24杯目 倒れていた騎士
長老との話が終わり、俺たちはエルフの戦士に案内されて、里の外れにある小屋へ向かった。
「ここに、倒れていた騎士が保護されているのか?」
俺は聞いた。
「ああ。まだ意識は戻っていないがな」
戦士が冷たく答える。
(相変わらず警戒されてるな……)
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小屋の扉を開けると、簡素なベッドに一人の男が横たわっていた。
人族の騎士だ。
鎧は脱がされており、顔色は悪い。
「この人が……」
リーサが不安そうに見つめる。
「ええ。襲撃者の一人よ」
マリアが近づいて、男の額に手を当てた。
「どう?」
「……妙ね」
マリアが眉をひそめる。
「妙って?」
「魔力の痕跡はあるけど、すごく微弱なの。まるで……」
「まるで?」
「まるで、何かが抜けた後みたい」
マリアが呟いた。
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俺たちが小屋の中で話していると――
「う……」
突然、男が呻き声を上げた。
「あっ、目を覚ましそう」
リーサが気づく。
「本当だ」
俺たちは男のそばに近づいた。
「う……ここは……」
男がゆっくりと目を開ける。
「気がついたか」
俺は声をかけた。
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「お前は……?」
男は混乱している。
「俺はアル。お前を助けた……まあ、エルフの人たちが助けたんだけどな」
「エルフ……?」
男が周りを見渡す。
部屋の隅には、エルフの戦士が警戒しながら立っている。
「そ、そうか……俺は助けられたのか……」
「ああ。とりあえず、落ち着いてくれ」
俺は言った。
「聞きたいことがあるんだ」
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「聞きたいこと……?」
「ああ。お前、エルフの里を襲撃したんだろ?」
俺はストレートに聞いた。
「!」
男の顔が青ざめる。
「襲撃……俺が……?」
「そうだ。お前は人族の騎士だろ?エルフの里を襲ったんだ」
「そんな……」
男が頭を抱える。
「覚えてないのか?」
「覚えて……ない……」
男が苦しそうに呟く。
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「覚えてないって、どういうことだ?」
俺は聞いた。
「わからない……本当に、わからないんだ……」
男が震える声で答える。
「俺は……確か……」
「確か?」
「川……川の風景を見ていた気がする……」
「川?」
「ああ……綺麗な川だった……水が透き通っていて……」
男が遠い目をする。
「それで?」
「それから先は……何も覚えていない……」
「何も?」
「ああ……気づいたら、ここにいた……」
男が呆然と答えた。
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(川の風景だけ……?)
俺は困惑した。
「他には?何か覚えていることはないか?」
「ない……本当に、何も……」
男が頭を振る。
「名前は?お前の名前は覚えてるか?」
「名前は……ロベルト。俺はロベルトだ」
「ロベルト……他には?」
「他……?いや、それくらいしか……」
男が困惑する。
「職業とか、どこの出身とか……」
「……わからない。ロベルト、という名前だけは確かなんだが……」
「なるほど……」
俺は頷いた。
(名前だけは覚えてる……でも、他は何も……)
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「ロベルト、最後に覚えているのは、いつのことだ?」
マリアが聞いた。
「最後に……?」
「ええ。川を見ていた時、それはいつのこと?」
「……わからない。日にちも、時間も……全部曖昧なんだ」
ロベルトが苦しそうに言う。
「でも、確かに川を見ていた……それだけは覚えている」
「川か……」
マリアが考え込む。
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「ねえ、その川ってどこにあったの?」
リーサが聞いた。
「……わからない」
ロベルトが首を振る。
「ただ……すごく静かな場所だった気がする」
「静かな場所……」
「ああ。鳥の声も聞こえなかった……ただ、川の音だけが……」
ロベルトの声が震える。
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「アル、これ以上は無理みたいね」
リリアが小声で言う。
「ああ……」
俺は頷いた。
(川の風景しか覚えてない……手がかりとしては弱すぎる)
「ロベルト、ゆっくり休んでくれ」
「す、すまない……役に立てなくて……」
ロベルトが申し訳なさそうに言う。
「いや、気にするな」
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俺たちは小屋の外に出た。
「どう思う?」
俺はマリアに聞いた。
「記憶がほとんど失われている……これは間違いなく、何かの魔法の影響ね」
マリアが真剣な顔で答える。
「魔法……やっぱり操られてたのか?」
「可能性は高いわ。でも……」
「でも?」
「魔力の痕跡が微弱すぎるの。普通、こんなに記憶を奪うような強力な魔法なら、もっと魔力が残っているはずなのに」
「どういうことだ?」
「わからない……まるで、魔力が意図的に消されているような……」
マリアが首を傾げる。
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「じゃあ、どうすればいいんだ?」
俺は聞いた。
「もう少し詳しく調べさせてもらえるなら、何か分かるかもしれない」
「詳しく調べる……ってことは?」
「魔力の痕跡を丁寧に追っていくの。時間はかかるけど」
マリアが答える。
「じゃあ、頼めるか?」
「ええ。ロベルトさんに許可をもらえれば」
「よし、じゃあ俺たちは長老のところに戻ろう」
リリアが言った。
「襲撃の時のことを、もっと詳しく聞いてみましょう」
「ああ」
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こうして、俺たちは二手に分かれることにした。
マリアはロベルトの魔力を調査。
俺とリリアとリーサは、長老のもとへ。
「じゃあ、また後でな」
「ええ。何か分かったら伝えるわ」
マリアが小屋に戻っていく。
俺たちは、長老の家へ向かった。
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長老の家は、里の中心にあった。
大きな木の下に建てられた、古びた家だ。
「長老様、入ってもよろしいでしょうか」
リーサが扉をノックする。
「おお、入りなさい」
中から、長老の声が聞こえた。
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部屋の中は、薬草の香りが漂っていた。
長老は、椅子に座ってお茶を飲んでいる。
「どうじゃった?騎士から話は聞けたかの?」
「それが……あまり芳しくなくて」
俺は苦笑いした。
「ほう?」
「ロベルト……あの騎士は、襲撃のことを全く覚えていませんでした」
「全く……か」
長老が眉をひそめる。
「ええ。覚えているのは、川の風景だけだと」
「川……」
「それ以外は、名前と職業くらいで……」
俺は説明した。
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「やはり……魔法で操られていたか」
長老が呟く。
「長老様も、そう思われますか?」
リーサが聞く。
「ああ。あの時の襲撃者たちの動きは、明らかに異常じゃった」
長老が語り始める。
「異常……ですか?」
「ああ。まるで人形のように、機械的に動いていた」
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「襲撃の時のこと、詳しく教えていただけますか?」
俺は聞いた。
「うむ……」
長老が遠い目をする。
「あれは、三日前の夜じゃった」
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「夜……ですか」
「ああ。月も出ていない、真っ暗な夜じゃった」
長老が続ける。
「突然、里の入り口で爆発音がしてのう」
「爆発音……」
「ああ。それと同時に、人族の兵士たちが押し寄せてきた」
「どのくらいの人数でした?」
リリアが聞く。
「30人……いや、40人ほどおったかのう」
「40人……」
「ああ。全員、人族の鎧を着ておった」
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「それで、どうなったんですか?」
「わしは急いで結界を展開した。じゃが、間に合わず……」
長老が悔しそうに言う。
「里の入り口付近の建物が、焼かれてしもうた」
「……」
「幸い、住民は避難できたがのう」
長老がため息をつく。
「結界を展開した後、奴らは攻撃を止めた」
「止めた……?」
「ああ。まるで、結界に阻まれて諦めたかのように……」
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「それで、襲撃者たちはどうなったんですか?」
俺は聞いた。
「そのまま森の奥へ消えていった」
「追いかけなかったんですか?」
「追いかけようとしたが……」
長老が首を振る。
「森の中で、奴らの姿は消えた。まるで煙のように」
「煙のように……」
「ああ。不思議じゃった」
長老が呟く。
「そして、翌朝……森の近くで、ロベルトが倒れているのが見つかった」
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「なるほど……」
俺は考え込んだ。
(襲撃者が消えた……煙のように……)
「アル、どう思う?」
リリアが聞く。
「正直、わからん」
俺は首を振った。
「でも、間違いなく普通の襲撃じゃないな」
「ええ……」
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「長老様、襲撃者の中に、特徴的な人物はいましたか?」
リーサが聞いた。
「特徴的……か」
長老が考え込む。
「そういえば……一人だけ、違う格好をしていた者がおった」
「違う格好……?」
「ああ。黒いローブを着ていた」
「!」
俺たちは顔を見合わせる。
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「黒いローブ……やっぱり、黒ローブの連中か」
俺は拳を握った。
「その人物は、何をしていたんですか?」
「襲撃者たちの後ろに立って……ただ、見ているだけじゃった」
「見ているだけ……」
「ああ。まるで、指揮しているかのようじゃった」
長老が答える。
「指揮……」
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(黒ローブが指揮をしていた……やっぱり、奴らが人族を操っていたのか)
俺は考えた。
「長老様、その黒ローブの人物の特徴は覚えていますか?」
リリアが聞く。
「いや……遠くてよく見えなかった。ただ……」
「ただ?」
「声が聞こえた」
「声……?」
「ああ。低く、冷たい声じゃった」
長老が震える。
「『次は王都だ』と……」
「!」
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「次は王都……!」
リリアが驚く。
「まさか……」
「奴ら、王都を襲うつもりなのか?」
俺は焦った。
「可能性は高い……」
リーサが不安そうに呟く。
「くそっ……」
俺は頭を抱えた。
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「とりあえず、情報を整理しよう」
リリアが冷静に言う。
「ああ……そうだな」
俺は深呼吸した。
「まず、襲撃者は人族の騎士たちで、おそらく操られていた」
「ええ」
「黒ローブが指揮していて、次の標的は王都」
「それに、襲撃者たちは森で消えた」
リーサが付け加える。
「消えた……か」
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「これ、どうすればいいんだ?」
俺は頭を抱えた。
(王都が襲われるかもしれない……でも、いつ襲われるかもわからない……)
「まずは、マリアが何か見つけるのを待ちましょう」
リリアが言う。
「ああ……そうだな」
「それと、王都に連絡を入れた方がいいわ」
「連絡……」
「ええ。マーカスさんとルーナ姫に、状況を伝えないと」
「そうだな……」
俺は頷いた。
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「長老様、エルフの里から王都へ、連絡手段はありますか?」
リリアが聞いた。
「伝令の鳥がおる」
「伝令の鳥……?」
「ああ。魔法で訓練された鳥じゃ。メッセージを届けてくれる」
長老が答える。
「それ、使わせてもらえますか?」
「もちろんじゃ」
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こうして、俺たちは王都への警告メッセージを書くことにした。
「えーと……『王都が襲われるかもしれない。警戒してくれ』……で、いいか?」
俺は紙に書きながら言った。
「もうちょっと詳しく書きなさいよ」
リリアがため息をつく。
「じゃあ、お前が書けよ」
「わかったわよ……」
リリアが紙とペンを受け取る。
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リリアが丁寧に状況を説明した手紙を書き終えると、長老が伝令の鳥を呼んだ。
小さな青い鳥だ。
「この子が、メッセージを届けてくれる」
「頼むぞ」
俺は鳥に手紙を渡した。
鳥は手紙をくわえると、窓から飛び立っていった。
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「これで、とりあえず王都には伝わるな」
「ええ」
「あとは……マリアが何か見つけてくれることを祈るしかないか」
俺は呟いた。
「そうね……」
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その時、扉がノックされた。
「入れ」
長老が言う。
扉が開き、マリアが入ってきた。
「マリア!どうだった?」
俺は駆け寄る。
「……ごめんなさい」
マリアが申し訳なさそうに言う。
「魔力の痕跡は見つけたけど……あまりにも微弱で、追跡できなかったわ」
「そうか……」
俺はがっくりと肩を落とした。
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「でも、一つだけわかったことがあるの」
マリアが続ける。
「何だ?」
「この魔法……使われたのは、かなり高度な術よ」
「高度……?」
「ええ。普通の魔法使いには、絶対に使えないレベル」
マリアが真剣な顔で言う。
「つまり……」
「黒ローブの中に、相当な実力者がいるということ」
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(相当な実力者……か)
俺は拳を握った。
「なあ、みんな」
俺は仲間たちを見た。
「今後、どうする?」
「今後……?」
「ああ。このままエルフの里にいても、手がかりは見つからない」
「それは……そうね」
リリアが頷く。
「王都に戻った方がいいと思うんだ」
「王都に……」
「ああ。次の襲撃が王都なら、そこで待ち構えた方がいい」
俺は言った。
---
「でも、いつ襲撃があるかわからないわよ?」
マリアが言う。
「それでも、ここにいるよりはマシだろ」
「……そうね」
「長老様、俺たちは王都に戻ります」
俺は長老に向かって言った。
「そうか……すまぬのう」
「いえ、できる限りのことはやります」
俺は答えた。
(本当にできるかわからんけど……)
---
「それじゃあ、準備して出発しよう」
「ええ」
「リーサ、どうする?」
俺はリーサに聞いた。
「私も行きます!」
リーサが即答する。
「……わかった」
---
こうして、俺たちはエルフの里を出発することになった。
黒ローブの次なる標的は、王都――
そこで、必ず奴らを止める。
---
次回予告:「王都への帰還」
※毎日更新予定です。お楽しみに!
アルたちが王都に戻ると、そこには予想外の事態が待っていた!
黒ローブの影が、すでに王都に忍び寄っている……?
緊迫の展開!?次回もお楽しみに!




