102杯目「不穏な静寂」
影との戦いが終わり——。
俺たちは、城に戻った。
疲れ切った体を、椅子に沈める。
「……あれは、何だったんだ」
マーカスが、呟く。
その腕には、影に触れられた痕が残っていた。
黒い痣のように——。
「災厄の欠片……」
ミアが、疲れた声で答える。
「本体が現れる前の、前触れです……」
「前触れ……ということは……」
リリアが、不安そうに言う。
「ええ……」
ミアが、窓の外を見る。
空には、まだ裂け目が残っている。
真っ赤な光を放ちながら——。
ゆっくりと、脈動している。
「あの裂け目は、閉じない……」
ミアが、震える声で言う。
「それどころか……少しずつ、大きくなっている……」
「……時間の問題か」
マーカスが、大剣を握りしめる。
「ああ……」
俺は、頷いた。
本当の災厄が来る。
それは、もう——。
避けられない。
その日の夜——。
俺は、城の屋上に立っていた。
星空を見上げる——。
いや、星は見えない。
裂け目が、空の一部を覆っているから。
赤い光が、不気味に明滅している。
足音が近づいてくる。
振り返ると——。
リリアが、二つのマグカップを持って立っていた。
「温かいハーブティー、いる?」
「おっ、ありがとう」
俺は、マグカップを受け取った。
湯気が立ち上り、柔らかな香りが鼻をくすぐる。
「鎮静効果のあるハーブを入れたの。姉様に教わった」
俺は、一口飲んだ。
温かさが、喉を通って体に広がっていく。
「……うん、美味い。でも俺、別に緊張してないぞ?」
リリアが、呆れたように笑う。
「アルは本当に……」
「ん?」
「いつもそうよね。どんな時でも『なんとかなる』って顔してる」
リリアも自分のカップを持って、裂け目を見上げる。
「まあ、実際なんとかなってきたからな」
俺は、肩をすくめた。
「お酒があれば、大抵のことは何とかなる」
「……本当に?」
リリアが、真剣な目で俺を見た。
「今度の相手は、今までと違うのよ」
「分かってる」
俺は、裂け目を見上げた。
「でもさ、リリア」
「……何?」
「怖がってどうなる? 不安になってどうなる?」
俺は、リリアを見た。
「だったら、できることをやるだけだ」
「酒を造って、みんなで戦って、なんとかする」
俺は、にっと笑った。
「それが俺のやり方だ」
「アル……」
リリアが、少し困ったように笑う。
「本当に、あなたって人は……」
「でも」
リリアが、俺の隣に並ぶ。
「そういうところが……好きよ」
小さな声だった。
でも、確かに聞こえた。
「リリア?」
「何でもない」
リリアが、顔を背ける。
でも、耳が少し赤い。
「ただ……」
リリアが、夜空を見上げる。
「アルが前を向いてるなら、私もそうする」
「一緒に、なんとかしましょう」
リリアが、笑顔を見せた。
「ああ」
俺も、笑顔で答えた。
「任せとけ」
その時だった。
突然——。
紫色の煙が、屋上に漂ってきた。
「……!」
俺とリリアは、身構える。
煙が、人の形を取る。
白黒混じりの髪。
ぼろぼろのローブ。
そして、紫色のタバコ。
「煙……!」
俺は、叫んだ。
「お前……また現れたのか!」
「ハッハー、やあ、アル君」
煙が、タバコを吹かしながら笑う。
でも、その目は——笑っていなかった。
「そういえばだ、第二の試練、よくやったねぇ」
「第二の……?」
俺は、眉をひそめる。
「ああ、汚染との戦い」
煙が、のんびりと言う。
「君たちは、見事にクリアした」
「でも——」
煙が、空の裂け目を指差す。
「第三の試練は、これからだ」
「……分かってる」
俺は、煙を睨む。
「さっきの影は……お前が送り込んだのか?」
「さてねぇ」
煙が、首を傾げる。
「僕は、ただ見ているだけさ」
「ふざけるな!」
俺は、剣を構える。
「お前、何が目的なんだ!」
「何度も言ってるだろう? 目的なんてないよ」
煙が、タバコを吹かす。
「ただ……興味深いんだ」
「君たちが、どんな選択をするのか」
「選択……」
リリアが、煙を睨む。
「あなたは……一体何者なんですか!」
「ハッハー、いい質問だねぇ」
煙が、笑う。
「それを知りたいなら——」
煙が、俺を見つめる。
「ある場所に来るといい」
「ある場所……?」
「ああ」
煙が、タバコを吹かす。
「君は、魂の川のことを知っているね」
「……ああ」
俺は、頷いた。
ユリやミズハから聞いた。
この世界と異世界を繋ぐ、魂の流れ。
「その川は、やがて海に流れ着く」
煙が、遠くを見るような目をする。
「死んだ者の魂が集まる場所」
「生まれ変わりを待つ魂たちが眠る場所」
「その名は——『忘却の海』」
「忘却の海……」
俺は、呟いた。
「世界の果てにある、魂の集まる場所」
煙が、意味深に笑う。
「そこで、すべてを教えてあげる」
「すべて……?」
「ああ……」
煙が、真剣な表情になる。
「僕の正体も……」
「災厄の真実も……」
「そして——」
煙の目が、俺を見つめる。
「君の両親も……そこにいる」
「な……!」
俺は、目を見開いた。
「両親が……!?」
「ああ……」
煙が、頷く。
「君の父さんと母さんの魂は、忘却の海にいる」
「会いたくないかい?」
「……!」
俺は、言葉が出なかった。
父さん……母さん……
会いたい。
もちろん、会いたい。
でも——。
「待って……」
リリアが、煙に詰め寄る。
「それは、罠じゃないんですか!」
「さてねぇ」
煙が、笑う。
「罠かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「それは、君たちが決めることさ」
そして——。
煙が、ゆっくりと消え始めた。
「待てっ!」
俺は、手を伸ばした。
でも——。
「楽しみにしているよ、アル君」
煙の声だけが、響く。
「君の……選択をね」
そして——。
煙は、完全に消えた。
ただ、紫色の煙だけが——。
夜空に漂っていた。
「アルさん……」
リリアが、俺を見る。
「……行くしかない」
俺は、拳を握りしめた。
「忘却の海に……」
「両親に会いたい……」
「そして、すべての真実を知りたい」
リリアが、頷く。
「……分かりました」
「私も、一緒に行きます」
「リリア……」
「当然です」
リリアが、微笑む。
「アルさん一人で行かせるわけにはいきません」
俺は、リリアの手を握った。
「……ありがとう」
二人で、空を見上げる。
裂け目は、まだそこにある。
ゆっくりと、大きくなり続けている。
でも——。
今は、まだ時間がある。
俺たちは——。
忘却の海へ向かう。
すべての真実を知るために——。
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