19杯目 酔っぱらいの本気
「うー……頭痛い……」
俺はベッドの上で呻いた。昨夜はエルフの涙とドワーフのエールを飲みすぎた。
「アルさん、朝食の時間ですよ」
リリアの声がドアの向こうから聞こえる。
「あー、わかった……」
俺はふらつきながら起き上がった。
食堂に向かうと、リリアとルーナが既に席についていた。
でも、なんか空気が微妙だった。
「おはよう……」
俺が挨拶すると、二人は同時に振り向いたが、なぜかお互いを見て、またそっぽを向いた。
「おはようございます、アル」
「おはよう、アル」
挨拶は返してくれるが、どことなくぎこちない。
「えーと……何かあったの?」
「別に何も」
「特に何も」
二人は同時に答えて、また顔を見合わせて、慌てて視線をそらした。
(昨夜なにかあったのか?)
俺は苦笑いしながら席についた。
「あー、頭痛いな……迎え酒でもするか」
「だめです!」
「朝から飲むなんて駄目よ!」
今度は息ぴったりだった。
---
その時、食堂のドアが勢いよく開いた。
「緊急事態です!」
一人の兵士が駆け込んできた。
「魔界の国境付近の村が、魔化獣に襲われています!」
「なんだって!?」
マーカスが立ち上がった。
「まかじゅう……?」
俺は聞き返した。
「マカ獣……精力剤のマカ的な?」
「……は?」
リリアが首を傾げた。
「マカ……って何ですか?」
「え?マカ知らないの?」
「知りませんけど……」
ルーナも不思議そうな顔をしている。
「そ、それより!魔化獣は魔力で強化された魔獣のことです!」
リリアが慌てて話を戻す。
「ああ、なるほど。でもマカで強化されてるなら、たしかに強そうだな」
俺は妙に納得した。
「ですから、マカって何なんですか!?」
「アル、今はそれどころじゃないわよ!」
リリアとルーナが困惑しながらツッコんだ。
(そうか、この世界にはマカないのか……)
俺は心の中で納得した。
「詳しく報告しろ!」
マーカスが兵士に向き直る。
「はい!『辺境の村エルンガルド』が、数十匹の魔化獣の群れに襲撃されました!村人たちが避難していますが、被害は深刻です!」
「くっ……まさか昨夜の報告の魔獣がこんなに早く……」
ルンブラン王子が机を乱暴にたたいた。
「すぐに出発しよう」
マーカスが立ち上がる
「俺、二日酔いなんですけど——」
「アル殿、二日酔いなんて言ってる場合じゃない。」
マーカスにかぶせるように諭された
「私も行きます」
「僕も」
リリアとルーナが同時に言って、また顔を見合わせた。
「当然、私も同行する」
マリアが現れた。
「ゲルドはどうする?」
「……俺も行かせてください。償いの機会を」
ゲルドも決意を固めていた。
「よし、全員で出発だ!」
マーカスが号令をかけた。
アルは頭を抱えながらあるものを物色していた——
---
一時間後、俺たちは王都を出発した。
メンバーは俺、リリア、マリア、ゲルド、マーカス、ルンブラン王子、ルーナ姫の七人。
「村まで馬で三時間です」
マーカスが地図を確認する。
馬上で、リリアとルーナは相変わらず微妙な空気を漂わせていた。
「アル、体調は大丈夫?」
ルーナが心配そうに声をかける。
「アル、二日酔いなら無理しないでください」
リリアも同じように心配してくれる。
「大丈夫大丈夫。いざとなったら酒飲むし」
「それが心配なんです」
「それが問題なのよ」
また息ぴったりだ。
俺は苦笑いした。
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三時間後、俺たちは国境の森に到着した。
「うわ……」
そこには、惨憺たる光景が広がっていた。
村の建物は半壊し、畑は荒らされている。幸い村人たちは近くの洞窟に避難していたようだが、家畜や作物の被害は甚大だった。
「これは……普通の魔獣の比じゃないな」
マーカスが呟く。
地面には巨大な爪痕が刻まれ、木々はなぎ倒されている。
「あ、あそこに!」
リリアが指差した。
森の向こうから、巨大な影がゆっくりと現れた。
「でけぇ……」
体長は優に10メートルはある。狼のような体だが、その大きさは異常だった。
体からは黒いオーラが立ち上り、目は血のように赤く光っている。
「あれが魔化獣……」
マリアが身構えた。
「みんな、気をつけて!」
マーカスが先に剣を抜いた。
魔化獣が咆哮を上げる。
「グオオオオオ!」
その声だけで、周囲の木々が震えた。
「散開!」
マーカスの指示で、全員が左右に分かれる。
ルンブラン王子が魔法剣で斬りかかったが——
ガキィン!
剣が弾かれた。
「硬い!」
「私も!」
ルーナが光の魔法を放つが、魔化獣にはほとんど効果がない。
「くっ!なんて硬いの!」
リリアが叫ぶ。
「本当に硬いわね……」
(なんか……変な意味に聞こえるな……)
俺は内心で呟いた。
「俺の攻撃もくらえ!……すごく硬い!」
ゲルドが必死に攻撃しながら叫ぶ。
(うっ……)
俺は吐き気を催した。
(ゲルドはやめてくれ……)
魔化獣が反撃してきた。巨大な爪がマーカスに向かって振り下ろされる。
「うおっ!」
マーカスは間一髪で回避したが、地面に深い溝が刻まれた。
「やばいな……これ」
俺は冷や汗をかいた。
その時——
「グルルル……」
森の奥から、さらなる唸り声が聞こえてきた。
「まさか……」
みんなが森を見つめる。
次々と現れる魔化獣たち。
数を数えてみると——
「二十匹……三十匹……」
「嘘でしょ……」
リリアが青ざめている。
「こんなにたくさん……」
全ての魔化獣が、最初の一匹と同じような巨大さと威圧感を持っていた。
「これは……まずいな」
俺は頭を押さえた。
ズキズキと痛む。二日酔いがまだ残っている。
「アル、大丈夫!?」
リリアが心配そうに駆け寄る。
「ああ……まあ、大丈夫だけど」
俺は渋い顔をした。
「っていうか、二日酔いで頭痛いのに、朝からこんな化け物退治とか……」
ズキズキ。
「マジでキツいんだけど」
ズキズキズキ。
「なんでこんな目に……」
俺の表情が、だんだん不機嫌になっていく。
「ちょっと……怒ってます?」
ルーナが恐る恐る尋ねる。
「そりゃ怒るよ」
俺はジト目で魔化獣の群れを睨んだ。
「せっかく昨日いい酒飲めたのに、朝から二日酔いで、頭ガンガン痛いのに、こんな化け物の相手とか……」
俺は懐から、特別な瓶を取り出した。
透明な液体が入った、高級そうな瓶。
「これは……」
マリアが目を見開いた。
「エルフの涙……それも最高級の蒸留酒!」
「昨日、こっそり一本もらっといたんだよね」
俺はニヤリと笑った。
「まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったけど」
「アル、それを飲むつもりですか!?」
リリアが驚く。
「ああ。でも今回は違うぜ」
俺は瓶の蓋を開けた。
「みんな、集まって。手を出して」
「え?」
「いいから」
全員が俺の周りに集まり、手を伸ばす。
俺は瓶を傾け、全員の手に数滴ずつ、エルフの涙を垂らした。
「これを舐めろ」
「え、えっ?」
「いいから早く。あいつら来るぞ」
魔化獣たちが、ゆっくりと近づいてくる。
全員が、手についたエルフの涙を舐めた。
「うわっ!」
「体が……!」
「力が湧いてくる……!」
全員の体が、淡く光り始めた。
「これは……身体強化!?」
マーカスが驚愕する。
「それだけじゃない。感覚も研ぎ澄まされてる……視界が、音が、全部クリアに……」
ルンブラン王子が呟く。
「よっし!大成功!昨日失敗しといてよかったー」
昨夜実は、宴のときに俺が飲んでる酒を衛兵にこぼしたときにはっけんしてたんだよねすごい弱体化だったけど。
俺は残りのエルフの涙を、一気に飲み干した。
ゴクゴクゴク。
「っぷはー!」
俺の体が、眩い光に包まれる。
「さて」
俺は魔化獣たちを睨んだ。
「二日酔いで頭痛いし、イライラしてんだよ。一気に片付けさせてもらうぜ」
「全員、俺の合図で一斉攻撃だ!」
俺が両手を広げる。
「準備はいいか!?」
「はい!」
「いつでも!」
全員が構える。
魔化獣たちが咆哮を上げ、一斉に襲いかかってきた。
「今だ!」
俺の号令と同時に——
マーカスの剣が閃光のように走り、三匹の魔化獣の首を一瞬で切り落とした。
「速い!」
ルンブラン王子の魔法剣が、次々と魔化獣を両断していく。
「俺も……こんなに強く……!」
リリアの炎魔法が、これまでの何倍もの威力で爆発し、五匹の魔化獣を焼き尽くした。
「すごい……!」
ルーナの光の魔法が、神々しい輝きとなって魔化獣たちを貫く。
「これなら……!」
マリアの氷魔法が、巨大な氷の槍となって魔化獣たちを串刺しにしていく。
「やれる……!」
ゲルドの闇魔法が、魔化獣たちを飲み込んでいく。
「俺も……戦える……!」
そして俺は——
「おらぁぁぁぁ!」
拳に光を纏い、魔化獣の群れに突っ込んだ。
ドゴォォン!ドゴォォン!ドゴォォン!
一撃で一匹。
連撃で三匹。
回し蹴りで五匹。
「うるせぇんだよ、化け物どもがぁ!」
俺は怒りに任せて、魔化獣を次々となぎ倒していく。
「頭痛いのに、朝から働かせやがって!」
ドガァン!
「せっかくの休日が台無しだっつーの!」
ドゴォン!
「さっさと消えろぉ!」
最後の一匹に、光を纏った拳を叩き込んだ。
ドゴォォォォォン!
魔化獣の巨体が粉々に砕け散った。
「ふー……」
俺は息を整えた。
周りを見渡すと、三十匹以上いた魔化獣が、全て倒れていた。
「やった……!」
「勝った……!」
全員が歓声を上げる。
「すごい……アル……」
リリアが駆け寄ってきた。
「みんなもすごかったよ」
俺は笑った。
「エルフの涙の力で、全員が強化されたからな」
「でも、アルの力がなければ……」
ルーナも駆け寄ってくる。
「いやいや、みんなで協力したから勝てたんだって」
俺は照れ笑いした。
だが、最後に一匹だけ残った。
他よりも一回り大きい、明らかにボス格の魔化獣だった。
「グオオオオオ!」
そいつは俺に向かって突進してきた。
「よし、一対一だな」
俺も真正面から向かっていく。
拳と爪がぶつかり合った瞬間、衝撃波が周囲に広がった。
「うおおおお!」
「グオオオオ!」
俺とボス魔化獣は、互角の力で押し合っていた。
「なかなかやるじゃないか!」
俺はさらに力を込めた。
「でも、俺の方が上だ!」
俺の拳が光り輝く。
「これで終わりだ!」
「酔いどれファイナルパンチ!」
光に包まれた拳がボス魔化獣の胸を貫いた。
「グオ……オオ……」
ボス魔化獣がゆっくりと崩れ落ちる。
「やった……」
だが、その瞬間、俺の体から光が消えた。
「あー、やっぱり来た……」
俺はその場に倒れ込んだ。
「アル!」
「アルさん!」
リリアとルーナが同時に駆け寄ってくる。
今度はお互いを気にする余裕もないようだった。
「だ、大丈夫……ちょっと疲れただけ……」
「無茶しすぎです!」
「心配したのよ!」
二人が俺を支えてくれる。
「でも……すごかったぞ、アル」
マーカスが感動した声で言った。
「まさか一人で全部倒してしまうとは……」
「アル殿……本当にただの人族なのですか?」
ゲルドも驚いている。
「まあ、酒の力だけどね……」
俺は苦笑した。
その時、マリアが倒れた魔化獣を調べていた。
「これは……」
マリアが何かを発見したようだった。
「どうしたの、マリア?」
俺たちがマリアのところに集まる。
マリアの手には、黒い結晶があった。
「魔化獣の体内から出てきたの。全部の個体に埋め込まれていたわ」
「黒い結晶?」
「これは……人工的に作られたものね。しかも、強力な魔力が込められている」
マリアは結晶を光にかざした。
「恐らく、これが魔獣を強化していたのよ」
「つまり、誰かが意図的に……」
ルンブラン王子が青ざめる。
「そういうことね。魔獣を捕獲して、この結晶を埋め込み、魔化獣に変えている」
「でも、誰がそんなことを……」
リリアが不安そうに呟く。
「王都の呪いといい、この魔化獣といい……」
マーカスが険しい表情を浮かべた。
「明らかに、人族と魔族の和平を妨害しようとしている組織がある」
「しかも、かなり高度な魔術を使える……」
マリアが結晶を見つめる。
「この結晶の魔力……どこかで感じたことがあるような……」
その時、森の奥から不気味な笑い声が響いた。
「ククク……楽しませてもらったよ」
「誰だ!?」
マーカスが剣を構える。
だが、声の主は姿を現さなかった。
「次はもっと面白いものを用意してやろう……人族と魔族の偽りの平和を……完全に破綻させるために……」
笑い声が次第に遠くなっていく。
「待て!」
俺は立ち上がろうとしたが、まだ体に力が入らない。
「逃げられたか……」
マーカスが悔しそうに呟いた。
「でも、手がかりは得られました」
マリアが黒い結晶を掲げた。
「この結晶を分析すれば、犯人につながる情報が得られるかもしれません」
「そうだな。とりあえず王都に戻って、詳しく調べよう」
ルンブラン王子が提案した。
「村の人たちも、魔化獣が全滅したことを知らせなければ」
俺たちは村人たちを洞窟から呼び戻し、安全を伝えた。
村人たちは涙を流して喜び、俺たちに感謝した。
だが、俺の心には不安が残っていた。
あの笑い声の主は誰なのか?
そして、次に何を企んでいるのか?
「まあ、考えても仕方ないか」
俺は呟いた。
「なんとかなるでしょ」
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次回予告:「新たな住まいと新たな日常」
王都に戻った俺たちを待っていたのは、束の間の平穏だった。
マリアは王都に残り、呪いを解くための研究を続けることに。
そして俺は、王からの要望(というかルーナの熱烈なお願い)で、王都近くの屋敷に住むことになった。
リリアも「護衛として」ついてくると言い張るし……。
新しい生活が始まるけど、なんか嫌な予感しかしない。
※毎日更新予定です。お楽しみに!




