5杯目:謎の力の正体
翌日、アルはリリアと共に城の訓練場にいた。広い石畳の空間には、木製の訓練用人形や標的が並んでいる。
「それで、ここで何をするんですか?」
リリアが不思議そうに尋ねる。
「いや、さ。保守派の人たちを説得する前に、俺の力がどんなもんか確かめておきたいんだよね」
アルは訓練場を見回しながら答えた。
「確かに......あの時は咄嗟のことで、どれくらいの力が出たのかわかりませんでしたね」
「でしょ?もし保守派との話し合いで何かあった時、自分の力を把握してないとマズいし」
アルはテーブルに置かれた魔界の蒸留酒を手に取った。リリアが用意してくれたものだ。
「じゃあ、とりあえず飲んでみるか」
グラスに酒を注ぎ、一口飲む。まろやかで喉越しの良い、美味い酒だ。
「......んー、やっぱうまい」
アルはさらに酒を飲み続ける。一杯、二杯、三杯——。
「アル、飲みすぎでは......」
「大丈夫大丈夫。これくらいなら——おっ」
突然、アルの体がほんのりと光り始めた。
「来た来た!これだよこれ!」
アルは自分の体を見つめる。体が軽い。視界がクリアだ。力が漲ってくる感覚がある。
「リリア、あの訓練用人形まで何メートル?」
「えっと......20メートルくらいでしょうか」
「よし、じゃあ殴ってみる」
「え!?20メートル先をどうやって——」
アルは助走をつけて走り出した。その速度は、普段の彼からは考えられないほど速い。
そして——
ドゴォン!
訓練用人形に拳を叩き込むと、人形は真っ二つに割れて吹き飛んだ。
「......マジか」
アルは自分の拳を見つめる。全く痛くない。それどころか、まだ余力がある感じだ。
「すごいです、アル!」
リリアが駆け寄ってくる。その角は真っ赤に染まっていた。
「でもさ、これってどういう原理なんだろう」
アルは首を傾げる。
「魔力......でしょうか」
「魔力?」
「はい。私たち魔人族は魔力を使って様々なことができます。もしかしたら、アルも魔力を——」
「いや、でも俺、人族だし」
アルは腕を見つめた。確かに光っている。だが、これが魔力なのだろうか。
「あ、そうだ。試しに別の種類の酒も飲んでみようか」
「別の種類?」
「うん。さっきのは蒸留酒だろ?他にも醸造酒とかあるんじゃない?」
リリアは首を傾げる
「醸造酒?私はお酒には詳しくないのであまり分かりませんが他にも魔界のお酒はありますよ!」
「じゃあ、それも試してみよう!」
リリアが持ってきた赤い色をした酒を一杯飲む。すると——
「おっ、また光った!でも......さっきと感じが違う?」
アルは自分の手を見つめる。今度は体が軽くなるのではなく、何か別の感覚が——
「うわっ!?」
突然、アルの手から小さな炎が現れた。
「え!?火!?俺、火を出せるようになった!?」
「すごいです!魔法が使えるなんて!」
リリアは目を丸くする。アルは興奮しながらも、すぐに炎は消えてしまった。
「あれ?もう消えた......」
「効果時間が短かったですね。10分くらいでしょうか」
「じゃあ、もう一回蒸留酒を——」
アルは先ほどの蒸留酒をもう一杯飲んだ。すると——
「あれ?今度は......体がお、重い!?」
アルの体以前同様に光ったが、今度は逆に動きが鈍くなった。
「なにこれ!?さっきは強くなったのに、今度は弱体化!?」
「ランダム......なんですね」
リリアは気づいた。
「同じお酒でも、毎回同じ効果とは限らない?」
「そういうことか......これマジで欠陥チートじゃん!」
アルは頭を抱えた。弱体化の効果は5分ほどで切れたが、その後特に疲労感もない。
「もう一回試してみるか......」
その後、アルはさらに実験を繰り返した。蒸留酒を飲んだり、醸造酒らしき酒を飲んだり、さらにはリリアが持ってきたリキュールのような混成酒も試した。
結果、わかったことは——
・蒸留酒系:肉体強化あるいは弱体化がランダムに発動
・醸造酒系:特殊能力系(火、水、風など)がランダムに発動
・混成酒系:何が起こるか完全ランダム(一度テレポートのような能力が発動した)
・強力な効果ほど持続時間が短い(最短5分、最長30分程度)
・使用後の状態もランダム(疲労/平常/酔いつぶれ)
「わかった......これ、完全にギャンブルだ」
アルは結論づけると同時に、能力使用後に急に酔い潰れるデメリットもあるが、平常状態を引けばまた飲めるようになることに少し笑みが溢れた
「酒を飲めば何かしら能力は発動する。でも、何が出るかは運次第。しかも、終わった後にどうなるかもわからない」
「でも、すごい力です!」
リリアの角が真っ赤に染まっている。
「いやいや、実際能力としては使いこなせる気がしないんだけど......」
実際、最後に飲んだリキュールでは、突然視界がぐるぐる回転して吐きそうになった。効果は何も発動せず、ただ酔いつぶれそうになっただけだった。
「ちなみに、強力な効果が出た時は......」
アルは思い出す。醸造酒系で巨大な炎の玉を出せた時は、たった3分で効果が切れて、その後激しい疲労に襲われた。
「つまり......強い力を使うと、代償もデカい、と」
「欠陥.....確かにそうかもしれませんね」
リリアは苦笑した。
「まあ、せっかくだし、少しずつ慣れていくしかないか」
アルは前向きに考えることにした。どうせこの能力とは付き合っていかなければならない。
「はい!私も協力します!」
「でも、あくまで戦うわけではなく俺は説得しにいくだけだから」
戦うなんて考えられないそこまで異世界適性は俺にはない
「でも、念のため力を把握しておくのは良いことです」
リリアがあるの心情を察したかのように可愛らしい笑顔でフォローしてくれる
「だよね。万が一、また魔物とか出てきたら困るし」
二人はそう言って笑い合った。
* * *
夕方、訓練を終えた二人は部屋に戻る途中だった。
「アル、明日は本当に姉様のところへ行くんですね」
「ああ。約束したからね」
リリアは不安そうな表情を浮かべる。
「姉様......昔はとても優しい人だったんです。私が小さい頃、いつも遊んでくれて」
「そうなんだ」
「それに、姉様は実はすごくおっちょこちょいで......よく転んだり、物を落としたりして。でもそれが可愛くて、みんなに愛されていたんです」
リリアは懐かしそうに微笑む。
ふむ、俺の保守派に抱いているイメージとはだいぶちがうな……
顎に手を当てながらアルはリリアの話を聞いていた
「はい。天然で、愛嬌があって......種族なんて関係なく、誰とでも仲良くできる人だったんです」
リリアの表情が曇る。
「でも......姉様は人族の方を好きになって。その方も姉様を慕ってくれていたんです。でも、その方の周りの人族たちが——」
「......差別した?」
「はい。『魔族と関わるな』『汚らわしい』って......姉様はずっと耐えていました。それでも、その方と一緒にいたいって」
リリアの声が震える。
「でも最終的に、その方は周囲の圧力に負けて......姉様を拒絶してしまったんです。『魔族なんかと一緒にいられるか』って」
「それは......辛いな」
アルは胸が詰まった。
どこかで見たような光景だ、どこの世界も変わらない
「それから姉様は変わってしまいました。種族間の和解を誰よりも信じていたのに、今では人族を一番憎んでいる......」
リリアの瞳に涙が浮かぶ。
「私、姉様ともう一度笑い合いたいんです。昔みたいに......笑顔が可愛い姉様に戻ってほしいんです」
「大丈夫。きっと何とかなるよ」
「本当に?」
「ああ。俺の人生訓、『なんとかなる』だからな」
アルはニッと笑った。その笑顔に、リリアも少し元気が出たようだ。
ただの慰めの言葉にしては、なぜか信頼できるその言葉にリリアの顔は晴れた
「ありがとうございます、アル。あなたがいてくれて......本当に良かった」
リリアの角がほんのり赤く染まる。
「おー、照れるなって」
「照れてません!」
二人は笑いながら、部屋へと戻っていった。
* * *
その夜、アルは一人で考え込んでいた。
(マリアさんか......大多数意見のせいで好きな人にも拒絶されて、心を閉ざしちゃったんだな)
自分に何ができるだろう。ただの大学生が、魔界の問題に首を突っ込んで。
でも——
(本当は誰とでも仲良くできる人なんだろ?だったら、まだ希望はあるかもしれない)
アルは窓の外を見つめた。二つの月が夜空に浮かんでいる。
(まあ、なんとかなるだろう......たぶん)
そう自分に言い聞かせて、アルはベッドに横になった。
明日、保守派のリーダー・マリアとの対面が待っている——。
「あっ、その前に状態リセットされてたからもうちょっと飲み直そっと」
次回予告:「保守派のリーダー、マリア」




