2杯目:リリアという少女と酒好き大学生のアル
「うー......頭、割れそう......」
アルは重い頭を抱えながら目を覚ました。まぶたを持ち上げると、見慣れない天井が視界に入る。木造の梁が組まれた、どこか中世ヨーロッパ風の内装だ。
「ここ......どこだ?」
記憶を辿ろうとして、ズキンと頭痛が走る。昨夜の飲み会、川沿いの道、謎のモヤ、そして——その後の記憶が曖昧だ。
「あ、目が覚めましたか!」
聞き覚えのある声に視線を向けると、小さな角を生やした美少女が立っていた。昨夜会った——いや、夢じゃなかったのか?
「君は......リリア?」
「はい!覚えていてくださったんですね」
リリアは嬉しそうに微笑む。その角がほんのり赤く染まっているのをアルは不思議そうに見つめた。
「えーと......俺、確か川沿いを歩いてて......それで......」
状況を整理しようとするアルの脳みそは、まだ完全には覚醒していなかった。ベッドから起き上がり、部屋を見回す。明らかに現代日本ではない。だが窓の外を見ると——青い空が広がっていた。普通の昼の空だ。
「あれ?昨夜は空が紫で、月が二つあった気が......」
「ああ、それは夜だったからですね。この世界も昼は青い空ですよ。ただ、夜になると少し紫がかって見えるんです。月が二つあるのは本当です」
リリアが優しく説明する。アルは混乱しながらも、少しずつ状況を受け入れ始めた。
「これ......夢じゃないよな?」
「申し訳ありません。あなたを巻き込んでしまって......」
リリアは申し訳なさそうに俯く。アルは深呼吸をして、できるだけ冷静に状況を整理しようとした。
「とりあえず、説明してくれるか?俺、本当に何が起きたのかわからなくて」
「はい。まず、ここは魔界と呼ばれる世界です。私たち魔人族が住む領域で——」
「魔界......魔人族......」
アルは頭を抱えた。つまり、異世界転生ってやつか。ラノベでよく見る展開だが、まさか自分の身に起こるとは。
「あの川は......実は私もよくわからないんですが、突然あなたが現れたんです。川の水面がぼんやり光って、そこから......」
「川から?俺、川に落ちたのか?」
アルは記憶を探るが、どうしても思い出せない。モヤがかかったところまでは覚えているが、その後は——。
「はい。私も驚いて。あの川は普段はただの川なんですけど、時々不思議なことが起こるという伝説があって......まさか本当だったなんて」
リリアは困ったような顔をする。その表情がどこか幼く、アルは思わず苦笑した。
「じゃあ、俺はどうやって元の世界に戻れるんだ?」
リリアの表情がさらに曇る。
「それが......その川が再び扉として開くのを待つしかないんです。でも、いつ開くのかは......誰にもわからなくて」
「どのくらい待つんだ?数日?」
「早ければ数日かもしれませんし......遅ければ......数年後、という可能性も......」
「数年!?」
アルは思わず声を荒げた。大学は?バイトは?いや、そもそも現代に戻れる保証はあるのか?
「本当に申し訳ありません!でも大丈夫です。それまで私が責任を持ってお世話します!」
リリアは必死にフォローする。その健気な様子に、アルは大きくため息をついた。
「まあ、仕方ないか。なんとかなるだろう」
「え?」
「俺の人生訓だよ。『なんとかなる』。どうせこうなっちゃったんだし、腹立てても仕方ないし」
アルの楽観的な言葉に、リリアの表情がパッと明るくなる。角が再びほんのり赤く染まった。
「ありがとうございます!あの、お礼に何かできることはありますか?」
「そうだな......まず腹減ったから飯。それと——」
アルはニヤリと笑った。
「この世界の美味い酒を教えてくれ」
「お酒、ですか?」
「そう。俺、酒が好きでさ。せっかく異世界に来たんだし、この世界でしか飲めない酒を楽しみたいんだよね」
リリアは少し困ったような顔をした。
「私、あまりお酒は飲んだことなくて......でも、魔界には美味しいお酒がたくさんあると聞いています。後でご案内しますね」
「マジ?やった!」
アルの単純な喜びように、リリアはくすりと笑った。この人は本当に変わっている。異世界に飛ばされて、それなのにこんなに楽観的でいられるなんて。
「あの、お名前聞いてもいいですか?」
「ああ、言ってなかったっけ。アル。みんなそう呼んでる」
「アル......素敵なお名前ですね。私はリリア・クマガワと申します」
「クマガワ?」
アルは思わず聞き返した。クマガワって......日本の苗字じゃないか?
「はい。この世界では珍しくない名前なんですよ。他にも聞き覚えのある名前がたくさんあると思います」
「へえ......不思議だな」
アルは首を傾げたが、深くは追求しなかった。異世界なんだし、そういうこともあるだろう。
「では......アル。一つ聞いてもよろしいですか?」
「なに?」
「あなたは......怖くないのですか?私は魔人族で、あなたは人族。本来なら......」
リリアの表情が少し不安そうになる。アルは少し考えてから答えた。
「別に。君が悪い人には見えないし。角生えてるのもまあ、異世界だしそういうこともあるか、って感じ」
その言葉に、リリアの瞳が潤んだ。
「そんな風に言ってくれる人族の方、初めてです......」
「泣くなよ。ほら、飯食いに行こうぜ。腹が減っては戦はできぬ、って言うだろ」
「はい!」
リリアは嬉しそうに立ち上がった。その角は完全に赤く染まっている。
だが、リリアには言えないことがあった。自分が魔王の娘であること——。もし知られたら、怖がられてしまうかもしれない。せっかくこんなに優しく接してくれるアルを、怯えさせたくない。
(父上......ごめんなさい。もう少しだけ、このまま過ごさせてください)
リリアは心の中でそう呟きながら、アルを食堂へと案内した。
こうして、酔っぱらい大学生アルの異世界生活が始まった。彼はまだ知らない。自分に特殊な能力が宿っていることを。そして、この出会いが魔界と人族の世界を大きく変えることになるとは——。
* * *
城の一室、魔王ゼクセル・クマガワは玉座に座り、目の前に跪く黒い鎧を纏った騎士に問いかけた。
「それで、リリアは無事なのだな?」
「はい、魔王様。姫様は城内の客室におられます。ただ......」
「ただ?」
「人族の男性を連れて帰られました」
魔王の眉がピクリと動いた。
「人族を?リリアが?」
「はい。どうやら例の伝説の川から現れた若者のようです。姫様は責任を感じて保護されているとのこと」
魔王は深くため息をついた。
「あの川が......本当に扉になったというのか」
「はい。姫様も驚いていたようです。突然、川から人族の若者が現れたと」
「リリアには何も伝えていないのだな?自分の正体を」
「はい。姫様は自分が魔王の娘であることを、その若者には明かしていないようです」
魔王は少し考え込んだ。
「......それでいい。リリアの判断を尊重しよう。ただし、その人族の男には厳重な監視をつけろ。万が一、危険な人物であれば——」
「御意」
騎士が退室した後、魔王は窓の外を見つめた。
「リリア......お前がどう判断しようと、父は見守っているぞ」
次回予告:「魔界の酒と謎の力」
アルが魔界の酒を飲んだ時、何かが起こる!?そして魔城での新しい日常が——!
※毎日更新予定です。お楽しみに!




