10杯目 人族からの使者
翌朝、俺は魔王の執務室に呼ばれた。
二日酔いで頭が痛い。昨夜はちょっと飲みすぎたな
「アル、来たか」
魔王が深刻な顔をしている。隣にはリリアとマリアも。
ゼクセル魔王も昨日あれだけ飲んだのに二日酔いの気配すらないなんて
やっぱ魔王はすごいな
「何ですか?また面倒ごとですか?」
「まあ、そんなところだ」
魔王は苦笑した。
「人族の王国で大きな問題が起きている」
「はあ…」
俺は椅子に座った。頭痛い。
「王が病に倒れ、後継者争いが勃発している」
「内戦ですか?」
「いや、そこまでではない。だが、政治的対立が深刻でな。長男のルンブラン王子と、長女のルーナ姫の派閥に分かれて、王国が二分されている」
「それで?」
「人族の王国が、魔界に調停を依頼してきた」
「ほお」
俺はリリアが差し出してくれた水を飲みながら聞いていた
「で、俺に何か関係あります?」
「お前に行ってもらいたい」
「えぇ?」
俺は耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待ってください。俺はその辺の酒好きな凡人ですよ。政治とか無理です」
「だが、お前は保守派を説得した実績がある」
「あれはたまたまです!」
「いや、お前だからこそだ」
魔王は真剣な表情だった。
「アルさん!」
リリアが立ち上がった。
「お願いします!これは種族和平のための大きな一歩なんです!」
ああ、リリアの熱い視線だ。これは断りづらい。そして頭痛い
「でも俺、政治とか本当に分からないし…」
「大丈夫よ、アル」
マリアが微笑んだ。
「私とリリアも一緒に行くから」
「いや、それでも…」
その時、執務室の扉が開いた。
「失礼します」
現れたのは、筋骨隆々の大男だった。身長は2メートル近くあり、重厚な鎧を身につけている。背中には巨大な剣。
「おお、マーカス!久しぶりだな!」
魔王が立ち上がって、大男と抱擁した。
「魔王様、お元気そうで何よりです」
「お前もな!相変わらず筋肉バカか?」
「ははは!魔王様こそ、相変わらずでなによりです」
二人は笑い合っている。
「……え?」
俺は呆然とした。
「種族間の溝があるんじゃなかったんですか?」
「ん?ああ」
魔王が振り返った。
「マーカスは特別だ。20年来の酒飲み仲間でな」
「酒飲み仲間!?」
「そうだ。若い頃、辺境の酒場で意気投合してな。それ以来の付き合いだ」
マーカスがニヤリと笑った。
「魔王様の酒豪ぶりには、いつも驚かされます」
「お前だって負けてないだろう」
二人は肩を組んで笑っている。
「あの…」
俺は手を挙げた。
「種族対立ってなんだったんですか?」
「ああ、それは一般論だ」
魔王が説明した。
「マーカスのような開明的な人族は少数派でな。大半の人族も魔人族も、お互いを恐れ、意味もなく嫌悪している」
「でも、個人レベルでは仲良くなれる、ってことか」
「その通りだ」
マーカスが俺に向き直った。
「私はマーカス・オダ。人族王国の騎士団長を務めております」
「アルです」
「噂は聞いております。保守派を説得したと」
「まあ、運が良かっただけで…」
「謙遜を。それで、アル殿」
マーカスは真剣な表情になった。
「我が王国の後継者争いを、どうか仲裁していただきたい」
「いや、だから俺、政治とか無理なんですって」
「報酬は出します」
「金じゃないんですよ。俺、面倒ごとに巻き込まれたくないんです」
「では、条件を出してください」
マーカスは食い下がってきた。
「条件?」
「はい。何か欲しいものがあれば」
俺は少し考えた。
「じゃあ…人族の王国にしかない酒を飲ませてください」
「酒?」
「そう。魔界の酒はもう大体飲んだんで、人族の酒も試してみたいんです」
マーカスの表情が明るくなった。
「それなら!人族の王都には『エルフの涙』という最高級の蒸留酒があります」
「エルフの涙?」
「はい。エルフ族が秘伝の製法で作る酒で、一滴で酔えると言われています」
「おお!」
俺の目が輝いた。
「それに、『ドワーフのエール』もあります。100年熟成の濃厚な味わいで—」
「行きます!」
俺は即答した。
「え?」
リリアが驚いている。
「人族の王国、行きます!調停とかよく分からないけど、やってみます!」
「アルさん…酒に釣られました?」
「だって、エルフの涙だよ!?ドワーフのエールだよ!?これは飲まないと!」
マーカスがニヤリと笑った。
「では、契約成立ですね」
「はい!」
魔王が肩を竦めた。
「相変わらず単純だな、お前は」
「でも」
俺は真面目な顔になった。
「リリアの夢は手伝いたいです。種族和平、俺も賛成ですし」
リリアの顔がぱっと明るくなった。
「アルさん!」
「ただし」
俺は指を立てた。
「政治的なことには関わりたくないです。あくまで、人と人の仲裁役として動きます」
「それで十分だ」
魔王が頷いた。
「お前の役目は、ルンブラン王子とルーナ姫の本音を引き出すことだ。政治はマーカスや貴族たちに任せればいい」
「分かりました」
「では、詳しい説明をしよう」
マーカスが肖像画を二枚取り出した。
「まず、ルンブラン王子。22歳。真面目で誠実な方です。」
厳しい表情の青年が描かれている。
マーカスは少しばつの悪い顔をしながら頬を人差し指でかいていた。少し間が空き、あたかも説明が面倒臭くなったのか姫様の話に移った
「一方、ルーナ姫は19歳。明るく社交的で民衆に人気がある。ただし政治経験は浅い」
こちらは笑顔の美少女だった。どちらも現代ではモテたんだろうなと思えるほど顔立ちが整っていた
「で、二人とも本当は王位を争いたくないんです」
「え?」
「ルンブラン王子は『妹のルーナが王になるべきだ』と言い、ルーナ姫は『兄が王になるべきだ』と譲り合っている」
「じゃあ、なんで対立してるんですか?」
「それぞれの支持者たちが勝手に対立を煽っているんです。貴族たちの権力闘争に利用されている」
「面倒くさ!」
俺は頭を抱えた。二日酔いが原因じゃないかも
「やっぱり政治って嫌いだ」
「だからこそ、アル殿のような中立的な人物が必要なんです」
マーカスは真剣な表情で続けた。
「二人とも、本当は仲が良い兄妹なんです。でも、周りが勝手に対立を作り出している」
「なるほどね」
「アル殿なら、二人の本音を引き出せると思います」
「まあ、話聞くぐらいならやってみますよ」
俺は立ち上がった。
「で、いつ出発です?」
「明日の朝だ」
魔王が言った。
「準備はこちらで整える」
「人族の王都まで、どれくらいかかるんですか?」
「馬車で5日だ」
「5日!?」
「ああ。途中で街や村を経由していく。宿泊施設もあるから安心しろ」
5日間の旅か。長いな。
「その間に、アル殿には色々と見ていただきたい」
マーカスが少し厳しい表情になりながら言った。
「人族の世界を知ることも、調停には重要ですから」
「分かりました」
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その夜、俺は部屋で荷造りをしていた。
「アルさん」
リリアが部屋に入ってきた。
「ありがとうございます。行ってくれて」
「いや、酒に釣られただけだし」
「それでも嬉しいです」
リリアは微笑んだ。
「アルさんがいれば、きっとうまくいきます」
「そうだといいけど」
「それに」
リリアは少し照れくさそうに言った。
「5日間、アルさんと一緒に旅ができるのも嬉しいです」
「ああ、そうだな」
俺もリリアとの旅は悪くない。
「マリアさんもいるんでしょ?」
「はい。姉様も一緒です」
「三人旅か」
「四人です。マーカス殿も同行しますから」
「ああ、そうか」
マーカスは良い人そうだ。筋肉バカっぽいけど。
「楽しい旅になるといいな」
「はい!」
リリアは嬉しそうに頷いた。
その時、窓の外を見ると、マリアが庭を散歩していた。
「マリアさん、緊張してるのかな」
「そうですね。姉様、人族の中心地に行くのは初めてですから」
「大丈夫かな」
「アルさんがいれば大丈夫です」
リリアは俺を信頼してくれている。
その期待に応えられるだろうか?
でも、やるしかない。
明日から、新しい冒険が始まる。
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翌朝、城の玄関前に立派な馬車が用意されていた。
「おお、でかい!」
俺は驚いた。四頭立ての豪華な馬車だ。
「魔王様のご配慮です」
マーカスが笑った。
「5日間の旅ですから、快適に過ごせるようにと」
「ありがたい」
馬車の中は広々としていて、座席もクッションが効いている。
「では、出発しましょう」
マーカスが御者に合図する。
馬車がゆっくりと動き出した。
「いよいよですね」
リリアが緊張した表情で言った。
「ああ」
マリアも窓の外を見つめている。
「まっとりあえず、なんとかなるか、昨日は休肝日だったし飲みながら行こう!」
マーカスが豪快な笑いをしながら
「さすが、アル殿豪胆ですな!私も付き合いますぞ!」
リリアとマリアはまたこの人はと言いたげな表情をしていた
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その頃——
魔界の辺境、人目につかない洞窟の奥深く。
「マリア様が完全に人族に染まったな」
暗闇の中で、低い声が響いた。
「あの女、保守派を裏切りやがった」
「許せん…我々の理想を踏みにじった」
数人の魔人族が、松明の光の中で顔を寄せ合っている。あの日、城から逃げ出した過激派の残党たちだ。
「だが、我々にはまだやるべきことがある」
中心にいる大柄な魔人族が、不気味に笑った。
「例の『実験』は順調か?」
「はい。人族の死体と魔獣の素材を使った合成獣——『キメラ』の生成に成功しました」
別の魔人族が、奥の部屋を指差した。
そこには、巨大な檻がいくつも並んでいる。中から聞こえてくるのは、獣とも人ともつかない異様な唸り声。
「完璧だ。これなら人族の仕業に見せかけられる」
「人族が魔獣を使って魔界を攻撃している——そう思わせれば」
「ああ。和平など一瞬で崩壊する」
魔人族たちが暗い笑いを浮かべた。
「マリア様も、あの人族の小僧も、後悔することになるだろう」
「種族和平など、所詮は夢物語。憎しみこそが真実だ」
「準備を急げ。アルとやらが王都に向かっている間に、我々は計画を進める」
「了解しました」
暗闇の中、檻の中のキメラたちが不気味に吠えた。
人と魔獣が歪に融合した姿——それは、まさに悪夢そのものだった。
「くくく…楽しみだな。あの小僧の驚く顔が」
魔人族の笑い声が、洞窟に不気味に響き渡った。
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次回予告:「国境の街、暗い影」
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