4杯目:魔王との謁見
「魔王様が......会いたいと?」
翌朝、リリアから告げられた言葉に、アルは思わず固まった。
「はい。父......じゃなくて、魔王様が、直接お話ししたいとのことです」
リリアは慌てて言い直す。アルは昨夜の出来事を思い出し、頭を抱えた。
「あー、やっぱりあの狼の件がバレたか。怒られるのかな」
「大丈夫です。むしろ、あなたの力に興味を持たれているようで......」
「興味って、実験台にされたりしない?」
「しませんよ!父......魔王様は、そういう方ではありません」
リリアは必死にフォローする。その様子を見て、アルは少し安心した。
「まあ、逃げられないなら行くしかないか。なんとかなるだろう」
「ありがとうございます。では、参りましょう」
* * *
玉座の間は、想像以上に威圧感があった。高い天井、暗い石壁、そして奥には巨大な玉座。そこに座る魔王ゼクセル・クマガワは、見るからに強そうなオーラを纏っていた。
立派な角、鋭い眼光、そして筋骨隆々とした体躯——だが、不思議とその表情には威厳とともに、どこか穏やかさも感じられた。
「よく来た、人族の青年。私が魔王ゼクセル・クマガワだ」
「あ、どうも。アルです」
アルは緊張しながらも、軽く頭を下げた。リリアが小さく「もっと丁寧に!」と耳打ちするが、アルの性格上、これが限界だった。
魔王はその様子を見て、フッと笑った。
「堅苦しい挨拶は不要だ。リラックスしてくれ」
「あ、はい......」
「さて、単刀直入に聞こう。昨夜、お前はダークウルフを一撃で倒したそうだな」
「えっと......気づいたら殴ってました。正直、自分でも何が起きたのかわかってなくて」
アルは正直に答えた。嘘をついてもバレるだろうし、そもそも嘘をつくのが苦手だ。
「ふむ。そして、その時お前の体が光っていたという証言もある」
「そうなんですか?自分では気づきませんでしたけど......」
魔王は顎に手を当てて考え込んだ。
「お前、何か特別な訓練を受けたことは?」
「いや、普通の大学生なんで。体育の授業くらいしか運動してないです」
「武術は?」
「喧嘩したことすらないです」
魔王は不思議そうな顔をした。では、あの力は一体——?
「魔王様」
リリアが一歩前に出た。
「もしかしたら、魔界のお酒が関係しているのかもしれません」
「酒?」
「はい。アルがあの力を発揮したのは、魔界の蒸留酒を飲んだ後でした」
魔王は興味深そうに目を細めた。
「なるほど......酒か。アル、お前は酒に強いのか?」
「まあ、飲むのは好きですね。でも、強いかって言われると微妙なところで......」
アルは苦笑する。実際、量は飲めるが酔いやすい体質だ。
「面白い。では、もう一つ質問だ」
魔王は真剣な表情になった。
「お前は、魔人族をどう思う?」
「え?」
突然の質問に、アルは戸惑った。魔人族をどう思うか——。
「えっと......別に?普通の人たちと変わらないんじゃないですか」
「普通?」
「だって、リリアも優しいし、礼儀正しいし。角が生えてるのと瞳の色が違うくらいで、うーんあと可愛いし」
リリアの角がより一層赤みを帯びた
アルは本心を語った。確かに見た目は異なるが、感情も思考も人間と変わらない。なぜ争う必要があるのか、正直よくわからなかった。
魔王は驚いたような顔をした。
「......お前は、魔人族を恐れないのか?」
「恐れる理由がないんで。今のところ、親切にしてくれてますし」
「だが、今でこそ争い自体は少ないが、人族と魔人族は長年争ってきた。互いに憎しみ合い、殺し合ってきたのだぞ」
「それって、過去の話ですよね?」
アルは首を傾げた。
「俺、歴史の授業とか苦手だったんで偉そうなこと言えないんですけど——過去にどんなことがあったとしても、今目の前にいる人がどうかって、別問題じゃないですか」
「......どういう意味だ?」
「だって、魔人族全員が悪人ってわけじゃないでしょ?人族だってきっと同じ。良い人もいれば悪い人もいる。それを『種族』っていう括りで敵だの味方だの決めつけるのって、なんかもったいなくないですか」
アルは言葉を続けた。
「例えば俺、リリアと最初に出会えて良かったって思ってます。もし『魔人族だから』っていうくだらない先入観で関わらなかったら、こんな優しい子と出会えなかった。そう考えると、種族で判断するのって損してる気がするんですよね」
玉座の間が静まり返った。
魔王は——ゼクセル・クマガワは、目を見開いてアルを見つめていた。
(種族で判断するのは......損をしている?)
その発想は、魔王にはなかった。
魔人族と人族の対立は当然のもの、歴史が作り上げた避けられない運命——ずっとそう考えてきた。だが、この青年は「もったいない」「損をしている」と言った。
憎しみや恐怖ではなく、単純に「出会いの機会を失っている」という視点。
「......お前は、面白い奴だな」
魔王はゆっくりと笑みを浮かべた。
「アル。お前に一つ、頼みたいことがある」
「頼みごと?」
「ああ。実は、魔人族の中には私の改革に反対する保守派がいる。彼らは人族との和平を拒み、娘のリリアの思想を危険視している」
「それって、昨日の狼を放ったのも——」
「おそらくな。彼らはリリアを、そしてお前を排除しようとしている」
アルは顔をしかめた。やっぱり厄介事に巻き込まれている。
「それで、俺に何をしろと?」
「彼らを説得してほしい」
「......は?」
アルは思わず聞き返した。説得?俺が?
「魔王様、それは無理があります!」
リリアが慌てて口を挟む。
「アルはただの人族で、しかも魔界の事情をほとんど知らないんです。保守派を説得するなんて——」
「だからこそだ、リリア」
魔王は娘を制した。
「私やお前が説得しても、彼らは聞く耳を持たないだろう。だが、人族であるアルが話せば——それも、種族に囚われない視点を持つこの青年が話せば、何か変わるかもしれない」
「でも......」
リリアは不安そうにアルを見る。
アルは頭を掻いた。正直、面倒くさい。こんな政治的なゴタゴタに首を突っ込みたくない。できればのんびり酒を飲んで、異世界を満喫したい
「あのー、断っても——」
「アル!」
リリアがアルの手を掴んだ。その瞳には、切実な光が宿っていた。
「お願い......力を貸してもらえませんか。私、保守派の人たちとも和解したいんです。彼らだって、本当は傷ついているだけで......悪い人たちじゃないんです」
リリアの角がほんのり赤く染まる。その真剣な眼差しに、アルはため息をついた。
「......わかったよ。やるよ」
「本当ですか!?」
「ただし、失敗しても責任は取らないからな。俺、交渉とか苦手だし」
「ありがとうございます!」
リリアは嬉しそうに笑った。魔王もまた、満足そうに頷く。
「礼を言う、アル。お前の力を借りられて光栄だ」
「光栄とか言われても困るんですけど......」
アルは渋々ながらも覚悟を決めた。どうせ断れないなら、やるしかない。
「それで、その保守派ってのはどこにいるんです?」
「城の西棟に居を構えている。リーダーは——」
魔王は少し言葉を濁した。
「私のもう一人の娘、マリアだ」
「え?」
アルとリリアが同時に声を上げた。
「リリアの姉だ。彼女は過去に人族との戦いで深く傷つき、和平を強く拒んでいる」
リリアの表情が曇る。
「マリア姉様......」
「お前たち姉妹が和解することが、保守派との和解にも繋がる。リリア、これはお前にとっても大切なことだ」
「......はい」
リリアは小さく頷いた。
アルは事態の複雑さを理解し、再び頭を抱えた。
「家族の問題かよ......これ、マジで面倒くさいやつじゃん」
だが、もう引き返せない。
「まあ、なんとかなるだろ」
アルは自分に言い聞かせるように呟いた。
「んーやっぱ.なんとかならないかも……」
リリアは不安そうに、だが希望を持ってアルを見つめる。
魔王は二人の様子を見て、静かに微笑んだ。
(この青年なら......もしかしたら、本当に何かを変えてくれるかもしれない)
ゼクセル・クマガワは、娘たちの幸せを誰よりも願う親バカな父親だった。そして、魔界を変えたいと願う改革派の魔王でもあった。
アルという人族の青年が、その願いを叶える鍵になるかもしれない——そんな期待を、彼は静かに抱いていた。
* * *
謁見を終えて部屋に戻る途中、リリアがぽつりと呟いた。
「アル......ありがとうございます」
「別に。どうせ断れなかったし」
「でも......嬉しかったです。あなたが私たちのことを『普通』だと言ってくれて」
リリアの角がほんのり赤く染まる。
「だって事実だし。変な生き物だとは思わないよ」
「ふふ、変な生き物って......」
リリアはくすりと笑った。
「でもさ、リリアって魔王の娘だったんだね、まぁそんな気はしてたけどさ」
リリアはハッとなり慌てながら
「す、すみません!騙すつもりはなくて……」
リリアはバツが悪そうな顔をしながら角を押さえる
「いや別に気にしてないから大丈夫だよ、多分俺に気を遣ってくれたんだろうし、それより保守派におねえさんいるんでしょ?大丈夫なのかな?」
「......マリア姉様は、優しい人で純粋な方です。でも、人族との争いで種族間対立をあおるようになって、」
リリアの表情が暗くなる。
「私、姉様とも和解したいです。家族なのに、こんなにすれ違ったままなんて......」
その言葉に、アルは少し胸が痛んだ。
「わかった。全力でやってみるよ。まあ、期待はしないでほしいけど」
「いえ、きっと大丈夫です。あなたなら——」
リリアは微笑んだ。
「きっと、何かを変えてくれる気がします」
「あっ!!」
アルが何かとてつもない重要なことを思い出したかのような表情を浮かべ
「お酒まだあるかな?」
リリアは少しキョトンとした後、笑って
「たくさんありますよ」と答えなんだか嬉しそうだった。
こうして、酔っぱらい大学生アルは、魔界の政治問題に本格的に巻き込まれることになった。
次回予告:「謎の力と酒」
※毎日更新予定です。お楽しみに!




