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異世界転生酔いどれ世直し記〜酒飲みながら平和にしてやんよ編〜  作者: 晴天よよい


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6/10

6杯目 保守派のリーダー、マリア

翌日の午後、アルとリリアは城の西棟へと向かっていた。


廊下は東棟とは雰囲気が違う。壁には人族との戦いを描いた絵画が並び、明らかに威圧的な空気が漂っている。


「......なんか、空気重くない?」


「はい。西棟は保守派の方々が多く住んでいるので......」


リリアの声は小さく、角の色も普段より薄い。緊張しているのだろう。


「大丈夫。俺がいるから」


アルはそう言って、リリアの肩をポンと叩いた。


「ありがとうございます......」


リリアは少し安心したように微笑む。


やがて二人は大広間の前に到着した。重厚な扉の前には、黒い鎧を纏った魔人族の騎士が二人、槍を構えて立っている。


「姫様、それに人族の......」


騎士の一人が警戒した目でアルを見る。


「マリア姉様にお会いしたいのです」


リリアが毅然とした声で言う。


「承知しております。どうぞ」


扉が重々しく開かれた。


中に入ると、そこには数十人の魔人族が並んでいた。全員が鋭い目つきでアルを睨みつけている。


(うわぁ......完全アウェーじゃん。これ、下手したらリンチされるパターンだ)


アルは内心冷や汗をかいた。だが、ここで怯むわけにはいかない。


広間の奥、玉座に似た椅子に一人の女性が座っていた。


長い銀髪、リリアより大きな角、深紅の瞳——美しいが、その表情には冷たさが宿っている。


「来たな、人族」


マリア・クマガワの声が響いた。威厳があり、どこか悲しみを含んだ声だ。


「マリア姉様......」


リリアが小さく呟く。


「リリア。父上の命令だからといって、こんな人族を連れてくるとは......失望したぞ」


マリアの言葉は冷たかった。リリアの表情が苦しそうに歪む。


「待てよ」


アルが一歩前に出た。


「リリアは悪くない。俺が勝手についてきただけだ。文句があるなら俺に言え」


「......ほう。人族の分際で、随分と大きな口を叩くものだな」


マリアは立ち上がり、アルに向かって歩いてくる。その威圧感は魔王にも劣らない。


(やべぇ、めっちゃ怖い......でも、リリアが言ってたおっちょこちょいな姉って、この人なのか?)


アルはマリアを観察する。確かに美しく、威厳もあるが——どこか無理をしているような、そんな印象を受けた。


「人族よ。お前がここに来た理由は知っている。父上が私たちを説得しろと命じたのだろう?」


「まあ、そんなところ」


「無駄だ。我々は絶対に人族との和平など認めない」


マリアの声には強い意志が込められていた。


「それが、我々を苦しめた者たちへの——」


その時、マリアの足が廊下の段差に引っかかった。


「あっ——」


バタン!


マリアは盛大に転んだ。


「姉様!?」


リリアが慌てて駆け寄る。アルも思わず手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」


「触るな、人族!」


マリアは怒鳴りながらも、アルの手を払いのけようとして——再びバランスを崩した。


「うわっ!」


アルは咄嗟にマリアを支える。


「......っ」


マリアの顔が真っ赤になった。怒りではなく、恥ずかしさで。


「あ、あの......すみません」


マリアは小さな声で呟いた。その瞬間、アルは確信した。


(あ、これリリアが言ってた本来の姉様だ。めっちゃおっちょこちょいじゃん)


周囲の保守派たちも困惑している。普段の厳格なマリア様とは違う姿に、戸惑いを隠せないようだ。


「マリア様!お怪我は!?」


「だ、大丈夫だ!このくらい......」


マリアは慌てて立ち上がろうとして、またよろめいた。


「姉様、無理しないで......」


リリアが優しく声をかける。


「リリア......お前には、見せたくなかったのだが......」


マリアは恥ずかしそうに顔を伏せた。その仕草は、確かにおっちょこちょいで可愛らしい。


アルはふと思った。この人は——本当は優しくて、種族なんて気にしない人なんだろう。でも、傷ついて、心を閉ざして、厳格な保守派のリーダーを演じている。


「あのさ、マリアさん」


「......何だ」


「一つ聞いていい?あんた、本当は人族のこと憎んでないでしょ?」


「何!?」


マリアだけでなく、周囲の保守派たちもざわめいた。


「だって、さっき俺が手を差し伸べた時、一瞬だけど受け入れようとしたよね」


「それは——咄嗟のことで——」


「あんたが本当に人族を憎んでるなら、俺の手なんか絶対に掴まないはずだ。でも、あんたは無意識に俺の手を——」


「黙れ!」


マリアが叫んだ。


「お前に何がわかる!お前は何も知らないくせに!」


「確かに。俺はあんたの過去も、苦しみも知らない」


アルは真っ直ぐにマリアを見つめた。


「でも、一つだけわかることがある。あんたは本当は、こんな風に生きたくないんじゃないか?」


「......っ」


マリアの表情が揺らぐ。


「リリアから聞いたよ。あんたは昔、種族なんて関係なく誰とでも仲良くできる人だったって。おっちょこちょいで、笑顔が可愛くて、みんなに愛されてた——」


「やめろ......」


「でも、好きになった人に拒絶されて、心を閉ざした。それから、ずっと厳格な保守派のリーダーを演じてる」


アルは言葉を続けた。


「でもさ、それって......あんた自身を苦しめてるだけじゃない?」


「黙れ!お前に私の何がわかる!」


マリアは涙声になっていた。


「私は——私は、もう二度と傷つきたくない!だから、人族なんて......人族なんて——」


その時、リリアが前に出た。


「姉様」


「リリア......」


「私、ずっと姉様と話したかった。昔みたいに、一緒に笑いたかった......」


リリアの瞳にも涙が浮かんでいる。


「お願いです。もう一度——もう一度だけ、昔の姉様に戻ってください」


「戻れるわけがないだろう!私はもう——」


「戻れるよ」


アルが遮った。


「だって、あんたはさっき、無意識に俺の手を掴もうとした。それって、あんたの本心がまだ『種族なんて関係ない』って思ってる証拠じゃないか」


マリアは言葉を失った。


確かに——咄嗟に、人族であるアルの手を受け入れようとした自分がいた。


「それに、あんたが好きだった人も、本当はあんたと一緒にいたかったんじゃないの?ただ、周りの圧力に負けただけで」


「それが何だと言うのだ......」


「つまり、あんたを拒絶したのは『その人』じゃなくて『周りの人族』だったんでしょ?だったら、憎むべきは『人族全員』じゃなくて『あの時の周りの人族』だけじゃないの?」


マリアは震えていた。


アルの言葉が、心の奥深くに突き刺さる。


「俺、あんたの好きだった人のこと知らないけど——もしその人が本当にあんたを愛してたなら、今のあんたを見たら悲しむと思うよ」


「......何?」


「だって、あんたは憎しみに囚われて、笑顔を失って、ずっと苦しんでる。それって、その人が望んだ未来じゃないでしょ?」


マリアの瞳から、涙が一筋流れた。


(確かに......あの人は、いつも私に笑っていてほしいと言っていた)


「姉様......」


リリアが優しく声をかける。


「お願いです。もう一度、昔みたいに——」


「リリア......私は......」


マリアは妹を見つめた。そこには、自分を心配してくれる優しい妹がいる。


そして、人族でありながら、自分に真剣に向き合ってくれる青年がいる。


(私は......本当は......)


その瞬間——


「マリア様!こんな人族の戯言に惑わされてはなりません!」


保守派の一人が叫んだ。


「そうだ!人族を信じるなど愚の骨頂!」


「ここで殺してしまいましょう!」


殺すなんてそんな物騒な……アルはポッケの酒に手を伸ばす


騒然とする広間。だが、マリアは静かに手を上げた。


「......静まれ」


その一言で、場が静まり返る。


マリアはゆっくりとアルに近づいた。そして——


パシン!


平手打ちがアルの頬を打った。


「いっ......」


「調子に乗るな、人族。お前の言葉など、所詮は綺麗事に過ぎん」


マリアは冷たく言い放った。


「だが......」


彼女は一瞬だけ、妹のリリアを見た。


「お前の言葉......少しだけ考えてやろう」


「姉様!?」


リリアが驚いて声を上げる。保守派たちもざわめいた。


「勘違いするな。人族との和平を認めたわけではない。ただ、お前の話を......もう少し聞いてやるだけだ」


マリアは背を向けた。


「次に来る時は、もっとマシな話を持ってこい。そして——」


彼女は振り返り、アルを睨んだ。


「お前自身が、人族の中でも『信じるに値する者』だと証明してみせろ。それができなければ、次はない」


「......わかった」


アルは頬を押さえながら頷いた。結構痛い。


「じゃあ、また来るよ。その時は、もっとちゃんと話せるようにする」


「ふん。期待はしていないがな」


マリアは再び椅子に座った。


「リリア。お前も行け」


「はい......姉様」


リリアは名残惜しそうにマリアを見てから、アルと共に広間を後にした。



* * *



廊下を歩きながら、リリアがぽつりと呟いた。


「アル......ありがとうございます」


「いや、全然ダメだったけど」


「そんなことありません。姉様、少しだけ......心を開いてくれました」


リリアの角がほんのり赤く染まる。


「あの姉様が『考えてやろう』なんて言うなんて......初めてです」


「そっか。それよりリリアさん?平手打ち受けてから顔の角度左向きから戻らないんだけど??」


「ふふ、それは......姉様なりの照れ隠しかもしれません」


「照れ隠し!?首もげたと思ったんだけど!?」


「姉様、昔からああなんです。恥ずかしいことがあると、つい手が出ちゃうって」


「マジか......」


リリアはくすりと笑った。


「でも、本当にありがとうございます。姉様、きっと変われると思います」


二人は笑いながら歩いていた。


その時——


「アル、危ない!」


リリアが叫んだ。


廊下の影から、何かが飛び出してきた。黒い矢が、アルのヘッドショットを狙わんばかりに飛んできた——


「くそっ!」


アルは普通の大学生、不意打ちの攻撃に対応できるわけもなく


(やばい——酒、飲んでない!)


「う、うわぁぁぁぁ!!!」


黒い矢はアルの顔の右側を掠めていった。

左向きに顔固定されていてよかった!ありがとうマリア様!心の中でアルは感謝する


「アル!」


リリアが魔法を放とうとした瞬間——


「待て、リリア姫」


黒い鎧の騎士が現れた。魔王直属の護衛騎士だ。


「この者は保守派の過激派。すぐに拘束する」


騎士たちが襲撃者を取り押さえる。


「アル、大丈夫ですか!?」


リリアが慌ててアルに駆け寄る。


「ああ......ちょっと切っただけだから」


アルは顔の傷を見る。浅い傷だが、血は出ている。


「すぐに治療を!」


リリアが叫ぶ。


だが、アルはふと思った。


(俺、酒飲んでたら......あの刃、防げたのかな?それとも、変な能力発動して逆にヤバいことになってた?)


欠陥チートの不安定さを、改めて実感する瞬間だった。



* * *



その夜、治療を終えたアルは部屋で酒を飲んでいた。


「はぁ......今日は疲れたな」


腕には包帯が巻かれている。幸い、大した傷ではなかった。


「アル、大丈夫ですか?」


リリアが心配そうに覗き込む。


「平気平気。これくらいなら——」


グラスを傾けた瞬間、アルの体が光った。


「おっ、来た......って、え?」


アルの体が宙に浮いた。


「うわっ!?なにこれ!?浮遊!?」


「す、すごいです!空中浮遊の能力が!」


リリアは目を輝かせる。


だが、アルはコントロールできずにクルクル回り始めた。


「うわあああ!止まれ止まれ!」


「ア、アル!?」


リリアが慌てて手を伸ばすが、アルは天井近くまで浮いてしまった。


「やばい、これ酔う!めっちゃ酔う!」


そして5分後——


ドサッ


アルは床に落下した。幸い、高さはそれほどでもなかったので怪我はない。


「......やっぱり欠陥チートだ、これ」


アルはそのまま仰向けになって呟いた。リリアはくすくすと笑っている。


「でも、面白かったです」


「笑うなよ......」


だが、アルも笑ってしまった。


こうして、マリアとの初対面は終わった。まだ和解には程遠いが——少なくとも、小さな一歩は踏み出せたようだ。


そして、アルの欠陥チートは相変わらず予測不能だった。



次回予告:「再びマリアの元へ」


※毎日更新予定です。お楽しみに!

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