64杯目「黄金の稲穂への道」
翌朝、俺たちは早々に出発の準備を整えた。
「アル、本当に大丈夫? 荷物、重くない?」
ルーナが心配そうに俺の荷物を覗き込む。
「大丈夫だって。これくらい平気だよ」
「でも、アルって意外と体力ないじゃない? この前だって、階段で息切れしてたし」
「それは……あの時は二日酔いだっただけだ!」
俺が言い訳すると、ルーナはくすくすと笑った。
「アル、荷物は馬車に積んであるから大丈夫ですよ」
リリアが落ち着いた声で言う。彼女はいつも冷静で、俺の世話を焼いてくれる。
「ありがとう、リリア。助かるよ」
「ううん、当然のことだから」
リリアは少し照れたように視線を逸らした。その仕草に、俺はまたドキリとする。最近、リリアの仕草1つ1つが妙に気になる。
「あの……皆さん、そろそろ出発の時間です」
リーサが控えめに声をかけてくれた。彼女は今回の旅で初めてユリさんに会えることを、とても楽しみにしているようだ。
「ユリさんって、どんな方なんですか?」
リーサが目を輝かせて尋ねる。
「すごく綺麗な人だよ。何百年も生きてるドラゴンなんだけど、人間の姿でいることが多くて」
俺が答えると、リリアが続けた。
「ユリさんは、黄金の稲穂を守っている。昔、誰かと約束したって言ってたね」
「そうそう。それに、日本酒を造れるんだ。俺がこの世界に来てから飲んだ中で、一番美味しい酒だった」
俺の言葉に、ルーナが少し頬を膨らませた。
「もう、アルったら。お酒の話になると本当に目が輝くんだから」
「いや、でも本当に美味しかったんだって!」
「ふふっ、分かってるわよ。だからこそ、私も一緒に行くんだもの」
ルーナがそう言って笑顔を見せる。その笑顔に、俺は胸が少しざわついた。
「リーサさんは、お父様からユリさんのお話を聞いたことはありますか?」
リリアが優しく尋ねると、リーサは少し考えてから答えた。
「はい、少しだけ。父が……リヒトが、昔お世話になったって。でも、詳しいことは聞けませんでした」
リーサの表情が少し曇る。リヒトとの思い出は、彼女にとって複雑なものだ。
「大丈夫。ユリさんに会えば、きっと色々分かるよ」
俺がそう言うと、リーサは笑顔を取り戻した。
「はい! 楽しみです!」
俺たちは馬車に乗り込んだ。御者台には、マリアが手配してくれた腕利きの馬車使いが座っている。
「では、ドワーフの国近くの山脈まで、よろしくお願いします」
リリアが丁寧に頭を下げると、馬車使いは頷いた。
「お任せください。三日もあれば着きますよ」
馬車がゆっくりと動き出す。王都の景色が徐々に遠ざかっていく。
窓の外を眺めながら、俺は少し考え事をしていた。ユリの手紙にあった「川の謎」のこと。俺がこの世界に来た理由。そして、リヒトやスーが関わっていた、この世界の秘密。
「アル、何考えてるの?」
ルーナが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ああ、ちょっとね。ユリさんが何を教えてくれるのかなって」
「そっか。私も気になる。あの手紙、意味深だったもんね」
ルーナがそう言って、隣に座るリリアを見た。
「リリアさんは、何か知ってるんですか?」
リーサが尋ねると、リリアは少し考えてから答えた。
「ユリさんは、この世界について、多分誰よりも詳しい。何百年も生きてるから、色々なことを見てきたはずだよ」
「成り立ち……か」
俺が呟くと、リリアが優しく微笑んだ。
「でも、今は旅を楽しもう。アル、せっかくの旅なんだから」
「そうだな」
馬車は王都を抜け、田園地帯へと入っていく。麦畑が広がり、遠くには山々が見える。その先に、山脈がある。
「ねえねえ、アル。お腹空かない?」
ルーナが急に言い出した。
「え? もう?」
「だって、朝ごはん食べてから結構経ったし!」
ルーナが籠を取り出すと、中にはサンドイッチが詰まっていた。
「はい、アル。あーん」
「え、自分で食べられるけど……」
「いいから! はい、あーん!」
ルーナが強引にサンドイッチを俺の口元に持ってくる。仕方なく、俺は口を開けた。
「……美味しい」
「でしょ? 私が作ったのよ!」
ルーナが得意げに胸を張る。
「アル、こっちも食べてみてください」
今度はリリアが別のサンドイッチを差し出してきた。
「これ、私が作ったやつ。ルーナのとは違う具を使ってるんです」
「あ、ああ……」
俺が食べると、こちらも美味しい。でも、なんだこの状況。二人に交互に食べさせられてる……。
「あの……私も作ってきました」
リーサが小さな包みを取り出した。
「エルフの里で教わった、保存食なんですけど……」
「ありがとう、リーサ。いただくよ」
俺がそう言うと、リーサは嬉しそうに微笑んだ。
三人が俺のために作ってくれた食べ物を食べながら、俺は少し幸せな気持ちになった。こういう何気ない時間が、俺にとっては一番大切なのかもしれない。
馬車は順調に進んでいく。夕方になると、街道沿いの宿場町に到着した。
「今日はここで一泊します」
馬車使いが言うと、俺たちは宿に入った。
宿の部屋は3つ取ってある。男女別で、俺は一人部屋だ。
「じゃあ、晩ごはんは一階の食堂でね」
ルーナがそう言って、自分の部屋に入っていく。リリアとリーサも同じ部屋だ。
俺は一人、部屋のベッドに座った。窓の外を見ると、2つの月が昇り始めている。
明日は山脈に向けて、さらに進む。そして、ユリさんに会える。
あの川の謎。この世界のこと。そして、俺がここにいる理由。
全てが明らかになるかもしれない。
でも、今は……。
「アル、晩ごはんだよ!」
ドアをノックするルーナの声が聞こえた。
「ああ、今行く!」
俺は立ち上がり、部屋を出た。
今夜は、みんなで美味しいものを食べて、ゆっくり休もう。




