66杯目「黄金の稲穂の守護者」
翌朝、俺は鳥のさえずりで目を覚ました。
小屋の窓から差し込む朝日が、まぶしい。
「……ん」
体を起こすと、隣ではドワーフたちがまだ寝息を立てていた。昨夜は結局、俺も結構飲んでしまった。でも、不思議と二日酔いはない。
外に出ると、リリアとルーナが既に起きていて、朝の準備をしていた。
「おはよう、アル」
リリアが笑顔で迎えてくれる。
「おはよう。二人とも早いね」
「だって、今日はユリさんに会えるんだもん。楽しみで眠れなかったの」
ルーナが目を輝かせる。
「リーサは?」
「まだ寝てるよ。昨日の山登り、疲れたみたい」
リリアがそう言って、小屋の方を見た。
しばらくすると、ドワーフたちとリーサも起きてきて、俺たちは簡単な朝食を済ませた。
「さあ、出発じゃ! あと一時間ほどで、ユリのところに着くぞい!」
グラが元気よく言った。
山道はさらに険しくなったが、ドワーフたちの案内のおかげで順調に進む。
そして——
「見えたぞ!」
ダグが前方を指差した。
山の中腹に、小さな谷間が広がっている。その中央に、黄金色に輝く稲穂の畑が見えた。
「あれが……黄金の稲穂」
俺が呟くと、リリアが頷いた。
「うん。前に来た時よりも、もっと輝いてる気がする」
「本当に綺麗ね……」
ルーナが感嘆の声を上げた。
「すごい……」
リーサも目を見開いている。
俺たちは谷間へと降りていった。近づくにつれ、黄金の稲穂の輝きが増していく。まるで、太陽の光を集めたかのような、暖かい光だ。
そして、稲穂の畑の前に、一人の女性が立っていた。
長い黒髪、白い着物、そして穏やかな微笑み。
「ユリさん!」
俺が駆け寄ると、ユリは優しく微笑んだ。
「アル、よく来てくれたわね。そして……皆さんも」
「ユリさん、お久しぶりです」
リリアが丁寧に頭を下げる。
「お久しぶりです、ユリさん」
ルーナも礼儀正しく挨拶した。
「あの……初めまして。私、リーサと申します」
リーサが緊張した様子で自己紹介すると、ユリは少し驚いたような表情を見せた。
「……リーサ。あなたが、リヒトの……」
「はい。父のことを、ご存知なんですか?」
リーサが期待に満ちた目でユリを見つめる。
ユリは少し悲しそうな表情を浮かべた。
「ええ。知っているわ。彼は……立派な人だった」
「父は、ここに来たことがあるんですか?」
「ええ。何度か。彼もまた、この世界で戦った勇者だったから」
ユリがそう言うと、リーサは嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか……」
「さあ、立ち話もなんだから。中へどうぞ。お茶を用意しているわ」
ユリに案内されて、俺たちは稲穂の畑の奥にある小さな家へと入った。
家の中は、和風の作りだった。畳があり、障子があり、まるで日本の古民家のようだ。
「懐かしい……」
俺が呟くと、ユリがくすりと笑った。
「でしょう? 私も、日本が恋しくなることがあるから」
「もう、何百年も前のことだけれど」
ユリがそう言って、お茶を注いでくれた。日本茶の香りが、懐かしい。
「さて、アル。本格的な酒造りについて、話しましょうか」
ユリが微笑む。
「この黄金の稲穂は、とても特別なの。普通の米とは違って、魔力を含んでいる」
「魔力を……?」
「そう。だから、この稲穂で造った酒は、あなたの能力をさらに引き出すことができるわ」
俺は息を呑んだ。
「それに、この稲穂を使えば、日本酒以外にも色々なお酒が造れる。焼酎、梅酒、甘酒……」
「本当ですか!?」
俺が目を輝かせると、ユリはくすくすと笑った。
「やっぱり、アルはお酒の話になると目が輝くのね」
「アル、落ち着いて」
リリアが苦笑する。
「でも、これはすごいことだよ。もし本格的な醸造所が作れたら……」
「種族を超えて、みんなが楽しめる場所になるわね」
ルーナが嬉しそうに言った。
「ユリさん、この稲穂の栽培方法も教えていただけるんですか?」
リーサが尋ねると、ユリは頷いた。
「もちろん。アルになら、全て伝えられるわ」
「ありがとうございます!」
俺たちは盛り上がった。
これから、どんな酒が造れるのか。どんな醸造所を作ろうか。
夢が広がっていく。
「それと、アル」
ユリが少し真面目な顔になった。
「あの川のことは……まだ話せないの。ごめんなさい」
「あ、いえ……」
「分かりました。その時を待ってます」
「ありがとう」
ユリが優しく微笑んだ。
その時だった。
外から大きな音が響いた。
ドォォォン!!
家全体が揺れる。
「何!?」
俺たちが立ち上がると、ユリは落ち着いた表情で窓の外を見た。
「……来たわね」
「誰が来たんですか!?」
リリアが叫ぶ。
外を見ると、空に巨大な影があった。
黒い鱗を持つ、巨大なドラゴン。
そして、その背中には、一人の人影が立っていた。
「あれは……」
ユリが呟いた。
「ミア……スーを慕っていた子」
「え……!?」
俺たちは絶句した。
スーを慕っていた誰かがいた?
そして、そいつが、今、ここに来た?
黒いドラゴンがゆっくりと降下してくる。地面に着地すると、その人影が飛び降りた。
長い銀髪、赤い瞳、そして冷たい笑み。
「久しぶりね、ユリ。そして……スー様を倒した人間たち」
その女性は、俺たちを見下ろすように言った。
「私の名前は、ミア。スー様の仇を取りに来たの」
ミアと名乗った女性は、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
「あなたたちが、スー様を……」
「待って、ミア。あれは——」
ユリが言いかけたが、ミアは聞く耳を持たなかった。
「黙りなさい、ユリ。あなたは関係ない。私が欲しいのは、この人間たちよ」
ミアが手を掲げると、黒いドラゴンが咆哮を上げた。
その瞬間、俺たちの体が動かなくなった。
「な、何だこれ……!?」
「動けない……!」
ルーナとリリアが叫ぶ。
「これは、束縛の魔法。スーが使っていた記憶操作とは違う、私の得意技よ」
ミアがそう言って、俺たちに近づいてきた。
「さあ、スー様の仇、取らせてもらうわ」
その時——
「させないわ」
ユリが前に出た。
彼女の体が、金色の光に包まれていく。
「ユリ、あなたまで邪魔をするの?」
「当然よ。彼らは、私の大切な友人だもの」
ユリの体が変化し始めた。
金色の鱗、巨大な翼、そして——
ドラゴンの姿。
「黄金のドラゴン……!」
リーサが驚きの声を上げた。
ユリは、黄金のドラゴンへと変身した。
二匹のドラゴンが、対峙する。
「……ふふ、やる気ね。いいわ、久しぶりに戦わせてもらうわ」
ミアが笑うと、黒いドラゴンが咆哮を上げた。
「みんな、下がって!」
ユリが叫ぶ。
その声と同時に、束縛が解けた。
「アル、逃げるよ!」
リリアが俺の手を掴む。
「でも、ユリさんが……!」
「今は、私たちが邪魔になるだけだ! ユリさんを信じましょう!」
リリアの言葉に、俺は頷いた。
俺たちは家から飛び出し、稲穂の畑の外へと走った。
背後から、ドラゴン同士の戦いの音が響く。
咆哮、爆発、地響き。
「ユリさん……」
リーサが不安そうに振り返る。
「大丈夫。ユリさんは強い」
ルーナが励ますように言った。
でも、俺の胸の中には、不安が渦巻いていた。
ミアは、スーをどれほど慕っていたんだ?
そして、この戦いは、どうなる?
俺たちに、何ができる?




