104杯目「忘却の海への旅立ち」
翌朝——。
夜明けとともに、俺たちは城を出発した。
リリア、ルーナ、ミア、そして俺。
そして、ミアの相棒——黒いドラゴン、ノクト。
四人と一匹で、忘却の海へ向かう。
「行ってこい!」
マーカスが、城門で見送ってくれた。
「気をつけてな」
「ああ」
俺は、頷いた。
ノクトが、低く唸る。
まるで「俺に任せろ」と言っているようだ。
「マーカスも、無理するなよ」
「分かってる」
マーカスが、にっと笑う。
「お前こそ、無茶するなよ」
「……なんとかなるさ」
俺は、笑って答えた。
マリアも、リリアの手を握っていた。
「リリア……」
「姉様、行ってきます」
「ええ。必ず、無事に帰ってきてね」
マリアが、優しく微笑む。
「アルを、よろしくね」
「……はい」
リリアが、少し顔を赤くして頷いた。
*
俺たちは、城門を抜け——。
王都を出た。
朝日が、地平線から昇り始めている。
そして、その中に——。
赤く脈動する、裂け目。
「あの裂け目……」
ルーナが、不安そうに呟く。
「まだ、広がってる」
「ああ」
俺は、頷いた。
「でも、今は止まってる」
「忘却の海で、真実を知れば——」
「きっと、止める方法がなにか分かるかもしれない」
「……そうね」
ルーナが、少し笑った。
「アルがそう言うなら、信じるわ」
*
道は、平坦だった。
草原が、どこまでも続いている。
風が、心地よく吹いている。
「いい天気ね」
リリアが、空を見上げる。
「ええ」
俺は、頷いた。
「このまま、順調に進めるといいけど」
「大丈夫ですよ」
ミアが、微笑む。
「守護者様の力で、危険を察知できますから」
「頼もしいな」
俺は、ミアの頭を撫でた。
「ありがとう、ミア」
「い、いえ……」
ミアが、顔を赤くする。
ノクトは、上空を飛びながら、周囲を警戒している。
その大きな翼が、太陽の光を遮る。
ミアが、時折上を見上げて——。
ノクトに何かを伝えているようだった。
*
昼過ぎ——。
俺たちは、小さな川のそばで休憩を取った。
ノクトが、地面に降りてきた。
「ふぅ……」
ルーナが、川の水で顔を洗う。
「気持ちいい……」
「疲れた?」
俺が、聞くと——。
「ううん、全然」
ルーナが、笑顔で答える。
「こういう旅、久しぶりだから楽しい」
「そっか」
俺は、荷物からパンを取り出した。
「じゃあ、昼飯にしよう」
*
四人で、川のそばに座って昼食を取った。
ノクトには、干し肉を多めにあげた。
黒いドラゴンは、嬉しそうに肉を食べている。
パンと干し肉、それに果物。
簡素な食事だが——。
外で食べると、なぜか美味しく感じる。
「ねえ、アル」
ルーナが、俺を見た。
「忘却の海って、どんなところなのかしら?」
「……分からない」
俺は、正直に答えた。
「煙が言ってたのは、魂が集まる場所だってことだけ」
俺は、地図を広げた。
リリアが、地図を覗き込む。
「ここから、まだ二日はかかりそうですね」
「ああ」
俺は、頷いた。
「でも、道は分かりやすい」
「真っすぐ西へ進めば、着くはずだ」
*
昼食を終え、再び歩き出した。
草原が、次第に丘陵地帯へと変わっていく。
緩やかな坂道が続く。
「ねえ、アル」
ルーナが、俺の隣に並んだ。
「忘却の海で……本当にお母さんに会えるかな?」
「……分からない」
俺は、正直に答えた。
「でも、煙は俺の両親がそこにいるって言ってた」
「なら、ルーナの母親もいるかもしれないななんせ魂が集まる場所だからな」
「……そうね」
ルーナが、少し寂しそうに笑う。
「お母さん……私が小さい頃に亡くなったから」
「顔も、あまり覚えてないの」
「でも……」
ルーナが、空を見上げる。
「会えたら、いいな」
「会えるさ」
俺は、ルーナの肩を叩いた。
「きっと、会えるよ」
「……ありがとう、アル」
ルーナが、微笑んだ。
*
夕方——。
俺たちは、小さな森の入口に着いた。
「ここで野営しよう」
俺は、荷物を下ろした。
「森の中は危険だから、入口付近で休もうか」
「分かりました」
リリアが、寝袋を広げ始める。
「私、薪を集めてきます」
「じゃあ、俺も手伝う」
俺は、リリアと一緒に森の中へ入った。
*
森の中は、薄暗かった。
木々が、空を覆っている。
「この辺りに、乾いた枝がありそうですね」
リリアが、枝を拾い始める。
「ああ」
俺も、枝を集めた。
その時——。
「アルさん」
リリアが、俺を呼んだ。
「ん?」
「あの……」
リリアが、少し顔を赤くする。
「昨日のこと……」
「あ……」
俺は、顔が熱くなった。
「ご、ごめん……」
「いえ、謝らなくてもいいです」
リリアが、微笑む。
「わざとじゃなかったですから」
「でも……」
リリアが、俯く。
「少し……恥ずかしかったです」
「……ごめん」
「いえ、いいんです」
リリアが、顔を上げる。
「それに……」
「それに?」
「……なんでもないです」
リリアが、慌てて首を振った。
「早く、戻りましょう」
「あ、ああ……」
俺は、リリアの後を追った。
なぜか、胸がドキドキしていた。
*
野営地に戻ると——。
ルーナとミアが、焚き火の準備をしていた。
「おかえり」
ルーナが、笑顔で迎える。
「薪、集まった?」
「ああ」
俺は、薪を置いた。
「これで十分だろう」
ミアが、火を起こす。
淡い青白い光が、薪に触れると——。
ぼっと、火が灯った。
「すごい……炎魔法とはまた違う感じなのね」
ルーナが、目を輝かせる。
「守護者様の力って、便利ね」
「え、ええ……」
ミアが、少し照れる。
「でも、まだ慣れてなくて……」
「十分すごいよ」
俺は、ミアの頭を撫でた。
「ありがとう、ミア」
「……はい」
ミアが、微笑んだ。
*
夜——。
リリアが料理の準備をしていた。
「あら、おかえりなさい」
リリアが、笑顔で迎える。
「今日は、少し凝ったものを作りますね」
「凝ったもの?」
俺は、リリアの手元を見た。
鍋の中では、野菜がぐつぐつと煮えている。
そして、鉄板の上には——。
肉が、香ばしく焼かれていた。
「森で、野菜とハーブを採ってきたんです」
リリアが、説明する。
「それで、ハーブ香草焼きと、野菜のポトフを作りました」
「すごいな……」
俺は、感心した。
「旅先でも、こんな料理が作れるのか」
「ええ」
リリアが、微笑む。
「姉様に教わったんです」
リリアが、丁寧に肉を盛り付ける。
ハーブの香りが、食欲をそそる。
「さあ、どうぞ」
*
四人で、焚き火を囲んで夕食を取った。
ノクトには、干し肉を多めにあげた。
ハーブ香草焼きと、野菜のポトフ。
簡素な野営料理とは思えないほど、美味しい。
「すごい……」
ルーナが、目を輝かせる。
「リリア、料理上手ね」
「ありがとう、ルーナ」
リリアが、照れたように笑う。
「美味しいです……」
ミアも、嬉しそうに食べている。
「リリアさん、すごいです」
「うん、本当に美味い」
俺も、ハーブ香草焼きを食べた。
肉は柔らかく、ハーブの香りが絶妙だ。
「……そういえば」
俺は、荷物から小瓶を取り出した。
「王都で買った酒がある」
「せっかくだし、飲もうかな」
「お酒?」
ルーナが、興味深そうに覗き込む。
「いいわね。私も飲みたい」
「ルーナにのめるかな少し強いぞ?」
「当然よ。私、もう大人だもん」
ルーナが、胸を張る。
「じゃあ、みんなで飲もう」
俺は、小瓶の栓を開けた。
淡い透明の液体。
香りは、穏やかで優しい。
「いただきます」
俺は、小さな杯に酒を注ぎ——。
一気に飲み干した。
*
その瞬間——。
視界が、歪んだ。
「……え?」
俺は、目を瞬かせた。
何か、おかしい。
視界が、やけに鮮明になっている。
焚き火の炎の一つ一つが、はっきりと見える。
森の奥の木々の葉の一枚一枚まで、見える気がする。
そして——。
【スキルが発動しました】
【視力・知覚強化】
【効果:視覚が劇的に向上します。対象の輪郭、微細な動き、透過視などが可能になります】
【持続時間:30分】
「……!」
俺は、息を呑んだ。
視力・知覚強化……?
そんなスキルがあるのか。
でも——。
俺は、ふと気づいた。
リリア、ルーナ、ミアの姿が——。
やけに、鮮明に見える。
いや、鮮明どころじゃない。
服の下の——。
体のラインが、くっきりと見えている。
「……っ!」
俺は、慌てて目を逸らした。
でも——。
視界に入ってしまう。
リリアの、妖艶な体のライン。
細い腰、豊かな胸の膨らみ、しなやかな脚。
服を着ているはずなのに——。
まるで、透けて見えるように——。
体の輪郭が、はっきりと見えてしまう。
「アル、どうしたの?」
ルーナが、不思議そうに俺を見る。
その瞬間——。
ルーナの体も、視界に入った。
華奢で、でも女性らしい曲線。
小さいながらも形の良い胸、くびれた腰、引き締まった太もも。
そして——。
ミアも。
幼い顔立ちだが、体は意外と成熟している。
柔らかそうな胸、細い腰、丸みを帯びた腰回り。
「い、いや……」
俺は、必死に平静を装った。
「なんでもない」
「そう?」
ルーナが、首を傾げる。
その動きで、ルーナの胸が揺れ——。
俺は、思わず視線を逸らした。
「……」
だめだ。
どこを見ても、視界に入ってしまう。
この視力・知覚強化スキル——。
とんでもないスキルだ。
便利かもしれないが——。
こんな状況では、使いにくすぎる。
「アルさん、本当に大丈夫ですか?」
リリアが、心配そうに俺を見る。
「顔、赤いですよ」
「あ、ああ……」
俺は、慌てて答えた。
「酒が、少し強かったみたいだ」
「そうですか……」
リリアが、少し安心したように微笑む。
「無理しないでくださいね」
「ああ……」
俺は、目を閉じた。
視界を遮断すれば——。
少しは、マシになる。
でも——。
心の中で、俺は罪悪感に苛まれていた。
見てしまった。
三人の体を、見てしまった。
わざとじゃない。
スキルのせいだ。
でも——。
それでも、罪悪感は消えない。
「……ごめん」
俺は、心の中で呟いた。
目を閉じて——。
スキルが切れるのを待つ。
その時——。
森の奥から、何か——。
巨大な気配を感じた。
「……!」
俺は、目を開けた。
「どうしたの、アル?」
ルーナが、驚いて俺を見る。
「何か……いる」
俺は、森の奥を見つめた。
暗闇の中——。
何かが、こちらへ近づいてくる。
ずしん、ずしん、と——。
重い足音。
「まさか……」
ミアが、顔色を変える。
「災厄の……気配……?」
「災厄?」
リリアが、剣を構える。
「でも、ここは王都から遠く離れてるのに……」
その時——。
森の木々が、激しく揺れた。
そして——。
現れた。
*
それは、巨大な魔物だった。
体長は5メートル以上。
全身が、黒い鱗に覆われている。
四本の太い脚。
長い尾。
そして——。
頭部には、複数の赤く光る目。
「な、何あれ……」
ルーナが、震えた声で呟く。
「見たことない魔物……」
「……災厄の影響だ」
ミアが、言った。
「忘却の海に近づくにつれて、災厄の力が強くなっている」
「その影響で、魔物が異形化したんです」
「異形化……」
俺は、魔物を見つめた。
確かに——。
この魔物は、普通の魔物じゃない。
災厄の力に侵された、異形の存在だ。
「ガアアアアアアッ!!」
魔物が、咆哮を上げた。
そして——。
こちらへ突進してくる。
「待て!」
俺は、叫んだ。
まだ、視力・知覚強化スキルが効いている。
ならば——。
俺は、魔物を見つめた。
*
視界が、魔物の体を貫く。
黒い鱗の下——。
内臓、骨、筋肉——。
そして——。
胸の中心に、光る核のようなものが見えた。
「あれだ……」
俺は、確信した。
「リリア、ルーナ!」
俺は、叫んだ。
「魔物の胸の中心を狙え! 鱗の隙間を突け!」
「え!?」
リリアが、驚く。
「いいから、今すぐだ!」
*
魔物が、焚き火の前まで迫る。
その瞬間——。
リリアが、氷の魔法を放った。
「氷よ、矢となれ!」
シュッ、シュッ、シュッ。
鋭い氷の矢が、魔物の胸の中心に集中する。
ルーナも、剣を構える。
「光よ、我が剣に宿れ!」
剣が、眩い光を放つ。
ルーナが、光を纏った剣で魔物に斬りかかる。
ドォン、ドォン、ドォン。
爆発が、魔物の胸を包む。
すると——。
バキィッ。
鱗が、ひび割れた。
「今だ! 俺が止めを刺す!」
俺は、剣を構えた。
そして——。
全力で、駆け出した。
*
魔物の胸の中心——。
ひび割れた鱗の隙間——。
そこへ——。
俺は、剣を突き刺した。
「うおおおおおおっ!!」
ズブリ。
剣が、深く突き刺さる。
そして——。
核を、貫いた。
「ガアアアアアアアアアッッッ!!!」
魔物が、断末魔の叫びを上げる。
体が、激しく痙攣する。
そして——。
ドサリ。
巨大な体が、地面に倒れた。
*
沈黙。
魔物は、動かない。
「……倒した?」
ルーナが、恐る恐る近づく。
「ああ」
俺は、頷いた。
「もう、動かない」
「すごい……」
リリアが、驚いている。
「アルさん、どうして弱点が分かったんですか?」
「……勘だよ」
俺は、笑ってごまかした。
視力・知覚強化スキルのことは、言えない。
あのスキルのせいで、三人の体を見てしまったことも——。
絶対に、言えない。
「勘……?」
リリアが、不思議そうに首を傾げる。
「まあ、とにかく無事でよかった」
俺は、話を逸らした。
「みんな、怪我はないか?」
「ええ、大丈夫です」
リリアが、頷く。
「私も平気」
ルーナも、笑顔を見せた。
「よかった……」
俺は、安堵した。
そして——。
倒れた魔物を見つめた。
災厄の影響で生まれた、異形の魔物。
忘却の海に近づくにつれて——。
こういう魔物が、増えていくのかもしれない。
「……気をつけないとな」
俺は、呟いた。
*
魔物の死骸を焚き火から離れた場所に移動させ、俺たちは再び野営地に戻った。
焚き火を再び起こし、四人で座る。
「今日は、いろいろあったわね」
ルーナが、疲れたように呟く。
「ええ」
リリアが、頷く。
「でも、無事でよかったです」
「ああ」
俺も、頷いた。
「今夜は、俺が見張りをする」
「みんなは、ゆっくり休んでくれ」
「でも……」
リリアが、心配そうに俺を見る。
「アルさんも、疲れてるでしょう?」
「大丈夫」
俺は、笑って答えた。
「俺は、なんとかなるタイプだから」
「……相変わらずですね」
リリアが、苦笑する。
「でも、無理はしないでくださいね」
「ああ、分かってる」
*
リリア、ルーナ、ミアが、寝袋に入った。
ノクトは、少し離れた場所で丸くなって休んでいる。
俺は、焚き火のそばで座り——。
夜空を見上げた。
二つの月。
そして、赤く脈動する裂け目。
俺は、呟いた。
両親に会えるのかわからない、わからないけど。
「なんとかなるか……」
俺は、呟いた。
なんとかする。
俺は、そう信じていた。
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