6杯目 カクテルと繋がる心
初対面から三日後、俺は、再び西棟へ向かっていた。
「アルさん……本当に大丈夫ですか……?」
リリアが心配そうに尋ねる。
「ああ、大丈夫。今度は、ちゃんと準備してきたからさ」
アルは手に持った木箱を見せた。中には、魔界の酒と、アルが調合した特製カクテルが入っている。
「これ……本当に美味しいんですか……?」
「任せとけ。元の世界で、居酒屋でバイトしてた時に覚えたんだ」
アルは自信満々に言った。
実際、アルは居酒屋で働いていた頃、カクテル作りを任されることが多かった。酒の種類、配合、タイミング——それらを理解し、客に喜んでもらう。それが、アルの得意分野だった。
「それに、お前が作ってくれたお菓子もあるし」
アルは小さな包みを見せた。
「姉様の作り方を真似して……作ってみました……」
リリアは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「下手ですけど……姉様の味を思い出してもらえたら、嬉しいです……」
「だといいけどな」
二人は西棟の廊下を歩いていく。
前回と同じように、保守派の兵士たちが冷たい視線を送ってくる。だが、アルは気にしなかった。
マリアの部屋の前に到着すると、アルは深呼吸をした。
「じゃあ、行ってくる」
「はい……お願いします……」
リリアが頷く。
アルは扉をノックした。
「……誰だ」
中から、マリアの声が聞こえた。
「アルです。約束通り、また来ました」
「……入れ」
扉が開き、アルは中に入った。
部屋は前回と同じように薄暗い。だが、窓のカーテンが少しだけ開いており、光が差し込んでいた。
マリアは椅子に座っていた。その表情は相変わらず冷たいが、どこか興味を持っているようにも見えた。
「……来たのか」
「ああ。約束したからな」
アルは木箱を机の上に置いた。
「これ、持ってきた。美味い酒」
「……酒?」
マリアが眉をひそめる。
「そう。俺が調合した特製カクテル。魔界の酒を使ってな」
「……カクテル?」
「ああ。色んな酒を混ぜて、新しい味を作るんだ。元の世界では、よくやってた」
アルはグラスを取り出し、カクテルを注いだ。
深い紫色に、ほんのりピンクが混じった美しい液体だ。
「これ、ダークベリーとダークチェリーを混ぜて、ハーブのリキュールを少し加えたんだ。甘すぎず、飲みやすい」
「……」
マリアは無言でグラスを見つめる。
「飲んでみてくれよ。きっと、気に入ると思う」
アルは笑って、グラスをマリアに差し出した。
マリアは、しばらくグラスを見つめていた。
人族が作った酒——それを飲むことに、抵抗があった。
だが——。
「……一口だけだ」
マリアはグラスを手に取り、一口飲んだ。
その瞬間——。
「……っ」
マリアの瞳が見開かれた。
「これ……」
「どう?」
「……美味しい」
マリアは小さく呟いた。
甘酸っぱい味わい、ハーブの爽やかな香り、そして後味に残るほのかな苦味。それらが絶妙に調和していて、飲みやすい。
「だろ? このカクテル、『夕暮れの想い出』って名前にしたんだ」
「夕暮れの想い出……?」
「ああ。夕暮れ時って、色んな色が混じり合うだろ? ピンク、紫、オレンジ——それが綺麗で、懐かしい気持ちになる」
アルは笑った。
「このカクテルも、色んな味が混じり合って、懐かしい気持ちになれるんだ」
「……」
マリアは無言で、もう一口飲んだ。
確かに——懐かしい。
昔、あの人と一緒に飲んだ酒の味を思い出す。
楽しかった日々。笑い合った時間。
「マリアさん」
アルが静かに言った。
「リリアが、お菓子を作ってきた」
「お菓子……?」
「ああ。あんたの作り方を真似して、リリアが作ったお菓子」
アルは小さな包みを取り出した。
「リリアは、あんたのレシピを覚えてたんだって。一生懸命、作ってくれた」
「……」
マリアの手が震えた。
「私のレシピを……覚えていたのか……」
「ああ。リリアは、あんたのこと、昔も今も大好きなんだよ」
アルは優しく言った。
「あんたが作ったお菓子、下手だったって言ってたけど……リリアにとっては、世界で一番美味しいお菓子だったんだ。だから、作り方を覚えて、今でも作れるんだ」
「……リリア……」
マリアの瞳に、涙が浮かんだ。
マリアは、小さな包みを手に取った。
中には、焼き菓子が入っている。少し形が歪んでいるが、温かみのある手作りの味わいだ。
「……これは……私が昔作った……」
マリアは一口食べた。
「……っ」
懐かしい味がした。少し甘すぎるが、それがいい。
「……リリアが作ったのか……私の作り方を……」
「……私、料理が下手だったから……」
マリアは小さく呟いた。
「いつも失敗して、リリアに変なものを食べさせてしまって……」
「でも、リリアは喜んでたんでしょ?」
「ああ……いつも、『美味しい』って言ってくれた……」
マリアの声が震える。
「昔は……本当に、楽しかった……」
「昔は?」
「ああ……種族なんて関係なく、みんなと笑い合えた。リリアと一緒に遊んで、お菓子を作って……」
マリアは遠い目をした。
「でも、あの日から……全てが変わった……」
「好きな人に、拒絶された日?」
「……ああ」
マリアは静かに頷いた。
「あの人は……優しかった。種族なんて関係ないって、いつも言ってくれた」
「でも、周りの人族が許さなかった?」
「ああ……『魔族と関わるな』『裏切り者』……そんな言葉を浴びせられて、あの人は……私を拒絶した」
マリアの声が震える。
「『魔族なんかと一緒にいられるか』……そう言って、去っていった……」
「……」
アルは黙って聞いていた。
「それから、私は変わった。人族なんて、信じない。愛なんて、信じない。ただ、保守派のリーダーとして、魔族を守る——それだけを考えて生きてきた」
「でも……」
アルは静かに言った。
「それって、あんた自身を苦しめてるだけじゃない?」
「……わかっている」
マリアは自嘲するように笑った。
「でも、もう戻れない。私は、もう——」
「戻れるよ」
アルは真剣な目で言った。
「だって、あんたは今、このカクテルを飲んで、懐かしいって思ったでしょ?」
「……それは……」
「それって、あんたの心が、まだ『楽しかった頃』を覚えてるってことだよ」
アルは続けた。
「あんたは、本当は笑いたいんだ。リリアと一緒に、昔みたいに笑いたいんだ」
「……」
マリアは何も言えなかった。
確かに——心の奥底で、そう思っている自分がいる。
その時、マリアの手が震え、グラスを落としそうになった。
「あっ——」
アルは咄嗟にグラスを受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「……すまない」
マリアは顔を背けた。
「私……やっぱり、おっちょこちょいで……」
「それでいいんじゃない?」
アルは笑った。
「リリアが言ってたよ。昔のマリアさんは、よく転んだり、物を落としたりしてたって。でも、それが可愛くて、みんなに愛されてたって」
「……可愛い、だと?」
マリアの耳が赤く染まる。
「ああ。俺も、前にあんたが転びかけた時、可愛いって思ったよ」
「……っ」
マリアは顔を真っ赤にした。
「な、何を言っている……」
「だって、本当だし」
アルはニッと笑った。
「マリアさん、あんたは保守派のリーダーとして厳格に振る舞ってるけど……本当は、優しくておっちょこちょいで、可愛い人なんだろ?」
「……や、やめろ……」
マリアは恥ずかしそうに俯いた。
その姿は、確かに可愛らしかった。
「マリアさん」
アルは優しく言った。
「もう一度、昔のあんたに戻ってみないか? リリアも、きっと喜ぶよ」
「……でも……」
「大丈夫。俺も、リリアも、あんたの味方だから」
その言葉に、マリアの瞳から涙が溢れた。
「……私……本当は……」
マリアは震える声で言った。
「リリアと……もう一度、笑い合いたい……」
「だったら、そうしようよ」
アルは笑った。
「今すぐは無理でも、少しずつでいい。ゆっくり、元のマリアさんに戻っていけばいい」
「……本当に、そんなことが……?」
「できるよ。だって、あんたはまだ、心の奥底で笑いたいって思ってるんだから」
アルはグラスにカクテルを注ぎ直した。
「ほら、もう一杯飲もうよ。美味い酒があれば、大抵のことは何とかなる」
「……ふふ」
マリアは小さく笑った。
「お前……変な奴だな……」
「よく言われる」
二人は笑い合った。
その時——。
ガシャーン!
窓ガラスが割れた。
「マリア様!」
アルは咄嗟にマリアを庇った。
飛び込んできたのは、黒装束の魔人族だった。
「保守派の過激派……!」
マリアが叫ぶ。
「マリア様! この人族を殺させていただきます!」
過激派の男が短剣を構える。
「待て!」
マリアが立ち上がった。
「私の許可なく、勝手なことをするな!」
「ですが、マリア様! この人族は、あなた様を騙しています! 人族は、我々を——」
「黙れ!」
マリアの声が響いた。
「私が、誰と話すかは、私が決める! お前たちに指図される筋合いはない!」
その迫力に、過激派の男は怯んだ。
「で、ですが……」
「帰れ。さもなくば、私自ら、お前たちを制裁する」
マリアの瞳が、鋭く光った。
過激派の男たちは、慌てて部屋から逃げていった。
男たちが去った後、マリアは深くため息をついた。
「……すまない。お前を、巻き込んでしまった……」
「いや、大丈夫」
アルは笑った。
「それより、マリアさん。今の、めちゃくちゃカッコよかったよ」
「……何?」
「だって、あんな堂々と、過激派を追い払うなんて。さすが、保守派のリーダーだな」
「……ふん」
マリアは顔を背けたが、その耳は赤く染まっていた。
「でも……私、本当に変われるのだろうか……」
「変われるよ」
アルは真剣な目で言った。
「だって、さっき、あんたは俺を守ってくれたじゃないか」
「……それは……」
「人族である俺を、庇ってくれた。それって、あんたの本心が『種族なんて関係ない』って思ってる証拠だよ」
マリアは何も言えなかった。
確かに——咄嗟に、人族であるアルを庇った自分がいた。
「マリアさん、ありがとう」
アルは笑った。
「次も、また来るよ。その時は、もっと美味い酒を持ってくる」
「……来るな、と言っても、来るのだろう?」
「当たり前じゃん」
「……ふん」
マリアは小さく笑った。
「勝手にしろ」
部屋を出ると、リリアが待っていた。
「アルさん……! 大丈夫でしたか……!?」
「ああ、大丈夫」
アルは笑った。
「マリアさん、少しずつ心を開いてくれたよ」
「本当ですか……!?」
リリアの角が赤く染まる。
「ああ。それに、マリアさん、めちゃくちゃカッコよかった」
「姉様が……?」
「ああ。過激派を追い払う時の、あの迫力。さすがだったよ」
アルは嬉しそうに語った。
「それに加えて、やっぱりおっちょこちょいだった」
「ふふ……やっぱり、変わってないんですね……」
リリアは嬉しそうに笑った。
「アルさん、本当にありがとうございます……」
「気にすんな。これからも、マリアさんと仲良くなれるように頑張るよ」
「はい……!」
二人は笑いながら、東棟へと戻っていった。
◇
その夜、魔王ゼクセルは報告を受けていた。
「アルは、再びマリアと会ったようです」
護衛騎士が報告する。
「結果は?」
「マリア様は、少しずつ心を開いているようです。過激派がアル殿へ襲撃した際もマリア様自ら追い払いました」
「……ほう」
魔王は満足そうに頷いた。
「マリアが、アルを守ったか」
「はい。あの方が、人族を庇うとは……驚きです」
魔王は窓の外を見つめた。
「マリアの心が、少しずつ開いていく……それでいい」
◇
その夜、マリアは一人で部屋にいた。
「……あの青年……」
マリアはグラスに残ったカクテルを見つめていた。
「何故、あんなに優しいのだ……」
人族なのに、自分のことを理解しようとしてくれる。
自分を笑顔にしようとしてくれる。
「……リリア……」
マリアは妹の顔を思い浮かべた。
もう一度、笑い合いたい。
昔みたいに、一緒に遊びたい。
「……私……変われるのだろうか……」
マリアは小さく呟いた。
心の奥底で、小さな希望が芽生えていた。
もしかしたら——。
もう一度、昔のように笑えるかもしれない——。
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