100杯目「喪失と再生」
守護者が消えた部屋には——。
重い沈黙だけが残っていた。
ミアは、床に膝をついたまま、動かなかった。
守護者の力を受け継いだ彼女の体からは、淡い銀色の光が漏れている。
でも——。
その顔は、涙で濡れていた。
「ミア……」
リリアが、そっとミアの肩に手を置く。
「大丈夫……?」
「……分かりません」
ミアが、小さく答えた。
「守護者様の力が……体の中に……」
「でも……守護者様は、もう……」
その声が、震える。
俺は——。
何も言えなかった。
守護者は、最後まで俺たちを守ろうとしてくれた。
自分の存在を犠牲にしてまで——。
「アル……」
マーカスが、俺の肩に手を置いた。
「今は……休もう」
「ああ……」
俺は、頷いた。
みんな、疲れ切っていた。
体だけじゃない。
心も——。
俺たちは、ゆっくりと部屋を出た。
ミアは、リリアとルーナに支えられて歩いている。
城の廊下は——。
静まり返っていた。
戦いの跡が、そこかしこに残っている。
壁には亀裂が走り、床には黒い染みが点々と。
でも——。
汚染は、もう消えていた。
守護者の最後の力が、すべてを浄化してくれたのだろう。
「部屋に戻って、休んでください」
兵士の一人が、俺たちに言った。
「今夜は、もう何もする必要はありません」
「……ああ、ありがとう」
俺たちは、それぞれの部屋に戻った。
俺とマーカスは、同じ部屋だ。
部屋に入ると——。
マーカスは、大剣を壁に立てかけて、ベッドに倒れ込んだ。
「……疲れた」
「ああ」
俺も、ベッドに腰を下ろす。
体が、鉛のように重い。
でも——。
眠れる気がしなかった。
「なあ、アル」
マーカスが、天井を見つめたまま言う。
「これで……良かったのかな」
「何が?」
「俺たち……守護者を救えなかった」
マーカスの声が、暗い。
「守護者は、俺たちを助けるために……消えた」
「……」
俺は、何も言えなかった。
確かに——。
守護者は、俺たちを救うために自らを犠牲にした。
もし、もっと早く動いていたら。
もし、もっと強かったら。
守護者を救えたかもしれない。
「でも」
俺は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「守護者は……後悔してなかったと思う」
「最後まで……俺たちに希望を託してくれた」
「それを無駄にしないことが……俺たちにできることだ」
「……そうだな」
マーカスが、小さく笑った。
「お前、いつの間にか立派なこと言うようになったな」
「バカ言うな」
俺も、苦笑する。
「ただ……そう思っただけだ」
それから、しばらく沈黙が続いた。
外からは——。
王都の音が、かすかに聞こえてくる。
市民たちは、まだ恐怖の中にいるだろう。
でも——。
少なくとも、今夜は安全だ。
それだけでも——。
守護者の犠牲は、無駄じゃなかった。
翌朝——。
俺たちは、王都の視察に出た。
街は——。
想像以上に荒れていた。
建物の半分が倒壊し、道には瓦礫が散乱している。
あちこちで、市民たちが復興作業に追われていた。
「ひどいな……」
マーカスが、呟く。
「ああ……」
俺も、息を呑んだ。
これほどまでとは——。
災厄の爪痕は、深い。
「アル様!」
声がして、振り返ると——。
若い女性の市民が、こちらに駆け寄ってきた。
彼女は、包帯を巻いた腕で手を振っている。
「怪我は大丈夫?」
「これくらい、大したことありません」
女性が、笑顔を作る。
でも——。
その笑顔は、少し疲れているように見えた。
「街の人たちは……?」
「負傷者は多いですが……幸い、死者は最小限に抑えられました」
女性が、安堵の表情を浮かべる。
「守護者様の力が……最後まで、街を守ってくれたんです」
「そうか……」
俺は、空を見上げた。
守護者さん——。
あなたは、最後の最後まで、この街を愛していたんですね。
「でも」
女性の表情が、曇る。
「このままでは……復興に、かなりの時間がかかりそうです」
「人手が……足りないんです」
「俺たちも手伝おう」
マーカスが、即答した。
「え……でも、アル様たちは……」
「俺たちだって、この街の一員だ」
マーカスが、笑う。
「それに……何もしないで待ってるより、体を動かしてる方が性に合ってる」
「……ありがとうございます」
女性が、深々と頭を下げた。
俺たちは——。
その日一日を、復興作業に費やした。
瓦礫を運び、倒壊した建物を片付け、負傷者を手当てする。
リリアとマリアは、治癒魔法で負傷者を癒していた。
マリアの治癒魔法は、リリアよりも高度で——。
重傷者たちを、次々と回復させていく。
ルーナは、子供たちの相手をしながら、光の魔法で瓦礫の下に埋もれた物を探していた。
ミアは——。
川のそばで、一人座っていた。
守護者の力を受け継いだ彼女には、今、休息が必要なのだろう。
夕方——。
作業を終えた俺たちは、城に戻った。
体中が、汗と埃にまみれている。
でも——。
不思議と、心は少し軽くなっていた。
何かをすることで——。
守護者の死という現実から、少しだけ目を背けられたのかもしれない。
三日目の夜——。
俺たちは、城の食堂に集まっていた。
テーブルには、質素だが温かい食事が並んでいる。
戦いの後、初めて、みんなで囲む食卓だった。
「いただきます」
みんなで声を揃える。
食事は——。
最初、静かだった。
誰もが、まだ守護者の死を引きずっている。
でも——。
「ねえ、マーカス」
ルーナが、口を開いた。
「復興作業、頑張ってたわね」
「ああ……まあな」
マーカスが、照れくさそうに笑う。
「子供たちが、喜んでくれたからな」
「子供たち……?」
「ああ。瓦礫の下に、おもちゃが埋まっててさ」
マーカスが、話し始める。
「それを掘り出してやったら、めちゃくちゃ喜んでくれて」
「あんたらしいわね」
ルーナが、クスッと笑った。
その笑顔に——。
場の空気が、少しだけ和らぐ。
「リリアは、治癒魔法、すごかったよ」
俺が言うと、リリアが顔を赤らめる。
「そんな……私、まだまだです」
「いや、お前の魔法で、何人もの人が救われたんだ」
「……ありがとう、アル」
リリアが、微笑む。
その笑顔は——。
本当に、美しかった。
「マリアさんも、すごかったです」
リリアが、姉を見る。
「あれだけの重傷者を、次々と……」
「私は当然のことをしただけよ」
マリアが、穏やかに微笑む。
「でも……正直、疲れたわ」
「無理しないでくださいね」
ルーナが、心配そうに言う。
「大丈夫よ。みんなも頑張ってたもの」
マリアが、テーブルを見回す。
「私一人だけ、弱音を吐くわけにはいかないわ」
「ミアは……どう?」
ルーナが、ミアを見る。
ミアは——。
少し元気がないように見えた。
「……大丈夫です」
ミアが、小さく答える。
「守護者様の力……少しずつ、慣れてきました」
「でも……まだ、実感が……」
その声が、震える。
俺は——。
ミアの気持ちが、痛いほど分かった。
大切な人を失った悲しみは——。
簡単には消えない。
「ミア」
俺が、声をかける。
「守護者さんは……お前に、川を託した」
「それは……お前を信頼してたからだ」
「だから……泣いていいんだぞ」
「でも……いつか、前を向くんだ」
「守護者さんの想いを……受け継ぐために」
「……はい」
ミアが、涙を拭った。
「私……頑張ります」
「守護者様の分も……」
その言葉に——。
みんなが、頷く。
俺たちは——。
それぞれ、守護者に救われた。
だから——。
守護者の想いを、絶対に無駄にはしない。
「そういえば」
マーカスが、話題を変える。
「第三の試練……って、守護者が言ってたよな」
「……ああ」
俺は、頷いた。
正直——。
あまり考えたくなかった。
でも——。
避けては通れない現実だ。
「災厄の本体が……来るって」
「空に裂け目が開くって……」
「いつ来るのかな……」
ルーナが、不安そうに呟く。
「分からない」
俺は、正直に答えた。
「でも……きっと、そう遠くない」
「だから……今のうちに、できるだけ準備をしておかないと」
「そうだな」
マーカスが、拳を握る。
「今度こそ……絶対に勝つ」
「誰も……失わせない」
その決意に——。
みんなが、頷いた。
俺たちは——。
もう、失いたくない。
大切な人を——。
大切なものを——。
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