46杯目 ルーナ救出作戦
その夜、王城の会議室には緊迫した空気が漂っていた。
ルーナ姫の監禁が発覚してから数時間。
国王陛下、ゲルド、マーカス、リリア、マリア、リーサ、そして俺が集まっている。
「スーの拠点を特定しなければ、話にならん」
ゲルドが地図を睨みつける。
「倉庫街の第三倉庫は既に空だった。奴らは別の場所に移動したはずだ」
「でも、王都のどこかにいるはずよね」
マリアが言う。
「大人数で遠くへ逃げるのは目立ちすぎる」
俺は腕を組んで考えた。
スーの野郎、どこに隠れてやがる……
その時、会議室の扉が開いた。
「失礼します!」
マーカスの部下の騎士が駆け込んでくる。
「報告です!倉庫街で黒フードの男を一人捕まえました!」
「本当か!?」
ゲルドが立ち上がる。
「すぐに尋問だ。アジトの場所を吐かせろ」
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地下牢に連れてこられた黒フードの男は、怯えた表情で震えていた。
「さあ、吐いてもらおうか」
ゲルドが威圧的に問い詰める。
「スーのアジトはどこだ?」
「し、知らない……俺は下っ端で……」
「嘘をつくな!」
マーカスが剣を抜く。
男はさらに震え上がった。
「わ、分かった!言います!」
男が慌てて叫ぶ。
「……王都の郊外に、古い廃墟があるんです」
「廃墟?」
「はい……元は貴族の別荘だったそうですが、今は誰も近づかない場所で……」
男が震えながら続ける。
「そこに……地下牢があって……捕まえた人たちを……」
「ルーナ姫もそこか?」
俺が前に出る。
「た、多分……金髪の姫様なら……昨日、そこに運ばれたと……」
「よし。場所を詳しく教えろ」
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尋問が終わり、俺たちは再び会議室に戻った。
「王都郊外の廃墟……確かにあの辺りは人気がない」
ゲルドが地図を指差す。
「完璧な隠れ場所だな」
「今すぐ救出に向かいましょう!」
リリアが立ち上がる。
「ルーナさんが危ない!」
「待て、落ち着け」
俺は冷静に考えた。
スーのことだ。わざと場所を教えた可能性もある。
でも……
「行くしかないな」
正直スーの掌の上な感が否めないが、俺は覚悟を決めた。
「たとえ罠でも、ルーナを見捨てるわけにはいかない」
「私も行く!」
リーサが声を上げた。
「ルーナ姫は私の友達だから……」
「リーサ、気持ちは分かるが……」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「お前は連れていけない。今回は待っていてくれ」
「でも……!」
「頼む。お前に何かあったら、俺が困る」
俺は真剣な目で見つめた。
リーサは唇を噛んで、小さく頷いた。
「……分かった。でも、必ずルーナ姫を助けてね」
「ああ、約束する」
俺は地図を広げた。
「じゃあ、作戦を立てる。メンバーは俺、マーカス、ゲルド、マリア、リリアの五人だ」
俺は各自の顔を見回す。
「まず、マーカス。お前は近接戦闘の要だ。見張りの無力化と、接近戦はお前に任せる」
「了解」
マーカスが頷く。
「ゲルドとマリアは支援魔法組。ゲルドは防御結界で敵の攻撃を防ぎ、マリアは万が一の時の転移魔法で脱出路を確保してくれ」
「任せろ」
「分かったわ」
二人が答える。
「リリアは攻撃魔法の要だ。炎魔法で敵を牽制し、氷結魔法で足止めする。お前の魔法が一番派手だから、敵の注意を引きつけるのにも使える」
「うん、任せて」
リリアが力強く頷く。
「そして俺は……」
俺はポケットから小瓶を取り出した。
中には、琥珀色の液体が入っている。
「混成酒だ。事前に飲んでおいて、トレース能力を準備してく」
「混成酒か……」
マーカスが眉をひそめる。
「確か、複数種族の酒を混ぜたやつだよな。能力が不安定になるって聞いたが……」
「ああ。欠陥能力も引いちまうリスクがある」
俺は苦笑した。
「でも、うまくいけば複数の能力を同時に使える。今回はそれに賭ける」
「危険ね……」
マリアが心配そうに言う。
「でも、他に方法がないのも事実よね」
「そういうことだ」
俺は瓶を仕舞った。
「大人数で行けば、かえって気づかれる。少数精鋭で、夜のうちに潜入してルーナを救出する」
「了解だ」
全員が頷いた。
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夜。
王都郊外の廃墟へ向かう道中、俺の心は複雑だった。
まるで、暗闇の中を手探りで進むような感覚。
でも、不思議と恐怖はなかった。
むしろ——
「なあ、アル」
マーカスが隣を歩きながら言う。
「お前、妙に落ち着いてるな」
「ん?そうか?」
「ああ。普通なら、もっと焦るもんだぞ」
「……まあな」
俺は苦笑した。
確かに、俺は焦っていない。
いや、焦ってないわけじゃない。
ただ、何というか……
心の中に、妙な余裕があった。
前世で居酒屋のバイトをしてた頃を思い出す。
ピーク時の修羅場でも、なぜか冷静でいられた俺。
周りが慌ててる中、「まあ、何とかなるっしょ」って感じで動いてた。
今もそれに似てる。
「酒のおかげかもな」
俺は呟いた。
「酒?」
「ああ。色んな酒を飲んで、色んな能力をトレースしてきた」
俺はポケットから小瓶を取り出す。
ユリさんから貰った日本酒だ。
「いざとなったら、これを飲めばいい。それだけで、何とかなる気がするんだ」
マーカスが笑う。
「最初に会った時は、ただの酒好きだったのに」
「今も酒好きだけどな」
俺もつられて笑った。
その時、前方に廃墟が見えてきた。
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廃墟は、想像以上に荒れ果てていた。
壁は崩れ、窓ガラスは割れている。
月明かりに照らされた建物は、まるで死んだ巨人のようだった。
「……不気味ね」
リリアが呟く。
「ここに、ルーナさんが……」
「大丈夫。必ず助け出す」
俺は彼女の肩を叩いた。
「俺たちには、勝算がある」
「勝算?」
「ああ。リリアの氷結魔法、マリアの転移魔法、マーカスの剣技、ゲルドの防御魔法……」
俺は仲間を見回す。
「そして、俺のトレース能力。これだけ揃ってれば、負けるわけがない」
「……相変わらず、自信満々ね」
マリアが苦笑する。
「でも、それがアルらしいわ」
「よし。じゃあ、作戦通りに行くぞ」
ゲルドが合図を出す。
俺たちは、廃墟へと静かに近づいた。
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廃墟の入口には、黒フードの見張りが二人立っていた。
「……どうする?」
マーカスが小声で聞く。
「任せろ」
俺は事前に飲んでおいた混成酒の効果を感じていた。
体中に、複数の種族の力が流れ込んでいる。
ルーナの光魔法、リリアの氷結魔法——
そして、獣人族の俊敏性。
ただし、獣人族の能力はかなり体力を消耗する。
長時間の使用は避けた方がいい。
だが、今は問題ない。
「ちょっと行ってくる」
俺は物陰から飛び出した。
「!?」
見張りたちが驚く。
だが、遅い。
俺は一人目の首筋を手刀で叩き、二人目の腹にパンチを叩き込む。
「グハッ……!」
二人とも、音もなく倒れた。
「……速っ」
マーカスが呆れた声を出す。
「まるで忍者だな」
「まぁ、酒飲んで戦ってるから酔拳みたいなもんだな」
俺は肩をすくめた。
「さ、中に入るぞ」
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廃墟の中は、外見以上に広かった。
長い廊下が続き、いくつもの部屋が並んでいる。
「地下牢は……どこだ?」
ゲルドが周囲を警戒する。
「多分、奥の方じゃないか?」
俺は勘を頼りに進んだ。
そして——
廊下の突き当たりに、地下へと続く階段を見つけた。
「あった」
「行くわよ」
リリアが魔法を構える。
俺たちは、慎重に階段を下りた。
地下は、冷たく湿った空気が漂っている。
松明の明かりだけが、薄暗い通路を照らしていた。
「……この先に、牢があるはずだ」
ゲルドが呟く。
俺たちは、さらに奥へと進んだ。
そして——
通路の先に、鉄格子の牢が見えた。
「あれは……!」
俺は駆け出した。
牢の中には——
金色の髪をした少女が、床に倒れていた。
「ルーナ!」
俺は鉄格子を掴んだ。
「ルーナ!大丈夫か!?」
「……ア……ル……?」
ルーナが弱々しく顔を上げた。
その顔は青白く、瞳には力がない。
「酷い……魔力を吸われてる……」
マリアが駆け寄る。
「早く助けないと……!」
「鍵はどこだ!?」
マーカスが周囲を探す。
「くそ、見つからない……!」
「なら、こうだ!」
俺は混成酒の効果で得たルーナの光魔法を込めて、鉄格子の鍵穴に差し込んだ
光の力が具現化されていき鍵穴の隙間を埋めていく
ベキィッ!
鉄格子が歪み、扉が開いた。
「おい、マジかよ……」
マーカスが呆れる。
鍵穴をうまく埋めて解錠しようとしたが、制御がうまくできず、光魔法が暴発した結果、鉄格子を壊してしまった。
うん、まぁ結果オーライだ。
俺は急いでルーナに駆け寄った。
「ルーナ、しっかりしろ」
「アル……本当に……来てくれたの……?」
ルーナが涙を浮かべる。
「当たり前だ。お前を見捨てるわけないだろ」
俺は彼女を抱き起こした。
その時——
背後で、拍手の音が響いた。
俺は振り返った。
そこには——
「ようこそ、アルさん」
スーが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「待っていましたよ」
---
「スー……!」
ゲルドが身構える。
「やはり罠だったか」
「罠、というよりは……」
スーが優雅に歩いてくる。
「歓迎会、とでも言いましょうか」
その背後から、次々と黒フードの集団が現れた。
十人、二十人……いや、もっとだ。
「くそ……完全に囲まれた……」
マーカスが歯ぎしりする。
「どうする、アル?」
「……落ち着け」
俺は冷静に状況を判断した。
敵は多い。
でも——
「まだ、手はある」
俺はルーナを背負った。
「マリア、転移魔法の準備を」
「で、でも……敵が多すぎて……」
「大丈夫、準備してくれ」
俺は不敵に笑った。
「俺とマーカスが時間を稼ぐ」
「アル……無茶よ……」
リリアが心配そうに言う。
「大丈夫。混成酒は事前に飲んである」
俺は前に出た。
体中に、複数の力が渦巻いている。
ルーナの光魔法、リリアの氷結魔法、獣人族の俊敏性。
そして——獣人族の能力の副作用として、かなり体力を消耗している。
だが、それでもまだ戦える。
「これが……俺の全力だ」
俺とマーカスは黒フードの攻撃に備え構える。
「来いよ、スー。お前の部下全員、相手してやる」
「……ふふ、面白い」
スーが笑う。
「では、遠慮なく」
スーが指を鳴らすと——
黒フード集団が一斉に襲いかかってきた。
「うおおおおおっ!」
俺は拳を振るった。
獣人族の俊敏性で、敵を次々と翻弄する。
トレースした光魔法で、閃光を放ち敵の視界を奪う。
更にトレースした氷結魔法で、地面を凍らせて足を滑らせる。
「すげえ……」
黒フードと応戦していたマーカスが呆然とする。
「アル、あんなに強かったか……?」
「今のうちよ!」
マリアが魔法陣を描き始めた。
「転移魔法、準備完了まであと少し……!」
「急げ!」
俺は叫びながら、さらに敵を薙ぎ払った。
だが——
敵の数は多すぎる。
徐々に、俺の体力も限界に近づいてきた。
くそ……このままじゃ……
その時——
「アル!」
リリアが前に出た。
「まずは炎魔法!」
リリアが呪文を唱えると、炎の壁が黒フード集団を押し返す。
「そして——氷結魔法!」
続けて唱えると、地面が一気に凍りついた。
黒フード集団が滑って転ぶ。
「今よ、マリア!」
「分かったわ!」
マリアが魔法陣を完成させる。
「みんな、こっちへ!」
俺たちは一斉にマリアの元へ駆け寄った。
「転移!」
マリアが叫ぶと——
光が俺たちを包みこむ前になんとかルーナを肩に抱えることができた。
そして——
気がつくと、俺たちは王城の中庭にいた。
「……助かった……」
マーカスが膝をついた。
「本当に、ギリギリだったな……」
「ルーナは!?」
俺は背負っていたルーナを下ろした。
「ルーナ、大丈夫か!?」
「……アル……」
ルーナが弱々しく微笑む。
「ありがとう……助けてくれて……」
「当たり前だろ」
俺は彼女の頭を撫でた。
「俺の大切な仲間だからな」
「……仲間……」
ルーナが小さく呟いた。
そして——
彼女の頬に、一筋の涙が流れた。
---
その夜、ルーナは王城の医務室で治療を受けた。
幸い、魔力はまだ完全には奪われていなかった。
数日休めば、回復するだろうとのこと。
「良かった……」
俺は医務室の外で、安堵のため息をついた。
「本当に、良かったわね」
リリアが隣に座る。
「でも、スーはまだ捕まってない」
「ああ……そもそも狙いはなんなんだ……」
人質をとる割にはあっさりと見逃し、追撃もない。全く意図が読めない。
俺は空を見上げた。
月が、雲の間から顔を覗かせている。
まるで、俺たちを見守っているかのように。
「アル」
リリアが俺の手を握る。
「今日、あなたが見せた力……あれは、本当に凄かったわ」
「ああ、まあ……酒のおかげだけどな」
「違うわ」
リリアが首を振る。
「酒の力だけじゃない。あなた自身の力よ」
「……そうかな」
「ええ。だって、あなたは諦めなかった」
リリアが微笑む。
「ルーナさんを助けるために、懸命に考えて、救出に導いた」
「……まあ、そりゃそうだ」
俺は照れ臭そうに頭を掻いた。
「仲間を見捨てるなんて、できるわけないだろ」
「うん。それが、あなたらしいわ」
リリアが俺の肩に頭を預ける。
「私、アルと出会えて良かった」
「……もちろん、俺もだ」
俺は彼女の頭を撫でた。
その時、医務室の扉が開いた。
「アル……?」
ルーナが、ベッドから起き上がって顔を出す。
「ルーナ!」
「ごめんなさい……でも、どうしても……」
ルーナが俺の元へ歩いてくる。
「どうしても、お礼が言いたくて……」
「礼なんていいって」
「いいえ」
ルーナが首を振る。
「言わせてください」
ルーナが深々と頭を下げた。
「アル……本当に、ありがとうございました」
「……おい、頭を上げろよお前らしくもない」
俺は彼女の肩を掴んだ。
「俺たちは仲間だろ?仲間を助けるのは当たり前だ」
「……仲間……」
ルーナが顔を上げる。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「私……今まで、父や兄以外にこんなに大切にされたこと、なかったから……」
「ルーナ……」
「だから……嬉しくて……」
ルーナが俺の胸に顔を埋めた。
「本当に……ありがとう……」
「……どういたしまして」
俺は彼女の背中を優しく叩いた。
その横で、リリアがルーナの姿を見て、少しだけむっとした表情を浮かべた。
だが、すぐに表情を和らげる。
——まあ、今日ばかりはいいか。
そんな気持ちが感じられる、優しい微笑みだった。




