106杯目「魂の声と再会」
光の中を、進む。
足音が——聞こえない。
地面があるのかどうかも、分からない。
ただ、青白い光に包まれながら——。
俺たちは、前へと歩き続けた。
「……」
リリアが、俺の隣で息を呑む。
「すごい……」
「ああ」
俺も、声を出す気になれなかった。
無数の光の粒子が、ゆらゆらと漂っている。
大きいもの、小さいもの。
明るいもの、薄暗いもの。
一つ一つが——魂なのだろう。
「守護者の力で……感じる」
ミアが、目を閉じたまま呟く。
「たくさんの魂が、ここにいる」
「記憶は、残っていそうか?」
俺は、ミアに聞いた。
「……分かりません」
ミアが、眉を寄せる。
「でも、まだ消えていない魂も、たくさんいます」
「そうか」
俺は、頷いた。
*
その時——。
「アル」
ルーナが、俺の袖を掴んだ。
「酒……飲んでみて」
「え?」
「渡し守が言ってたでしょ」
ルーナが、真剣な目で俺を見る。
「あなたの力が、ここと相性が良いって」
「……ああ」
俺は、懐の小瓶を取り出した。
手の中で、それを見つめる。
これで、本当に魂と対話できるのか。
分からない。
でも——。
試すしかない。
俺は、栓を抜いた。
*
液体が、喉を流れる。
温かい。
柔らかい。
まるで、身体の奥から溶けていくような——。
そんな感覚。
そして——。
何かが、変わった。
「……っ」
俺は、目を細めた。
視界が——変わる。
あの感覚だ。
あの夜、魔物の核が見えたあの感覚。
視力・知覚強化。
また、同じスキルが——発動した。
「やっぱり……」
俺は、息をついた。
でも今回は——。
違う。
魔物の体内が見えた時とは、まるで異なる見え方だった。
*
光の粒子が——輪郭を持ち始めた。
ぼんやりとしていた光が、はっきりとした形に変わっていく。
人の形。
女の形。
老いた形。
子供の形。
それぞれの魂が——確かな輪郭を持って、俺の目に映っていた。
「見える……」
俺は、呟いた。
「魂の……形が、見える」
「アル?」
リリアが、不思議そうに俺を見る。
「何が見えるの?」
「魂だ」
俺は、正直に答えた。
「輪郭が……はっきり見える」
「え……」
「スキルが発動した。視力・知覚強化——たぶん、それが魂の形を捉えられるんだと思う」
リリアが、息を呑む。
「あの夜の……魔物の弱点を見つけたスキル?」
「ああ」
俺は、頷いた。
「まさか、ここでも使えるとは思わなかった」
*
俺は、ゆっくりと周りを見渡した。
無数の魂。
一つ一つの輪郭を、俺だけが見ることができる。
この魂の中に——両親がいるのか。
俺は、心の中で呼びかけた。
父さん。
母さん。
どこにいる——?
*
その時——。
「……」
ルーナが、突然立ち止まった。
「ルーナ?」
俺は、彼女を見た。
ルーナの目が、一点を見つめている。
彼女の前に——。
一つの魂が、漂っていた。
他の魂よりも、少し大きい。
淡い金色の光。
ゆらゆらと——まるでルーナを呼んでいるように、揺れている。
「お母さん……?」
ルーナが、震える声で呟いた。
*
俺は、スキルでその魂の輪郭を見た。
女性の形。
長い髪。
柔らかな表情。
ルーナと——どこか似ている。
「ルーナ……」
声が——聞こえた。
微かな、消えそうな声。
でも、確かに——。
「お母さんっ!」
ルーナが、光に向かって駆け出した。
手を伸ばす。
でも——触れることはできない。
光は、ルーナの手をすり抜けてしまう。
「……ごめんね、ルーナ」
声が——続く。
「触れることは、できないの」
「分かってる……分かってるよ」
ルーナが、涙をこぼしながら笑う。
「でも、声が聞こえるだけで……十分だよ」
*
俺は、二人のやりとりを——少し離れて見ていた。
リリアも、ミアも、黙っていた。
泣いていいシーンだと、みんな分かっていた。
「元気そうね」
ルーナの母の声が、言う。
「うん! 元気だよ」
ルーナが、必死に明るく答える。
「アルたちと一緒にいるから、大丈夫」
「……アル?」
母の魂が、俺の方を向いた。
「あの子が、アルなの?」
「え……あ、はい」
俺は、思わず声が出た。
「はい俺が、アルです」
「……ルーナを、よろしくね」
母の声が、静かに言った。
「あの子は、強がりだから」
「……はい」
俺は、頷いた。
「絶対に、守ります」
「……ありがとう」
*
「ルーナ」
母の声が——少し遠くなった。
「まだ……行かないで」
ルーナが、声を詰まらせる。
「……もう少しだけ」
「ごめんね」
母の声が、続く。
「私は、もう少しここにいるわ」
「でも、いつか——川へ流れていく時には」
「必ず、幸せになって生まれ変わるから」
「だから——」
「あなたも、幸せになってね」
「……うんっ……」
ルーナが、声を上げて泣いた。
嗚咽が、光の海に響く。
俺は——何も言えなかった。
ただ、ルーナの背中を、そっと叩いた。
*
しばらくして——。
ルーナの母の魂は、ゆっくりと光の奥へ消えていった。
ルーナは、目を真っ赤にしたまま——俺を見た。
「……アル」
「ん?」
「ありがとう」
俺は、首を振った。
「俺は、何もしてないよ」
「してるよ」
ルーナが、鼻をすすりながら、微笑む。
「ここまで、連れてきてくれたじゃない」
「……そうかな」
俺は、苦笑した。
「それなら——どういたしまして」
*
「アルさん」
ミアが、俺の袖を引いた。
「両親を、探しますよね」
「……ああ」
俺は、頷いた。
そうだ。
ルーナの母に会えた。
次は——俺の両親だ。
俺は、スキルで再び周囲を見渡した。
無数の魂の輪郭を——一つ一つ確認していく。
男性。
女性。
老人。
子供。
……。
父さんは、どんな姿をしていたのか。
母さんは——。
高校の時に事故で亡くなった。だから、顔は覚えている。
でも——魂の姿が、生前と同じとは限らない。
「……」
俺は、胸が締め付けられた。
会いたい。
でも——分からない。
どの魂が、両親なのか。
*
その時——。
俺の視界の端に——。
一つの魂が、映った。
他の魂とは——違う輝き。
青白い光の中に、わずかに温かみが混じっている。
まるで——酒の琥珀色のような。
「……?」
俺は、その魂に近づいた。
輪郭を、スキルで見る。
男性の形。
背が高い。
肩幅が広い。
髪は——俺に、似ている気がした。
「父さん……?」
俺は、呟いた。
声を出すのが、怖かった。
でも——。
呼ばずには、いられなかった。
*
魂が——止まった。
ゆらゆらと漂っていた光が、俺の前で静止する。
……。
「……誰……だ?」
声が——聞こえた。
掠れた、低い声。
かすかに、遠く。
まるで、水の底から聞こえてくるような。
「……アル、です」
俺は、喉を絞り出した。
「あなたの……息子、アルです」
沈黙。
長い沈黙。
光が——揺れた。
「アル……」
声が、続いた。
「アル……そうか」
「父さんっ——」
俺は、手を伸ばした。
触れることは、できない。
それは分かっていた。
でも——。
伸ばさずには、いられなかった。
*
「俺は……お前に、謝らなければならない」
父の声が——続く。
「ごめん、アル」
「な、なんで謝るんだ」
俺は、声が震えた。
「謝るのは俺の方だ、ずっと会えなかったから——」
「違う」
父の声が、静かに遮った。
「俺たちが——お前を、この世界に呼び寄せた」
「……え?」
俺は、言葉を失った。
「俺たちが……俺たちが原因で、お前はこの世界に来ることになった」
「どういう、ことだ……?」
*
父の魂が——揺れた。
光が、不安定に明滅する。
「記憶が……もう、すぐに」
父の声が、遠くなっていく。
「待って!」
俺は、思わず叫んだ。
「まだ、話が——!」
「アル……」
声が——消えそうになりながら、続く。
「お前の力は……酒だけじゃない」
「お前の中に、あの力が——」
バチン。
音がした。
光が——爆ぜた。
「父さんッ——!!」
俺は、叫んだ。
でも——。
魂は、もう、そこにはなかった。
青白い光の海に——溶けるように、消えていった。
*
沈黙が、続いた。
リリアが、俺の傍に来た。
「アルさん……」
「……ああ」
俺は、呆然と答えた。
「少しだけ、話せた」
「……よかった」
リリアが、静かに言う。
「でも——」
「ああ」
俺は、拳を握りしめた。
「肝心なところで、消えた」
俺たちが、この世界に呼び寄せた——。
お前の中に、あの力が——。
「あの力」って、何だ。
酒チート以外の——何かが、俺の中にある?
*
「アル」
ミアが、俺を見上げた。
「お母さんの魂は……?」
「……見えなかった」
俺は、答えた。
「父さんだけだった」
「そう……ですか」
ミアが、目を伏せる。
「でも、少しでも話せてよかったです」
「……ああ」
俺は、もう一度——光の海を見渡した。
母さんは、どこにいるんだろう。
もう、川へ流れてしまったのか。
それとも——。
まだ、どこかにいるのか。
「もう一度、来る」
俺は、呟いた。
「今日は、ここまでにしよう」
「……え?」
ルーナが、驚く。
「スキルが、そろそろ切れる」
俺は、言った。
「無理して深追いして、出られなくなったら困る」
渡し守が言っていた。
長くいると、生者でも記憶が薄れる。
今日は——これで十分だ。
「……分かった」
ルーナが、頷く。
「また、来ればいい」
「ああ」
俺は、入ってきた方向へ——振り返った。
来た道を、戻る。
でも——俺の頭の中には。
父の声が、ずっと残っていた。
俺たちが——お前を、この世界に呼び寄せた。
お前の中に、あの力が——。
*
忘却の海の外に出ると——。
ノクトが、俺たちを待っていた。
黒い巨体が、地面に伏せたまま——俺たちを見ている。
ミアが、ノクトの首元に顔を埋めた。
「待ってくれてたんだね……」
ノクトが、低く鳴く。
まるで——「当然だ」と言っているようだった。
「……ありがとう」
俺は、ノクトの硬い鱗を撫でた。
*
俺たちは、忘却の海から少し離れた場所に——腰を下ろした。
夕暮れが、荒野を染めている。
赤い空に——二つの月が、早くも顔を出していた。
「ルーナ」
俺は、隣に座るルーナに声をかけた。
「お母さんに、会えてよかったな」
「……うん」
ルーナが、空を見上げる。
「ありがとう、アル」
「俺は何もしてない、って言っただろ」
「してるって言ってるでしょ」
ルーナが、ふっと笑った。
「しつこい」
「お互い様ね」
*
「アルさん」
リリアが、俺の隣に座った。
「お父様の声が、聞こえましたね」
「……ああ」
俺は、頷いた。
「少しだけ」
「消える前に——何か言っていましたか?」
俺は、少し迷った。
でも——。
リリアには、話してもいい気がした。
「俺たちが、お前をこの世界に呼び寄せた——そう言っていた」
「……っ」
リリアが、息を呑む。
「それは……」
「ああ。つまり——俺がここに来たのは、偶然じゃないってことだ」
「両親が、関係している」
俺は、荒野の向こう——忘却の海の青白い光を見つめた。
「それと……俺の中に、酒以外の何かがあるとも言ってた」
「酒以外の……力?」
「ああ」
俺は、自分の手を見た。
何がある?
俺の中に——何が。
「……また、来るしかないな」
俺は、呟いた。
「母さんにも、まだ会えてない」
「一緒に来ます」
リリアが、静かに言った。
「私も——一緒に」
「……ありがとう」
俺は、思わず——リリアの手を、握った。
リリアが、顔を赤くする。
「……アルさん」
「ごめん、つい」
「……いえ」
リリアが、手を握り返してきた。
「いいです」
*
空に——星が、瞬き始めた。
二つの月と、無数の星。
父の声が、頭に響く。
俺たちが——お前を、この世界に呼び寄せた。
お前の中に、あの力が——。
「あの力」。
何だ、それは。
答えは——まだ、見えない。
でも——。
俺は、前に進み続ける。
それだけは、決まっていた。
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