38杯目 獣人族に伝わる花を求めて!旅立ちの三日間
翌朝——
爽やかな朝の空気が肌を撫でる。昨夜の野営地を後にして、俺たちは獣人の森を目指して歩き出した。足元の草が朝露に濡れて、靴の底がしっとりと湿る感触が心地いい。
「獣人の森は、この大陸の西部にある広大な森じゃ」
ドラが先頭を歩きながら、低い声で説明してくれた。その声には、どこか緊張感が滲んでいる。
「獣人の森……どんな場所なんだ?」
俺は問いかけながら、遠くの地平線を見つめた。
「狼や虎、兎など、様々な獣人族が暮らしておる。森は深く、外部からの侵入者を拒むように結界が張られておるんじゃ」
ドラの言葉を聞いて、俺の胸の奥が少しざわついた。
「結界……?」
「ああ。昔は人族と獣人族は友好的じゃったが……何かがあって、今は人族を信用しておらん」
ドラの声が、悲しみに沈む。その横顔を見ると、深い後悔のような感情が浮かんでいる気がした。
「何があったんだろうな……」
俺の胸に、漠然とした不安が広がる。人族と獣人族の間に、一体何があったのか。
「わからん。じゃが、獣人族に伝わる花は、その森にしか生えん珍しい花じゃ」
「なるほど……」
俺は深く息を吸い込んだ。空気は澄んでいて、草の青い香りが鼻をくすぐる。だが、その清々しさとは裏腹に、心の奥には重苦しいものが沈んでいく。
「森までは、西へ三日ほどの距離じゃ」
「三日か……結構あるな」
足が少し重く感じた。三日間の旅路——その先に待つものは、希望か、それとも絶望か。
「まあ、のんびり行こうや」
グラが明るく笑った。その声が、少しだけ俺の気持ちを軽くしてくれる。
リリアとルーナは、俺の隣を歩いている。二人の足音が、乾いた土を踏む音と重なる。
「アル、獣人族って怖いのかしら……?」
ルーナが不安そうに小さな声で聞いてきた。その瞳には、恐れと期待が入り混じっている。
「どうだろうな……でも、話せばわかってくれると思うよ」
俺はできるだけ明るく答えたが、自分でも確信が持てない。胸の奥がざわざわとする。
「そうね……」
ルーナの声が少し震えている気がした。
「獣人族は、昔は人族と仲が良かったって聞いたことがあります」
リリアが優しい声で言った。その言葉に、わずかな希望を感じる。
「じゃあ、なんで今は敵対してるんだ?」
「それが……わからないんです」
リリアが首を傾げ、困ったように眉を寄せた。
俺は空を見上げた。青く澄んだ空に、白い雲がゆっくりと流れている。
「まあ、行ってみればわかるだろ」
「そうですね」
リリアが頷いた。
***
1日目の夜——
夕暮れが空を茜色に染める頃、俺たちは草原で野営をすることにした。風が草を揺らし、サラサラと心地よい音を奏でている。
「ふぅ……疲れたな」
俺は地面に腰を下ろした。土の感触が尻に伝わり、一日中歩き続けた足が、ようやく解放される。全身の筋肉が重く、疲労が心地よく体を包み込む。
「アル、お疲れ様です」
リリアが水筒を差し出してくれた。
「ありがとう」
俺は水筒を受け取り、一口飲んだ。冷たい水が喉を潤し、体の中を流れていく。ああ、生き返る——そう思った瞬間、疲れが一気に吹き飛んだ気がした。
「明日は、どのくらい歩くんだ?」
「明日も同じくらいじゃな。三日目の昼には、森に着くはずじゃ」
ドラが答えた。
「なるほど……」
「今日は、ゆっくり休むんじゃぞ」
「ああ」
俺は空を見上げた。いつの間にか、空は深い藍色に変わり、満天の星が瞬き始めていた。星の光が、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。こんな星空を見るのは、いつぶりだろう。
「きれいな星空ね……」
ルーナが俺の隣にそっと座った。彼女の体温が暖かく感じた。
「ああ……こんな星空、久しぶりだな」
夜風が優しく吹いて、草の香りと土の匂いを運んでくる。静寂の中で、遠くから虫の鳴き声が聞こえてくる。心が、ゆっくりと落ち着いていく。
「アル、故郷を思い出しますか?」
リリアが優しく聞いてきた。
「いや正直こんな風に感じることもなかったかな……今はこっちの世界の方が馴染んでる気がするよ」
俺は正直に答えた。
「そうですか……」
リリアが微笑んだ。その笑顔が、星明かりに照らされて、とても美しく見えた。
「リリアやルーナ姫、ドラたちと一緒にいられるからな」
「アル……」
2人が顔を赤らめた。その表情が、夕闇の中でぼんやりと見える。
「ふぉっふぉっふぉ!良い仲間じゃな!」
ドラの豪快な笑い声が、夜の静寂を破った。
「そうだな」
俺も笑った。笑いながら、心の底がなぜか高揚感に満たされた。
こうして、俺たちは星空の下で夜を過ごした。焚き火の炎がパチパチと音を立て、その暖かさが体を包み込んだ。
***
「なあ、そういえば魔力の酒ってどんな味なんだろうな?」
焚き火を囲みながら、俺はふと思いついて聞いた。
「魔力の酒……?ああ、ドワーフの遺跡にある装置で造られる酒のことか」
ドラが興味深そうに身を乗り出した。
「魔力を酒に変える技術……すごいよな。一体、どんな味がするんだろう」
「うーむ……魔力じゃからな……ピリピリするんじゃないか?」
ドラが顎に手を当てて真剣に考え込んだ。
「いやいや、魔力は無色透明じゃから、水みたいにスッキリしてるんじゃないか?」
グラが反論した。
「でも、魔力ってエネルギーだろ?だったら、すげえ濃厚で、一口飲んだら体中が熱くなるような……」
俺が想像を膨らませると——
「おお!それは面白そうじゃ!」
「一口で酔いが回る……まさに究極の酒じゃな!」
ドラとグラが目を輝かせた。
「じゃあ、今夜は魔力の酒を想像しながら飲もう!」
ドラが樽から酒を取り出した。
「おお!それは良い!」
「魔力の酒……か……」
俺たちは、想像の魔力の酒に思いを馳せながら、杯を交わした。
「これが魔力の酒だったら……こう、体中に力が漲る感じがするんじゃないか!」
「うむ!そして、魔法が使えるようになるかもしれん!」
「いや、寿命が延びるとか!」
「不老不死になれる!」
話がどんどん膨らんでいく。
「もう……お酒の話になると止まらないんですから……」
リリアが呆れた顔で溜息をついた。
「リリアも飲むか?」
「私はお酒は……」
「まあまあ、少しくらい良いじゃろ」
ドラがリリアにも杯を渡した。
「では……少しだけ……」
リリアが小さく杯を傾けた。
「ルーナ姫も!」
「え、私も……?」
「せっかくじゃから、みんなで飲もう!」
グラが笑った。
「では……」
ルーナも杯を受け取った。
そして——
気づけば、夜は更けていった。
「うおおお!魔力の酒、最高じゃあああ!」
ドラが酔っ払って叫んでいる。
「ふぉっふぉっふぉ!もう一杯じゃあああ!」
グラも完全に出来上がっている。
「あはは……アル、魔力の酒……飲みたいねえ……」
ルーナが頬を赤らめて、俺にもたれかかってきた。
「ルーナ……酔ってるな……」
「ううん、酔ってないよ……えへへ……アル……」
ルーナが俺の腕にしがみついた。
「アル……大好き……」
「え、ちょ、ルーナ!?」
その瞬間——
バチィィィン!!
ルーナの手が、俺の頬を思いっきり叩いた。
「うわああああ!!」
俺の体が、吹き飛んだ。
ドガァァァン!!
地面に叩きつけられる。
「いってええええ!!」
「あれ……?アル、どこ行ったの……?」
ルーナがキョロキョロと周りを見回している。完全に酔っている。
「ルーナ……力、加減して……」
俺は地面に倒れたまま、呻いた。
「ふぉっふぉっふぉ!ルーナ姫、酔うと手が出るタイプじゃな!」
ドラが大笑いしている。
「アル、大丈夫ですか!?」
リリアが慌てて駆け寄ってきた。
「ああ……なんとか……」
俺は頬を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
こうして、俺たちは星空の下で飲み明かした。
翌朝——俺は、激しい頭痛と頬の痛みで目が覚めた。
***
2日目——
朝日が地平線から顔を出し、草原を黄金色に染めていく。俺たちは、朝早くから出発した。朝露が草を濡らし、足元がしっとりと冷たい。空気はひんやりと肌を刺し、眠気が一気に吹き飛ぶ。
「うう……頭が痛い……」
俺は頭を抱えた。
昨夜、ドラたちと酒を飲み過ぎた。
「ふぉっふぉっふぉ!アル、弱いのう!」
ドラが大笑いしている。この爺さん、あんなに飲んだのにピンピンしている。
「ドワーフは酒に強いんじゃ。ワシらの体は、酒で出来ておるようなもんじゃからな」
グラが胸を張った。
「アル、大丈夫ですか?」
リリアが心配そうに声をかけてくれた。
「ああ……なんとか……」
俺は顔を上げたが、世界がグラグラと揺れる。
「もう……お酒ばかり飲んで……」
リリアが呆れた顔で溜息をついた。
かくいうルーナは先を急ぐわよ!とピンピンしていた。んー酒って怖い。
俺は頭を振って、気合を入れ直した。
「今日は、山道を越えるぞ」
ドラが地図を広げながら、指でルートをなぞった。その指先が、地図の上を滑る音が微かに聞こえる。
「山道か……大丈夫かな」
俺は前方を見つめた。遠くに、ゴツゴツとした岩山がそびえ立っている。その威圧感に、少し気後れする。
「大丈夫じゃ。ワシらが案内する」
ドラの力強い言葉に、少し安心した。
「頼むよ」
俺たちは、山道を登り始めた。道は急勾配で、岩がゴロゴロと転がっている。足を踏み出すたびに、石が足裏に食い込む痛みが走る。
「うわ……結構きついな……」
息が切れてくる。心臓がドクドクと激しく脈打ち、汗が額を伝って落ちる。汗の塩辛い味が唇に触れる。二日酔いの体には、この登りが余計に堪える。
「アル、大丈夫ですか?」
リリアが心配そうに振り返った。その瞳には、優しさと不安が入り混じっている。
「ああ……なんとか……」
俺は必死で息を整えながら答えた。喉が渇いて、声がかすれる。
「無理しないでくださいね」
リリアの言葉が、心に染みる。
***
山道を越えると——
目の前に、圧倒的な光景が広がった。
「おお……あれが獣人の森か……」
俺は息を呑んだ。
遥か遠くに、深緑の森が地平線まで広がっている。木々は天まで伸び、まるで巨大な壁のように見える。森の上には、薄い霧がかかっていて、神秘的な雰囲気を醸し出している。風が吹いて、木々がざわざわと揺れる音が、遠くから聞こえてくる気がした。
森は、深く暗い。
まるで、異世界への入り口のようだ。
俺の胸に、畏怖と期待が入り混じった感情が湧き上がる。あそこに、俺たちが探している花がある。あそこに、答えがある。
「明日の昼には、あの森に入る」
ドラの声が、決意に満ちている。
「ああ……」
俺は拳を握りしめた。手のひらに、汗がにじむ。心臓が高鳴り、全身の血が熱く流れる。
獣人族に伝わる花を手に入れるために——
俺たちは、必ず森へ入らなければならない。
その覚悟が、胸の奥で固まっていく。
そして——
3日目の朝が来た。
俺は、遠くに広がる深緑の森を見つめた。あの森の中に、俺たちが探している花がある。
「いよいよだな……」
俺は小さく呟いた。
「ああ。いよいよじゃ」
ドラが頷いた。
「行こう」
俺たちは、獣人の森へと歩き出した。
12月31日は3話一挙投稿いたします!
11時、15時、20時投稿予定です!是非スキマ時間に読んでいただけたら嬉しいです
リアクションなんかもくれたらうれしいなと思ってます……




