炎上の朝と夜に
“愛は一つじゃ足りない。
仕事だって途中でズレるのが俺のやり方だ。
最初の熱量だけで評価しろ。
完璧を求める奴は、俺の人生に口を出すな。”
どうやら、あの夜、ビールを飲みすぎて
ぼんやりした頭で書いたらしい。
何であんなことを書いたのかはわからない。
業界の裏話や動画編集、
ネット知識を品良く指南してきた
オレの知的財産のサイトが、今、荒れ放題だ…!!
――
翌朝、いつものようにスマホを開くと、
通知の数が尋常じゃなかった。
ぼんやりとアップした文章
―《愛は一人じゃ足りない》―が、
SNSで炎上している。
「無責任なやつ。絶対仕事まかせたくない」
「自己正当化でしかない」
「誠実さを盾にした免罪符」
「傷つけた側の自己愛」
「ゲスだぬw」
――見知らぬ人々の罵声が、
スクリーンの向こうで脈打つ。
普段なら「ネットにしか友達のいない、
どっかのオタクが騒いでるだけ」
と笑い飛ばせるはずだった。
けれど今日は、胸の奥がざわつく。
――
通勤電車の中、窓に映る自分の顔が、
どこかよそよそしい。
ふと反射の向こうに、
二人の影が立っているように見えた。
一人は数年前に別れた彼女に瓜二つ。
もう一人は、その後すぐに関係を持った女性に似ていた。
―あの二人は、かつて俺が同時に好きだった人たちだ。
息が詰まり、足が地面に縛りつけられる。
一瞬、
「もしかして、俺が書いた投稿を見て、
あの二人にストーカーされてる…?」
頭の中で最悪のシナリオが巡る。
けれどすぐに自分を落ち着かせる。
いや、そんなことはありえない。
単なる反射だ。
俺は冷静だ。大丈夫だ。
それでも、指先がスクロールを続けるたび、
背筋を冷たい何かが伝う。
言葉で生きてきたのに、
言葉の刃の鋭さを、
ずっと他人事のように扱ってきた
――その事実が、ここにきて重くのしかかる。
二人の視線は、静かに、しかし確かに俺を責めていた。
片方は悲しげに、片方は怒りに満ちて。
頭の中で「カタッ」と音がした。
あの夜、コンビニのビールが鳴らした音と
寸分違わぬ響き。
過去が、今という扉をノックしているかのようだった。
「違う…幻だ」
呟き、次の駅で慌てて電車を降りる。
ホームに吹き抜ける風が、汗で冷えた額を刺す。
振り返れば、あの車両はゆっくり去っていく。
窓の向こうには、もう誰もいない
――はずなのに、遠ざかる車両の窓に
二人のシルエットがかすかに揺れた。
――このままじゃダメだ。何かを変えなければ。
その夜、酔いに任せて再びSNSに投稿した。
オレもこんな自分に真剣に悩んでいるんだという
言い訳をしたかった。
「正直になりたい。
俺は、たった一人を愛しきれる自信がない。
きっと生まれつきの病気なんだ。
それでも誰かと、本当の気持ちで繋がりたい。
俺という人間を“理解してみたい”と思う方、
こんなオレでいいという人がいれば、
連絡ください。
あなたと真摯に向き合います」
送信ボタンを押す指が震えた。
――
ネットの炎上なんて、友達もいない
どっかのオタクが騒いでるだけ
――そう豪語する自分と、
胸の奥でざわつき動揺している自分。
その相反する二つの自分が、
夜の静寂の中で小さくぶつかり合っていた。
それでも、胸の奥に微かに湧く期待があった。
誰か、本当にこんなオレでもいいと
言ってくれる人は現れるのか――。
――小さな期待を胸に、俺はスマホを手元に置き、
何かが起こることを期待した。




