声が聞こえた。
「……私です……リリアです……」
しばらく、沈黙が続いた。
リリアの心臓が、早鐘のように打つ。
やがて——。
「……入れ」
低い声だったが、拒絶の響きはなかった。
リリアは深呼吸をして、扉を開けた。
部屋の中は、以前より明るかった。
窓のカーテンが開いており、朝日が差し込んでいる。
マリアは窓辺に立っていた。
机の上には、昨夜アルと飲んだカクテルのグラスが残っている。
「……姉様……」
リリアは小さく呼びかけた。
「……何の用だ」
マリアは背中を向けたまま、静かに言った。
冷たい口調だったが——以前のような、拒絶の響きはなかった。
「私……お話ししたくて……」
「……」
「姉様……アルさんから、聞きました……」
リリアは一歩、前に進んだ。
「姉様が……少しずつ、心を開いてくださっていると……」
「……それがどうした」
「私……嬉しいです……」
リリアの声が震える。
「ずっと……ずっと、姉様と……お話ししたかった……」
マリアの肩が、わずかに震えた。
「昔みたいに……一緒に、花を摘んだり……お菓子を作ったり……」
リリアの瞳から、涙が溢れた。
「笑い合ったり……他愛もない話をしたり……」
「……」
「姉様……私……」
リリアの声が途切れた。
「私……姉様のこと……ずっと……ずっと、大好きでした……!」
その言葉に——。
マリアの肩が、大きく震えた。
「……私も、だ」
マリアは振り返った。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「私も……お前のことが……ずっと……大好きだった……」
「姉様……!」
「だが……私は……」
マリアの声が震える。
「私は……お前を……苦しめた……」
「いいえ……!」
リリアは首を横に振った。
「姉様は……何も悪くありません……!」
「いや……悪い……」
マリアは目を閉じた。
「私は……人族への憎しみに囚われて……お前まで……巻き込んだ……」
「でも……姉様は……傷ついていたから……」
リリアは涙を拭った。
「あの人に……拒絶されて……一人で、ずっと……苦しんでいたから……」
「……」
「私……わかっていました……姉様が、どんなに辛かったか……」
リリアは一歩、また一歩と、姉に近づいた。
「だから……私は……姉様を責めたりしません……」
「リリア……」
「ただ……もう一度……姉様と、笑い合いたいです……」
リリアは姉の前に立った。
「昔みたいに……一緒に……」
その瞬間——。
マリアはリリアを抱きしめた。
「ごめん……! ごめん……!」
マリアの声が震える。
「私……お前に……ひどいことを……!」
「いいえ……いいえ……」
リリアも姉を抱きしめた。
「もう……いいんです……」
「リリア……!」
二人は泣きながら、抱き合った。
長い、長い時間——。
失われていた時間を取り戻すように。
やがて、マリアは涙を拭いて、微笑んだ。
その笑顔は——昔の、優しいマリアの笑顔だった。
「……リリア」
「はい……」
「昔みたいに……また、一緒に花冠を作らないか?」
「……はい!」
リリアは嬉しそうに頷いた。
「一緒に……作りましょう……!」
◇
二人は城の中庭へ出た。
魔界の花が咲き乱れる、美しい庭だ。
「この花……覚えてるか?」
マリアが紫色の花を摘んだ。
「はい……ムーンリリーですよね……」
「そうだ。お前が昔、一番好きだった花」
マリアは優しく微笑んだ。
「姉様が……覚えていてくださったんですね……」
「当たり前だ」
マリアはリリアの頭を撫でた。
「お前のこと……全部、覚えている」
二人は花を摘み、花冠を編み始めた。
昔と同じように——。
「姉様……ちょっと、そこ、曲がってます……」
「え? 本当か?」
「ふふ……やっぱり、姉様は不器用ですね……」
「う、うるさい……」
マリアは照れたように頬を染めた。
リリアは笑った。
久しぶりに——心から、笑った。
「……リリア」
「はい?」
「お前の笑顔……本当に、久しぶりに見た……」
マリアの瞳に、また涙が浮かんだ。
「私……お前を、こんなに笑顔にできなくて……ごめん……」
「もう……謝らないでください……」
リリアはマリアの手を握った。
「これから……また一緒に、笑いましょう……」
「……ああ」
マリアは力強く頷いた。
やがて、花冠が完成した。
「はい、姉様……」
リリアがマリアの頭に花冠を乗せる。
「……似合うか?」
「はい……とても綺麗です……」
「お前も」
マリアがリリアに花冠を乗せた。
「可愛いぞ、リリア」
「ありがとうございます……姉様……」
二人は笑い合った。
「……リリア」
マリアは真剣な表情になった。
「私……決めた」
「何をですか……?」
「保守派を……解体する」
「……え?」
リリアは目を見開いた。
「私は……長い間、人族への憎しみに囚われていた。それが、間違っていたと……やっと気づいた」
マリアは遠くを見つめた。
「本当に憎むべきは……人族ではない。差別や偏見そのものだ」
「姉様……」
「これから、私は……新しい道を歩む。憎しみではなく、理解を。対立ではなく、共存を」
マリアはリリアを見つめた。
「お前と……そして、アルと一緒に」
「……はい!」
リリアは力強く頷いた。
「私も……姉様と一緒に……!」
「ありがとう、リリア」
マリアは妹を抱きしめた。
「お前がいてくれて……本当に、良かった」
◇
その後——。
西棟の大広間には、保守派の魔人たちが集まっていた。
マリアとリリアが、手をつないで現れる。
その姿を見て、保守派たちは驚きの声を上げた。
「マリア様……リリア様……!」
「まさか……和解されたのですか……!?」
マリアは凛とした声で言った。
「みんな」
広間が静まり返る。
「今日をもって、保守派は解体する」
「「「……!」」」
ざわめきが広がる。
「だが——それは終わりではない。私たちは『和平推進派』として、新しい道を歩む」
「和平推進派……ですか」
老齢の魔人騎士が尋ねる。
「そうだ。憎しみではなく、理解を。対立ではなく、共存を。それが私たちの新しい目標だ」
マリアは騎士たちを見渡した。
「私は……長い間、間違っていた。人族全てを憎んでいた。だが——それは、間違いだった」
「マリア様……」
「お前たちを、憎しみの道に引き込んでしまった。それは……私の責任だ」
マリアは深く頭を下げた。
「だから——もう一度、やり直させてほしい。新しい道を、一緒に歩んでほしい」
騎士たちは顔を見合わせた。
やがて——。
「マリア様に従います!」
「我々も、新しい道を歩みます!」
「和平推進派……いい響きです!」
騎士たちは口々に賛同の声を上げた。
マリアは顔を上げ、微笑んだ。
「ありがとう……みんな……」
その時、扉が開いた。
「よう、いいタイミングだね」
アルが現れた。手には木箱を抱えている。
「アル!」
リリアが駆け寄る。
「おはよう、リリア。マリアさんも、おはよう」
「……おはよう、アル」
マリアは少し照れたように頬を染めた。
「和解、おめでとう」
「ありがとう……お前のおかげだ……」
「いやいや、二人が頑張ったからだよ」
アルはニッと笑った。
◇
西棟の大広間には、保守派だけでなく、穏健派の魔人たちも集まり始めていた。
「マリア様、本当に良かったです」
「これで、ようやく魔王城全体が一つに……」
和やかな空気が流れる中、アルは木箱を開けた。
「和解の記念に、魔王陛下から特別な酒を預かってきたんだ」
その瓶を見た瞬間、マリアが息を呑んだ。
「これは……」
「マリアさん?」
アルは首を傾げた。
「『百年眠りの魔酒』……父上の、最も大切にしている酒……」
マリアの声が震える。
「え? そんなにすごい酒なの?」
アルは驚いた。魔界に来てまだ日が浅い自分には、この酒の価値がわからない。
「ああ……百年以上熟成された魔界最高峰の一品だ。宝物庫に数本しかない……」
マリアは瓶を見つめた。
「父上が……これを……」
マリアの瞳に涙が浮かんだ。
「父上は……私たちの和解を……どれほど喜んでくださっているのか……」
「マリア様……」
保守派の騎士たちも、感動に震えている。
リリアもマリアの隣に立ち、姉の手を握った。
「父上……本当に……ありがとうございます……」
二人は涙を浮かべながら、深く頭を下げた。
「じゃあ、魔王陛下の気持ちを無駄にしないように、みんなで美味しく飲もうよ」
アルは笑顔で、慎重にグラスに酒を注ぎ始めた。
「こんな貴重な酒、初めて扱うから緊張するな……」
「大丈夫ですよ、アルさん……」
リリアが優しく微笑む。
「本当に……こんな貴重な酒を……」
若い魔人騎士が緊張した面持ちで尋ねる。
「魔王陛下が、みんなで飲めって言ってたよ。今日は特別な日だからって」
アルはニヤッと笑った。
「陛下が……そこまで……」
騎士は感動に震えた。
全員がグラスを手に取る。
「それじゃあ——」
マリアがグラスを掲げた。
「父上に感謝を。そして、新しい未来に、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
グラスが打ち鳴らされ、魔酒の芳醇な香りが広間に広がった。
「うまい……!」
「これが百年眠りの……!」
「こんな酒、生まれて初めて……!」
魔人たちは感動に震えている。
リリアもグラスを口に運び、目を輝かせた。
「本当に……美味しいです……」
「マジで美味い!魔王陛下、すごい酒を貸してくれたんだな……」
アルも一口飲んで——その瞬間、体がほんのり光り始めた。
「お、来たか……」
「アルさん、大丈夫ですか?」
リリアが心配そうに声をかける。
「大丈夫大丈夫。今回はどんな力かな——」
アルの体から淡い金色の光が溢れ出す。そして——周囲の全員が、温かい力に包まれた。
「これは……?」
「体が……軽くなる……」
「傷が……癒えていく……?」
「治癒と強化の力か!」
マリアが驚きの声を上げた。
「全員に効果が……しかも、範囲がこれほど広いとは……!」
「へへ、いい感じの力が出たみたいだね」
アルは満足そうに笑った。持続時間は約10分——
宴が盛り上がり始めた、ちょうどその時だった。
ガシャアアン!
突然、窓ガラスが割れた。
「何事だ!?」
黒い影が次々と広間に飛び込んでくる。ダークウルフ——それも十数頭だ。
「ダークウルフ!? なぜ城内に!」
リリアが叫ぶ。
そして、影の中から矢が放たれた。
「みんな伏せろ!」
アルが叫ぶと同時に、矢が宴の参加者たちに向かって飛んでくる。
「防御障壁!」
マリアと数人の魔人騎士が咄嗟に魔法障壁を展開する。だが、矢の数が多すぎる。
「くそっ! でも——」
アルは自分の体を見た。まだ魔酒の効果が残っている。体が軽い。力が漲っている。
「この力……まだ使える!」
アルの体から淡い金色の光が輝いている。
「うおおおお!」
アルは矢を素手で叩き落とし、襲いかかるダークウルフに向かって拳を振るう。
ゴオオン!
一撃で、ダークウルフが壁に叩きつけられる。
「すげえ……!」
「百年眠りの魔酒の効果が……!」
「あの治癒と強化の力で、あれほど戦えるのか……!」
保守派の騎士たちが驚愕する中、アルは次々とダークウルフを殴り飛ばしていく。
同時に、周囲の騎士たちも——。
「俺たちも力が漲っている!」
「百年眠りの魔酒のおかげだ!」
「全員で戦うぞ!」
騎士たちもまた、普段以上の力で戦い始めた。治癒と強化の効果が全員に残っているのだ。
「リリア! マリアさん! みんなを守って!」
「はい!」
「了解した!」
リリアとマリアは協力して防御魔法を展開し、参加者たちを守る。
姉妹が協力して魔法を使う——その光景に、保守派たちは目を見張った。
「マリア様とリリア様が……一緒に……!」
「そして、我々全員の力も強化されている……!」
「これが……あの青年の力か……!」
だが——影の中から、さらに矢が飛んでくる。
「マリア様、危ない!」
一本の矢が、マリアに向かって飛んできた。
「——!」
その瞬間、アルが飛び込んだ。
ガキン!
アルは矢を素手で掴み、砕いた。
「大丈夫か、マリアさん!」
「お、お前……なぜ……」
マリアは呆然としていた。
「当たり前でしょ。友達を守るのに理由なんていらない」
「友達……」
マリアの胸に、温かいものが広がった。
「侵入者を確認! 制圧する!」
魔王直属の親衛隊が到着した。
ダークウルフたちは次々と倒され、あるいは逃走する。
「逃がすな!」
騎士たちが追跡する。だが——暗闇の中から、数人の魔人族が煙幕を使って姿を消した。
「くっ……逃げられたか……」
「まさか……過激派の残党が……」
◇
騒ぎが収まった後——。
「負傷者はいるか!」
マリアが確認すると、幸いにも重傷者はいなかった。
「治癒の効果が残っていたおかげで、軽傷で済んだ者が多い……」
「百年眠りの魔酒のおかげですね……」
リリアが安堵の表情を浮かべた。
「アル、お前のおかげで被害が最小限に済んだ……」
マリアがアルに声をかける。
「いやいや、百年眠りの魔酒が全員を強化してくれたおかげだ」
「良かった……」
アルはその場に膝をついた。戦いの疲労が襲ってくる。
「アルさん!」
リリアが駆け寄る。
「大丈夫、ちょっと疲れただけ……」
「無理をして……」
マリアもアルの傍に膝をついた。
「お前は……本当に馬鹿だな」
「え?」
「命を懸けてまで、私たちを守るなんて……馬鹿としか言いようがない」
だが、マリアの瞳には涙が浮かんでいた。
「でも……ありがとう。本当に……ありがとう」
「どういたしまして」
アルはニコリと笑った。
「リリア……お前もだ」
マリアは妹に向き直った。
「一緒に戦ってくれて……ありがとう」
「姉様……!」
リリアは嬉しそうに微笑んだ。
二人は手を握り合った。
◇
その頃——。
城の外、森の奥深くで、逃亡した過激派の一人が息を潜めていた。
「くそ……失敗したか……」
黒いローブを纏った魔人は、苛立ちを隠せない。
「マリア様が……人族と手を組むなんて……」
「だが、まだ終わりじゃない……」
彼は懐から小さな水晶玉を取り出した。その中で、赤黒い光が脈動している。
「次こそ……必ず成功させる……」
彼は闇に溶け込むように姿を消した。
新たな火種が、静かに燻り始めていた——。
◇
その夜、魔王の執務室。
「父上、申し訳ございません……」
マリアが深々と頭を下げた。
「いや、お前たちのせいではない」
魔王ゼクセル・クマガワは厳しい表情で腕を組んでいた。
「過激派の残党か……厄介だな」
「必ず捕らえます」
「それだけではない」
魔王は地図を広げた。
「過激派は、おそらく城外の村々に潜伏している。このままでは、村人たちが危険に晒される」
「では……」
魔王はアルに視線を向けた。
「アル、よろしく頼む」
「え? 俺が?」
アルは驚いて声を上げた。
(村々に……過激派がいるかもしれない場所へ……? しかも、俺は人族だ……村人たちは受け入れてくれるのか……?)
アルの心に不安が広がる。
だが——。
「アルさん……私も一緒です」
リリアが優しく微笑んだ。
「私も……お前と一緒に行く」
マリアも決意を込めて頷いた。
二人の姿を見て、アルは——。
「……わかりました。やります」
アルは決意を込めて答えた。
「俺一人じゃ不安だけど……三人でなら、きっとなんとかなる」
「ああ……三人でなら……」
マリアも微笑んだ。
おまけ
「……二人とも、よく頑張ったな」
魔王ゼクセル・クマガワは、窓の外を見つめながら呟いた。
その視線の先には、東棟へ戻るアルとリリアの姿がある。
「リリアとマリアが……ついに……」
魔王の瞳に、涙が浮かんでいた。
長い、長い時間——。
二人の娘が笑い合う姿を、どれほど待ち望んでいたか。
「アル……お前には、本当に感謝している……」
魔王は、深く頭を下げた。
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