47杯目 不穏な兆候
ルーナ救出作戦から一夜が明けた。
あの後、ルーナは王城の医務室で手厚い治療を受けることになり、俺たちは一旦屋敷に戻って休息を取った。そして翌日の昼過ぎ、再び王城を訪れた。
白い清潔な医務室の中、ベッドに横たわるルーナは随分と顔色が良くなっている。
「アル……」
ルーナが俺の姿に気づき、ベッドから上半身を起こした。
「よお、調子はどうだ?」
「うん、大分良くなった。ありがとう」
ルーナは少し恥ずかしそうに微笑む。その頬がほんのりと赤く染まっているのに気づいた。
「本当に……ありがとうございます」
ルーナは改めて俺を見つめ、静かに言った。
「仲間だから当然だろ」
俺は肩をすくめて軽く返す。だが、ルーナの表情はより一層真剣になった。
「仲間……」
ルーナは俺の言葉を反芻するように呟く。そして、胸に手を当てた。
(私、本気でこの人のことが……)
ルーナの心の中に、今まで感じたことのない感情が芽生えていた。アルの優しさ、強さ、仲間想いの心——すべてが彼女の胸を熱くさせる。
視線が自然とアルを追ってしまう。彼の何気ない仕草、優しい笑顔、すべてが愛おしく見える。
「あ、アル……」
「ん?」
「その……また、お話しできる?」
ルーナの声は少し震えていた。まるで初恋の少女のように。
「もちろん。でも今は体を休めることが先決だぞ。今度は酒でも持って見舞いに来るよ」
アルはいたずらな笑みを浮かべながらルーナに笑いかけ。
ルーナはもう!といって布団をかぶってしまった。
* * *
医務室の外の廊下で、リリアとマリアが待っていた。
「アル、ルーナの様子はいかがでしたか?」
リリアが心配そうに尋ねる。
「ああ、大分良くなってるよ。さすがに王女様、回復力が違うな」
そこへマーカスとゲルドもやってきた。
「アル、お疲れ様でした」
「昨夜は見事でしたな」
二人は労いの言葉をかけてくれる。だが、アルの胸には小さな棘のような違和感が引っかかっていた。
「それにしても……スーはなぜ追ってこなかったんだろう」
アルが呟くように言うと、全員の表情が曇った。
「確かに。あれだけの人数がいたのに、転移魔法1つで逃げられるとは思えない」
マーカスが腕組みをして考え込む。
「わざと逃がした……としか考えられん」
ゲルドの言葉に、一同は頷いた。
「もっと大きな計画があるのかもしれない」
リリアの声には不安が滲んでいる。
「罠の可能性もあるわ。ルーナを救出させることで、何かを狙っているのかも」
マリアの冷静な分析に、廊下に重い沈黙が流れた。
俺は窓の外を見つめる。午後の陽射しが差し込んでいるが、なぜかその光が薄く感じられた。
まるで、雲が太陽を隠そうとしているかのように——。
* * *
夕方、俺とリリアは屋敷に戻った。
穏やかな時間が流れる。リーサは昨夜の出来事を心配そうに聞いてきたが、俺は「無事に終わったよ」とだけ伝えた。
「今日の夕飯は何がいい?」
リリアが優しく尋ねる。こういう日常の会話が、今はとても貴重に思える。
「酒!それに合うおつまみかな」
「またそれですか」
リリアは呆れたように笑った。その笑顔に、俺も自然と頬が緩む。
居間の窓から外を眺めると、夕焼けが空を染めていた。オレンジ色の光が雲を照らし、美しいグラデーションを作り出している。
この平和な日常を——守りたい。
俺の心に、そんな想いが湧き上がった。
* * *
夕食を済ませ、のんびりとした時間を過ごしていたその時だった。
ドンドンドン!
激しく扉を叩く音が響いた。
「こんな時間に……?」
リリアが首を傾げる。俺が扉を開けると、息を切らした使者が立っていた。
「大変です!また失踪事件が……今度は三人同時に!」
「三人!?」
俺は驚いた。三人同時なんて、今までにない規模だ。
「しかも今回は……種族融和に反対していた貴族たちです」
使者の言葉に、居間にいた全員が凍りついた。
「反対派……だと?」
マーカスの顔が青ざめる。
「ええ。エルフ族の貴族が一人、魔族の貴族が一人、そして人族の貴族が一人、昨夜から行方不明になっています」
スーの狙いは……種族融和そのものを潰すことか?
ゲルドの言葉が、部屋の空気を一層重くした。
「賛成派も反対派も消して、混乱を生み出すつもりか」
マーカスが歯噛みする。
「だとしたら、次は……」
俺の言葉に、リリアが震え声で続けた。
「また別の標的が……」
不穏な空気が部屋を支配した。使者の表情も、暗いものに変わっている。
「現在、王城では緊急会議が開かれています。明日の朝一番に、詳細な報告をお伝えします」
使者は深々と頭を下げ、慌ただしく去っていった。
* * *
夜も更けた頃、俺は一人で屋敷の庭に出ていた。
空には2つの月が浮かんでいる。だが、その光はいつもより暗く見えた。
スーの本当の狙いは何なんだ……
ルーナを見逃したのも、わざとだとしたら——
遠くで夜鳥の鳴き声が響く。どこか物悲しく、不安を掻き立てる音だった。
賛成派も反対派も標的にする。その先にスーが見ているのは、一体何なのか。
俺は残っていた酒を一気に飲み干す。敵の正体が見えない以上、今はただ警戒を続けるしかない。
静かに、しかし確実に——不穏な空気が、この世界を包み始めていた。




