番外編 聖なる夜の異世界パーティー
12月の半ば。王都の街は白い雪に覆われ始めていた。石畳の道に積もった雪が、月明かりを反射してキラキラと輝いている。屋根には氷柱がぶら下がり、吐く息は白く凍てつく空気の中に溶けていく。人々は厚手のコートやマントに身を包み、暖炉の温もりを求めて家路を急いでいた。
俺——アルは、城の窓から雪景色を眺めながら、ふと思い出した。そうだ、もうすぐクリスマスじゃないか。前世の日本では、この時期になるとイルミネーションやクリスマスツリー、サンタクロースの飾りで街中が賑わっていた。恋人たちがデートし、家族が集まり、プレゼント交換をして……。
「そうだ!クリスマスしようぜ!」
俺は突然立ち上がり、部屋にいたリリアとマリア、そしてちょうど報告に来ていたマーカスに向かって宣言した。
「……くりすます?」
リリアが首を傾げた。その角がほんのり赤くなっている。マリアも困惑した表情で、マーカスも眉をひそめている。
「アル殿、それは一体……?」
「ああ、そっか。この世界にはクリスマスないんだった」
俺は改めて説明し始めた。クリスマスとは、12月25日に行われる祭りのこと。家族や友人が集まって、美味しいご馳走を食べて、プレゼントを交換して、ツリーを飾って……。そして何より、みんなで笑顔になれる特別な日なんだ、と。
「それは……素敵な行事ですね」
リリアが目を輝かせた。マリアも興味深そうに耳を傾けている。
「でも、プレゼントって……何を贈ればいいんですか?」
「なんでもいいんだよ。相手が喜びそうなものを選ぶのが楽しいんだ。あと、サンタクロースっていう赤い服を着た髭のおじさんが、良い子にプレゼントを届けてくれるって伝説もある」
「赤い服の……髭のおじさん?」
マーカスが真面目な顔で聞き返した。その様子がおかしくて、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「とにかく!みんなでやろうぜ、クリスマスパーティー!種族間交流祭も成功したし、次はみんなで楽しめる文化交流ってことで!」
「賛成です!」
リリアが即座に手を挙げた。マリアも「面白そうね」と微笑んでいる。マーカスは少し考え込んでいたが、最終的には「わかりました。王様にも報告しておきます」と頷いてくれた。
こうして、異世界初のクリスマスパーティーの準備が始まった。
* * *
数日後、城の大広間は見違えるように変わっていた。中央には巨大なモミの木——いや、この世界ではそう呼ばれていないが、それに似た針葉樹が運び込まれ、キラキラと光る飾りが付けられている。リリアとルーナ姫が一生懸命に飾り付けをしていて、その姿がまるで少女たちのようで微笑ましい。
「アルさん!この飾り、ここでいいですか?」
「おお、いいね!もうちょっと上の方がバランスいいかも」
俺はリリアにアドバイスしながら、周りを見渡した。マリアとリーサが料理の準備をしている。ゲルドはマーカスと一緒にテーブルを運んでいる。ルンブラン王子まで参加して、みんなが楽しそうに準備を手伝っている。
「ねえ、アル」
ルーナ姫が俺に近づいてきた。手には赤いリボンを持っている。
「このクリスマスっていう行事、本当に素敵ね。元の世界では、どんな風に過ごしていたの?」
「んー、友達とパーティーしたり、家族と過ごしたり……あと、ケンタッキーフライドチキン食べたりしてたかな」
「けんたっきー……?」
「ああ、鶏肉料理の店だよ。まあ、今日はローストチキンでいいか」
「そうだ!みんな、ちょっと集まって!」
俺は突然思いついて、リリア、マリア、ルーナ姫、そしてリーサを呼び集めた。
「クリスマスといえば、サンタクロースだ!みんな、このサンタの衣装を着てくれないか?」
俺は【チートスキル:完璧な裁縫】で急遽作った、赤と白のサンタ衣装を取り出した。もちろん、この世界の文化に合わせて少しアレンジしてある。赤いワンピースに白いファーがついた、可愛らしいデザインだ。
「さんた……の、衣装?」
リリアが不思議そうに衣装を見つめている。
「ああ!クリスマスの象徴、サンタクロースの衣装だ。パーティーを盛り上げるために、みんなに着てほしいんだ。もちろん、強制じゃないけど……」
「可愛い!着ます着ます!」
リリアが即座に手を挙げた。ルーナ姫も「私も着てみたいわ!」と目を輝かせている。マリアは少し恥ずかしそうにしていたが、「……面白そうね」と小さく微笑んだ。
問題は、リーサだった。
「……アル。私は遠慮しておきます」
リーサが冷静な表情で断ろうとした。彼女はいつも真面目で、こういうふざけたことは好まない性格だ。
「リーサ、一緒に着ましょうよ!」
「そうよ、リーサ!一人だけ着ないなんて寂しいじゃない」
リリアとルーナ姫が目をキラキラさせながらリーサを説得し始めた。マリアも「リーサ、たまにはこういうのも悪くないわよ」と微笑んでいる。
「……わかりました。では、少しだけ……」
リーサが根負けして、ため息をついた。そして——
数分後、大広間に戻ってきた四人の姿に、俺は思わず声を失った。
赤と白のサンタ衣装に身を包んだリリア、マリア、ルーナ姫、そしてリーサ。みんな可愛い。特にリーサは、普段の真面目な雰囲気とのギャップで、思わず見とれてしまうほどだった。白い髪に赤い帽子がよく似合っている。
「アル……恥ずかしいです……」
リーサが顔を赤くして俯いている。その姿がまた可愛い。
「みんな、最高だ!完璧なクリスマスパーティーになるぞ!」
俺が嬉しそうに笑うと、マーカスとゲルドも「おお!」と歓声を上げた。ルンブラン王子も、普段の落ち着いた表情とは違う驚きの顔をしている。
そんな和やかな雰囲気の中、突然——
「クリスマス……か」
低い声が大広間に響いた。全員が一斉にその方向を振り向く。そこには——
「リヒト!?」
俺は驚いて声を上げた。入り口に立っているのは、200年前の勇者・タナカ・リヒトだ。黒いマントを羽織り、いつもの厳しい表情をしている……と思いきや、その目には少しだけ懐かしそうな色が浮かんでいた。
「久しぶりだな、アル。そして……みんな」
リヒトの声は、いつもよりも柔らかかった。マーカスが剣に手をかけようとするが、俺は手で制した。
「待て。敵意は感じない」
「何しに来たんだ、リヒト?」
「……クリスマスだろう?」
リヒトがそう言った瞬間、俺は理解した。そうだ、リヒトも元日本人だ。200年前に召喚されたとはいえ、クリスマスを知っている。この世界で、クリスマスを知っているのは俺とリヒトだけなんだ。
「お前……」
「200年、この世界で生きてきた。だが、クリスマスだけは……一度も祝ったことがなかった」
リヒトの声には、どこか寂しさが滲んでいた。200年間、たった一人で。誰とも分かち合えない記憶を抱えて。
だが、その時——
リヒトの視線が、サンタ衣装を着た四人——特にリーサに釘付けになった。
「……アル、お前」
リヒトの声が低くなった。その目が——怒りに染まっている!?
「リーサを……そんな恥ずかしい格好にさせるなんて、許せん!!」
ガキィン!!
リヒトが突然剣を抜き、俺に斬りかかってきた!マーカスが素早く反応して、リヒトの剣を受け止める。
「ちょっ、待て待て!リヒト、落ち着け!!」
「落ち着けだと!?リーサが——あの真面目で純粋なリーサが、そんな露出度の高い衣装を着させられているんだぞ!!」
「露出度高くないから!普通のワンピースだから!!」
「お、お父さん……私は、自分の意志で着ています……」
リーサが顔を真っ赤にしながら、小さな声で言った。その言葉を聞いて、リヒトの動きが止まった。
「……そう、か。ならば……すまなかった」
リヒトがゆっくりと剣を鞘に収めた。マーカスもホッとした表情で剣を下ろす。
「……だが、アル。次にリーサを変な目で見たら、本当に斬るからな」
「見てない見てない!俺は純粋にクリスマスの雰囲気を楽しみたいだけだから!!」
周りのみんなが、この一連のやり取りを見て、苦笑いしている。リリアが「ふふ、リヒト様、リーサのことが大好きなんですね」と微笑み、マリアも「相変わらずね」とクスクス笑っている。
そして、緊張が解けた雰囲気の中で——
「……わかった。一緒にやろうぜ、クリスマス」
俺はニッと笑った。
「アル……本当に大丈夫なんですか?」
リリアが不安そうに聞いてくる。
「大丈夫だよ。クリスマスは争いの日じゃない。みんなで楽しむ日だ。それに……」
俺はリヒトを見た。彼の目には、もう敵意はない。ただ、懐かしい故郷の記憶を求める寂しさがあるだけだ。
「リヒトも、昔は日本でクリスマスを過ごしてたんだろ?」
「……ああ」
リヒトが静かに頷いた。その表情には、遠い記憶への郷愁が浮かんでいる。
「じゃあ、今夜は一緒に楽しもうぜ。200年ぶりのクリスマスだろ?」
「……ああ。200年ぶりだ」
リヒトの口元が、わずかに緩んだ。それは笑顔とは言えないが、少なくとも敵意ではない何かだった。
* * *
夜。大広間には大勢の人々が集まっていた。人族、魔族、エルフ族——そして、元勇者のリヒト。みんなが一つのテーブルを囲んで座っている。中央には豪華なローストチキンやローストビーフ、色とりどりのサラダ、温かいスープ、そして様々な酒が並んでいる。クリスマスツリーに飾られたキャンドルが、柔らかな光を放って部屋全体を幻想的に照らしていた。
夜になり、大広間はすっかりクリスマスパーティーの会場となっていた。中央のテーブルには、人族の料理、魔族の料理、エルフの料理が所狭しと並んでいる。ローストチキン、グリルされた肉、色とりどりのサラダ、チーズの盛り合わせ、そしてデザートの山。もちろん、俺特製の各種族の酒も用意してある。
「それでは——乾杯!」
俺が音頭を取ると、全員がグラスを掲げた。リヒトもゆっくりと、だが確かにグラスを持ち上げる。
「かんぱーい!」
リリアとルーナ姫の元気な声が響き、マリアとリーサが微笑み、マーカスとゲルドが豪快に笑う。ルンブラン王子も、普段の落ち着いた様子とは違う笑顔を見せている。そして、リヒト——彼も、静かに、だが確かに笑っていた。
パーティーが始まると、あっという間に賑やかになった。料理を取り合い、酒を酌み交わし、笑い声が絶えない。
「このローストチキン、美味しいですね!」
リリアが嬉しそうに頬張っている。ルーナ姫も「本当!こんなに美味しいの初めて!」と目を輝かせている。
「アル、この酒は何だ?すごく飲みやすいぞ」
マーカスが不思議そうに自分のグラスを見ている。
「ああ、それは人族のワインと魔族のラム酒、エルフのフルーツリキュールを混ぜた特製カクテルだ。【チートスキル:完璧な調合】で作ったから、誰でも美味しく飲めるはずだよ」
「さすがアル殿……」
マーカスが感心したように頷いた。
俺はふと、リヒトの方を見た。彼は黙々と料理を食べている。その様子は、まるで200年分の飢えを満たしているようだった。
「リヒト、どうだ?久しぶりのクリスマスは?」
俺が話しかけると、リヒトはゆっくりと顔を上げた。
「……美味い。200年間、こんな料理は食べたことがなかった」
「そっか。まあ、今日くらいはゆっくり楽しんでくれよ」
「……ああ」
しばらくすると、リリアが突然立ち上がった。
「みなさん!プレゼント交換の時間です!」
彼女の声に、みんなが一斉に「おおっ!」と盛り上がる。ツリーの下には、すでにいくつかのプレゼントが置かれていた。色とりどりの包装紙で包まれた箱や袋が、まるで宝物のように輝いている。
「では、一人ずつプレゼントを開けましょう!まずは……アル様から!」
「え?俺から?」
俺は手渡された箱を開けた。中には——一本の美しい酒瓶が入っていた。ラベルには「特製ブレンド酒 〜アルへ〜」と書かれている。
「これは……リリア、お前が作ったのか?」
「はい!アル様にいつも教えてもらっているので、私も挑戦してみました!あの……美味しいですか?」
俺は栓を開けて、少しだけ口に含んだ。……美味い。フルーティーで、でもコクがあって、俺の好みにぴったりだ。
「めちゃくちゃ美味いよ、リリア。ありがとう」
「本当ですか!?やったー!」
リリアが嬉しそうに飛び跳ねた。その姿がまるで子供のようで、周りのみんなも笑顔になる。
次々とプレゼントが開けられていく。マリアはルーナ姫から美しい髪飾りを、マーカスはゲルドから立派な剣の手入れセットを、ルンブラン王子はリーサから手編みのマフラーをもらっていた。みんなが嬉しそうに、そして恥ずかしそうにプレゼントを受け取っている。
そして——
「リヒト、これは……俺からのプレゼントだ」
俺は、事前に用意しておいた小さな箱をリヒトに手渡した。彼は驚いた顔で俺を見る。
「……俺に、か?」
「ああ。開けてみてくれ」
リヒトはゆっくりと箱を開けた。中には——一枚の古い写真のようなものが入っていた。いや、正確には写真ではない。俺が【チートスキル:完璧な模写】で描いた、日本の冬の風景。雪に覆われた街並み、イルミネーションで飾られた通り、家族連れが笑顔で歩く姿。
「これは……日本、か」
リヒトの声が震えていた。彼の目には、涙がうっすらと浮かんでいる。
「ああ。200年ぶりに、少しでも故郷を思い出してもらえたらと思って」
「……ありがとう」
リヒトがそう言った時、初めて彼の顔に本物の笑顔が浮かんだ。それは、敵意でも警戒でもない、純粋な感謝の笑顔だった。
* * *
パーティーが終わりに近づいた頃、俺とリヒトは二人で大広間のバルコニーに出ていた。夜空には満天の星が輝き、雪が静かに降り積もっている。
「なあ、リヒト。クリスマス、楽しかったか?」
俺が聞くと、リヒトは少しの間沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……ああ。200年間で、一番楽しかった」
その言葉に、俺は思わず笑顔になった。
「そっか。じゃあ、また来年もやろうな。今度は、もっとみんなを集めて」
「……ああ。それもいいな」
リヒトが小さく笑った。その笑顔は、もう敵意ではなく、俺たちと同じ——仲間の笑顔だった。
そんな感動的な雰囲気の中——
「お父さんー!!寒いですから、中に入ってくださーい!!」
リーサの声が大広間から響いてきた。まだサンタ衣装を着たままだ。
リヒトの表情が一瞬で変わった。
「……今行く」
リヒトが信じられない速さでバルコニーから飛び出していった。さっきまでの感動的な雰囲気は一体どこへ……。
「おい、リヒト!感動的なシーンだったのに!!」
俺が叫ぶと、大広間から聞こえてきたのは——
「お父さん!その衣装を脱がせようとするのはやめてください!!」
「こんな恥ずかしい格好、今すぐ脱ぐんだ!!」
「嫌です!みんなが可愛いって言ってくれたんです!!」
リーサの意外な反撃に、俺は思わず吹き出した。
「お父さんぁぁぁぁ!!落ち着いてくださぁぁぁい!!」
マーカスとゲルドの必死の声も聞こえてくる。
俺は雪降る夜空を見上げて、深くため息をついた。
「……やっぱり、平和が一番だな」
こうして、異世界初のクリスマスパーティーは、感動的なのか、それともカオスなのか分からない形で幕を閉じた。
ただ一つ確かなことは——
明日の朝、リヒトがどんな顔をするのか、俺はすでに想像できていた。
(完)




