67杯目「黄金と黒の激突と・・・」
俺たちは稲穂の畑から少し離れた岩陰に身を隠した。
背後からは、ドラゴン同士の戦いの音が絶え間なく響いてくる。
轟音、爆発、そして咆哮。
「ユリさん……大丈夫かな」
リーサが震える声で呟く。
「大丈夫。ユリさんは強いから」
ルーナがそう言うが、その表情も不安に満ちている。
「でも、俺たちは何もできないのか……」
俺が拳を握りしめると、リリアが俺の肩に手を置いた。
「アル、気持ちは分かる。でも、今はユリさんを信じるしかない」
「分かってる。分かってるけど……」
その時、空から黒いドラゴンの咆哮が響いた。
俺たちは思わず岩陰から顔を出した。
空中で、黄金のドラゴン——ユリと、黒いドラゴンが激しく戦っている。
黒いドラゴンの背中には、ミアが立っている。
「くっ……!」
ユリの口から、金色の炎が放たれる。
しかし、ミアが手を掲げると、黒いドラゴンがそれを避け、鋭い爪でユリに襲いかかった。
ガキィン!
金属がぶつかり合うような音が響く。ユリの鱗が黒いドラゴンの攻撃を弾いたのだ。
同時に、ミアが魔法陣を展開し、黒い光弾を放つ。
ドォン!
光弾がユリの翼を掠める。
「すごい……」
リーサが息を呑む。
「ユリさん、本当に強いのね」
ルーナが目を見張った。
でも、俺には分かる。ユリは少しずつ押されている。
黒いドラゴンの動きは速く、そして容赦がない。
「ミア、話を聞いて!」
ユリの声が聞こえた。
「スーのことは、私も悲しく思っているわ! でも、彼らを責めるのは違う!」
「黙りなさい!」
ミアの冷たい声が響く。
「スーは、あなたたちに倒された! それが全てよ!」
ミアが再び魔法を放ち、黒いドラゴンが爪を振るう。
ユリは必死に防御するが、徐々に高度を下げていく。
「このままじゃ、ユリさんが……!」
俺が立ち上がろうとすると、リリアが俺の腕を掴んだ。
「アル、待って! 今出て行っても、何もできない!」
「でも……!」
「アル、落ち着いて」
ルーナも俺を制止する。
「あなたの能力は、酒を飲んで発動するんでしょ? 今、酒は持ってる?」
ルーナの言葉に、俺ははっとした。
「……持ってない」
荷物は全部、ユリの家に置いてきてしまった。
「くそっ……!」
俺が悔しがっていると、背後から声がした。
「アル! これを使うんじゃ!」
振り返ると、ドワーフ三人組が駆けつけてきた。
ドラが手に持っているのは、酒瓶だ。
「ドラ! それ……!」
「わしの大事な酒じゃが、今は緊急事態じゃ! 飲むんじゃ!」
ドラが俺に酒瓶を投げてよこす。
俺はそれを受け取り、一気に飲み干した。
「っ……!あたりだ!」
体の中に、力が満ちていく。
いつもの感覚だ。酒を飲むことで発動する、俺の能力。
「アル、行くの!?」
リリアが驚いた顔で俺を見る。
「ああ。ユリさんを助ける」
「アル、待って!」
リリアが俺の腕を掴む。
「あれは、ドラゴン同士の戦いよ。私たちが手を出せるレベルじゃない」
「でも……!」
「リリアの言う通りだぞい。ドラゴンの戦いは、人族だろうが魔族だろうが、エルフだろうがドワーフだろうが、手が出せるもんじゃないんだ」
グラが真剣な表情で言う。
「俺たちが行っても、邪魔になるだけだよ」
ダグも頷いた。
「くそっ……!」
俺が拳を握りしめると、ドラが俺の肩を叩いた。
「アル、お前の酒の力なら、もしかしたら……」
「酒の力?」
「ああ。お前が飲んだのは、特別に蒸留した酒じゃ。普通の酒よりも強力のはずじゃ!」
ドラの言葉に、俺は体の感覚を確かめた。
確かに、いつもとは違う。体が軽く、力が満ち溢れている。
「でも、アル一人で行くのは危険すぎる!」
ルーナが叫ぶ。
「大丈夫。俺、やってみるよ。それに俺の目的は戦うんじゃないから」
俺がそう言うと、リリアが不安そうに俺を見た。
「アル……無茶はしないで」
「ああ。約束する」
俺は岩陰から飛び出した。
空中では、まだ黄金のドラゴン——ユリと黒いドラゴンが激しく戦っている。
「ユリさん!!」
俺が叫ぶと、ユリがこちらを見た。
「アル! 危ない、下がって!」
「下がれない! 俺にもやらせてくれ!」
俺がそう叫ぶと、ミアが黒いドラゴンの背中から俺を見下ろした。
「……人間ごときが、何をするつもり?」
ミアが冷笑する。
「あなたが、今更何をしようと無駄よ」
「ミア! スーのことを……俺は、話したいことがあるんだ!」
俺が叫ぶと、ミアの表情が歪んだ。
「スー様の名前を、気安く呼ばないで!」
黒いドラゴンが咆哮を上げる。
そして、俺に向かって黒い炎を吐いた。
「アル!!」
背後からリリアの叫び声が聞こえる。
でも、俺の体は動く。蒸留酒の力で強化された肉体が、炎を避けるために横に飛んだ。
ドォォン!
俺がいた場所が、黒い炎で焦げる。
「……なに?」
ミアが驚きの表情を浮かべる。
「避けた……?」
「ああ。避けたぞ」
俺は立ち上がり、黒いドラゴンに向かって走り出した。
「アル、無茶だ!」
ドラが叫ぶ。
「でも、やるしかない!」
俺は黒いドラゴンの足元まで走る。ドラゴンが爪を振り下ろしてくるが、俺はそれを紙一重で避けた。
「くっ……!」
ドラゴンの鱗を掴み、よじ登り始める。
「何を……!」
ミアが驚愕の声を上げる。
黒いドラゴンが体を揺らし、俺を振り落とそうとする。でも、俺は必死に掴まった。
「アル! 危ない!」
ユリの声が聞こえる。
「大丈夫……!」
俺は少しずつ、ドラゴンの背中を登っていく。
ミアが魔法を放ってくるが、俺はドラゴンの鱗の陰に隠れて避ける。
「なぜ……なぜそこまでするの!」
ミアが叫ぶ。
「話したいことがあるからだ! スーのことを!」
俺がそう叫びながら、ついにドラゴンの背中まで辿り着いた。
目の前には、ミアが立っている。
「……」
ミアは俺を睨みつけた。
「あなた、本当に……馬鹿ね」
「ああ、よく言われる」
俺は息を切らしながら答えた。
「ミア、聞いてくれ」
「聞くことなんて、何もない!」
ミアが魔法を放とうとする。
でも、俺は頭を下げた。
「スーを……救えなくて、本当にごめん」
俺の言葉に、ミアの手が止まった。
「……なに?」
「スーは、最後まで戦った。自分の信じる道のために」
俺は続ける。
「でも、俺たちも戦わなきゃいけなかった。みんなを守るために」
「……」
「もし、もっと早く話ができていたら。もし、別の方法があったら」
俺は拳を握りしめた。
「スーを、救えたかもしれない。それができなかった。だから……ごめん」
ミアは何も言わなかった。
ただ、じっと俺を見つめている。
そして——
「……ばか」
ミアの小さな声が聞こえた。
「ばか、ばか、ばか……!」
ミアが叫ぶ。
「謝られたって、スー様は戻ってこないのよ!」
「……分かってる」
俺は顔を上げた。
「でも、それでも謝りたかった」
ミアは俯いた。
その肩が、小刻みに震えている。
「……あなたたちには、分からない」
ミアが震える声で言う。
「スー様が……どれほど優しい人だったか」
「……」
「スー様は、私を救ってくれた。暗闇の中にいた私を、光の中へ連れ出してくれた」
ミアが顔を上げる。
その目には、涙が浮かんでいた。
「だから、私は……スー様のために、何かしたかった」
「ミア……」
「でも、もういい。これ以上、あなたたちと話すことはない」
ミアが黒いドラゴンに指示を出す。
「行くわよ」
黒いドラゴンが翼を広げる。
「待ってくれ、ミア!」
俺が叫ぶと、ミアは振り返った。
「俺、スーのことをもっと知りたい」
俺の言葉に、ミアは少し驚いたような表情を見せた。
「……どうして」
「俺たちはスーと戦ったけど、スーがどんな人だったのか、何も知らない」
俺は真剣な目でミアを見た。
「お前が言った『優しい人』だったスーのこと。知りたいんだ」
「……ふん」
ミアは顔を背ける。
「二度と会うことはないわ。でも……」
ミアが小さく呟いた。
「少しだけ、気が済んだ」
そう言って、ミアは黒いドラゴンと共に空へ飛び去っていった。
ドラゴンが急上昇し、俺の体が宙に放り出される。
「うわっ!」
俺は空中で体勢を立て直そうとする。蒸留酒で強化された体が、本能的に動いた。
地面が迫ってくる——
ドスン!
俺は黄金の稲穂の中心に着地した。衝撃は大きかったが、不思議と怪我はない。蒸留酒の力で肉体が強化されているおかげだ。
「……ふぅ」
俺は稲穂の中に座り込んだ。
「アル!!」
リリアとルーナが心配そうな顔をしていた。
「ああ、大丈夫!」
俺がそう答えると、ユリが俺の隣に降り立った。人間の姿に戻っている。
「アル、無茶をするわね」
ユリが苦笑する。
「でも、ありがとう。あなたのおかげで、ミアは少しは冷静になったみたい」
「ミアは……悲しんでるだけなんですよね」
「ええ。スーのことを、本当に大切に思っていたから」
ユリが優しく微笑む。
リリア、ルーナ、リーサ、そしてドワーフ三人組が駆け寄ってきた。
「アル! 本当に無事でよかった!」
ルーナが俺に抱きつく。
「無茶しすぎだよ、アル……」
リリアも涙目で俺の手を握る。
「本当に……心配しました」
リーサも安堵の表情を浮かべている。
「ごめん、心配かけた」
俺がそう言うと、ドラが豪快に笑った。
「いやいや、見事じゃったぞ! あのドラゴンによじ登るとは!」
「蒸留酒の力、すごかったぞい!」
グラも感心している。
「でも、もう二度とやるなよ」
ダグが真面目な顔で言った。
ユリが小屋の方を指差した。
「さあ、みんな。小屋に戻りましょう。お茶を淹れ直すわ」
俺たちはユリの小屋へと戻った。
畳の上に座ると、緊張が解けて疲れがどっと出てきた。
「ふぅ……」
俺が息を吐くと、ユリが温かいお茶を出してくれた。
「アル、少し休んで。さっきの戦い、体に負担がかかってるはずよ」
「ありがとうございます、ユリさん」
俺がお茶を飲むと、体が温まる。
しばらく、誰も口を開かなかった。
そして——
「……ミアは、また来るかもしれない」
ユリが静かに言った。
「え?」
「彼女の心は、まだ癒えていない。スーを失った悲しみは、そう簡単には消えないわ」
ユリの表情が少し曇る。
「でも、アル」
ユリがくすりと笑った。
「やっぱり、あなたは面白い人ね」
ユリが優しく微笑む。
「それは、きっとミアの心に届いているわ」
俺は少し安心した。
「そうだといいんですけど」
「大丈夫。時間はかかるかもしれないけど、きっと」
ユリがそう言った時、窓の外から風が吹き込んできた。
2つの月が、空に昇り始めている。
「今日は、ここで休んでいって。明日から、本格的な酒造りを始めましょう」
ユリの提案に、俺たちは頷いた。
その夜、俺は小屋の一室で横になった。
体は疲れているはずなのに、なぜか眠れない。
ミアのこと。スーのこと。そして、ユリが言った「川の謎」のこと。
色々なことが頭の中を巡る。
「……スーって、どんなやつだったんだろう」
俺が呟くと、窓の外から何かの気配を感じた。
「……ん?」
窓を開けて外を見ると、遠くの空に黒い影が見えた。
一瞬だけ、銀色の髪が月明かりに照らされたように見えた。
「ミア……?」
でも、すぐにその影は消えた。
俺は窓を閉め、再びベッドに横になった。
明日から、新しい日々が始まる。
酒造りを学び、この世界のことをもっと知る。
いつかミアとも、ちゃんと話ができる日が来るかもしれない。
俺はそう信じて、目を閉じた。




