4杯目 酔拳魔法の秘密と、姉への想い
謁見を終えて部屋に戻る途中、リリアがぽつりと呟いた。
「アルさん……ありがとうございます」
「別に。どうせ断れなかったし」
俺は、正直に答えた。魔王に頼まれて、保守派を説得する羽目になった。面倒くさいが、リリアのために頑張るしかない。
「でも……嬉しかったです。あなたが私たちのことを『普通』だと言ってくれて」
リリアの角がほんのり赤く染まる。
「だって事実だし。変な生き物だとは思わないよ」
「ふふ、変な生き物って……」
リリアはくすりと笑った。
「保守派にお姉さんがいるんでしょ? 大丈夫なのかな?」
その瞬間、リリアの表情が曇った。
「……マリアお姉様は、優しい方です。純粋で、昔は誰とでも仲良くできる人でした」
「昔は?」
「はい……でも、人族との争いで深く傷つかれて……それから、種族間対立を強く主張するようになってしまいました」
リリアの声が小さくなる。
「私、お姉様とも和解したいです。家族なのに、こんなにすれ違ったままなんて……」
その言葉に、アルは少し胸が痛んだ。
「わかった。全力でやってみるよ。まあ、期待はしないでほしいけど」
「いえ、きっと大丈夫です。あなたなら——」
リリアは微笑んだ。
「きっと、何かを変えてくれる気がします」
「あっ!!」
アルが何かとてつもなく重要なことを思い出したかのような表情を浮かべた。
「お酒まだあるかな?」
リリアは少しキョトンとした後、笑って答えた。
「たくさんありますよ」
なんだか嬉しそうだった。
翌日、アルはリリアと共に城の訓練場にいた。
広い石畳の空間には、木製の訓練用人形や標的が並んでいる。朝日が差し込み、訓練場全体を明るく照らしていた。
「それで、ここで何をするんですか……?」
リリアが不思議そうに尋ねる。
「いやさ、保守派の人たちを説得する前に、俺の力がどんなもんか確かめておきたいんだよね」
アルは訓練場を見回しながら答えた。
「確かに……あの時は咄嗟のことで、どれくらいの力が出たのかわかりませんでしたね」
「でしょ? もし保守派との話し合いで何かあった時、自分の力を把握してないとマズいし」
アルはテーブルに置かれた魔界の酒を手に取った。リリアが用意してくれたものだ。
「じゃあ、とりあえず飲んでみるか」
グラスに酒を注ぎ、一口飲む。まろやかで喉越しの良い、美味い酒だ。
「……んー、やっぱうまい」
アルはさらに酒を飲み続ける。一杯、二杯、三杯——。
「アルさん、飲みすぎでは……」
「大丈夫大丈夫。これくらいなら——おっ」
突然、アルの体がほんのりと光り始めた。
「来た来た! これだよこれ!」
頭の中に声が響く。
『酔拳魔法発動——水魔法 Lv3。持続時間:12分』
「水魔法!?」
「すごいです……! 今度は水魔法が……!」
リリアが目を輝かせる。
「えっと、どうやって使うんだ……?」
アルが手を伸ばすと、空中から水が湧き出た。
「うおっ!? マジで出た!」
水は球状になり、アルの手の周りで浮遊している。
「アルさん、あの標的に当ててみてください……!」
「わかった! そらっ!」
アルが手を振ると、水球が標的に向かって飛んでいった。
ドバァッ!
標的は水圧で吹き飛び、壁に激突した。
「……やば、威力ありすぎじゃない?」
「すごいです……! 水魔法でこんなに……!」
リリアは興奮気味に続けた。
「これまでに風魔法、土魔法、水魔法……全て違う属性が発動していますね……!」
「ランダムってマジなんだな……」
アルは自分の手を見つめた。
「それにしても、毎回何が出るかわからないって……かなり不安定だよな」
「でも、それが酔拳魔法の特徴だと思います……」
リリアは真剣な表情で続けた。
「もしかしたら、飲むお酒の種類によって、発動する魔法が変わるのかもしれません……」
「お酒の種類?」
「はい。試しに、別の種類のお酒も飲んでみませんか……?」
リリアが持ってきたのは、深い赤色をした酒だった。
「これは、ダークチェリーという果実で作られた醸造酒です……」
「醸造酒か。じゃあ、試してみるか」
一口飲むと——甘酸っぱい味が口の中に広がる。アルコール度数は低めで、飲みやすい。
「うまいな、これ。ジュースみたいだ」
「気をつけてください……。飲みやすいですが、酔いが回りやすいお酒なんです……」
「マジで? じゃあ、もう一杯——」
その瞬間、アルの体が再び光った。
『酔拳魔法発動——光魔法 Lv2。持続時間:8分』
「光魔法!?」
アルの周囲が眩い光に包まれた。
「きゃっ……! 眩しいです……!」
リリアが目を覆う。
「わ、悪い! どうやって止めるんだこれ!?」
アルが慌てて手を振ると、光は少しずつ弱まっていった。
「……なんとか止まった」
「アルさん……やっぱり、お酒の種類によって発動する魔法が変わるみたいですね……」
リリアは興奮気味に言った。
「蒸留酒では土魔法、ダークベリーの酒では風魔法、そして今の醸造酒では光魔法……」
「つまり、酒を選べば、ある程度魔法の種類をコントロールできるってこと?」
「おそらく……ですが」
リリアは少し考え込んだ。
「でも、完全にコントロールできるわけではないと思います……。同じお酒でも、毎回違う魔法が出る可能性もあります……」
「ガチャってことか……」
「ガチャ……?」
「あ、いや。こっちの世界の言葉。要するに、運次第ってことだよ」
アルは頭を掻いた。
「これ、マジで欠陥チートじゃん。何が出るかわからないって、戦闘には向いてないよな」
「でも……」
リリアは優しく微笑んだ。
「それがアルさんの力です。きっと、使い方次第で素晴らしい力になると思います……」
「そうだといいけどな……」
訓練を終えて城の庭園を歩いていると、リリアが立ち止まった。
「アルさん……少し、お姉様のこと話してもいいですか……?」
「ああ、もちろん」
二人はベンチに座った。庭園には色とりどりの花が咲いており、穏やかな風が吹いている。
「マリアお姉様は……昔、とても優しい方でした」
リリアは遠い目をして語り始めた。
「種族なんて関係なく、誰とでも仲良くできる人でした。おっちょこちょいで、よく転んだり、物を落としたり……でも、それが可愛くて、みんなに愛されていました……」
「へえ、そうなんだ」
「はい……私も、お姉様が大好きでした。いつも一緒に遊んで、笑い合って……」
リリアの声が震える。
「でも、ある日……お姉様は人族の青年と恋に落ちました」
「人族の?」
「はい。その方は、国境近くの街で商人をしていた優しい人でした。お姉様は、種族を超えて彼を愛していました……」
リリアは続けた。
「でも……周りの人族が、それを許さなかったんです」
「……」
「『魔人族と関わるな』『裏切り者』……そんな言葉を浴びせられて、その方は……お姉様を拒絶してしまいました」
リリアの瞳に涙が浮かぶ。
「それから、お姉様は変わってしまいました。笑わなくなって、人族を憎むようになって……保守派のリーダーとして、和平を拒むようになったんです……」
「そっか……」
アルは静かに言った。
「それは……辛かっただろうな」
「はい……私、何度もお姉様と話そうとしました。でも、お姉様は私を避けて……」
リリアは涙をこらえながら続けた。
「お姉様は、私が父様の和平政策を支持していることを……許せないみたいで……」
「リリア……」
「でも……!」
リリアは顔を上げた。
「私、諦めません。お姉様と和解したいです。家族なんですから……」
その真剣な眼差しに、アルは心を打たれた。
「わかった。俺も全力で協力する」
「アルさん……」
「リリアがそこまで言うなら、俺も本気でやるよ。マリアさんを説得して、姉妹が仲直りできるようにする」
アルは笑った。
「まあ、酒の力も借りるけどな」
「ふふ……アルさんらしいです」
リリアは涙を拭って微笑んだ。
◇
その夜、魔王ゼクセルは塔の一室で報告を受けていた。
「アルとリリアは訓練場で酔拳魔法の実験をしていたようです」
護衛騎士が報告する。
「ほう……どのような結果だった?」
「水魔法、光魔法など、様々な属性の魔法が発動したとのことです。どうやら、飲む酒の種類によって発動する魔法が変わるようです」
「なるほど……」
魔王は満足そうに頷いた。
「あの青年は、自分の力を理解しようとしている。賢明だ」
「ですが……」
騎士は少し表情を曇らせた。
「保守派は、あの青年を危険視しています。マリア様も、まだ心を開いていません」
「焦る必要はない」
魔王は静かに言った。
「あの青年には、何かがある。種族を超えた視点、純粋な心……そして、酒を愛する穏やかな性格」
魔王は窓の外を見つめた。
「マリアも、きっと気づくはずだ。あの青年が、本当に信じるに値する人間だということに」
「お優しいのですね、魔王様」
「優しいのではない。娘たちの幸せを願っているだけだ」
魔王はフッと笑った。
「リリアとマリアが和解すれば、保守派との和解にも繋がる。そして、人族との真の和平も——」
その時、遠くで鐘が鳴った。
「……何事だ?」
「保守派の動きです。どうやら、明日アルとリリアが西棟へ向かうことを察知したようです」
「監視を強化しろ。二人に危害が及ばないように」
「了解しました」
騎士が去った後、魔王は一人呟いた。
「マリア……お前の心が、再び開かれることを願っている」
◇
その夜、アルは部屋で酒を飲んでいた。
明日、保守派のリーダー・マリアに会いに行く。正直、緊張していた。
「はあ……どうなることやら」
グラスを傾けた瞬間、ドアがノックされた。
「アルさん、入ってもいいですか……?」
「ああ、リリア。どうぞ」
リリアが部屋に入ってきた。手には小さな包みを持っている。
「これ……お守りです」
「お守り?」
「はい。母が昔、私にくれたものです。きっと、アルさんを守ってくれます……」
リリアは恥ずかしそうに包みを差し出した。
中には、小さな水晶のペンダントが入っていた。
「これ、いいの? 大切なものなんじゃ……」
「だからこそです。アルさんは、私たちのために頑張ってくれています。だから……」
リリアは真剣な目で言った。
「どうか、無理はしないでください。もし危険だと思ったら、すぐに逃げてください……」
「リリア……」
「私、アルさんに何かあったら……」
リリアの角が赤く染まる。
「……困ります」
その言葉に、アルは胸が熱くなった。
「ありがとう、リリア。大切にするよ」
アルはペンダントを首にかけた。
「それに、逃げるような真似はしない。お前の姉さんと、ちゃんと話をつけてくるから」
「アルさん……」
「酒があれば、大抵のことは何とかなる。それが俺のモットーだからさ」
アルは笑った。
「明日、ちゃんとマリアさんを説得してくる。そして、お前たち姉妹が仲直りできるようにする」
「はい……!」
リリアは涙ぐみながらも、笑顔で頷いた。
「信じてます、アルさん」
◇
その夜、アルは夢を見た。
誰かが泣いている夢だった。
深紅の瞳、銀色の髪、大きな角——それはマリアだった。
彼女は一人で泣いていた。誰も彼女を慰めない。誰も彼女に手を差し伸べない。
ただ、孤独に——。
「マリアさん……」
アルが声をかけると、マリアは驚いたように振り返った。
「お前は……人族の……」
「大丈夫。俺、敵じゃないから」
アルは笑った。
「明日、ちゃんと話をしよう。お前の本当の気持ち、聞かせてくれ」
マリアは何も言わなかった。
ただ、涙を流し続けていた——。
アルは目を覚ました。
「……夢か」
窓の外は、まだ暗い。だが、もうすぐ夜明けだ。
「マリアさん……」
アルは決意を新たにした。
明日、保守派のリーダー・マリアと対面する。
そして、リリアの願いを叶える——。
「酒、持っていくか」
アルは笑って、ベッドから起き上がった。
もし面白い・続きが気になるとほんのすこーしでも思っていただけたら☆☆☆☆☆をポチポチして貰えたら嬉しいですm(_ _)m




