↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
酔えば酔うほど異世界最強 〜ランダム酒魔法と極上の一杯で世界を救います〜  作者: 晴天よよい
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/158

(再執筆版)21杯目 西門の灰

 第三交代刻まで、もう長くなかった。


 記録係補佐の書類袋を改め、搬入書の一行を掴んでから、ほとんど息をつく暇もなかった。


 夜明けの薄さが消えるより先に、西門へ辿り着かなければならなかった。


 西門へ向かう石廊下を急ぎながら、俺は搬入書の一行を頭の中でなぞる。


 ――西門。第三交代刻。


 鐘は止めた。


 けれど、白梟の残した手順は止まっていない。


 今度の舞台は王の間じゃない。門だ。


 ただの門、と言ってしまえばそれまでだ。だが門は、人も物も噂も通す。


 ひとつ綻べば、城の内と外がそのまま繋がる。


「兄様が西門の正規兵には別命を出してる。でも、大きく動かせば向こうに気づかれる」


 先を行くルーナが、振り返らないまま言った。


「だから今いる人員で押さえる。交代の瞬間を潰す」


「静かに、ね」


 マリアが続ける。


「ええ。騒ぎになった時点で、相手の半分は勝つ」


 静かな声だった。


 けれど、その静けさの底には固いものがあった。ユリウスの名を知った夜を越えて、それでも前へ出ると決めた硬さだ。


 ルーナの横顔は静かだった。


 けれどあれは、別件へ向かう顔じゃない。ユリウスが残した手順の続きを、自分の手で止めに行く顔だった。


 リリアが抱えた帳簿を見下ろす。


「勤務表、受払簿、臨時通行許可。急ぎで拾えるものは持ってきました」


「助かる」


 俺が答えると、リリアは強ばったまま小さく頷いた。


 前を行くマーカスは相変わらず無駄がない。


「西門に着いたら、私は外を見ます」


「外?」


「通すなら、受ける側がいる」


 それだけ言って、歩調も変えない。


 確かにそうだ。


 城の中だけを見ていても足りない。白梟がもう外にいるなら、なおさらだった。


 西門へ近づくにつれ、空気が変わっていく。


 王の間の重く沈んだ静けさとは違う。


 冷えた外気。荷車の軋み。見張りの視線。出入りの気配。


 開いた場所なのに、息が詰まる。


 城の中に残っていた残響が、ここでようやく出口を見つけようとしていた。


◆


 西門は、王城の他の出入口よりずっと実務の匂いが強かった。


 高い石造りの門楼。その下を貫く門道。内と外の二枚扉。脇には詰所と荷改め台。短い石段を上がれば見張り回廊。さらに西側には荷車を寄せる広場と、灰や煤を積んだ廃棄樽の置き場まである。


 王の間と違って、ここは最初から“流すための場所”だ。


 だからこそ、細工が紛れ込みやすい。


 ルーナは門前に立つなり、視線だけで盤面を切った。


「詰所に帳簿机。門道の左右に槍兵が二人ずつ。見張り回廊に弓が二。荷改め台は中央。広場側の荷は、いったん右に寄る」


「通すなら、どこが危ない?」


 俺が訊くと、ルーナは間を置かなかった。


「荷改め台」


「理由は?」


「正規の手順で止められるし、正規の顔で流せるから」


 マリアが門脇に積まれた灰樽へ目をやる。


「灰の捨て場が近いのも嫌ね。匂いも足跡も、細工も紛れる」


「第三交代刻は、夜の終わりと朝の始まりが重なります」


 リリアが帳簿を開いた。


「厨房、浴場、鍛冶場から廃棄が出る時間です。小さい荷車が何台か重なっても、不自然じゃありません」


 嫌な絵が、そこで一気に輪郭を持った。


 正規の門。


 正規の交代。


 正規の廃棄。


 全部、本物の顔をしたまま使われる。


「アル」


 ルーナが俺を見る。


「あなたは門道中央。荷の動きと人の流れ、両方を見る」


「分かった」


「マリアさんは帳簿机の横。リリアは通行札と勤務表の照合。マーカスは外」


 その指示が終わる頃には、マーカスはもう外側へ抜ける点検階段へ向かっていた。


 振り返りもしない。


 だが、それで十分だった。


 外から来る手を止めるなら、たぶんあの人がいちばん早い。


◆


 詰所で帳簿を広げると、違和感はすぐ見つかった。


「ここです」


 リリアの指が勤務表の一行を押さえる。


「第三交代に入る門兵が一人、直前で差し替えられています」


「病欠じゃないのか?」


「なら付記が残ります。でも、ここだけ筆跡が違う」


 言われて見れば明らかだった。


 ほかの名は同じ手で整っているのに、一人分だけ、あとから急いで埋めたみたいに線が浅い。


「名前は?」


 ルーナが問う。


「エドガル・シーン。西門付き補助兵、とあります。でも――」


 リリアは別の綴りをめくった。


「西門常駐の名簿にいません」


 マリアが小さく息を吐く。


「最初から“いることにされた人”ね」


 詰所の外では、交代前のざわつきが少しずつ濃くなっていた。


 槍の石突きが床を打つ音。短い確認の声。荷車の軋み。


 全部、いつも通りに聞こえる。


 でも、こういうときの“いつも通り”ほど信用できない。


「もうひとつ」


 リリアが受払簿の端を示す。


「灰の搬出予定が一件、増えています。西浴場の炉掃除名義で」


「西浴場?」


「本来は昼前です。この刻にまとめて出す量じゃありません」


 ルーナの目つきが変わる。


「荷車を使う」


「たぶん」


 俺が呟いた、そのときだった。


 詰所の小窓の向こうを、白布をかぶせた手押し荷車がひとつ、静かに横切る。


 門兵が何気なくそちらを見た。


 たったそれだけの仕草で、背筋が冷えた。


 視線を戻した門道の端に、見慣れない補助兵姿が一瞬だけ混じった気がした。


 だが、次の瞬間には交代のざわめきに紛れて消えていた。


◆


 同じ頃。


 マーカスは西門外の石畳を、壁沿いに低く進んでいた。


 門前の大路はまだ完全には目覚めていない。荷商人の姿はまばらで、朝靄だけが地面近くに薄く残っている。


 その静けさの中では、不自然なものほどよく浮いた。


 門の正面から少し外れた壁際に、灰運び用の小荷車が二台寄せられている。


 片方は空。もう片方には灰色の布。


 目につくのは二台だけだ。


 だが、裏路地の気配まで含めれば、それで全部とは思えなかった。


 だが、車輪の沈み方が重い。


 灰にしては、重すぎた。


 マーカスは足を止め、しゃがみ込む。


 石畳の隙間には、新しい灰が落ちていた。


 その下に、細い鉄粉が混じる。


 灰だけじゃない。


 何か金属物を包んで運んでいる。


 さらに先、壁陰には三人分の足跡があった。


 一人は門へ向かい、一人は荷車の脇で待機、残る一人は裏路地へ下がっている。


 合図役だ。


 マーカスは視線を上げた。


 見張り回廊の兵が、ちょうど交代の位置につき始めている。


 第三交代刻。


 相手もまた、こちらと同じ時計で動いていた。


 ここで位置を離れれば、外の受け手を見失う。


 知らせるより先に、まず目を離さないことが必要だった。


◆


「来ます」


 リリアが低く言った。


 詰所を出ると、荷改め台の前に小さな手押し荷車が止まっていた。


 さっき詰所の小窓を横切ったのと、同じ白布だ。


 何食わぬ顔で門前へ出てきたぶん、余計に質が悪い。


 白布をかぶせ、その上から灰を薄く散らしただけの簡素な荷。押してきたのは灰色の作業着を着た男が二人。どちらも顔を伏せ、視線を上げない。


「西浴場の灰です。朝一番で捨てろと」


 片方が言う。


 平坦な声だった。だが喉だけが少し乾いている。


 門兵が通行札を受け取るより先に、ルーナが一歩前へ出た。


「帳簿と合わない」


 それだけで空気が止まる。


「この刻の搬出は許可が一件足りない。誰の指示?」


 男は一瞬だけ詰まった。


「記録係補佐殿から、昨夜のうちに」


 その名が出た瞬間、門まわりの空気がさらに冷えた。


 もう口封じされた相手の名を、平然と使った。


 知らない末端か。知った上で押し切る役か。


 どちらにせよ、ろくでもない。


「布を外して」


 ルーナが言う。


「灰を改める」


「ただの廃棄です」


「だから確認するの」


 静かな声だった。


 けれど一歩も引かない声だった。


 男の指が荷車の柄を握り直す。


 その動きを見た瞬間、マリアが小さく呟いた。


「アル、左」


 反射で振り向く。


 門道脇、灰樽の陰で、補助兵姿の男がひとり、内門の閂へじわりと手を伸ばしていた。


 名簿にだけいた、空白の兵だ。


「ルーナ!」


 叫びながら駆ける。


 同時に、荷車の前にいた二人も動いた。


 片方が灰を蹴り上げ、もう片方が布ごと荷を押し倒す。


 白灰が弾け、視界が一気に濁った。


◆


 灰の幕の向こうで、短い火花が走った。


 荷車の底に仕込まれていた油紙束へ、火打石が落ちたのだ。


「火だ!」


 門兵の誰かが叫ぶ。


 狙いは単純だった。


 門前で火と灰を上げる。兵の目を荷改め台へ集める。その一瞬に閂を外し、外の手を通す。


 鐘の残響と同じだ。


 騒ぎそのものを、道にする。


 俺は咄嗟に石床へ手をついた。


 足元の感触を拾う。


 火の走る位置。荷車の軸。閂へ向かった男の立ち位置。


 ばらばらの輪郭が、一瞬だけ頭の中でつながる。


「そこだ!」


 叫ぶと同時に、石畳の端を跳ね上げた。


 閂へ手をかけていた補助兵の足元が崩れ、男は大きく体勢を崩す。


 その隙にルーナが踏み込み、剣の腹で手首を打った。


 閂から手が離れる。


 だが、火は消えない。


 灰をかぶった油紙が赤く走り、白煙が低く広がっていく。


 マリアの氷が荷車の片輪を凍らせ、進路を殺した。


 リリアは咳き込みながら門兵へ叫ぶ。


「水じゃなくて砂を! 油です、散ります!」


 その判断は正しい。


 水をかければ油が伸びて、火は門道へ走る。


 だが、相手もそこで終わりじゃなかった。


 西門の外側から、鈍い打音が一度だけ響く。


 合図だ。


 次の瞬間、外門の向こうで荷車の車輪がいっせいに動き出す音がした。


◆


 灰煙の薄幕の向こう、外門の隙間にいくつもの影が揺れた。


 ひとつじゃない。


 二つでもない。


 灰運びに紛れた荷車が、まだ外にいる。


「マーカス……!」


 俺が歯を食いしばったとき、門の外から短い金属音が返ってきた。


 続いて、誰かが低く倒れる音。


 あの人はもう、外で始めている。


 ルーナは閂へ再び手を伸ばそうとした補助兵を蹴り倒し、煙の向こうを睨んだ。


「内門は開けない! 広場側、灰樽を倒して通路を狭めて!」


 門兵たちが一瞬だけ迷う。


 その迷いを切ったのは、マリアだった。


 凍った荷車を足場ごと押し込み、灰樽の列へぶつける。


 樽が横倒しになり、灰が門道へ広がった。


 通れる幅が一気に狭くなる。


「アル!」


 ルーナの声が飛ぶ。


「外門の継ぎ目、何か挟まってる!」


 見ると、扉の下のわずかな隙間に黒い楔が打ち込まれていた。


 内門が閉じていても、外門を完全には閉めさせないための細工だ。


 内門はまだ守れている。


 けれど外門は、楔のせいで完全には噛み合っていない。


 俺は煙の中へ踏み込む。


 熱と灰で喉が焼ける。


 それでも楔まで届いた。


 手を伸ばしかけた、そのとき。


 外側から扉板を叩く衝撃が走る。


 重い木が鳴り、蝶番が軋んだ。


 楔ひとつで支えられる限界を、外から試している。


 もう一撃くれば、隙間は広がる。


 その先にいるのが荷車だけとは限らない。


 白梟は逃げた。


 だが、白梟の残した火種は、確かにここまで届いていた。


 記録を書き換える手。門に立つ手。外で受ける手。


 ひとり捕まえて終わる話じゃないと、灰の匂いが教えていた。


 灰の匂いの奥で、誰かが笑った気がした。


 俺は楔に手をかける。


 同時に、外門が二度目の衝撃を受けた。


もし面白い、続きが見てみたいと少しでも思っていただけたら☆☆☆☆☆をポチポチして貰えたら嬉しいですm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。