54杯目 それぞれの戦いの果てに
剣戟の音が響く方向へ走る。
角を曲がると、そこにはマーカスの姿があった。
だが——彼は一人ではなかった。
黒いフードを被った魔術師たちに囲まれ、剣を構えて応戦している。
「マーカス!」
俺は叫んで駆け寄った。
「アル! 無事だったか!」
マーカスが振り返りながら答える。その間も、剣は敵の攻撃を受け流している。
「こいつら、スーの手下だ! 転移の直後から襲いかかってきやがった!」
俺は剣を抜いて、マーカスの隣に立った。
「俺たちを分断するのが狙いか!」
「そうだろうな! だが、そう簡単にはいかん!」
マーカスが敵の一人に斬りかかる。
黒フードの魔術師は、魔法で身を守ろうとしたが、マーカスの剣はその防御を破り、相手の肩を切り裂いた。
「やるじゃないか!」
俺も敵に向かって突撃する。
だが——魔術師たちは想像以上に手強かった。
火球を放ち、氷の槍を射出し、雷を落とす。
俺とマーカスは、魔法の嵐の中で必死に戦った。
「くそ! きりがない!」
一人倒しても、また新たな敵が現れる。
「アル! このままじゃ埒が明かない!」
マーカスが叫ぶ。
「リヒトとゲルドを探すぞ! 合流すれば——」
その時——
地面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「まずい! また転移魔法だ!」
俺は叫んだが、すでに遅い。
光が俺たちを包み込み——
次の瞬間、俺は一人、別の場所に立っていた。
* * *
王都の東区。商店街の一角。
俺の周囲では、店主たちが店を閉めて避難している。
遠くから爆発音が聞こえてくる。
空を見上げると——魔法陣の輪郭がより鮮明になっていた。
まだ完全な発動ではないが、確実に準備は進んでいる。
「新月まで、あと一日……」
俺は歯を食いしばった。
時間がない。
このままでは——
その時、別の場所から爆発音が聞こえた。
俺はその方向へ走り出した。
* * *
王都西区、住宅地。
ゲルドは、マリアと共に戦っていた。
転移魔法で二人は同じ場所に飛ばされたようだ。
彼らの前には、五人の黒フードの魔術師。
「マリア! 下がって!」
ゲルドが魔法を放つ。
炎の矢が敵の一人を貫いた。
だが、残る四人が反撃してくる。
氷の刃と火球が、二人に向かって飛んだ。
「ゲルド!」
マリアが回復魔法で援護する。
ゲルドは盾の魔法で防ごうとしたが——
刃の一つが、彼の左腕を切り裂いた。
「ぐっ……!」
ゲルドが膝をつく。
その隙を狙って、敵の一人が強大な魔法の詠唱を始めた。
その標的は——マリアだった。
「危ない!」
ゲルドは立ち上がり、マリアの前に飛び出した。
敵の魔法が——ゲルドに直撃しようとした瞬間——
「待て!」
俺の声が響いた。
俺は全速力で駆け寄り、蒸留酒を一気に飲み干した。
体中に熱が駆け巡る。
肉体強化——蒸留酒の力が、俺の体を限界以上に引き上げる。
俺は敵の魔法とゲルドの間に割り込み、剣で魔法を弾いた。
「アル!」
ゲルドが驚きの声を上げる。
「間に合った……!」
俺は息を切らしながら、ゲルドを支えた。
「大丈夫か、ゲルド!」
「ああ……助かった……」
ゲルドが俺の肩を掴む。
マリアも駆け寄ってきて、ゲルドに治癒魔法をかける。
「今すぐ治療を!」
だが——敵はまだ健在だ。
「マリア、ゲルドを頼む!」
俺は敵に向き直り、突撃した。
* * *
王都北区、貴族街。
リヒトは、最も手強い敵と対峙していた。
スーの側近——銀髪の男。
その実力は、他の手下とは比較にならない。
「さすがは200年前の勇者……まだこれほどの力を残していたか」
銀髪の男が嘲笑う。
「だが、歳には勝てまい。その体で、どこまで戦えるかな?」
リヒトは剣を構え直した。
確かに——体は以前ほど軽くない。
息も上がりやすい。
だが——
「俺には……守るべきものそして果たさなければならないものがある」
リヒトの脳裏に、リーサの顔が浮かぶ。
妻の顔も。
そして——アルやリリアの姿も。
「その想いが——俺を支えている」
リヒトが剣を振るう。
銀髪の男は、それを受け止めながら反撃してくる。
剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。
二人の戦いは、周囲の建物を巻き込むほど激しかった。
だが——徐々に、リヒトが押されていく。
若返りの禁術を使っているとはいえ体力は全盛期より衰えている。
それは、どうしようもない現実だった。
「ぐっ……!」
リヒトの右肩に、敵の剣が食い込んだ。
血が流れる。
「どうした、勇者よ! その程度か!」
銀髪の男が追撃してくる。
リヒトは必死に受け流すが——
左の脇腹に、深い傷を負った。
「がはっ……!」
リヒトが血を吐く。
だが——倒れない。
立ち上がり、再び剣を構える。
「まだ……終わらない……!」
リヒトの目に、不屈の意志が宿る。
その時——突然、光が弾けた。
転移魔法だ。
そこに現れたのは——
「父さん!」
リーサだった。
「リーサ!? なぜここに——」
リヒトが驚愕の表情を浮かべる。
スーの転移魔法で——リーサまでもがこの戦場に飛ばされたのだ。
「これは……!」
銀髪の男が不敵に笑う。
「面白い。ならば——」
男が強大な魔法を詠唱し始める。
その標的は——リーサだった。
「やめろ!」
リヒトが叫ぶ。
だが、男の魔法は既に完成していた。
破壊の魔法が、リーサに向かって放たれる。
「リーサ!」
リヒトは最後の力を振り絞って、娘の前に飛び出した。
そして——
魔法の直撃を、リヒト自身が受けた。
「父さん!」
リーサの叫び声が響く中——
リヒトは地面に倒れた。
その瞬間、マーカスが現れ、銀髪の男に斬りかかった。
「この……!」
マーカスの剣が、男の首を刎ねる。
銀髪の男は——リヒトの一撃で既に深手を負っていたため、マーカスの攻撃を避けきれなかった。
男が地面に倒れる。
だが——リヒトも、もう限界だった。
* * *
俺は、ゲルドとマリアを助けた後、王都中を駆け回っていた。
二人は無事だが、疲労が激しい。
近くの民家で休ませた。
だが、リヒトとマーカスの消息はまだ掴めない。
仲間と合流できない俺は——完全に孤立していた。
そして——王都の混乱は、刻一刻と悪化していく。
スーの手下たちが、最終準備を進めている。
新月は——明日の夜。
「くそ……! くそ!」
俺は拳を握りしめた。
このままでは——
何もできない。
一人では——何もできない。
リリアの記憶も戻せない。
王都も救えない。
俺は——無力だ。
その時——
遠くから、巨大な爆発音が響いた。
北の方角——貴族街の方向だ。
「リヒト……!」
俺は直感で理解した。
リヒトが——危険な状況にいる。
俺は北へ向かって走り出した。
だが——
途中で、また新たな敵に襲われる。
黒フードの魔術師たち。
俺は一人で戦わなければならない。
剣を振るい、魔法を受け流し——
だが、時間がかかりすぎる。
その間に——リヒトに何かあったら——
「邪魔だ!」
俺は必死に敵を蹴散らし、北へ走った。
だが——到着した時には、すでに遅かった。
貴族街の一角——
そこには、倒れているリヒトの姿があった。
マーカスとリーサが、彼の傍らで膝をついている。
「リヒト!」
俺は駆け寄る。
「アル……」
リヒトが俺の名を呼ぶ。その声は、かすれていた。
リーサは泣きながら、父親の手を握っている。
「父さん……父さん!」
「リヒト! 大丈夫だ、今すぐ手当てを——」
「いや……もう……だめだ……」
リヒトが微笑む。
「リーサを……守れた……それで……いい……」
リヒトが娘の頭を撫でる。
「リーサ……お前は……強い子だ……」
「父さん……嫌だよ……行かないで……」
リーサが泣き崩れる。
リヒトは優しく微笑んだ。
「お前を……愛している……母さんも……ずっと……」
そして、リヒトは俺を見た。
「アル……」
「リヒト……」
「あの時は……すまなかった……」
リヒトが苦しそうに言葉を絞り出す。
「スーに操られて……お前と……戦ったこと……」
俺の胸が熱くなった。
あの時——リヒトは自分の意志ではなく、スーの呪いで俺たちと戦った。
それは、リヒトのせいじゃない。
「気にするな、リヒト」
俺は彼の手を強く握った。
「お前は何も悪くない。」
「ありがとう……アル……」
リヒトが安堵したように微笑む。
「お前は……本当に……いい奴だな……」
「リヒト……」
「スーを倒すには……条件がある……」
リヒトが苦しそうに言う。
「俺では……届かなかった……だが……お前なら……」
「もし……俺に何かあったら……」
リヒトが俺の手を握る。
「ルーナに……彼女のもとへ……手助けを……頼むと……」
「何を言ってるんだ! リヒト!」
「そして……リーサを……頼む……」
リヒトの手に、力がなくなっていく。
「新月まで……あと一日……急がないと……王都が……」
リヒトの声が途切れる。
「リヒト! リヒト!」
俺とマーカスは叫ぶが——
リヒトの瞳から、光が消えた。
「父さん! 父さああああん!」
リーサの叫び声が、夜空に響き渡る。
空に浮かぶ魔法陣の輪郭が、より鮮明になっていく中で——
俺たちは、大切な仲間を失った。
マーカスが拳を地面に叩きつける。
「畜生……! 俺が……俺がもっと早く来ていれば……!」
リーサは父親の亡骸に縋り付いて、泣き続けている。
「父さん……父さん……」
俺も——ただ立ち尽くすしかなかった。
仲間を失い、リリアの記憶も戻らず——
絶望的な状況が、さらに悪化していく。
そして——新月は明日。
王都全体の記憶奪取の儀式が、ついに始まる。
俺は——この絶望を、どう乗り越えればいいのか。




