65杯目「山道とドワーフの歓迎」
二日目の朝、俺たちは宿を出発した。
「今日は山道に入るから、揺れるかもしれないよ」
馬車使いがそう言うと、リリアが心配そうに俺を見た。
「アル、大丈夫? 酔ったりしない?」
「大丈夫だって。俺、意外と乗り物には強いんだ」
「本当に? この前、マリアさんの馬車で顔色悪くしてなかった?」
ルーナがにやにやしながら言う。
「あれは……前日に飲みすぎただけだ!」
「はいはい、お酒のせいね」
ルーナがくすくすと笑う。その笑顔を見ていると、俺も自然と笑顔になった。
馬車は平地を抜け、徐々に山道へと入っていく。道は確かに険しくなり、馬車が揺れる。
「あ……」
リーサが小さく声を上げた。揺れで体が傾いたようだ。
「リーサさん、大丈夫?」
リリアが優しく声をかける。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、リリアさん」
リーサは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ねえねえ、あの山が見える?」
ルーナが窓の外を指差した。遠くに、高い山々が連なっている。
「あれが、ドワーフの国の近くにある山脈だよ」
リリアが説明する。
「ドワーフの国……そういえば、以前会ったドワーフ三人組、元気にしてるかな」
俺が呟くと、ルーナが笑った。
「ドラとグラとダグでしょ? きっと元気に酒飲んでるわよ」
「あの三人、本当に酒好きだったもんな」
「アルが言えることじゃないでしょ」
ルーナに突っ込まれて、俺は苦笑した。
「でも、アルの酒好きって、単なる趣味じゃないよね」
リリアが真面目な顔で言う。
「アルの能力は、酒を飲むことで発動する。それに、酒を通じて色々な人と繋がってきた」
「そうね。酒がなかったら、私たちもこうして一緒にいなかったかも」
ルーナがしみじみと言った。
「アルさんの酒は、人と人を繋ぐんですね」
リーサが優しく微笑む。
「そうだといいんだけどな」
俺がそう答えると、三人は揃って頷いた。
馬車は山道を進んでいく。昼過ぎ、馬車が突然止まった。
「どうしたんだ?」
俺が窓から顔を出すと、馬車使いが前方を指差した。
「あれを……」
前方の道に、三人の小柄な人影が立っていた。よく見ると、立派な髭を蓄えたドワーフたちだ。
「おお! あれは……!」
俺が叫ぶと、三人のドワーフが大きく手を振った。
「アル! 久しぶりじゃな!」
「やっぱり来ると思ってたぞい!」
「待ってたんだよ!」
ドラ、グラ、ダグの三人組だった。
馬車を降りると、三人が駆け寄ってきた。
「アル、元気だったかい!」
ドラが豪快に笑う。
「ああ、おかげさまで。お前たちこそ、どうしてここに?」
「ユリのドラゴンから連絡があったんだ! アルが来るってな!」
グラが説明する。
「俺たちも案内役を買って出たってわけだよ!」
ダグが胸を張った。
「そうだったのか。ありがとう」
「礼なんていいんじゃ! それより、久しぶりに一緒に酒が飲めるぞい!」
ドラがそう言って、腰の酒袋を叩いた。
「あら、ドワーフの皆さん、お久しぶりですね」
ルーナが馬車から降りてきた。
「おお、ルーナ姫! お美しいのう!」
「リリア嬢も! 相変わらず凛々しいぞい!」
「そして……この可愛らしいお嬢さんは?」
.三人がリーサを見て首を傾げた。
「初めまして。私、リーサと申します」
リーサが丁寧に頭を下げる。
「おお、可愛らしいお嬢さんじゃのう!」
ドラが嬉しそうに言った。
「ハーフエルフか? エルフの里の方かな?」
ダグが尋ねる。
「はい……そうです」
リーサが少し緊張した様子で答えた。
「さあ、話は道中でしようぞ! わしらが案内するんじゃ!」
ドラが先頭を歩き始めた。
馬車使いは麓の村で待つことになり、俺たちは徒歩で山道を登り始めた。
「この山道、結構険しいな」
俺が息を切らしながら言うと、ルーナがくすくすと笑った。
「アル、もう疲れたの? まだ登り始めたばかりよ」
「いや、これは……準備運動だ!」
「アル、無理しなくていいよ。ゆっくり行こう」
リリアが優しく声をかけてくれる。
「ははは! アルは相変わらず体力ないのう!」
ドラが豪快に笑う。
「でも、酒を飲めば別人のように強くなるんだぞい!」
グラが付け加えた。
「不思議な力だよな、本当に」
ダグがしみじみと言った。
道中、ドワーフたちは色々な話を聞かせてくれた。最近のドワーフの国のこと、ユリが最近どんな様子か、そして山脈に伝わる古い伝説。
「この山には、昔から不思議な力が宿ってると言われておるんじゃ」
ドラが真面目な顔で言う。
「黄金の稲穂もその一つだ! あれは、ただの稲穂じゃないぞい!」
グラが続ける。
「ユリが何百年も守り続けてる理由、きっとアルなら知ることになるだろうよ」
ダグがそう言って、俺を見た。
「……そうなのか」
俺は少し緊張した。ユリが守る秘密。それが、この世界の謎に繋がっているのかもしれない。
夕方、俺たちは山腹にある小屋に到着した。
「今日はここで休もうぞ。明日の午前中には、ユリのところに着くはずじゃ」
ドラがそう言って、小屋の扉を開けた。
中は意外と広く、暖炉もある。ドワーフたちが薪を運び、火を起こしてくれた。
「さあ、晩飯だぞい! わしらが用意したものがあるんだ!」
グラが大きな袋を開けると、中には保存食や乾燥肉、そして何本もの酒瓶が入っていた。
「おお、これは……!」
俺が目を輝かせると、ダグがにやりと笑った。
「お前が来るって分かってたからな。たっぷり用意したよ!」
「でも、飲みすぎはダメよ、アル」
ルーナが釘を刺す。
「明日、ユリさんに会うんだから、ちゃんと起きられるようにね」
リリアも心配そうに言う。
「大丈夫だって。ほどほどにするから」
俺がそう言うと、三人のドワーフが一斉に笑い出した。
「アルが『ほどほど』じゃと!」
「こりゃ傑作だぞい!」
「絶対飲みすぎるに決まってるよ!」
「お前ら、俺のこと何だと思ってるんだ……」
俺が抗議すると、リリアとルーナも笑い始めた。
「だって、アルだもん」
「前科がありすぎるのよ」
リーサまでくすくすと笑っている。
「お前ら……」
でも、こういう和気あいあいとした雰囲気が、俺は好きだ。
その夜、俺たちは暖炉を囲んで食事をした。ドワーフたちが作った料理は素朴だが美味しく、酒も進む。
「明日、いよいよユリさんに会えるんだな」
俺が呟くと、リリアが頷いた。
「うん。楽しみだね、アル」
「私も楽しみ。ユリさん、どんなこと教えてくれるのかな」
ルーナが目を輝かせる。
「はい……私も、父のことを聞けるかもしれません」
リーサが静かに言った。
「きっと大丈夫だよ。ユリさんは優しい人だから」
俺がそう言うと、リーサは笑顔を見せた。
窓の外には、2つの月が輝いている。
明日、俺たちはユリに会う。そして、あの川の謎について——
その時だった。
小屋の外から、何かが飛んでいく音が聞こえた。風とは違う、大きな翼の羽ばたき。
「……今の、何?」
ルーナが不安そうに窓を見る。
ドラが立ち上がり、扉を開けて外を確認した。
「……誰もおらんな」
「気のせいかな?」
俺が首を傾げると、ダグが真面目な顔で言った。
「いや、あれは……ドラゴンの羽ばたきだ」
「ユリさん?」
リリアが尋ねると、グラが首を横に振った。
「ユリのドラゴンは、もっと静かに飛ぶんだぞい。あれは……違う誰かだ」
俺たちは顔を見合わせた。
この山に、ユリ以外のドラゴンがいる?
それとも——
「まあ、明日になれば分かるじゃろう。今日はもう寝るぞ」
ドラが言って、話を打ち切った。
でも、俺の胸の中には、妙な不安が残っていた。
まぁとにもかくにも明日、ユリに会えば、全てが分かる。
そう信じて、俺は目を閉じた。




