15杯目 王城の調停者
翌朝、マーカスが宿に迎えに来た。
「準備はいいか?」
「おう」
俺は軽く頷いた。
リリアとマリアは角を魔法で隠している。
「緊張しますね…」
リリアが不安そうに呟く。
「まあ、なんとかなるでしょ」
「アル殿は相変わらず気楽ですね」
マーカスが苦笑いした。
「だって、緊張しても仕方ないじゃん」
俺たちは城へ向かって歩き出した。
王都の朝は活気に満ちている。市場では商人たちが声を張り上げ、子供たちが走り回っている。
「でも、まだ貧しい人も多いんだな」
道端で物乞いをしている人々の姿が見える。
「ああ。王位継承問題で政治が混乱している影響だ」
マーカスが答えた。
「だから、俺たちが調停するわけか」
「そうだ」
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城の門に到着すると、衛兵たちが一斉に敬礼した。
「マーカス・オダ騎士団長!お待ちしておりました!」
「ご苦労」
マーカスが軽く手を上げる。
「魔王様の客人、アル殿たちをご案内します」
「はっ!どうぞお通りください!」
衛兵たちがスムーズに道を開けた。
「さすがマーカス、話が早いな」
「事前に連絡してありますからね」
城の中は豪華絢爛だった。
「すげえな。魔王城とはまた違う感じ」
「人族の権力の象徴ですからね」
リリアが小声で言った。
「アル殿、こちらです」
マーカスに案内されて、俺たちは謁見の間へ向かった。
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重厚な扉が開くと、そこには多くの貴族たちが集まっていた。
そして、中央には二人の若者が立っている。
一人は真面目そうな青年——ルンブラン王子。
もう一人は、美しい少女——
「あれ?」
俺は目を疑った。
「昨日の…エマ?」
そばかすはない。完璧な美貌。艶やかな赤髪。
間違いない。昨日の酒場の女の子だ。
「ルーナ姫です」
マーカスが小声で教えてくれた。
「え…姫!?」
「ふふ」
ルーナ姫が俺を見て、いたずらっぽく笑った。
やられた。完全に騙された。
「魔王ゼクセルの客人、アルです」
マーカスが俺を紹介する。
「ようこそ、アル殿」
ルンブラン王子が丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。私はルンブラン」
「あ、どうも」
俺も適当にお辞儀した。
「私はルーナよ。初めまして」
ルーナ姫がにっこり笑う。
初めまして、じゃないんだけどな。
「えーと、よろしく」
「ふふ、よろしくね」
ルーナの目が楽しそうに輝いている。
完全に遊ばれてる。
「では、早速ですが——」
一人の貴族が進み出た。
「王位継承問題について、お二方の意見を聞かせていただきたい」
「ちょっと待った」
俺は手を上げた。
「まず、現状を教えてくれないか?何が問題なのか、さっぱり分からん」
「何を!無礼な!」
一部の貴族たちが騒ぎ出す。
「静粛に」
ルンブラン王子が手を上げた。
「アル殿の言う通りだ。まずは状況を説明すべきだろう」
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簡単にまとめると、こういうことらしい。
現在の王は高齢で、もうすぐ退位する予定。
後継者として、長男のルンブラン王子と、長女のルーナ姫が候補に上がっている。
しかし、貴族たちが二つの派閥に分かれて対立している。
ルンブラン派:「男子が王位を継ぐのが伝統だ!」
ルーナ派:「姫の方が民衆に人気があり、王位継承にふさわしい!」
双方が譲らず、政治が麻痺している状態だ。
「なるほどね」
俺は腕を組んだ。
「で、当の二人はどう思ってるの?」
「私は…」
ルンブラン王子が口を開いた。
「正直、王になりたくない」
「兄上!?」
周囲がざわついた。
「私は学者になりたかった。政治より、学問に興味がある」
ルンブラン王子は真剣な表情で続けた。
「だから、ルーナに王位を譲りたいと思っている」
「じゃあ、ルーナ姫は?」
俺が尋ねると、ルーナは少し困ったように微笑んだ。
「私も…王になりたくないわ」
「え?」
「私は…自由に生きたい。城の外を歩いて、色々な人と話したい」
ルーナは俺を見た。
「王になったら、そんな自由はなくなる」
「なるほど」
俺は頷いた。
「つまり、二人とも王になりたくないのに、周りが勝手に押し付けようとしてるわけか」
「そうです…」
ルンブラン王子が苦しそうに答えた。
「でも、私たちが何を言っても、貴族たちは聞いてくれない」
「勝手なもんだな」
俺は貴族たちを見回した。
「あのさ、二人とも王になりたくないって言ってるんだけど?」
「しかし、王位継承は義務です!」
「伝統を守らねば!」
貴族たちが騒ぎ出す。
「うるせえな」
俺は溜息をついた。
「お前ら、自分のことしか考えてねえだろ」
「な、何を!」
「ルンブラン王子を支持すれば、自分の派閥が有利になる」
「ルーナ姫を支持すれば、民衆の支持を得られる」
俺は続けた。
「でも、本人たちの気持ちなんてどうでもいいんだろ?」
「そ、それは…」
貴族たちが言葉に詰まった。
「ねえ、マーカス」
俺は振り返った。
「魔界ではどうしてるの?王位継承」
「魔王は世襲ではありません」
マーカスが答えた。
「最も優れた者が選ばれます。実力主義です」
「へえ、いいね」
「それに…」
マリアが口を開いた。
「父上は、娘たちが幸せになることを最優先に考えています」
「権力より、家族の幸せか。いい親だな」
俺はルンブラン王子とルーナ姫を見た。
「で、二人は本当はどうしたいの?」
「私は…」
ルンブラン王子が口を開いた。
「学問を究めて、この国の教育改革をしたい。民衆が学べる環境を作りたい」
「いいね。具体的だ」
「私は…」
ルーナ姫が続いた。
「城の外に出て、民衆の声を直接聞きたい。そして、貧しい人たちを助けたい」
「それもいいね」
俺は笑った。
「じゃあ、まずはじっくり話し合おうぜ」
「話し合い?」
ルンブラン王子が尋ねる。
「そう。お前らの本当の気持ち、やりたいこと、全部な」
俺は貴族たちを見た。
「とりあえず、今日の会議はこれで終わり。俺が二人とちゃんと話してくるから」
「勝手なことを!」
貴族たちが抗議するが、王が手を上げた。
「よかろう。アル殿に任せる」
老いた王が微笑んだ。
「私も…この子たちと、ちゃんと話したことがなかった」
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その日の午後、俺は王子と姫、それぞれと個別に話すことになった。
まずはルンブラン王子から。
「アル殿、本当にありがとうございます」
王子は深々と頭を下げた。
「いやいや。で、教育改革って具体的にどんなこと考えてるの?」
「はい!」
王子の目が輝いた。
「まず、王都に公立の学校を作りたいんです。貧しい子供も無料で学べる場所を」
「おお」
「今は貴族の子供しか教育を受けられません。でも、教育は全ての人の権利だと思うんです」
王子は熱く語り始めた。
「知識があれば、貧困から抜け出せる。犯罪も減る。国全体が豊かになる」
「なるほどね」
「それに、教育制度を改革すれば、農業技術も発展します。魔法の基礎理論を一般に広めれば、魔道具の開発も加速する。さらに、識字率が上がれば、法律や政策が民衆に正しく伝わり、誤解による紛争も減ります」
「あ、ああ…」
俺は頷くが、王子の勢いは止まらない。
「そして、図書館も必要です!王都だけでなく、各地方都市にも設置して、誰でも本を読めるようにする。知識の共有こそが国を強くします!」
「うん、うん…」
「歴史学も重要です!過去の戦争や失敗から学ぶことで、同じ過ちを繰り返さない。教育カリキュラムに歴史を必修科目として—」
(…おい、止まらないぞ)
俺は内心で冷や汗をかいていた。
王子の教育への情熱は本物だが、話が専門的すぎて、正直ついていけない。
「—それから、教師の育成も課題です。質の高い教育者を養成するため、教員養成所を設立し、定期的に研修を—」
「あ、あの」
「はい?」
ようやく王子が息継ぎした。
「その…すごく熱いのは分かったから、ちょっと休憩しない?」
「あ…」
王子は我に返ったように頬を赤らめた。
「す、すみません。つい夢中になって…」
「いやいや、いいことだよ」
俺は笑った。
「でも、王になったら、そんなことをする時間がない。毎日、政治と儀式に追われる」
王子は悲しそうに言った。
「私は…学者として、教育者として、この国に貢献したいんです」
「わかった」
俺は頷いた。
「じゃあ、その夢を叶える方法を考えようぜ」
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次はルーナ姫。
城の庭で待っていた。
「よう」
「来たわね」
ルーナは俺を見て、少し照れたように顔をそらした。
「昨日はごめんなさい。騙すつもりじゃなかったんだけど…」
「いや、面白かったよ」
俺は笑った。
「で、民衆を助けたいって、具体的には?」
「まず、貧しい人たちに食料と仕事を提供したいの」
ルーナは真剣な表情で言った。
「昨日、あなたがおじいさんを助けたでしょ?」
「ああ」
「ああいうことを、もっと大規模にやりたい。城の金庫には余ってるお金がたくさんあるのに、困ってる人がいる」
ルーナは拳を握りしめた。
「それっておかしいわよね?」
「そうだね」
「でも、王になったら、そんなことできない。貴族たちが反対する。儀式や会議ばかりで、民の声を聞けない」
ルーナは俺を見つめた。
「私は…自分の目で見て、自分の手で助けたいの」
「わかった」
俺は頷いた。
「じゃあ、その夢も叶える方法を考えようぜ」
「本当?」
ルーナの顔がパッと明るくなった。
「おう。任せとけ」
「ありがとう…アル」
ルーナは少し頬を赤らめた。
でもすぐに顔をそらす。
「べ、別に!あなたに頼んだわけじゃないけど!」
「はいはい」
俺は笑った。
ツンデレだな、この姫。
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その夜、俺は王と面会した。
玉座の間に入ると、王は寝台に横たわっていた。
顔色は悪く、呼吸も浅い。
「アル殿…どうでしたか?」
王は弱々しい声で尋ねた。
「二人とも、ちゃんとした夢を持ってますよ」
俺は答えた。
「ルンブラン王子は教育改革。ルーナ姫は民衆支援」
「そうか…」
王は目を細めた。
「私は…あの子たちに、ちゃんと向き合ってこなかった。病に倒れてから、ますます何もできなくなった」
「王様、体の具合はどうなんですか?」
「正直に言えば…もう、政務を執るのも難しい。だから、早く後継者を決めなければと…」
王は苦しそうに言った。
「でも、そのせいで国が二つに割れてしまった」
「王様」
俺は前に出た。
「俺に、提案があります」
「聞かせてくれ」
「まず、王様の病気を俺たちで治します」
「何?」
王が驚いた表情を見せる。
「この王国には、万病に効くと言われている伝説の薬草があるって聞きました」
「ああ…『聖なる癒し草』のことか」
王は小さく頷いた。
「しかし、あれは険しい山の奥深くにしか生えない。しかも、強力な魔物が棲む危険な場所だ」
「だったら、俺たちが取ってきます」
俺は力強く言った。
「マリアもリリアもマーカスも、みんな強い。きっと手に入れられる」
「本当に…そんなことができるのか?」
「やってみます。約束します」
俺は続けた。
「そして、王様が回復したら、しばらくは王様が国を治める。その間に、ルンブラン王子には教育改革のプロジェクトを任せる。ルーナ姫には民衆支援の活動を任せる」
「ほう?」
「二人がそれぞれの分野で実績を作って、成長する。そして、いつか本当に王位を継ぐ準備ができた時に、改めて考えればいい」
「なるほど…」
王は深く頷いた。
「それなら、二人とも自分の夢を追いながら、王族としての責任も果たせるわけか」
「そうです。しかも、二人が協力し合えば、派閥の対立もなくなる。政治の分裂も防げます」
俺は力を込めて言った。
「ルンブラン王子が教育で国を強くし、ルーナ姫が民衆の支持を集める。二人が手を取り合えば、誰も文句は言えない」
「素晴らしい提案だ、アル殿」
王は微笑んだ。
「私も、まだ子供たちを見守る時間があるということか」
「ええ。家族で支え合えばいいんです」
「そうだな」
王は目を潤ませた。
「アル殿、本当によろしく頼みます。私の命も、この国の未来も…」
「任せてください。まずは王様の病気を治すことから始めましょう」
俺は王に向かって深く頭を下げた。
---
深夜、俺が宿に戻ろうとすると——
「アル」
ルーナ姫が廊下に立っていた。
「どうした?」
「あのね…今日は、ありがとう」
ルーナは小さな声で言った。
「初めて…本当の自分の気持ちを、誰かに話せた気がする」
「そっか」
「でも、城では姫として接してね。みんなの前では」
「了解」
「じゃあ、おやすみ」
ルーナは走って去っていった。
赤い髪が月光に揺れる。
「可愛いな」
俺は呟いた。
---
翌朝、俺は宿で目を覚ました。
「アルさん!大変です!」
リリアが飛び込んできた。
「どうした?」
「街で…人が倒れてるんです!たくさん!」
「何?」
俺は飛び起きた。
「案内して!」
リリアと共に街へ走る。
そこには——
倒れている民衆たち。
苦しそうに呻いている。
「これは…」
マリアが駆けつけて、魔法で調べる。
「呪いの魔法です。しかも、かなり強力な…」
「くそ…誰がこんなことを」
俺は拳を握りしめた。
「強力な呪いの魔法を使える奴なんて、そうそういない…」
最後までお読みいただきありがとうございます!
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まだまだアルの酔いどれ旅は始まったばかりですが、お酒でも飲みながらゆっくり楽しんでいただけたらうれしいです。
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