多重人格の彼女とチャットしてみた結果
あの夜の炎上から、すべては始まった。
《愛は一人じゃ足りない》――
酔った勢いで書いた投稿がSNSで大炎上した。
「自己正当化」「傷つけた側の愛」――罵声の嵐。
それでもオレは、どこかで“誰かに理解されたい”と思っていた。
だから、もう一度だけ投稿した。
「こんなオレでもいいという人がいれば、連絡ください」って。
――そして、ユミが現れた。
投稿を上げたのは、夜の11時を過ぎていた。
なのに、10分も経たないうちに通知が止まらなくなる。
「セフレならいいよ」
「話だけでもしよ?」
「どうせヒマなんでしょ?」
「男でもいいっすかー?」
「やべ、こいつ。堂々と浮気相手募集してて草ww」
スクロールする指が重くなる。
――そうだよな。「わかってほしい」なんて、誰も本気で受け取らない。
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もう消そうかと思った、その時。
見慣れないアイコンが目に入った。
鏡の中にうっすら心霊写真が写った、ホラーみたいなアイコン。
でも名前は「ユミ」。どこか可愛らしい。
『あなたは悪くない。』
いきなりそう言われて、心臓がピクッと動く。
誰かに言ってほしかった言葉だった。
返信を迷っていると、すぐに次のメッセージ。
『私、あなたの元カノ知ってる。その子もそう言ってた。』
「……え?」
思わず画面を二度見する。
オレの元カノの知り合い? 本当か?
昼間、電車の窓越しに見た彼女たちの顔がよぎる。
まさか、恨まれてる……?
いや、でも「悪くない」って言ってるし。
混乱しながら打ち込む。
「どの彼女の知り合いで……?」
返事は一瞬だった。
『ウソだけどねww』
「……は?」
安堵と苛立ちが同時に押し寄せる。
なんなんだ、この人。
⸻
ブロックしようとした瞬間、また通知が連続した。
『でもね、悪いのは相手の女たち。
人の気持ちなんて変わって当たり前。
変わらない人間なんて、もう死んでるのと同じだぜ。』
『あなたは生きてるのでござるー!』
『あなたを飽きさせた彼女たちが悪いずら!』
……キャラ変激しすぎ。
冷やかしのつもりか?
でも、“悪くない”のフレーズが、妙に刺さった。
⸻
『ねえ、私と付き合えば?』
唐突すぎて、指が止まる。
冗談だろ。
「やだ。」
即座に返ってくる。
『えー、なんでそんなにビビるのー?♡
もっと楽しまなきゃ!』
テンションが急上昇。ついていけない。
『ほら、退屈しのぎにちょうどいいんじゃん?
私、多重人格だし、あなたの望む“私”でそばにいてあげるよ?』
まるで通販番組の司会みたいに畳みかける。
『付き合うとお得だよー!
①いろんな人格が出るから飽きない!
②世間的には“一人”だから浮気じゃない!
③あなたも満たされる。でしょ?』
冗談に聞こえない。
怖いくらい真顔が透けて見える。
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少し間を置いて、落ち着いたメッセージ。
『正直、私が多重人格になったのは、
自分に飽きたから。
医師たちは「子どもの頃のトラウマ」
とか言うけど、違うの。
同じ顔、同じ考え、同じ自分に飽きたの。
一人でいるのが退屈で、分けてみたら、
生きるのが楽になったんだ。』
“飽きた”――その言葉が、妙に重く響く。
オレだって、何かに飽きて逃げてきたのかもしれない。
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『あなたも、
自覚ないだけでいくつかの人格持ってるよ。
返信のトーンがちょこちょこ変わるもん。
今、誰で返信してるの?』
指が止まる。
――誰だ?オレは。
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その夜、ユミは七つの人格を次々に見せた。
『あなたって、案外流されやすいのね』(落ち着いた大人)
『ねえ、もっと素直に喜びなよっ!』(明るい女子高生)
『ふーん、じゃあ次はどうなるか見せてもらおうか』(挑発的)
『お得なキャンペーン中だよ!』(司会者)
『君の痛み、私が代わりに受けてあげよっか』(優しい看護師風)
『全部演技だったら怖いでしょ?』(小悪魔)
『……会いたいの? 本気で?』(無感情)
どれも同じ名前で、同じ時間に、同じアイコンから送られてくる。
まるで一人の“彼女”が入れ替わりながら話しているみたいだった。
――なるほど、確かにこの子といると、
いろんなキャラがあるから、
オレの中でこの子の世界だけで完結するかも、と思えてしまう。
⸻
「……もし、会ったらどうなるんだろうな」
思わずつぶやいてしまう。
指が勝手に動く。
「会わない?」
ユミはすぐ返す。
『会う?キャハハ。やめとこうよ。
架空の彼女と彼氏で楽しむの。
現実では好きな人を見つけて。
でも、気が変わったら私に来て。
いろんなタイプで待ってるから。』
そして、少し間をおいて。
『外に出るの苦手。人格変わると服が気に入らなくて、
脱ぎたくなっちゃう時あるの。困るでしょ?』
……本気か、冗談か、わからない。
けど、画面を閉じる気にはなれなかった。
⸻
最後のメッセージが届いたのは、午前一時過ぎ。
『テメェみてえなヤツはな、痛みを知らなきゃ人間じゃねぇ。』
『まずはお前の心を、ゆっくり折ってやる。
痛みは、飽きねぇんだよ。』
画面の中の文字が、刃物みたいに見えた。
指が震える。息を飲む。
そそくさとチャットを閉じ、ブロックする。
はー……。
静かな部屋に、心臓の音だけが響いていた。




