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異世界転生酔いどれ世直し記〜酒飲みながら平和にしてやんよ編〜  作者: 晴天よよい


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52杯目 悪意はいつだって口を開けている

## 52杯目 崩れる世界


 闇の中から、ゆっくりと人影が近づいてくる。


 その気配は強大で、禍々しい。


 そして——フードを被ったその人物が、顔を上げた。


 月明かりが差し込み、その顔が露わになる。


 俺は息を呑んだ。


 そこに立っていたのは——見覚えのある顔だった。


 黒い髪、冷酷な瞳、そして不敵な笑みを浮かべている。


 商人として俺たちに近づいてきた——あの男。


「スー!」


 俺は叫んだ。


 スーが嘲笑う。


「驚いたか? 商人を装って近づいた甲斐があったな」


 リヒトが剣を抜く。


「やはり貴様か……!」


「おや、リヒト。久しぶりだな。200年ぶりか? まさか再会できるとはな」


 スーの言葉に、リヒトの表情が険しくなる。


「貴様を……今度こそ止める!」


「止める? 無理だろう。すべては既に整った。商人として動き回り、情報を集め、準備を完璧にしてきたのだからな」


 スーが手を広げる。


「王都全体を覆う記憶奪取の儀式——そのための最後の駒が、今、動いている」


「駒……?」


 俺の問いに、スーは満足そうに頷いた。


「リリアだ。彼女の記憶を奪うことで、儀式は完成する」


「!?」


 俺の血の気が引いた。


「まさか……リリアが……」


「ちょうど今頃、彼女の記憶は消え去っている。お前の大切な思い出と共にな」


 スーの言葉に、俺の心臓が止まりそうになった。


「嘘だ……!」


「嘘? 確かめてみるか?」


 スーが手を上げると、空中に魔法の映像が浮かび上がった。


 それは——屋敷の居間だった。


 リリアが——ソファに横たわっている。


 マリアとリーサが慌てふためいている光景が映し出された。


「リリア……!」


 俺が叫んだ時——


 映像の中で、リリアがゆっくりと目を開けた。


 だが、その瞳は——どこか虚ろだった。


 焦点が定まらず、何かを思い出そうとするように眉をひそめている。


 リリアが起き上がる。そして——


「ここは……私の部屋……?」


 リリアが、周囲を見回して呟いた。


「マリアさん……リーサさん……」


 名前は覚えている。だが、その表情には明らかな困惑があった。


「すみません……少し、頭が……ぼんやりしていて」


 リリアが額を押さえる。


「何をしていたのか……思い出せなくて……」


 その言葉に、俺の胸が締め付けられた。


* * *


「リリア……!」


 俺は映像に向かって叫んだ。


 記憶が——断片的に失われている。完全ではないが、確実に呪いが進行している。


「戻れ! 急いで屋敷に戻るんだ!」


 俺はスーに背を向けて走り出そうとした。


 だが——


「遅い」


 スーの魔法で、俺たちの体が金縛りにあった。身動きが取れない。


「慌てるな。楽しみはこれからだ」


 スーの笑い声が地下室に響く。


「お前は今、ここで彼女を見ることしかできない。だが——本当の絶望は、お前自身が彼女の前に立った時に訪れる」


 スーの言葉に、俺の背筋が凍る。


「直接会って確かめてみるといい。彼女がお前のことを——どれだけ覚えているか」


 スーが嘲笑う。


「その時のお前の表情を、私はじっくりと味わいたい。英雄が、最も大切な者から忘れられる瞬間——それこそが、最高の混沌だ」


「やめろ……!」


 俺は叫ぶが、スーは意に介さない。


 映像の中で、リリアはマリアに支えられてソファに横になる。混乱した表情のまま、彼女は目を閉じた。


* * *


 映像が消え、地下室には不気味な沈黙が戻った。


 リリアの困惑した表情が、俺の頭の中に焼き付いている。


「何をしていたのか……思い出せなくて……」


 あの言葉が、何度も俺の心を刺す。


 完全に忘れたわけではない。


 だが、大切な記憶が、少しずつ失われている。


 初めて話した時の、彼女の恥ずかしそうな笑顔。


 一緒に過ごした時間。


 昨夜交わした、温かい約束。


 それが——彼女の中で薄れていく。


「まだ完全ではないが——時間の問題だ」


 スーの声が聞こえる。


「呪いは確実に進行している。やがて、彼女は全てを忘れる」


 俺は膝をついた。


 守るはずだった。


 絶対に守ると約束した。


 だが——呪いは既に彼女を蝕み始めている。


「俺は……俺は何のために……」


 俺の声が震える。


「さあ、アル。今すぐ屋敷に戻るがいい」


 スーが金縛りを解いた。俺たちの体に自由が戻る。


「彼女の前に立ち、名前を呼んでみろ。そして——彼女がどんな反応をするか、その目で確かめるといい」


 スーの瞳に、狂気の光が宿る。


「お前が彼女の名を呼び、彼女がお前を見つめる——だが、その目には何の認識もない。それこそが、真の絶望だ」


「見たか? これが絶望の序章だ」


 スーが愉快そうに笑う。


「これが私の真の目的だ。王都の記憶を奪うことは——副次的なものに過ぎない」


 スーの告白に、俺は顔を上げた。


「何……?」


「私の本当の目的は——お前を絶望させることだ、アル」


 スーが俺を見下ろす。


「お前はこれまで、多くの困難に直面しながらも、見事に解決してきた。仲間を救い、街を守り、誰もが不可能だと思った問題を次々と乗り越えてきた」


 スーの瞳に、狂気の光が宿る。


「称賛され、頼られ、期待され——常に成功してきたお前が、最も大切なものを守れなかった時——どんな表情をするのか」


 スーの言葉に、俺の全身から力が抜けた。


「それを見たかったのだ。何でも解決してきたお前が——完全に打ち砕かれる過程を」


「なぜ……なぜそんなことを……」


「理由など必要ない。私はただ——混沌を愛している」


 スーの笑い声が、地下室に響く。


「そして、お前が大切な者から忘れられる瞬間——その時のお前の表情こそが、最高の混沌だ。さあ、戻るがいい。彼女の前に立ち、絶望を味わえ」


「化物め……!」


 俺は吐き捨てるように言った。


「何が絶望だ。お前の思い通りになると思うな」


 俺は強がって言葉を続ける。


「俺は——リリアを必ず取り戻す。お前の呪いなんかに負けるものか」


 スーは動じることなく、静かに笑った。


「強がりか。いいだろう、好きにするがいい」


 スーの冷静な反応に、俺の挑発は空振りに終わった。


「お前がどう足掻こうと、結果は変わらない。呪いは進行し続ける」


 スーは淡々と言う。


「さあ、戻るがいい。そして——現実を見るといい」


* * *


 スーの言葉が、俺の心を深く傷つける。


 リリアは——俺のことを、どれだけ覚えているのか。


 名前は? 顔は? 俺たちの思い出は?


 全て——失われてしまったのか?


「リリア……」


 俺の涙が、地面に落ちる。


 守ると約束したのに。


 絶対に失わないと誓ったのに。


 俺は——彼女を守れていない。


「楽しみにしているぞ、アル。お前が彼女の前に立ち、名を呼ぶ瞬間を」


 スーの声が、俺を嘲笑う。


「お前が何を感じ、どんな表情をするのか、それを私は見たいのだ」


 リヒトが俺の肩に手を置く。


「アル……まだ終わっていない」


 リヒトの声が、俺に届く。


「リリアはまだ、お前のことを覚えている。完全に失われたわけじゃない」


 わかっているが不安や焦燥が体中を駆け巡っている


 時間の問題だ——スーの言葉が頭から離れない。


 やがて、リリアは全てを忘れる。


 俺のことも、俺たちの時間も。


「まだ……間に合うのか……?」


 俺の声が震える。


* * *


 スーが魔法陣の上で手を広げる。


「楽しい時間はここまでだ。王都全体の記憶を奪う儀式——その準備を進めよう」


 巨大な魔法陣が、強烈な光を放ち始める。


「止めろ……」


 俺は立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。


 リリアの困惑した顔が、頭から離れない。


「無駄だ。お前の心は既に折れかけている」


 スーの言葉が、俺を打ちのめす。


 そうだ——俺は、リリアを守れなかった。


 呪いは進行している。時間の問題だ。


「リヒト……マーカス……ゲルド……」


 俺は仲間たちを見る。


「すまない……俺は……」


「アル!」


 リヒトが叫ぶ。


「まだ諦めるな! リリアの呪いを解く方法があるはずだ!」


 マーカスも前に出る。


「そうだ。スーを倒せば、呪いも解けるかもしれない!」


 ゲルドも頷く。


「まだ終わっていない。戦いはこれからだ」


 仲間たちの声が——俺の心に少しずつ届き始める。


 まだ——諦めるわけにはいかない。


 リリアは、まだ俺のことを覚えている。


 ならば——まだ希望はある。


 俺は拳を握りしめた。


「ほう……まだ立ち上がるか」


 スーが面白そうに笑う。


「いいだろう。では、もっと楽しませてもらおう」


 スーが手を上げると、地下室全体に複雑な魔法陣が浮かび上がった。


「これは……転移魔法!?」


 ゲルドが叫ぶ。


「その通り。お前たちには、それぞれ別の場所で——絶望を味わってもらう」


 スーの言葉と同時に、魔法陣が強烈な光を放った。


「待て!」


 俺は叫んだが、すでに遅い。


 俺たちの体が光に包まれる。


「アル!」


 リヒトの声が聞こえる。


「リヒト! マーカス! ゲルド!」


 俺は仲間たちに手を伸ばすが、光が視界を奪う。


「さあ、それぞれの絶望を——存分に味わうがいい」


 スーの嘲笑が、俺の耳に残る。


 そして——


 世界が、歪んだ。


* * *


 次の瞬間、俺は屋敷の前に立っていた。


 一人で。


「リヒト! マーカス! ゲルド!」


 俺は周囲を見回すが、誰もいない。


 スーの転移魔法で——俺だけが屋敷に飛ばされたのか。


 いや、待て。


 スーは言った。「それぞれの絶望を味わってもらう」と。


 ということは——


 俺の前には、屋敷の扉がある。


 その奥に——記憶が失われつつあるリリアがいる。


 これが——スーの狙いか。


 俺を一人で屋敷に送り、リリアと対面させる。


 そして——俺の絶望を見る。


「くそ……!」


 俺は拳を握りしめた。


 だが——逃げるわけにはいかない。


 リリアが、中にいる。


 確かめなければ。彼女が——どれだけ俺のことを覚えているのか。


 俺は深呼吸をして、扉に手をかけた。

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