43杯目 謎の醸造家と奇妙な酒
王都酒造品評会、一日目。
朝から中央広場は活気に満ちていた。
「さあ、始まるぞ」
俺は深呼吸をして、ブースの前に立った。
隣ではリリアとルーナが励ましてくれる。
「アル、頑張ってね」
「大丈夫。あなたの酒なら絶対に評価されるわ」
二人の言葉に、俺は少し落ち着いた。
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品評会のルールは単純だ。
審査員が各ブースを回り、出品された酒を試飲する。
そして、味、香り、独創性、完成度の四項目で採点される。
最終日に、最も高得点を獲得した醸造家が優勝となる。
「審査員の先生方が来られますよ」
係員が教えてくれた。
俺は緊張しながら待った。
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まず最初に訪れたのは、人族の貴族だった。
白髪の老紳士で、品のある雰囲気を纏っている。
「ほう、こちらが噂の若き醸造家か」
老紳士が興味深そうに俺を見る。
「はい。アルと申します」
「ふむ。それで、何を出品されたのかな?」
「こちらです」
俺はユリさんの日本酒を差し出した。
透明な瓶に入った、淡い黄金色の液体。
老紳士がグラスに注ぎ、香りを確かめる。
「おお……これは……」
彼の目が見開かれた。
「なんと上品な香りだ。まるで花のような……いや、果実のような……」
そして、一口飲む。
「……!」
老紳士が驚愕の表情を浮かべた。
「これは……素晴らしい!」
「繊細で、それでいて深い味わい。雑味が一切ない」
「どうやってこの透明度を……?」
老紳士が興奮気味に質問してくる。
「え、ええと……特殊な製法で……」
俺は曖昧に答えた。
ユリさんの秘密は明かせない。
「ふむ……秘密か。それも良いだろう」
老紳士は満足そうに頷いた。
「もう1つ、こちらもお試しください」
俺は魔力の酒も差し出した。
深い紫色の、神秘的な輝きを放つ酒。
「ほう……これは珍しい色だ」
老紳士がグラスに注ぎ、また一口。
「……なんと!」
彼の体から、微かに光が溢れた。
「魔力が……活性化している!?」
「一体、これは何の酒だ?」
老紳士が驚きを隠せない様子だ。
「これは、ドワーフの街で譲っていただいた酒です」
「ドワーフ!?」
老紳士が目を見開いた。
「ドワーフたちは鍛冶や採掘の民だと聞いている。酒造りの技術があったとは……!」
「はい。実は、ドワーフの街には古くから魔力を込めた酒を作る技法があったそうです」
「驚いた……まさか、ドワーフが酒を造っていたとは……」
老紳士は感嘆の声を上げた。
「素晴らしい。2つとも、実に素晴らしい」
老紳士は満面の笑みで、次のブースへと向かった。
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続いて、魔族の審査員がやってきた。
白いローブを纏った、鋭い目つきの男性だ。
「ふん……人族の小僧か」
彼は少し不機嫌そうだ。
「どれ、飲ませてもらおう」
魔族の審査員は、無造作にユリさんの日本酒を口にした。
——そして、固まった。
「……これは……」
彼の表情が変わる。
「まさか……こんな純度の高い酒が存在するとは……」
「いや、待て。これは単なる酒ではない」
「何か別の……もっと高度な技術が使われている」
魔族の審査員が真剣な表情で俺を見つめる。
「お前……何者だ?」
「え、あ、ただの酒好きで……」
「嘘をつくな。この技術は並大抵のものではない」
彼は魔力の酒も試飲した。
「……やはり。お前は只者ではないな」
「この魔力の酒も……魔力が込められている」
「どこで手に入れた?」
「ドワーフの街で譲っていただきました」
「ドワーフだと?」
魔族の審査員が驚きの表情を浮かべる。
「ドワーフが酒を造っていたのか……初耳だ」
「まさか、あの鍛冶の民が、こんな技術を……」
魔族の審査員は、じっと俺を観察した後、静かに頷いた。
「面白い。今年は期待できそうだ」
そう言い残して、彼は次のブースへ向かった。
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そして最後に、エルフの審査員が訪れた。
長い金髪、優雅な立ち振る舞い。
彼女は微笑みながら俺に話しかけた。
「あなたが、アルさんですね」
「はい」
「セレスティアから聞いていますわ。『面白い若者がいる』と」
「あ、ありがとうございます……」
エルフの審査員は、丁寧にユリさんの日本酒を試飲した。
「……まあ」
彼女が目を見開く。
「これは……エルフの醸造技術にも匹敵する完成度……」
「いえ、もしかすると……それ以上かもしれませんわ」
彼女は魔力の酒も試し、深く頷いた。
「素晴らしい。種族の壁を越えた技術の融合」
「あなたは、何か特別な才能をお持ちのようですね」
「そ、そんな……」
「謙遜なさらなくても良いのですよ」
エルフの審査員は優しく微笑んだ。
「楽しみにしていますわ。あなたの今後を」
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三人の審査員が去った後、俺は安堵のため息をついた。
「やった……何とか終わった……」
「すごかったわ、アル!」
リリアが興奮気味に言う。
「三人とも、すごく驚いてたわよ!」
ルーナも嬉しそうだ。
「ああ……でも、緊張したな……」
俺は椅子に座り込んだ。
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その時、隣のブースから奇妙な声が聞こえてきた。
「え……これは……」
審査員たちの驚きの声だ。
俺は気になって、隣のブースを覗いてみた。
そこには——
黒いフードを被った、顔の見えない醸造家がいた。
彼のブースには、真っ黒な液体が入った瓶が並んでいる。
「これは……一体……」
人族の審査員が困惑している。
「味は……悪くない。いや、むしろ美味い」
「だが、この色……そして、この妙な感覚は何だ……?」
魔族の審査員も首を傾げる。
「魔力が……吸い取られるような感覚がする……」
エルフの審査員も不安そうだ。
「これは……何か違和感がありますわ……」
しかし、黒フードの醸造家は何も答えず、ただ静かに立っているだけだった。
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「なんだ、あれ……」
俺は首を傾げた。
「変な酒ね……」
リリアも不安そうだ。
「でも、審査員たちは『美味い』って言ってたわよ?」
ルーナが指摘する。
「ああ……そうなんだよな……」
俺は何か引っかかるものを感じた。
あの黒い酒……何か、おかしい。
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昼休憩の時間になり、俺たちは広場の隅で休んでいた。
「お疲れ様、アル」
リリアがお弁当を開く。
「ありがとう」
俺たちは食事をしながら、他の出品者たちを観察した。
エルフのセレスティアは、優雅に自分のブースを飾り付けている。
人族の醸造家たちは、互いに情報交換をしている。
魔族の醸造家は、一人で黙々と準備をしている。
そして——
あの黒フードの醸造家は、じっと動かずにブースに立っている。
「……気味が悪いな」
俺は呟いた。
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その時、スーが近づいてきた。
「アルさん、調子はどうですか?」
「ああ、スーさん。おかげさまで、何とか」
「それは良かった。審査員の先生方も、アルさんの酒を絶賛していましたよ」
スーが嬉しそうに言う。
「本当ですか?」
「ええ。私も運営側にいるので、少し聞こえてきました」
スーがニヤリと笑う。
「このままいけば、優勝も夢ではありませんよ」
「そ、そうですかね……」
俺は少し照れた。
「ところで、スーさん」
俺はふと聞いてみた。
「あの、黒いフードの人……知ってますか?」
「ああ、あの方ですか」
スーが少し困ったように笑う。
「あの方は『影の醸造家』と呼ばれていて、毎年参加されているんです」
「影の醸造家……?」
「ええ。素性は一切不明。名前も、顔も、出身地も、全て謎」
「でも、毎年独特な酒を出品されるので、審査員の間では有名なんですよ」
スーが説明する。
「へえ……そうなんだ」
「ただ、今年の酒は……少し変わっていますね」
スーが真面目な表情になる。
「どういうことです?」
「去年までは、普通の色の酒だったんです。でも、今年は真っ黒……」
「何か、特別な理由があるのかもしれませんね」
スーが首を傾げる。
「……そうか」
俺は再び、黒フードの醸造家を見た。
彼は相変わらず、じっと立っている。
まるで……人形のように。
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午後になり、一般客への試飲タイムが始まった。
観客たちが次々とブースを訪れ、酒を試飲していく。
「わあ、これ美味しい!」
「この酒、珍しい味だね!」
俺のブースにも、たくさんの人が訪れた。
「すごい……透明で綺麗……」
「この紫の酒、飲んだら体が軽くなった気がする!」
好評のようだ。
リリアとルーナも笑顔で対応してくれる。
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しかし——
黒フードの醸造家のブースには、誰も近づかなかった。
「あの黒い酒、怖いよ……」
「なんか不気味……」
観客たちは遠巻きに見るだけで、試飲しようとしない。
黒フードの醸造家は、それでも何も言わず、ただ立ち続けていた。
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夕方、一日目が終了した。
「お疲れ様でした、皆さん!」
運営スタッフが声をかける。
「明日も引き続き、よろしくお願いします!」
俺はブースを片付けながら、ホッとした。
「何とか、一日目は終わったな……」
「お疲れ様、アル」
リリアが優しく微笑む。
「明日も頑張ろうね」
ルーナも励ましてくれる。
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その時、ふと黒フードの醸造家の方を見た。
彼は——誰もいなくなった広場で、一人ブースに立っていた。
そして、ゆっくりとフードを取った。
その顔は——
俺は息を呑んだ。
真っ白な顔。
目も、口も、鼻もない。
まるで、仮面のような——
「……!」
俺が驚いていると、彼は再びフードを被り、闇に消えた。
「アル?どうしたの?」
リリアが心配そうに聞く。
「あ、いや……何でもない」
俺は首を振った。
でも、心の中では確信していた。
あの醸造家——何か、おかしい。
そして、あの黒い酒にも——
何か、秘密がある。




