23杯目 エルフの里へ
翌朝、俺たちは屋敷を出発した。
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてな」
マーカスが見送ってくれる。
「アル、無茶しないでくださいね」
ルーナ姫も心配そうだ。
「大丈夫だって。今回は対策してきたから」
俺は胸を張った。
「対策?」
リリアが不思議そうに聞く。
「おう、見てくれよ」
俺はベルトに取り付けた小瓶を見せた。
腰には護身用の短剣もぶら下がっている。
「これは……?」
「蒸留酒、醸造酒、混成酒を小瓶に分けて持ってきたんだ」
三つの小瓶には、それぞれラベルが貼ってある。
「赤が蒸留酒、青が醸造酒、黄色が混成酒」
「なるほど……これなら間違えませんね」
マリアが感心する。
「俺は魔法使えないから、酒飲んで身体能力上げるのが頼りなんだよ」
「まあ、私たちは魔法があるからいいけど」
リリアが言う。
「アルは大変ね」
「前回みたいに混成酒を間違えて飲むことはないってわけだ」
「木に絡まったのは事故だったって言ってるだろ!」
俺はツッコんだ。
「じゃあ、行くぞ!」
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エルフの里へは、北の森を抜けていく。
「リーサ、道はこっちで合ってる?」
「はい。この森を抜けると、里があるはずです」
リーサが先頭を歩く。
森は深く、木々が空を覆っている。
「なんか、不気味だな……」
俺は呟いた。
「ええ。魔力の気配が濃いわ」
マリアが警戒する。
「みんな、気をつけて」
リリアも剣に手をかけた。
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しばらく歩くと――
「あれ?人がいる」
リリアが指差す。
森の道の脇に、荷馬車が止まっていた。
「商人……かしら?」
マリアが言う。
「行ってみよう」
俺たちは荷馬車に近づいた。
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「やあやあ、旅の方々かな?……ん?」
荷馬車の横にいた商人が、愛想よく声をかけてきた。
その瞬間、お互いに気づいた。
「あっ!」
「スー!?」
俺は驚いた。
小柄で人当たりの良さそうな青年――以前、王都への道中で出会った商人、スーだ。
あの時、魔物に襲われて困っていたところを、俺たちが助けたんだ。
「アルさん!それにリリアさんも!」
スーが嬉しそうに駆け寄る。
「お久しぶりです!まさかこんなところで再会できるとは!」
「本当に久しぶりだな。あの時は助かったよ」
「いやいや、こちらこそあの時は助けていただいて……おかげで今、こうして商売を続けられています」
スーがニコニコと笑う。
「それで、スー。こんなところで何してるんだ?」
「いやあ、相変わらず行商してましてね。情報も集めてます」
「情報か……この辺りで何か変わったことは?」
「ああ……それが」
スーが急に真面目な顔になる。
「この辺りは物騒でね。最近、色々あったんだ」
「色々って……?」
俺は聞いた。
---
「実はね、この先のエルフの里、襲撃されたんだよ」
「!」
リーサが息を飲む。
「やっぱり……」
「でも、安心してくれ。エルフの人たちは無事だ」
「無事……!?」
リーサが驚く。
「ああ。里の一部は被害が出たけど、エルフの長老が強力な結界を張ってね。今は、被害の少なかった村に避難してるらしい」
スーが説明する。
「本当ですか!?」
「ああ。俺も先日、そこで商売したばかりだ」
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「良かった……みんな、無事だったんだ……」
リーサが涙を流す。
「でも、誰が襲ったんだ?」
俺は聞いた。
「それがね……」
スーが声を潜める。
「人族だって噂だ」
「人族!?」
全員が驚く。
「ああ。目撃者の話では、人族の鎧を着た集団が里を襲ったらしい」
「そんな……」
リリアが信じられないという顔をする。
「和平が成立したばかりなのに……」
マリアも困惑している。
---
「まあ、噂だからね。真偽は分からないけど」
スーが肩をすくめる。
「でも、エルフの人たちは警戒してる。特に人族に対してね」
「……そうか」
俺は考え込んだ。
「ありがとう、スーさん。助かったよ」
「いやいや、お安い御用さ。ああ、そうだ」
スーが荷馬車から何かを取り出した。
「これ、通行証代わりになるかもしれない」
それは、エルフの文様が刻まれた小さな木札だった。
「これは……?」
「エルフの里で商売する時にもらった通行証さ。俺はもう用済みだから、君たちにあげるよ」
「本当に?」
「ああ。困った時はお互い様だろ?」
スーがウインクする。
「ありがとう!」
リーサが深々と頭を下げた。
---
「それじゃあ、俺は次の町に向かうよ。気をつけてな」
スーは荷馬車に乗り込み、手を振って去っていった。
「いい人だったな」
「ええ。助かりました」
リリアも頷く。
「とりあえず、エルフの人たちが無事で良かった」
マリアがほっとした表情を見せる。
「はい……でも、人族が襲ったって……」
リーサが不安そうだ。
「真相は、里に行けば分かるかもしれない。行こう」
「はい!」
俺たちは再び、エルフの里へ向かった。
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森を抜けると、エルフの里が見えてきた。
だが――
「すごい結界だ……」
俺は驚いた。
里全体を、巨大な透明の障壁が覆っている。
魔力の波動が強く、近づくだけで肌がピリピリする。
「これが、長老の結界……」
リーサが呟く。
「どうやって入るんだ?」
「通常は、エルフの許可がないと入れません」
マリアが説明する。
「でも、スーさんがくれた通行証があれば……」
リリアが木札を取り出す。
---
「おーい!誰かいませんかー!」
俺は結界に向かって叫んだ。
しばらくして――
「そこの者!何者だ!」
上空から、鋭い声が響いた。
見上げると、弓を構えたエルフの戦士が数名、木の上に立っていた。
全員、殺気立っている。
「私はリーサ・シルフィール!この里の者です!」
リーサが叫ぶ。
「リーサ……?」
戦士の一人が首を傾げる。
「リーサは死んだはずだ!」
「お前は偽物だろう!」
「待ってください!本物です!」
リーサが必死に訴える。
---
「偽物の可能性がある。長老の許可なく、結界は開けられん」
戦士が冷たく言う。
「それに、お前たちは人族と魔族じゃないか!」
別の戦士が吐き捨てるように言った。
「人族と魔族が、エルフの娘を連れている……怪しすぎる!」
「いや、待ってくれ!誤解だ!」
俺は慌てた。
「誤解?人族がエルフの里を襲ったんだぞ!」
「それに魔族も信用できん!お前たちも襲撃に加担していたんじゃないのか!」
矢が俺たちに向けられる。
---
「ちょ、ちょっと待った!落ち着いて!」
俺は両手を上げた。
(やべえ、マジで撃たれる!)
「待ってください!これを見てください!」
俺は慌ててスーからもらった通行証を掲げた。
「これは……商人のスーの通行証か」
「そ、そうだ!スーから預かったんだ!俺たち、怪しいもんじゃないって!」
戦士たちが顔を見合わせる。
「……スーの通行証を持っているということは……」
「少なくとも、スーは信用したということか……」
「待て。長老に確認する。動くな」
戦士が姿を消した。
---
「……アル、大丈夫?」
リーサが不安そうに聞く。
「だ、大丈夫……だと思う……たぶん……」
俺は冷や汗を拭った。
(いやー、マジで死ぬかと思った……)
しかし、なかなか戻ってこない。
10分……20分……
「……なあ、もしかして忘れられてる?」
俺は呟いた。
「そんなことないわよ……たぶん」
マリアが自信なさげに言う。
「いや、ありえるだろ。『あいつら誰だっけ?』みたいな」
「アル、不安を煽らないで」
リリアがため息をつく。
---
さらに待つこと30分。
ようやく、戦士が戻ってきた。
「お、おう!待ってたぜ!」
俺は愛想笑いを浮かべた。
(長すぎだろ……)
「結界を開ける。ただし……」
戦士が厳しい顔で言う。
「人族と魔族は、武器を置いていけ」
「武器を……?」
「今は、人族も魔族も信用できん。それが条件だ」
「えー……マジで?」
俺は困った顔をする。
「嫌なら帰れ」
「い、いや!置きます!置きますよ!」
俺は慌てて腰の短剣を外して地面に置いた。
「私たちは魔法使いだから、武器は持ってないわ」
リリアが言う。
「魔法使い……?」
戦士が疑わしそうに見る。
「ええ。戦闘は魔法で行うの」
マリアが答える。
「……まあいい。どのみち、結界内では魔法も使えんからな」
「え、マジで?」
俺は驚いた。
(完全に丸腰じゃん……)
---
「それから、目隠しをしてもらう」
「目隠し!?」
俺は驚いた。
「里の場所を知られたくない。それもダメなら、帰ってもらう」
戦士が譲らない。
「……マジか」
(完全に犯罪者扱いじゃん……)
「アル……どうする?」
リリアが聞く。
「……仕方ねえ。受け入れるしかないだろ」
俺は肩をすくめた。
「すみません……私のせいで……」
リーサが申し訳なさそうに言う。
「ま、しょうがないって。エルフからしたら、俺たちは敵みたいなもんだしな」
俺は苦笑いした。
(いやー、マジでトラブル体質だな、俺……)
---
こうして、俺たちは目隠しをされ、戦士に手を引かれて結界の中に入った。
足元がふわりと浮く感覚。
結界を通過したんだ。
「階段に気をつけろ」
戦士が冷たく言う。
「お、おう……サンキュー」
俺は慎重に歩を進める。
(全然見えねえ……怖い……)
「痛っ!」
何かにぶつかった。
「柱だ。気をつけろ」
「先に言ってくれよ……」
(絶対わざとだろ……)
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しばらく歩いて――
「着いた。目隠しを外してもいい」
戦士が言った。
目隠しを外すと、周りには弓を構えたエルフの戦士たちが取り囲んでいた。
「うわっ!?」
俺は思わず後ずさる。
「動くな。長老がお呼びだ」
「い、いや、動かないって……動かないから弓下ろしてくれない?」
俺は冷や汗を流した。
(完全に監視されてるじゃん……)
---
目隠しを外すと、目の前には美しいエルフの里が広がっていた。
木々に囲まれた家々、澄んだ小川、静かな空気。
だが――
「焼け跡……」
リリアが呟く。
確かに、一部の建物は焼け焦げている。
襲撃の痕跡が、まだ残っていた。
「ここまでやられたのか……」
俺は拳を握る。
「でも、大半は無事みたいね」
マリアが言う。
「ええ。長老様の結界が間に合ったんです」
リーサが説明する。
周りを見渡すと、エルフたちがこちらを睨んでいる。
「……なんか、めっちゃ見られてるんだけど」
俺は小声で呟いた。
「当たり前よ。人族と魔族なんだから」
マリアが小声で返す。
「人族が里を襲ったんだぞ!」
「魔族も信用できん!」
周りから、敵意に満ちた声が聞こえる。
(うわー、完全にアウェイだ……)
---
「リーサ!」
遠くから、声が聞こえた。
振り返ると、年老いたエルフが杖をついて歩いてきた。
周りのエルフたちが道を開ける。
「長老様……!」
リーサが駆け寄る。
---
「リーサ……無事で何よりじゃ」
長老がリーサの頭を撫でる。
「長老様、ご心配をおかけしました」
「いや、生きて帰ってきてくれただけで十分じゃ」
長老は優しく微笑んだ。
そして、俺たちに目を向ける。
その瞬間、空気が変わった。
「……そなたたちが、リーサを助けたという者たちかの?」
長老の声は、冷たかった。
「は、はい。アルと申します」
俺は慌てて頭を下げた。
(やべえ、完全に警戒されてる……)
「人族と魔族……か」
長老が眉をひそめる。
「よりによって、今この時に……」
「あ、あの……誤解があるなら説明しますんで……」
俺は冷や汗を流す。
長老はしばらく黙っていたが――
「……まあよい。リーサを助けてくれたことには、礼を言おう」
「あ、ありがとうございます……」
俺はほっとした。
(いやー、マジで緊張した……)
---
「ところで、長老様」
リーサが真剣な顔で聞いた。
「里を襲ったのは、本当に人族なんですか?」
長老は深いため息をついた。
「……それが問題なのじゃ」
「問題……?」
「確かに、襲撃者は人族の鎧を着ておった」
長老が眉をひそめる。
「やっぱり……」
リリアが悔しそうに呟く。
「じゃが……」
長老が続ける。
「何かがおかしいのじゃ」
---
「何がおかしいんですか?」
俺は聞いた。
「奴らの動きじゃ。まるで……操り人形のようじゃった」
「操り人形……?」
「ああ。目は虚ろで、声も発さない。まるで意志がないかのようじゃった」
長老の言葉に、全員が顔を見合わせる。
「意志がない……?」
「それに、妙な魔力の痕跡があった」
「魔力……?人族なのに?」
マリアが驚く。
---
「ああ。人族にしては、あまりにも強く、そして禍々しい魔力じゃった」
「禍々しい魔力……」
マリアが考え込む。
「マリア、何か分かったのか?」
「いえ……確証はないけれど……」
マリアが慎重に言葉を選ぶ。
「何かに操られていた、という可能性は……?」
「操られていた……?」
全員が顔を見合わせる。
---
「操る魔法……そんなものがあるのか?」
俺は聞いた。
「禁忌とされている黒魔法に、そういった類のものがあると聞いたことはあるわ」
マリアが説明する。
「でも、伝説のようなもので……実際に見たことはない」
「伝説……」
「それに、もし本当にそんな魔法が使われていたとしても……」
マリアが首を振る。
「魔力の痕跡だけでは、断定できないわ」
「つまり……人族が本当に襲ったのか、それとも何かに操られていたのか……」
「わからない、ということね」
リリアが呟く。
「でも……どちらにせよ……」
長老が重々しく言った。
「このままでは、人族とエルフの関係が悪化してしまう」
「それは……」
リーサが不安そうに呟く。
---
「もし本当に人族が襲ったのなら、和平は崩れる」
長老が続ける。
「もし何者かが人族を操っていたのなら……」
「それでも、エルフたちは人族を疑い始める」
マリアが答えた。
「どちらにしても、和平が危うい……」
リリアが呟く。
「人族と魔族の和平が成立して、困る者たちがいるのかもしれんのう」
長老が静かに言った。もう人族と魔族の一部が和平したという情報はエルフにも伝わっているようだった
「……黒ローブの連中か」
俺は拳を握った。
「黒ローブ?」
長老が聞き返す。
「ああ。最近、俺たちを狙ってくる謎の組織です」
俺は、これまでの経緯を説明した。
リーサを襲ったこと。
屋敷に刺客が来たこと。
全てを。
---
「そうか……」
長老は深く考え込んだ。
「奴らが、この事件にも関わっているのかもしれんのう」
「可能性は高いと思います」
俺は答えた。
「でも、確証がないのも事実です」
「うむ……」
「……アル殿」
長老が俺を見つめる。
「は、はい」
(なんか嫌な予感……)
「そなたに、頼みがある」
「頼み……ですか……」
俺は冷や汗を流した。
(絶対めんどくさいやつだ……)
---
「この事件の真相を、突き止めてほしい」
長老が深々と頭を下げた。
「え……ええっ!?」
俺は驚いた。
(いやいやいや、なんで俺が!?)
「長老様!?」
リーサも驚く。
「このままでは、人族とエルフの関係が悪化してしまう」
「それは……わかりますけど……」
俺は困惑する。
「和平が崩れれば、また本格的な戦争になってしまうかもしれん」
「いや、それは困りますけど……」
(俺、そんな大それたことできないって!)
---
「頼む……」
長老がさらに深く頭を下げる。
周りのエルフたちも、一斉に頭を下げた。
「え、ちょ……」
俺は焦った。
(やばい、断れない空気になってる!)
俺は、仲間たちを見た。
リリアは「仕方ないわね」という顔で頷いた。
マリアも「手伝うわよ」と頷いた。
リーサは涙を浮かべながら、「お願いします……」と懇願する。
(あー、もう!完全に逃げ場ねえじゃん!)
「……わ、わかりました」
俺は観念して答えた。
「や、やれるだけやってみます……」
「すまぬ……本当に、すまぬ……」
長老が何度も頭を下げる。
「い、いえ……まあ」
俺は苦笑いした。
(また厄介ごとに巻き込まれた……)
---
「それで……具体的に、何から始めればいいんですかね?」
俺は聞いた。
(正直、何していいかわかんねえ……)
「まずは、襲撃の目撃者に話を聞くことじゃろう」
「目撃者……ですか」
「ああ。襲撃者の特徴や、動き、何か手がかりがあるかもしれん」
「なるほど……」
俺は頷いた。
(とりあえず、聞き込みか。それならできそうだな)
---
「あと、襲撃者の一人が里の近くで倒れているという話を聞いたわ」
マリアが言った。
「倒れてる……?」
「ええ。保護されているらしいけど、まだ意識が戻ってないみたい」
「そいつに話を聞けば、何かわかるかもな」
俺は言った。
「でも、意識が戻るかどうか……」
「その時は俺が起こしてやるよ。魔界の蒸留酒でも飲ませりゃ、一発で目が覚めるだろ」
「それ、治療じゃなくて拷問よ……」
リリアがため息をつく。
「冗談だって。まあ、とにかく情報集めだな」
俺は立ち上がった。
---
「頼む」
長老が深く頷いた。
「任せてください……多分」
俺は自信なさげに答えた。
(いやー、本当に大丈夫かな……)
こうして、俺たちは真相を探るため、動き出した。
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次回予告:「倒れていた騎士」
里の近くで倒れていた、人族の騎士。
意識を取り戻した彼が語る、衝撃の真実とは!?
本当に人族が襲ったのか?それとも……
真相が、少しずつ明らかになる――
※毎日更新予定です。お楽しみに!




